ミサノサーキット 単語

ミサノサーキット

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ミサノサーキットexitは、イタリア北東部のエミリア・ロマーニャ州リミニミサノ・アドリアーティコサンタモニカ地区にあるサーキットである。

正式名称は「ミサノ・ワールドサーキットマルコシモンチェリ」で、MotoGP250ccクラスチャンピオンマルコ・シモンチェリexitんで名付けられた。

9月初旬にサンマリノGP(MotoGP)が開催される。
 

名称とロゴ

名称

2006年までの本サーキットの正式名称は「Circuito Internazionale Santamonica(シルクィート・インテルナツィオナーレ・サンタモニカ」というイタリア名で、「サンタモニカ際的なサーキット」という意味の名称だった。サーキットミサノ・アドリアーティコサンタモニカ地区exitにあるので、そのように呼ばれていた。

ちなみにサンタモニカ地区という名称の由来は、第二次世界大戦米軍である。米軍がこのあたりに基地を造り、兵たちが「カリフォルニア州ロサンゼルスサンタモニカexitに似ている」という理由でこの地をサンタモニカと呼んだという。

2006年になるとサーキットの正式名称が「Misano World Circuit(ミサノ・ワールドサーキット」という英語名のものになった。

2011年10月23日に、本サーキットすぐそばのカットーリカexitで生まれたマルコ・シモンチェリexitが他界した。これを受けて、2011年11月3日に本サーキットの名称を「Misano World Circuit Marco Simoncelli(ミサノ・ワールドサーキットマルコシモンチェリ)」に変更するとの発表があり(記事exit)、2012年6月9日名が行われた(記事exit)。
 

ロゴ

サーキットロゴは、「Misano World Circuit」の頭文字をとった「MWC」を図案化したものである(画像exit)。サーキット公式Twitterexitトップページにもそのロゴが掲載されている。
 

略歴

コース図の変遷

1960年代にサーキット建設の構想が練られ、1969年頃には設計が固まった。カヴァズーティ(Cavazzuti)という建設企業と、ピエロ・タルッフィexitというイタリアF1ドライバーと、フェラーリ創業者のエンツォ・フェラーリexitサーキット設計に関わっている。1970年から建設が始まり、1972年8月4日に開業した。

1972年開業当時はこのコース図exitで、反時計回りで周回するものであり、1周3.488kmだった。

1993年修が行われ、このコース図exitになった。相変わらず反時計回りで周回するものであり、1周4.060kmだった。

2006年に大修が行われ、このコース図exitになった。それまでとは変わって時計回りとなり、1周4.180kmとなった。

2008年にも少し修が行われ、1周が4.226kmとなった。
 

※この項の資料・・・記事1exit記事2exit
 

MotoGP

1980年MotoGPが初めて開催され、そのあとは1982年と、1984年から1987年と、1989年から1991年と、1993年に開催されている。1980年から1993年までの14年間で10回のMotoGPが開催された。開催されるMotoGPの名称はイタリアGPになったりサンマリノGPになったりしていた。

1993年9月5日に本サーキットイタリアGPが行われたが、最大排気量クラス500ccクラス)の決勝でウェイン・レイニー事故を起こした(記事exit)。この事故もあってか、1994年以降はしばらくMotoGPが開催されなくなった。

サーキットからすぐそばのタヴーリアexitで育ったヴァレンティーノ・ロッシMotoGPで大活躍するようになり、本サーキットMotoGPを誘致する気運が高まった。2006年コースを大幅に修して、2007年には本サーキットサンマリノGPを開催するに至った。

2007年以降は、本サーキットにおけるサンマリノGPがMotoGPの開催日程に定着するようになった。2020年にはMotoGPコロナ禍に見舞われ、本サーキットにおいて2週連続でMotoGPを開催するという異例の日程となった。

ちなみに、2010年9月5日に本サーキットで行われたサンマリノGPにおいて、事故が起こっている(記事exit)。このサーキットにとって9月5日は不吉な日付である。
 

スーパーバイク世界選手権

スーパーバイク世界選手権exit1988年から始まったが、4年1991年からミサノサーキットでの開催が恒例となっている。1991年から2020年までの30年間の中で、ミサノサーキットにおいてスーパーバイク世界選手権が27回開催された。開催されなかったのは1992年2013年2020年の3回だけである。
 

立地

ミサノサーキットは、この場所exitにある。
 

イタリア北部の一角のリゾート地にある

イタリアは、北アペニン山脈exitによってイタリア北部exitイタリア中部exit分割されている。イタリア北部は産業が発達して経済準が高い地域とされるのだが、本サーキットがある地域もイタリア北部の一端として扱われる。Google地形図exitで見ると、本サーキットが北アペニン山脈よりも北に位置していることが分かる。

サーキットがある地域は、エミリア・ロマーニャ州のリミニ県exitである。このあたりはイタリア北部の人たちにとって憧れのリゾート地となっていて、バカンスとなると大勢の観光客がやってくる。イタリア北部だけではなく、ドイツ北欧からも観光客がやってくる。「Rimini beachexit」と画像検索すると、大量の観光客がにビーチパラソルを並べている様子の画像が多くヒットする。

ミニ県の周辺は観光客を収容するためのホテル立しており、高級リゾートホテルもあるし、お手頃価格の安物ホテルっている。このため、本サーキットで行われるレースを観戦する人は、宿泊先を見つけやすい。キャンピングカーで野宿する選択肢を選ばざるを得ないムジェロサーキットとは対照的である。

ミニ県に隣接するこの場所exitに、世界最古の共和として知られるサンマリノ共和国があり、多くの観光客を受け入れている。そうした観光客の多くはリミニ県のホテルに宿泊する。
 

オートバイレーサーの聖地

ミサノサーキットから北西に88km離れたこの場所exitイモラサーキットexitがあり、数々の大レースが開催されてきた。このため、イモラサーキットとミサノサーキットがある地域は優れたオートバイレーサーを多く生み出してきた。

また、その地域の一にタヴーリアという町があり、そこにはヴァレンティーノ・ロッシが住んでいて、「ヴァレ・ランチ」という私設のトレーニングコースこの場所exitに作って多くの若手ライダーを招いている。このため、この地域からは今後も優れたオートバイレーサーが育っていくものと思われる。

こうした事情は、ミサノ・アドリアーティコの記事にも書かれているので参照されたい。
 

海に近い

ミサノサーキットは、アドリア海海岸線から2km離れたこの場所exitにあり、海風を受けやすく、を受けるサーキットの筆頭格とされる。

というのはオートバイの走行に強くを与える。詳しくは、風(MotoGP)の記事を参照のこと。

から近い場所というのは、塩分を含んだ潮がつよく、金属が非常に錆びやすい。メッキや塗装といった表面処理が施されていないを屋内の倉庫に置いておくだけで錆びる。「海沿い 錆exit」と検索すると、錆に苦しむ沿いの人々のが多く聞かれる。
 

最寄りの病院

ミサノサーキットで事故が起こった場合は、ドクターヘリで39km離れたチェゼーナのこの場所exitにあるマウリツィオ・ブファリーニ病院へ搬送される。

ウリツィオ・ブファリーニ病院に搬送する暇がない事態となったら、サーキットから北西に5km離れたこの場所exitにあるリッチョーネ・チェッカリー病院に負傷者が運び込まれる。

このどちらの病院も、MotoGPファンにとって印深いものである[1]
 

気候

サーキットは北緯43度57分のところにあり、北海道滝川市exitと同じ程度の緯度にある。

ミサノサーキット近くのリミニはなかなか冷え、東京とほぼ同等の寒さになる(資料1exit資料2exit)。になるとがしっかり降り、リミニ海岸真っ白化粧する(画像exit)。もちろんミサノサーキットにもが降り積もる(画像1exit画像2exit)。

サンマリノGP(MotoGP)サンマリノ記念日(9月3日)の前後に行うものと決まっている。ミサノサーキット周辺の9月は降量75mmで、東京2月と同じぐらいの降量であり、ものすごくが多いと言うほどではない。とはいえ、この地域における9月は一年で2番が多いである。

こちらexitこちらexitこちらexitが現地の天気予報となっている。
 

サーキット周辺の施設

高速道路A14

サーキットの11~13コーナーの隣に、A14という高速道路が通っている。片3線で広い(画像exit)。チェゼーナexitまで40km、ボローニャexitまで120km、ミラノexitまで320km、っ直ぐ走れば到着できて、交通の便が非常に良い。

バカンスを楽しむために仕事をする」というイタリア人たちのために作ったような道路で、イタリア北部の大都市からバカンス用のに向けて一直線に高速道路が延びている。

MotoGPの開催時には、ヘリコプターからの空撮カメラを通じて、高速道路を行き交う自動車の様子を見ることができる(画像exit)。
 

加藤大治郎通り

高速道路を降りて一般道路を走りつつサーキットへ向かって行くと、日本にはしい環状交差点(ラウンドアバウト)exitに出くわすことになる(航空写真exit)。

この場所exitに、サーキットの正門に至るがある。このには加藤大治郎通り(viale Daijiro Kato)という名前が付けられていて、この場所exit看板がある。加藤はミサノサーキット近くに拠点を持つグレッシーニレーシングに所属して、圧倒的な成績で2001年MotoGP250ccクラスチャンピオンを獲得した。

この場所exitサーキットの正門exitがあり、ピットに物資を運ぶトラックが通っていく。
 

市営スタジアム

サーキット隣のこの場所exitに、陸上競技場と兼用するタイプサッカースタジアムがある。

サンタモニカスタジアム」というのが正式名称で、収容人数は千二人程度であり、地元のアマチュアサッカークラブであるVISミサノFCexitが本拠地にしている。1992年サッカー場が建設され、1994年陸上競技場部分が建設された(資料exit)。

MotoGPが開催されるときにはヘリコプターが駐機する。2019年の決勝では、6機ほどのヘリコプターが駐機している様子がテレビカメラに映っていた。
 

ニッキー・ヘイデン公園

4コーナーの隣のこの場所exitに、ニッキー・ヘイデン公園がある。2006年MotoGP最大排気量クラスチャンピオンを獲得したニッキー・ヘイデンを讃えるために作られた(記事exit動画exit)。画像欄exitを見ると、ニッキーベンチなどが置かれていることを確認できる。
 

教会

4コーナーから西に1.6km離れたこの場所exitに、聖ビアージョとエラスモの教会exitがある。聖ビアージョexitは3世紀から4世紀にかけて中央アジアアルメニアexit実在したキリスト教徒で、カトリック聖人認定されている。

この教会は標高100mの場所にあり、ミサノサーキットは標高25mのところにある(Googleアースexit)。このため、サーキットから1.6kmの遠くにあるにもかかわらず、かなり立つ。

6コーナーから西を向いて5コーナーを見ると、黄色教会が映り込む(画像1exit画像2exit)。11コーナーから西を向いて10コーナーを見ると、黄色教会が映り込む(画像exit
  

サーキット内部の施設

歩道橋とトンネル

メインストレートバックスレートをまたぐ格好で、この場所exit歩道橋を架けている。歩道橋の上で立ち止まって観戦されたら困るので、人の頭よりも高いになっている。にはもない(画像1exit画像2exit)。

歩道橋のそばのこの場所exit地下道があり、転倒してコース内側に放り出されたライダーがここを通ってコース外側のピット施設に辿り着くようになっている。また、も通行できる。
  

ダートトラックのコース

8コーナー近くのこの場所exitに、ダートトラック(フラットトラックともいう。平坦な土の路面を走る競技)exitコースがある。コースの前に観客席が設置されていて、人が座って観戦できる(画像1exit画像2exit)。

観客席から8コーナー内側の小高い丘を向いて撮された写真が多い(画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit)。
 

8コーナー内側の小高い丘

8コーナーの内側には小高い丘がある(画像exit)。MotoGPが開催されるときは、ファンがこの丘に密集する(画像1exit画像2exit)。
 

コース脇の塗装

ミサノサーキットのコースには色鮮やかな塗装が施されている。2016年まではあまり工夫のない塗装だったが(画像exit)、2017年からアルド・ドゥルディexitという著名デザイナーデザインして特徴的な塗装を施すようになった(画像exit)。

アルド・ドゥルディはヴァレンティーノ・ロッシヘルメットデザインしていることで有名である。詳しくはヴァレンティーノ・ロッシの記事の『友人』の項を参照のこと。

色彩が非常に鮮やかで、見ていて飽きない(3コーナーexit3コーナーexit3コーナー~6コーナーexit10コーナーexit11コーナーexit13コーナーexit)。

1コーナーには「RIVIERA di RIMINI」と塗装された(画像exit)。「リミニ海岸」という意味である。

8コーナーにはMisano Circuit Sic58紅白塗装している(画像exit)。Sic58は「シッチ・フィフティーエイトと読むが、紅白に染めたゼッケン58番を用していたマルコ・シモンチェリexitのことである。

2020年9月に行われたMotoGPでは15コーナーに「RIDE ON COLORS」という塗装が行われた(画像exit)。「様々な色に塗られたマシンに乗る」といった意味だが、ちょうどこのときアメリカ合衆国BLMexitという人種差別反対運動が盛り上がっていたので、それに合わせて作られた。

ちなみにアルド・ドゥルディは路面の塗装だけでなく、大会を宣伝するポスター製作している(画像exit)。

アルド・ドゥルディの製作風景紹介する動画も作られた(動画exit)。
 

鏡のように反射するメインストレートの壁

メインストレートの壁には、のように反射する材料を使っている。本サーキットに詰めかけるカメラマンは、それを利用した画像を撮することがある(画像1exit画像2exit)。
 

11コーナーあたりのガードレール

サーキットMotoGPが開催される期間には、日本人関係者が11コーナーあたりのガードレールに向かってお祈りげることが通例となっている(画像1exit画像2exit)。
 

緑色のペンキで塗ったタイヤ

緑色ペンキで塗ったタイヤを積み重ねたタイヤバリアが所々にある。2コーナーexit8コーナーexit14コーナーexit最終16コーナーexitなど。
 

14コーナーから16コーナーまでの太陽光発電パネル付きスタンド

14コーナーから最終16コーナーまでコース左側に大きなスタンドが並んでいて、ライダーは歓に迎えられる。これらのスタンド屋根緑色に塗られており、上には太陽光発電ネルが付いている(画像exit)。
 

FIAヨーロッパトラックレーシング

FIAヨーロッパトラックレーシングexitという四輪レースがある。

重量5500キロトラックで駆け回り、ドリフトするわぶつかり合うわの爆走レースを展開する(画像1exit画像2exit)。

Youtubeで検索するとexitいっぱい動画ヒットする。

ミサノサーキットでは、このレース2006年から2019年まで毎年開催している。2020年コロナ禍で中止となった。
 

コース紹介(MotoGP)

概要

コース全長は4226mで、2018年2019年MotoGPが開催された19ヶ所のサーキットの中で上から16番である。コーナー数は16ヶ所で、2018年2019年MotoGPが開催された19ヶ所のサーキットの中で上から5番である。これらのデータから「コーナーが多い小サーキット」と表現することができる。

コーナーが多く、直線が短い。ライダーコーナー体を酷使して直線で体を休めるものなので、疲れやすい。

高速コーナーである11コーナーを奪われて「ミサノサーキットは高速サーキット」という印を持ちやすいが、実際は低速コーナーが多い。ブレーキングと低速ギアでの旋回性を問われるサーキットである。

速度2018年2019年MotoGPが開催された19ヶ所のサーキットの中での中で上から15番に位置する。つまり、低速サーキットと言える。

こちらexitMotoGP公式サイトの使用ギア明示動画である。1速に落とすのは4コーナー、10コーナー、14コーナーの3ヶ所で、1速ギアの低速コーナーが多い。1速ギアの走行はエンジンへの負担が大きく、こんな具合exitエンジントラブルが起こることもある。

アップダウンが少ない。Googleアースexitで路面にカーソルを合わせて標高を確認してもそのことが確認できる。8コーナー付近で進入に下り勾配、脱出に上り勾配exitが僅かにある程度である。

コーナーの数が10、左コーナーの数が6。左コーナーの数が少なく、タイヤ左側が冷えやすい。が降ると左コーナーの転倒が増加する。豪雨となった2017年6コーナーexit15コーナーexit最終16コーナーexitで転倒やスリップが多発した。

なパッシングポイントメインストレートエンドの1コーナーexit2コーナーexit8コーナーexit10コーナーexit11コーナーexit12コーナーexit14コーナーexitとなっている。
 

半径が小さい回り込んだコーナー

ミサノサーキットの特徴としては、回り込んだコーナーが多い、というのが挙げられる。回り込んだコーナーというのはUの字になっているコーナーのことで、方向を180度近く転換するコーナーである。

回り込んだコーナーでも半径が大きいと進入速度を速くしてコーナリングスピードを上げられる。ブルノサーキットの1コーナーexitムジェロサーキットの最終コーナーexitが代表例。

しかしミサノサーキットの回り込んだコーナーはいずれも半径が小さく、進入速度低速にまで落とさざるを得ず、コーナリングスピードが低くなる。ミサノサーキットにはこうした『半径が小さい回り込んだ低速コーナー』が4ヶ所もある。4コーナーexit8コーナーexit10コーナーexit14コーナーexitがいずれも低速コーナーである。

2012年シーズンのロッシはドゥカティワークスに在籍していて、絶不調に陥っていた。コーナリングスピードが上がらない、コーナーを上手く曲がれないマシンで苦しんでいた。ロッシはレースが終わるたびに「コーナーの進入速度を上げられない」とボヤいていたものである。しかしながらそのロッシ&ドゥカティは、ミサノサーキットで見事に2位に入った。
 

風が強く吹くことがある

海岸線から2kmなので、からのが急に吹き込むことがある。このサーキットは、11~13コーナーがもっともに近いところであり(地図exit)、からの海風が吹いた場合、メインストレートは追い、6コーナーから8コーナーまでの直線は向かい風になる。

オートバイの走行に与えるはとても大きい。詳しくは風(MotoGP)の記事を参照のこと。
 

路面の状態が悪い

路面の状態が悪いサーキットである。

2015年3月に路面の全面修が施され、グリップが良くなった(記事exit)。しかしながら2017年にはもう路面が悪くなっており、11コーナーや12コーナーマシンを震わせて走るライダーが続出している。

2020年3月に路面の全面修が行われた(記事exit)。グリップがよくなったが、とにかく路面の凹凸がひどく、2020年9月に走行したMotoGPライダーの中には「モトクロス凹凸のある土の路面をジャンプしながら走る競技)のコースのようだ」と評価するものもいた(記事1exit記事2exit)。

どうして路面の凹凸がひどいのだろうか。サーキットの路面は、アスファルトなどの舗装部分と、その下の下部構造で成り立っている。下部構造の出来映えがひどいので再舗装しても凹凸だらけになっている、と推測することができる。

ステファン・ブラドルは「路面の凹凸がひどい。アスファルト部分だけ更新して、下部構造には手を付けていないようだ」という発言をしている(記事exit)。「下部構造に問題があるのではないか」というステファンの疑念がにじみ出たコメントと言える。
 

メインストレート~2コーナー

メインストレートは短い。

メインストレート速を伸ばして1コーナーブレーキインコース右側)に飛び込むことがある(
動画1exit動画2exit動画3exit

1コーナーで抜きにかからず背後に付けてスリップストリームを効かせて加速し、切り返しの2コーナーインコース左側)に入ってパッシングすることもある(動画1exit動画2exit動画3exit動画4exit

1コーナーで抜きにかからず背後に付けてスリップストリームを効かせて加速し、切り返しの2コーナーアウトコース右側)から勢い良くかぶせていくこともある(動画exit)。
 

3コーナー~6コーナー

3コーナーから6コーナーまではマシン速度が遅くなり、コース幅もぐっと狭くなり、非常に抜きづらい。正確に、神経質に、走行ライントレースすることが要される。

2コーナーから3コーナー立ち上がり地点に向かってショートカットが伸びている(航空写真exit)。2015年の路面再舗装の時も、ショートカットは再舗装されずそのままであった。ゆえにコース路面はショートカット真っ白になっていた(画像exit)。

3コーナーの進行方向の左側にピットロード出口がある。

4コーナーはぐるっと回り込む低速コーナーで、コース幅が狭い。ここはわずかに下っていて、しくブレーキして大きくバイクを傾かせるところである。フロントタイヤに負担がかかり、転倒することが多い(動画1exit動画2exit)。

4~5コーナーのあたりの壁は、2016年までは緑色に塗られていた(動画exit)。2017年には水色に塗り直されている(動画exit)。

6コーナーの立ち上がりは久々アクセルを全開にできる場所で、アウト側の縁石に乗り上げて大きいラインを通り、次に続く実質的に直線になっている区間での加速を伸ばしたい。しかしながら勢い余ってアウト側の縁石の外にまではみ出してしまうとペナルティをもらってしまう。2015年Moto3クラスダニーケント(ゼッケン52)が縁石の外にはみ出してしまい(画像exit)、『ポジションを一つ落とせ(Change Pos +01)』というペナルティを受けた。
 

7コーナー~8コーナー

6コーナーを立ち上がったあとは実質的に直線となっている。ここを加速して前のの背後に付け、8コーナーハードブレーキングしてインに飛び込んで抜くのが多く見られるパッシングシーンである。

7コーナーは極めて緩いコーナーであり(航空写真exit)、アクセル全開で駆け抜けていく。マシンを傾かせて突っ走り、ブレーキングの直前までマシンが傾いている(動画exit)。こういう極めて緩いカーブは意外にもマシン操作が難しく、難易度が高い。

8コーナーはこのサーキット最大のハードブレーキングポイントで、わずかに下っている。

8コーナー立ち上がりはマシンが傾いた状態でアクセルを開けていく場所で、ハイサイド転倒が多発する。こういう場所ではアクセルを慎重に開けなければならない。焦ってアクセルを強く開けるとリアが滑って制御不能になり、ハイサイド転倒になってしまう(動画exit)。

8コーナー立ち上がりはわずかながら上り勾配になっている(動画exit)。
  

9コーナー~10コーナー

9コーナー~10コーナーは複合コーナーで、最初は「へ」の字の緩いカーブ、次は「つ」の字のキツいカーブである。進入のコーナリング速度が速いが、に行くに従いブレーキを掛けてコーナリング速度を落とすという、難しいマシン操作を行うことになる。

ここのライン取りはライダーたちにとって考えどころとなっている。

インを回るラインなら距離を稼げるが、立ち上がりの加速が弱くバックスレートで遅れてしまう。

そのため、大きく回ってアウトインアウトラインを通り、立ち上がりの加速を伸ばしたい。しかしながら、あまりアウトに振りすぎてしまうと、も走っていないようなまみれの路面を踏んでしまい、ツルッと滑ってしまう。

アクセルを開け始めるポイントを決めるのも難しく、ライダーの腕を問われる場所である。

ロングストレートの前のコーナーではパッシングを仕掛けずに綺麗なラインを通りストレートでの加速に備える、というのが格言だが、10コーナーは低速コーナーなので、格言無視してパッシングを仕掛けるライダーもいる。

10コーナーの外には、いかにも海岸沿いの防といった感じの木々が並んでいる(画像exit)。
 

10コーナー立ち上がりで首を右に向ける

10コーナー立ち上がりで、姿勢をそのままにしてちょっとだけ右に首を傾けて右に視線を飛ばすライダーがいる。こうすることにより、後続のライダーとの距離を確認することができる。ライダーは「姿勢が崩れて速が鈍るので後ろを振り返るな」と教育されているので、こういう方法を使う。

レースになるとライダー同士の距離が広がりやすくなり、後方ライダーとの間隔を気にするライダーが増え、10コーナーで首を右に傾ける立つ。

2017年の中での開催になったが、Moto3クラスロマーノ・フェナティジョアン・ミルMoto2クラストーマス・ルティが10コーナー立ち上がりで首傾けを実行していた。ちょっと首だけ右に傾けて後続確認して、その次の間に元に戻ってカウルにせる(画像exit)。

ぐるっと回り込んだヘアピンコーナーならどこでもこの後続確認方法が使えるはずだが、このサーキットヘアピンのなかで後続を見る余裕があるのはこの10コーナーだけなのである。他のヘアピン4コーナーexit8コーナーexit14コーナーexitで、いずれも直後にライン取りの難しいコーナーがあり、のんびりと後続を見ていられない。
 

バックストレート~13コーナー

10コーナーを立ち上がるとバックスレートに入り、11、12、13コーナー高速コーナーが3つ続く。

バックスレートから13コーナーまではスリップストリームがよく効き、パッシングも起こりやすい。

11~13コーナーで後続のライダーインに入ろうとするし、先行するライダーインを閉めようとする。この攻防はヘリコプターからの空撮で映し出される。

11コーナーと12コーナーと13コーナーはよく似ているのだが、13コーナーの進入の直前には進行方向右側にショートカットがあり(航空写真exit)、そこに巨大なスクリーンが置いてある(動画1exit動画2exit)。
 

14コーナー

14コーナー緑色の壁に囲まれている(画像exit)。また、イン側にクレーンでられて旋回するカメラがある。クレーンカメラがぐるっと回り、緑色の壁背景にしてライダー2人が14コーナーで攻防する姿を映す、これがミサノサーキットの恒例である(動画1exit動画2exit動画3exit

14コーナーの立ち上がりには進行方向右側にショートカットアスファルトが伸びてきている(航空写真exit)。

低速の14コーナーが最後の勝負所になっていて、ここでインに飛び込んで前に出ておかないと残りのコーナーでは苦しい。14コーナーインに飛び込んで並びかけるだけでは上手くいかない。次の切り返しの15コーナーアウト側を回らされることになり、置き去りにされてしまう。

14コーナー低速コーナーなので、飛び込んでキチッと止めてクルッと回るのは難しい。飛び込んでも止まりきれず、クロスラインで抜き返されることもある(動画1exit動画2exit)。
 

15コーナー~最終16コーナー

低速の14コーナー速をどん底にまで落とすので、15コーナー~最終16コーナーにおいて速を伸ばして先行ライダーインに飛び込んでパッシングするのが難しくなっている。

最終16コーナーを立ち上がってすこし距離を走るとチェッカーラインがある。チェッカーラインまでに速を伸ばして先行ライダーを抜き去るのは難しい。


ライダーは、最終16コーナーの脱出で一杯に外を攻めて、メインストレートの加速を伸ばそうとする。

最終16コーナーの縁石を乗り上げて、土煙(つちけむり)を上げることがある(動画1exit動画2exit動画3exit動画4exit動画5exit)。

こんなに土煙を上げると、路面に土をまき散らすことになり、後続のマシンに悪を及ぼしてしまう。土に乗り上げたマシンが滑ったら危険である。

そのため、「縁石の外に土が存在する」という形状をめて、「縁石の外にアスファルトが存在し、アスファルトの外に土が存在する」という形状にめた。そして、「縁石の外のアスファルト緑色塗装をほどこして、緑色塗装に乗り上げたらペナルティ」という制度を導入した。

2020年はその制度に引っかかったライダーが出ている(画像1exit画像2exit)。
 

ヨハン・ザルコ乱心事件

2011年125ccクラス決勝の最終ラップで、最後の勝負所である14コーナーで並びかけられたがギリギリ抜かれず、15コーナーニコラス・テロルを見事に抑えきったヨハン・ザルコ

最終16コーナーもしっかり立ち上がったが、このとき何を思ったか後ろを振り返ってニコラス・テロルマシンに手を伸ばした。余計な動作をしたことでスロットルが戻り、速が落ち、チェッカーライン寸前で抜き返されてしまう。

世界MotoGP観戦者の頭の中に「?」の文字が浮かんだレースとなった。

ニコニコ動画でも話題となり、なんというザルコのミスというニコ百記事まで作られてしまった。
 

コース学習用動画

関連リンク

関連項目

脚注

  1. *2017年5月17日にリミニ自転車トレーニングしていたニッキー・ヘイデンexit交通事故に遭い、マウリツィオ・ブファリーニ病院へ搬送された。

    2010年9月5日に本サーキットサンマリノGP(MotoGP)が開催され、Moto2クラス決勝で富沢祥也exit事故の受傷者となった。ドクターヘリに乗せる暇がないと判断され、リッチョーネ・チェッカリー病院に搬送された
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