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ヤマニンゼファー

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ヤマニンゼファーとは、日本の元競走馬・元種である。
名は冠名+ギリシャ神話の西ゼピュロスの英語読みゼファーから。
実際は資生堂化粧ゼファーからだが、はゼピュロスからであるのでそんなに違いはない。 

概要

マイル皇帝ニホンピロウイナーはヤマニンポリシーブラッシンググルームという血統。
は祖ヤマホウユウアメリカに持って行って種付けして生まれたのだが、全のベイラーンが日本にいるにもかかわらず
まだ産駒が走っていないブラッシンググルームをわざわざ付けに行ったので「かけてベイラーンのなんか付けに行ったのか」とさんざ笑われたという。
そうやって生まれたヤマニンポリシーは…未出走で繁殖入りしたが、繁殖として彼を産んだ。
ちなみに、同世代にはウイナーが倒したかった、あのシンボリルドルフの最高傑作トウカイテイオーがいた。しかしたった一度だけ皇帝と相見えたと違い、彼らの運命は交わることはなかった。 

膜炎が長引き、デビュー3月。新戦が終わる前に強行デビューとなった。調整不足は明らかであり、ダート戦ということもあり12番人気と非常に低評価であったが直線の短い中山で追い込んで快勝。
続く条件戦も快勝すると、可性を試すべくクリスタルカップへ。初の芝ながら3着し可性を見せつける。
このあとはまた膜炎でまで休養。復帰後は2戦して1勝。営は格上挑戦でスプリンターズステークスに挑戦させたがさすがに荷が重く7着。

翌年は条件戦を2戦で突破。オープン入りすると京王杯スプリンカップで3着と好走する。そして迎えた安田記念バンブーメモリーの前例を踏まえれば人気しそうなタイプだったが…
なんと11番人気ダイタクヘリオスダイイチルビーっていたとはいえ、軽視され過ぎである。
かしこれが当時の上で、GⅠ未勝利だった田中にはプラスになったのか、カミノクレッセを抑え込み重賞初制覇をGⅠ初制覇で決めた。
しかしは好走すれど勝ち切れず、スプリンターズステークス2着が一番立った成績であった。

6歳(旧表記)を迎えると、が3着に敗れた天皇賞(秋)制覇を最大標に定め、騎手としての相馬眼に優れていると言われていた田原上に招聘。
マイラーズカップ中山記念の二戦をこなしたが2着と4着となった。しかし田原からは「このなら中距離でも大丈夫だよ」 と評価され、正式に制覇をすこととなった。
しかし標は安田記念である。ということで京王杯スプリンカップへ。59キロを背負いながらシンコウラブリィを軽くひねる。
安田記念へ向かうことになったが、騎手田中が所属厩舎のセキテイリュウオー専念となったため天皇賞ゼファーには乗れなくなってしまった。
ちなみに、田中はこれで運が逃げてしまったのか中央では2007年皐月賞までGⅠを勝てなかった。の誕生である。ゼファーのせいじゃないんだけども。
そこで京王SCでも騎乗停止中の田中に代わり騎乗した柴田善臣を新たな戦として招き、迎えた安田記念。 なかなか一番人気になれないジンクスでもあるのか二番人気。しかし2番手から押し切り快勝。連覇達成となった。
上の柴田善臣は念願のGⅠ制覇を達成した。こののおかげで関東の若手が二人も初GⅠ勝利を達成したのである。 なんというヴァージンキラー

毎日王冠から始動するが、6着と敗。まあ、これまでを見ても使って良くなる傾向はあるではあるので営は悲観しなかったのか、
予定通り天皇賞へ。中距離をこなすため厳しいスタミナ強化調教を施されたが、耐え抜きパワーアップして挑んだ。
この年の天皇賞は本命不在の大混戦。メジロマックイーン戦圧勝で一番人気確実と言われながら屈腱炎で引退 には復帰予定だったトウカイテイオーも調整に手間取り有馬記念直行マックイーンを負かしたい刺客ことライスシャワーは、マックイーンを負かすためにを使い果たし絶不調と軸がいない状況だった。
人気を見ればライスシャワーが押し出された一番人気だったが、あのナイスネイチャ二番人気、さらに逃げ芸人暴走機関車ツインターボが絶好調だったとはいえ三番人気である。 みんな何を軸にしていいかわからん状況でパニクってたのだろう。そんななか、府中でGⅠ2勝を挙げたとはいえゼファーはまた5番人気若干忘れられていた。
いい加減なんで軽視するんだとも言いたくなるが、こんだけ軸がなくても短距離はない、そう考えても不思議はないかも知れない。前戦は情けなかったし。
しかし、レースではいつものように爆走するツインターボロンシャンボーイの直後につけ、前二頭がテンプレ的に尽きると先頭に躍り出るが、 かつての相棒田中上のセキテイリュウオーが外から強襲。一旦は先頭に立たれるが、それを類稀なる根性で差し返し退け、見事天皇賞(秋)を制覇。
ニホンピロウイナーの成し遂げられなかった天皇賞制覇を達成したのだった。お見事。
その後スプリンターズステークスに出走するが、サクラバクシンオースピードには敵わず2着、引退となった。

1993年は確固たる活躍がいなかったため、天皇賞安田記念を取ったゼファーにも年度代表はあると思われたが、獲得タイトル菊花賞のみで2着ばかりのビワハヤヒデが年度代表となった。
これには一部の識者から短距離の軽視ではないかなど批判が上がることとなった。1997年タイキシャトルでも理だったんだから仕方ない。
取りたいなら1998年タイキシャトルのように海外で箔をつけなきゃ理というのが後に示されたわけで。 

引退後は種として最初はサンフォードチーらを出しそこそこやれていたが後が続かず、2009年引退。その後はふるさとの錦牧場で功労として々自適の生活を送った。2017年5月、29歳で死去。やその近親は軒並み心臓麻痺に召されたが、ゼファーは老衰で、前日まで特段変わった様子もなかったとのこと。「そよ(ゼファー)と呼ぶには強すぎた」とは「ヒーロー列伝コレクション」でつけられた彼への賛辞であるが、その最期は名の通り、そよのような、静かなものになったようである。
同い年の二世皇帝トウカイテイオーの影に隠れてしまったが、マイル皇帝の二代ということもあり熱狂的ファンは少なからずいたようで、彼の血を引くが走る日には、ヤマニンの勝負の色に染め上げられたゼファー魂という横断幕が掲示されている。

余談だが、代表産駒であるサンフォードチーは種にこそなれず乗としてで暮らすことになったが、高崎競馬舞台にしたNHK連続テレビ小説ファイト主人公と関わりをもつタロウとしてレギュラー出演。名俳優っぷりを見せていた。

胴の詰まり発達した四肢をもつ、わかりやすいほどの短距離だったが、気性は素直でおとなしく、しかしレースでは根性を発揮し一歩も退かないという完成されたであった。
それが遺憾なく発揮されたのが天皇賞(秋)であり、かかることなく先行し、直線では根性で距離を乗り越えてみせた。
柴田善臣も「ゼファー璧な勝利だよ、もう一回やれって言われてもできない」とっている。 

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最終更新:2019/11/22(金) 14:00

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