リッジレーサー 単語


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リッジレーサー

5.5千文字の記事

『リッジレーサー』とは、主にバンダイナムコゲームス(旧ナムコ)が開発・発売しているレースゲーム、およびそのシリーズである。

概要

アーケードゲームから始まったレースゲームのシリーズ。1作目の『リッジレーサー』は3次元コンピュータグラフィックスで描かれた最初期のレースゲームとして、セガの『デイトナUSA』と共に有名である。現在はコンシューマーゲームを中心にシリーズがリリースされている。

『グランツーリスモ』シリーズや『フォルツァ モータースポーツ』シリーズのようなリアルな挙動のレースゲームとは異なり、豪快なドリフトなどを駆使し、現実にはあり得ないような挙動をもって攻略するゲームスタイルである。『リッジレーサーズ』以降の作品には全てニトロシステム(ドリフトによりニトロがチャージ、ニトロを発動すると急加速)が搭載されており、よりリアル系レースゲームとの差別化が図られている。

シリーズ

※太字のものは個別記事あり。

アーケードゲーム

コンシューマー・モバイル

日本未発売

パチスロ

外伝的作品

ゲスト出演

メーカーと車種

『レイジレーサー』よりメーカーと車種が設定された。なお、これらは全て架空のものである(例外あり)。

メーカー一覧

記事のあるメーカーは太字。

他にメーカー設定後に登場した、使用可能なメーカー不明の車両として以下の物が登場している。

年表

注:未完成です。

年代 出来事
1877年 ルイ・アージュ誕生
1898年 ルイ・アージュが21歳にして第1号車を製造する
1949年頃 エスピオンと言う偵察型戦闘機が活躍したらしい
1949年 ルイ・アージュによりリアルレーシングルーツ(以下RRR)第1回大会が、フランスのアヴィニヨンで開催される
1957年 ディグ・レーシングチーム(以下DRT)黄金期
~1965年 初代アッソルート・ビゾンテがデビュー
1965年 エンキ・ジルベルトがレーサーを引退
アッソルートがRRRに参戦。この頃既に大手と見做されている。
1967年 レーシングチーム・ソルバルウ(以下RTS)が発足しRRRに参戦
第9回RRRが開催されRTSが優勝
1969年頃 アージュ・エキュルイユがラリーで活躍。
1971年 RTSが史上初のRRR三連覇を達成
1973年 第12回RRR、25周年記念大会がローマにて開催
1974年 アージュ・ディリジャン発売
1975年 RRR、「8コースサバイバルバトル」にルール改正
ソフィ・シュバリエ誕生
1975年2月14日 永瀬 麗子誕生
1977年 株式会社ナムコ誕生(史実)
1979年 アージュ・バタイユ発売
1979年12月12日 深水 藍誕生
1981年 チームバキュラ、RRRより撤退
1983年 矢崎 信次がRTSのドライバーとなる
1980年代半ば RRRが世界有数の大会として認知される
1985年 RTS、RRR三連覇再び達成
1986年 エンキ・ジルベルトの息子、ジュリアーノ・ジルベルトが事故死。矢崎 信次がRTSを離れる
1987年 第19回RRRがシカゴで開催される。これがアメリカでの初開催となった
リザードモーター(以下リザード)がRRRに参戦する
DRTの親会社である食品メーカーが、石油採掘会社に買収されチームのオーナーが変わる
1980年代後半 テラジ・トループが対米輸出開始
1988年 DRT監督、ドナルド・ルイスがレーシングクラブ・マイクロマウスマッピー(以下MMM)に移籍
1989年 アッソルート・レガーロが登場
R4に登場するアッソルート・ビゾンテが発売される
※Vita版にて初代ビゾンテの発売年が1998年とされているが、これは明らかにR4と矛盾している。R4の設定でも初代と取れる記述があるが、モデルチェンジの可能性も否定しきれない。
1991年頃 テラジ・デシジョンが約1000万円で発売される
1991年 RRR、世界127か国へ衛星中継開始。新たに二次予選を創設し4カテゴリー体制となる
1993年 RRR、最高速度350km/h規制を導入
ラッキー・アンド・ワイルドモータース(以下ラッキー&ワイルド)創業
1996年 初代アッソルート・ファタリタが発売
1996年12月3日 ナムコが本年度のレースクイーンを発表し、永瀬 麗子が選ばれる
1997年 レイジレーサーの舞台と推測される
リザード・イグニションがRRR決勝GP最終戦に投入される
グナーデ、本年度を最後にRRRから撤退
MMMオーナーが心臓を患い、孫のソフィ・シュバリエがオーナーに就任する
1998年 アージュ・ソロ発足
アッソルート・ビゾンテがPPP'98総合優勝
リザード・レックレスが登場
FIFAワールドカップでフランスが優勝(史実)
~1999年 RRRが二か国開催制へと変更される
1999年 第25回大会となるRRR'99が日本とアメリカで開催され、開催地として日本からは横浜及び福岡が、アメリカからはニューヨークとロサンゼルスが選ばれる
テラジ、パックレーシングクラブがRRR初参加
RRR'99の前夜祭が日本の神奈川県、横浜市にあるパックマンドームで開かれる。同日、永瀬 麗子がナムコ製レースゲーム、R4のロケに参加
1999年4月頃 ソフィ・シュバリエに最後通告が出される
1999年5月1日 11時30分、日本の神奈川県、横浜市でRRR'99一次予選第一戦が開催
1999年5月15日 17時30分、日本の福岡でRRR'99一次予選第二戦が開催
1999年6月30日 15時10分、RRR'99二次予選用車両納入
1999年7月1日 20時45分、アメリカ合衆国、ニューヨークにてRRR'99二次予選第一戦が開催
1999年7月15日 6時30分、日本の神奈川県、横浜市でRRR'99二次予選第二戦が開催
1999年9月23日 7時20分、RRR'99決勝用車両納入
1999年9月24日 12時0分、日本の神奈川県、横浜市でRRR'99決勝GP第一戦が開催
1999年10月22日 21時45分、アメリカ合衆国、ニューヨークにてRRR'99決勝GP第二戦が開催
1999年11月26日 15時0分、日本の福岡でRRR'99決勝GP第四戦が開催
1999年12月30日 5時15分、RRR'99最終戦用車両納入
1999年12月31日 23時45分、アメリカ合衆国、ロサンゼルスでRRR'99決勝GP最終戦が開催
1999年12月32日・2000年1月1日 アージュ・ソロが翌33日までワールドカップ優勝記念商談会と称し、大特売フェアを開催
0時過ぎにRRR'99最終戦が終了。
1999年12月33日・2000年1月2日 アージュ・ソロの大特売フェア最終日
2006年末 ソルダ・メルトファイア発売
2008年 世界同時にビゾンテの新車販売停止
2010年 アベイユがフルモデルチェンジ
2011年 投資会社ジーファが自動車部門を創設
6月、アッソルートがアメリカで開催されたショーのカンファレンスで、新型プロメッサのコンセプトカーを発表
12月頃、新型プロメッサの市販バージョン及びレースバージョンが公開
2011年6月 アッソルートがアメリカで開催されたショーのカンファレンスで、新型プロメッサのコンセプトカーを発表
2011年12月頃 新型プロメッサの市販バージョン及びレースバージョンが公開
2012年 Vita版の舞台と推測される

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