ラインクラフト 単語

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ラインクラフト

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尊き一

それはただの一歩ではなく
素質を研ぐための鍛錬と
深慮の果てにある決意の
積み重ねであり凝縮なのだ

それはただの一勝ではなく
次なる挑戦や快哉へと続き
人々の心を強く動かしていく
濃密な物語の断片なのだ

だからこそこの一は尊く
皆命を懸けるのである

JRA「名馬の肖像」ラインクラフトexit

ラインクラフトとは、2002年生まれの日本の元競走馬である。

名の由来は、冠名ドイツ語で力。
デビュー戦からラストランまで全レース福永祐一が手綱をとった。

な勝ち
2004年:ファンタジーステークス(GIII)
2005年:桜花賞(GI)NHKマイルカップ(GI)フィリーズレビュー(GII)
2006年:阪神牝馬ステークス(GII)

曖昧さ回避 この記事では実在競走馬について記述しています。
このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するキャラクターについては
ラインクラフト(ウマ娘)を参照してください。

血統

エンドスウィープ
マストビーラヴド(サンデーサイレンス

エンドスウィープアメリカカナダを中心に走り、引退後はサウスヴィグラススウェプトオーヴァーボードを出した後日本に輸入された。
日本輸入後は供用3年で急死するアクシデントもあり、日本生まれの産駒は3世代しかいないが、その中でもスイープトウショウアドマイヤムーンを出している。

マストビーラヴドは競走馬として3戦未勝利と結果を残せなかったが、血統をたどるとファンシミン系の子孫である。
実は、このファンシミン系は社台ファームが繁養していたファンシミンから始まる。
ファンシミンはアメリカ競走馬生活を送り、1972年に社台ファームに輸入されたがその直たちは競走馬としては条件にとどまっていた。
ところが、繁殖入りしてからはダイナフェアリーやブロードマインド、ラインクラフトの祖母にあたるダイナシュート、近年ではソングオブウインドトウケイヘイローなど活躍を多く出しており、スカーレットインク系などとともに社台の伝統の名牝系の一つとして、評価されている。

また、ラインクラフトのとしてプロキオンステークスを勝ったアドマイヤロイヤルキングカメハメハ)、さらに叔父として高松宮記念を勝ったアドマイヤマックスマストビーラヴドの)がいる。

デビューから桜花賞前まで

ラインクラフトは2004年10月競走馬としてデビュー
当然1番人気にこたえて……と言いたいところだが、実は1番人気ではなかった。
実は新馬戦では3番人気であったが、それでも後方に5身差をつけての快勝。

さらにファンタジーステークスも勝ち、阪神ジュベナイルフィリーズでは1番人気に推されていた。
ところが、このレースでは追い込んだものの、外をまわしてしまったショウナンパントルの乾坤一擲追い込みの前に惜しくも3着と敗れてしまう。

しかし、年が明けて3歳になると、フィリーズレビューを見事に勝利し、桜花賞に向かうこととなった。
そして、桜花賞を迎えることとなるが、ここである問題が発生する。

桜花賞~桜舞う仁川での一冠目~

さて、桜花賞に向けてある問題が発生したとは書いたが、騎手福永のほうに問題が発生したのである。

福永に問題とは?と言われそうだが、実は福永桜花賞で2頭のお手が出走することとなっていた。
1頭は当然ラインクラフト。
そして、もう1頭がシーザリオである。

シーザリオ福永を背にフラワーカップを制し、桜花賞に参戦することとなった。
これは前年のダンスインザムードと同じローテーションである。
一方、戦の福永にはラインクラフトが先約としてあったため、シーザリオ営は騎手を探すことになり、シーザリオ営は名古屋競馬の名手・吉田稔にシーザリオの騎乗を任せることとなった。
実際に、福永の本音としては「桜花賞はラインクラフト、オークスシーザリオ」であったとも言われている。

ところが、ラインクラフトはフィリーズレビュー後の疲労もあって出走回避か?と言われており、その場合はシーザリオ福永を騎乗させることにシーザリオ営は決めていた。
その後、1週前追い切りで状態が良かったことからラインクラフトが出走を表明したため、福永は先約通りラインクラフトに騎乗することとなった。

桜花賞当日。
1番人気に支持されたのはシーザリオであった。
それでも、ラインクラフトは僅差の2番人気であり、ファンの期待は高かった。
レースでは福永が積極的に前につけると、直線でデアリングハートとともに逃げたモンローブロンドをとらえ一気に抜け出した。
その後、デアリングハートをかわし、猛然と追い込んできたシーザリオをクビ差抑えて、桜花賞を制した。
なお、ひっそりとデアリングハートが3着。
一方で、レース後に福永瀬戸調教師に「この距離適性を考えて、オークスよりもNHKマイルカップのほうがいいのでは?」と助言をしている。
ただ、福永としても「ベテラン調教師なので本当にマイルカップに行ってもらえるかは半信半疑であった」とも、のちのインタビューで答えている。

NHKマイルカップ~牝馬初の変則二冠GⅠ勝利~

開拓者

これまで
アタックしなかった
未踏のルート

その険しい岩肌の
攻略に必要なのは
ほんの少しの勇気だった

頂上をす者たちよ
は切り拓いた
自分を信じられるのなら
さあ後に続け

JRA「名馬の肖像」ラインクラフトexit

桜花賞後、ラインクラフト営はオークスを回避し、NHKマイルカップへの出走を表明する。
それは、クラシックイナーとしては初めてNHKマイルカップに挑戦をするということでもあった。

しかし、ファンとの初対戦を不安視してか、桜花賞勝ちにもかかわらず、まさかの2番人気
1番人気シンザン記念を制したペールギュントであった。
だが、その2番人気という評価をあざ笑うかのようなレースを見せることとなる。

レースでは、4番手を追走すると、直線では力強く抜け出すと、最内を力強く突き、残り300mで先頭に立った。
すると、一気に後ろを突き放し、最後は余裕の勝利を収めた。
そして、ひっそりとデアリングハートが2着

この勝利で、2004年キングカメハメハに続く変則二冠馬となった。
ちなみに、こちらの変則二冠は桜花賞NHKマイルCである。
さらにその2週後のオークスでは、シーザリオ福永を背にオークス勝利
上記で書いた福永の本音通りに選んだに騎乗をし、両方で勝利をするという最高の結果となったのである。

秋、そして年が明け……。

NHKマイルカップ勝利後、ラインクラフトは休養を挟み、ローズステークスに挑むこととなった。
一方、シーザリオアメリカオークスを制したものの、その後故障を発症し、戦線を離脱していた。
しかし、そのローズステークスでラインクラフトの前にあるシーザリオに代わって立ちはだかることとなる。

そのの名はエアメサイア
彼女は、桜花賞こそ4着であったがオークスではシーザリオに迫る2着と好走をしていた。
そして、ローズステークスではエアメサイアゴール前で差されて2着。
さらに、変則三冠馬の期待がかかった秋華賞でも、エアメサイアにクビ差の2着に敗れてしまった。
だが、エアメサイアに敗れたのは距離適性の差であって、決して力負けではないのでは?と考えているファンも多かった。

実際にその後、や古と混ざって走ったマイルチャンピオンシップではハットトリックダイワメジャーから1身差の3着と好走。
しかし、続く阪神牝馬ステークスでは逃げる形となってしまい、アドマイヤグルーヴの4着と敗れた。


これで3歳は終わったが、GIを2勝しており、最優秀3歳に……なれなかったのである。
2005年の最優秀3歳は票が大きく割れシーザリオ147票、ラインクラフトは138票とわずか9票の差で惜しくも最優秀3歳の座を逃したのである。シーザリオオークスの後に初の日本調教でのアメリカGI制覇となるアメリカオークス勝利していたので善戦したほうか。
ちなみに、最優秀短距離でも7票入っていた。

そして、年が明けて2006年
ラインクラフトは、年明け初戦に高松宮記念に出走。
初めての1200mのレースということもあって、周囲からは不安のが聞こえたが、オレハマッテルゼの2着に入り、その不安を一蹴した。
さらに、ヴィクトリアマイルが創設されたことで、開催がに変わった阪神牝馬ステークスを快勝しヴィクトリアマイルに挑んだ。
だが、そのヴィクトリアマイルではマイルGIの実績などから1番人気に支持されたものの、直線で伸び切れずまさかの9着。
初めて掲示板を外す結果となり、そしてこのレースが同時にラストランになってしまうこととなった。

突然の死、そして……

ラインクラフトはヴィクトリアマイル後、ノーザンファーム空港牧場に放牧に出された。
スプリンターズステークスに備えて、8月末に帰厩することで準備を整えていた。

だが、そんな中、2006年8月19日になって訃報が飛んできた。
調教中にラインクラフトの脚色が急に乱れたため、乗り役が下したものの、そのまま倒れて死亡
死因急性心不全であった。
まだ4歳、しかも現役のGI勝ちのあまりにも突然すぎる死に関係者やファンは大きな衝撃を受けた。
ちなみに、この8月19日というのは祖であるサンデーサイレンス命日でもある。

そして、その後。
2013年クラシック路線シーザリオ子供であるエピファネイアが盛り上げている。
また、エアメサイアデアリングハートなど同世代のライバルたちはとなり、子供たちをターフに送り込む準備を進めている。
しかし、そのターフではラインクラフトの子供を1頭も見ることができないのである。
さらにそれから7年後の2020年シーザリオデアリングハートの両祖母に持つ(即ち両の孫に当たる)デアリングタクト日本中央競馬では史上初となる敗の牝馬三冠という金字を打ち立てたのだが、ここにラインクラフトの子や孫が居れば尚更盛り上がったであろうと思った競馬ファンも少なくなかったであろう。

もし、見れるのであれば、シーザリオエアメサイアデアリングハートの子孫たちと走るラインクラフトの子孫が見たかった。
そう思うファンは多いのではないだろうか。

血統表

*エンドスウィープ
1991 鹿毛
*フォーティナイナー
1985 栗毛
Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
File Tom Rolfe
Continue
Broom Dance
1979 鹿毛
Dance Spell Northern Dancer
Obeah
Witching Hour Thinking Cap
Enchanted Eve
マストビーラヴ
1993 栗毛
FNo.9-f
*サンデーサイレンス
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
ダイナシュート
1982 栗毛
*ノーザンテースト Northern Dancer
Lady Victoria
シャダイマイン *ヒッティングアウェー
*ファンシミン

クロスNorthern Dancer 4×4(12.50%)

エンドスウィープ産駒日本で非常に高い勝ち上がり率を残した。
マストビーラヴドは3戦して未勝利
サンデーサイレンスアメリカ二冠馬にして説明不要レベルの大種牡馬

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