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ライスシャワー

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ライスシャワーとは、

  1. 新郎新婦に、ゲストライスお米)を降り注ぐセレモニーのこと。
  2. 日本競走馬
  3. ブルボンヌ雪村初音ミクオリジナル曲
  4. 極端な量のコメントのこと。

である。この稿にいては2.について解説する。

概要

93年、天皇賞(春)

極限まで削ぎ落した体に、が宿る。

王者メジロマックイーンの三連覇を阻んだ、漆黒ステイヤー。

ヒールか、ヒーローか。悪夢か、奇跡か。

そのの名は…

 ―2012年天皇賞(春)CMより

ライスシャワーは1989年まれの競走馬。「関東い刺客」「高速ステイヤー」「レコードブレーカー」と呼ばれた名である。競馬界一のKYとして有名。戦騎手は的場均騎手。

リアルシャダイライラックポイントマルゼンスキーという血統。リアルシャダイナリタブライアンブライアンズタイムと同じRobertoの血を引いており、中長距離で良く走るを出した種である。

生まれた時から「小さいが良いだ」という評判であり、産地ではダービー補として名が上がっていた程だったという。しかしながら体質が弱く、折などもあり出世は遅れた。皐月賞は8着で、トライアルもさっぱり。ようやくダービーに出られたものの、16番人気だった。

ところがライスシャワーは走し、桁違いに強かったミホノブルボンにこそちぎられたものの、マヤノペトリュースを差し返す根性を見せて2着に突っ込んだ。番連勝は3万馬券という大波乱だった。もっとも、産地ではこの走はそれほど驚かれなかったらしい。なんでも「ライスシャワーがダービーに出れたら買い」は常識だったらしく、ミホノブルボンとの券を1000円ずつボーナス代わりに配った牧場もあったとか。

セントライト記念GII)と京都新聞杯(GII)を2着したライスシャワーは、絶好調のまま菊花賞に望む。

このレース皐月賞ダービーを圧倒的な強さで逃げ切ったミホノブルボン敗で三冠を達成するかどうかが焦点だった。ライスシャワーは2番人気。正直、を埋め尽くしたお客さんの大半はブルボン三冠達成の間を見に来ていただ。

ところが、3~4コーナ途中で先頭に立ったミホノブルボンを直線ねじ伏せてライスシャワーが勝利ダービー2着の辱をらしたのだったが、観衆からは「あ~」という溜息が漏れ「よけいなことすんな!」という罵も上がる始末。この時からライスシャワーにはヒール役が定着する。

翌年、ライスシャワーは天皇賞(春)への挑戦を決める。そこには天皇賞(春)を二連覇中。折休養明けながら産経大阪杯GII)を5身差のレコードで楽勝していたメジロマックイーンが出走を予定していた。

はっきり言って、メジロマックイーンは物凄く強い。ライスシャワー営は生半可な事ではマックイーンを負かせない事をよく理解していた。マックイーンを負かすため、ライスシャワー営はライスシャワーを底して鍛える事を決意する。その調教は壮絶なもので、様子を見た他の調教師からは「レースの前にが潰れるぞ!」とさえ忠告されたという。出走時、ライスシャワーは前走から12kg減の体だった。それは正に試合前のボクサーを思わせる究極の仕上がりで「もはやには見えなかった」と的場均騎手が述懐したほどだった。

レース愛すべきバカメジロパーマーを先頭に、その直後にマックイーンが取るメジロ勢のペースで進んだ。ライスシャワーと的場騎手はこのマックイーンを底してマーク。背後に影の様にび寄った。直線入り口でメジロパーマーを交わし堂々と先頭に立つメジロマックイーン。そこへ外から体が襲い掛かり、メジロ勢の2頭を一気に抜き去った。ライスシャワーである。身体を撓わせるような凄まじいフォームでライスシャワーは一着でゴールメジロマックイーン三連覇の夢を打ち砕いたのだった。ゴール間、的場騎手はガッツポーズなどせず、左手でそっとの首を撫でた。

これで現役最強の座は確定か?と思わせたのもつかの間、ライスシャワーは勝てなくなってしまう。9戦中2着が1回あるだけという惨憺たる有様で、ファンからは「ブルボン三冠を阻んだのにだらしない」「こんなことならマックイーンに勝たせてやればよかったのに」ナイスネイチャ定席を盗るんじゃねぇ(有馬で3着した時)!」などと罵られた。連覇のかかった天皇賞(春)前に重度の折を負う不幸もあり、正直ライスシャワーは終わった扱いされるようになっていた。

6歳になり、ライスシャワーは天皇賞(春)に2年ぶりに出走した。前年の三冠馬ナリタブライアン、後の年度代表サクラローレルといった有が相次いで故障で戦線離脱したのだが、負け続けたせいでレコードホルダーの看も色あせてしまったのか、4番人気であった。しかし、レースでは3コーナーの下り坂でスパート。一気に先頭に立って逃げ込みを図った。おお!勝ったか!と思ったところで脚が止まり、外からステージチャンプが並びかけたところがゴールだった。思わずステージチャン上の蛯名正義騎手がガッツポーズし、勢いでライスシャワー勝利実況をした杉本清氏が直後にざめたほどのタイミングだったが、実は鼻差でライスシャワーがいでたのだった。蛯名さん大丈夫です。ウイニングランしてないからセーフです。

この勝利で、ライスシャワーへの評価は一変した。負け続けても諦めずに走り続け、遂に復活した小さな根性という評価になったのである。

このため、続く宝塚記念ではファン投票1位になり、体調が微妙なので出走をしていた営も、結局出走させることにした。この年は阪神競馬場阪神大震災のために使えず、宝塚記念がライスシャワー得意の京都競馬場で行われる事になっていたということもある。

そして運命の宝塚記念。3コーナーでライスシャワーは崩れ落ちた。映像でも分かるほ左前足が折れていた。もう、助からない。のもそれは明らかで、もが胸を引き裂かれるような思いを抱いた。体を動かすことすらできなくなったライスシャワーはその場で予後不良処分が取られた。ライスシャワーの遺体を運ぶに向けて最敬礼をする的場騎手の姿は涙しでは見られない。

ミホノブルボンを破った菊花賞メジロマックイーンを破った天皇賞(春)は共にレコード勝ちで、尽蔵のスタミナと息の長い末脚が持ち味の高速ステイヤーだった。反面、どうしようもなくダッシュく、とにかく長距離を走らないと価が発揮できない不器用でもあった。この頃から競馬体系が短距離重視に切り替えられつつあったのがライスシャワー最大の不幸であったろう。度重なる故障で順調さを欠いた事も痛かった。

ライスシャワーの事故、いわゆる「の悲劇」は衝撃的だったために、ライスシャワーと言えばあの事故、と言われるようになってしまったのは残念な事である。はっきり言って、競馬場予後不良になることはしい事ではない。悲しいが、競馬とはそういう過酷な場所なのであり、ライスシャワーのあの事故「だけ」を取り上げて悲劇にしたり美談にしたりするのはおかしい。

しかし、菊花賞天皇賞(春)を二つともレコード勝ちするような高速ステイヤーは滅多に出てこない。ましてや絶対と言われたライバルを堂々打ち負かすようなは。

京都を駆け抜けたい刺客。憎たらしいほど空気が読めなかったレコードブレーカー。ライスシャワーを思い起こす時はまずその勇姿を思い起こして欲しいものである。

「疾走の嶺の魂となり」。京都競馬場にあるライスシャワーの記念碑にはそう刻まれている。

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最終更新:2019/10/19(土) 18:00

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