ヴィーガン単語

ヴィーガン

3.5千文字の記事
掲示板をみる(3,036)
  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • LINE
  • ほめる(14)
  •  
  •  
  •  
  •  
  • その他

ヴィーガン、ビーガン(Vegan)とは、動物系の製品を排除した生活様式を実践する者のことである。

のみ除外するベジタリアン(Vegetarian)とは分類が異なる。

概要

一般人 ベジタリアン ヴィーガン
(ダイエタリー)
ヴィーガン
(エシカル)
食事にハムがある
OK
×
なので
×
動物由来
×
動物由来
朝食パンバターがある
OK

じゃない
×
動物由来
×
動物由来
ズボンを締めるのに革ベルトを使う
OK

OK

食品じゃない
×
動物由来
ハチミツなど「」由来のもの
OK

OK

閥や人による

閥や人による

一般的に、を伴わない食生活という思想は「菜食義」(ベジタリアニズム)、それを実践する人はベジタリアン(Vegetarian)と呼ばれる。おもに健康宗教上の理由から、あるいは自身の義として、動物を食生活から意図的に除外している。

これに対してヴィーガンは、ベジタリアニズムから生した分で、にとどまらず「生活から動物由来のものを排除しよう」という「全菜食義」(ヴィーガニズム)の考え方である。ベジタリアン英語Veg(etari)anを短縮して作られた言葉である。

なお、ヴィーガン自体にも生や分があり、動物由来のものを食生活から排除する閥「ダイエタリー・ヴィーガニズム」、動物由来のものは生活すべてから排除する閥「エシカル・ヴィーガニズム」などに分かれる。さらに、植物生物の一種として殺すことに忌避感をもつ閥「フルタリアン」もおり、(果物の収穫など)植物を殺さない範囲ならOKというのもいるようだ。

その性質上、動物愛護同一視されることがあるが、動物愛護は「動物の生命・権利を守ろう」という権利思想で、ヴィーガニズムは「動物系のものを除いた生活をしよう」という生活思想である。つまり思想としてのベクトルは異なるものである。[1]

 

ヴィーガンの食事では動物由来のものが排除されるため、食事は植物タンパク質動物性の代用品として料理に使う。また、穀物系のタンパク質であるグルテンを利用して擬似的なソーセージなどを作るところもあるが、など動物由来の製品で取れる栄養がないため、基本的には複数の野菜植物性の物を取る必要がある。

海外、特に欧圏ではそれらに配慮したメニュー作りなども行われており、パーティーなどにおいては、ベジタリアンメニューやヴィーガン用メニューなども用意される。[2]

ヴィーガンになる理由

ヴィーガンというと「動物さんかわいそう」の倫理的動機が強調されがちだが、人がヴィーガンになる的はそれだけではない。

まず大きいのが環境保護的である。地球変動問題が人類の喫緊の課題であることは論を俟たない。その気変動に関して大きなファクターとなっているのが畜産によるメタンガスである。現在の地球には牛だけでも15億頭がおりそのほとんどは畜産に用いられている。牛の放出するメタンガスは1日160〜320Lに登り、またメタンはCO2の28倍の温室効果があると言われる。法改正や技術革新によってメタンガスを削減、有効活用する動きは増えているが追いついていないのが現状である。exitヴィーガンになれば畜産需要が減り、排出されるメタンガス減する(環境的動機)。

また食はエネルギー効率が相対的に悪いため、畜産に向けられてきたカロリーを菜食に変換することでこれまで養えなかった人口を食わせることができたり、飢餓地域の食料の供給を安定させることも可になる(経済的動機)。さらにヴィーガンになることで肥満が減り、健康人口が増え医療費削減になるという考え方もある(健康的動機)。この2つに関しては反対論も多く、土地が農業に不向きで畜産が重要なカロリーとなっている地域は多いし、人によっては菜食のみでは逆に不健康になると言われる。

植物はいいの?

動物を殺すのはかわいそうだから植物を食べよう」と聞くとっ先に浮かぶのは「植物はかわいそうじゃないの?」という疑問だろう。しかしっ先に浮かぶということは何十年も前から議論され反論されているということでもある。そのため「でも植物はどうなの?」論は「Plants tho(プランゾウ)論」と名前がついてテンプレと化すまでになっている。

例えば、畜産において畜の餌として大量の植物が消費されている。なので食をやめる植物を直接食べることで、費やされる命(動物植物)の量を格段に減らすことができる。これは1か0でなく搾取される命の総量を減らすという考え方に基づいている。「生物生きるにあたって他生物の殺生は不可避である」ことは「殺生の数をなるべく減らす努をすべきである」とすることと矛盾するものではない。

またこの「植物はいいの?」論に反論するために古くから植物が痛覚があるかどうかの実験が行われてきた。そしてこれまでのところ植物は、外的な刺に対する反応は認められても動物に類似する意識感覚を持つという科学的根拠は見つかっていない。「植物も痛みを感じることが分かった!」という記事はこの外的刺に対する反応を恣意的に「痛み」と言い換えているものがほとんどである。

その他「痛みが問題であるなら品や遺伝子操作で痛みを感じないを作ればいいのではないか」などのよくあるに対する反論はこちらのサイトビーガンFAQ-よくある質問と返答集exit)が詳しい。

問題・騒動

ヴィーガンおよびヴィーガニズムは民主主義などでは思想として尊重されるが、なかには「動物がかわいそう」「資駄」という動物愛護団体のようなになる者や[3]、「皆のためになる」「世界のためになる」とワールドワイドレベルに発展したをする者もいる。

思想にとどまらず、一部の義者にはステーキ焼肉店などの前でデモを行ったり入店しようとした客に入らないよう要して営業妨を行ったり、飼っているペットに本来の食性を視してヴィーガン食を食べさせるなどの虐待犯罪と見なされるような行動を起こすものもいる。 [4] [5]

また、Twitterインスタグラムなどでも食行為を肯定した内容に対して暴言を吐いたり自論のをはじめて場を荒らすなどの行為も見られ、"個人の自由""思想の自由"の範囲をはるか逸脱した行いも立つようになってきている。[6]

 

ヴィーガンに否定的な者には「ヴィーガン(菜食しかしない)だから異常行動を起こす」などのをする者や、「本来とるべき栄養をとっていない → 人間性(自分自身)を否定している」などのを行う者もいたりするが、"個人の思想"の範囲を守っているヴィーガンもいる事や、ヴィーガニズムそれ自体はあくまで菜食オンリーを心がける思想の一種ということもあるため、別にヴィーガンが暴徒というわけでも狂信者というわけでもない(他者に俺ルールを押しつけるアレな人は確かにいるが……)。[7]

ジャーナリストに言わせると、日本のように、ヴィーガンに対する理解が進んでいない/制度のないではやはりヴィーガンは「生きづらい」らしい。[8]

関連動画

関連商品

関連項目

関連リンク

脚注

  1. *動物愛護の観念などどうでもよく自身の食生活善をはかってヴィーガニズムを選択するという人もいる可性、および特定動物の保護をすけどそれ以外にはこだわりがないという人もいる可性がある。
  2. *「やっぱり肉が好き」な米国人、年間消費量が最多を記録の見通し (Forbes Japan 2018/01/17 11:00)exit
  3. *逆に、動物を保護したいとの考えからヴィーガンになることを選ぶ人もいる可性はある。
  4. *レストランのシェフが、抗議するビーガンの前でシカの足をカットして食べる (Sputnik 日本版 2018年03月30日)exit
  5. *ヴィーガンが猫に菜食を強いる行為にネットで非難の声が…その理由とは (Spotlight 2016.08.03)exit
  6. *堀江貴文(Takafumi Horie) @takapon_jp / 14:25 - 2018年4月2日exit
  7. *雑食性の人にべて成分が足りないことは事実であるため、成分不足が何かしら影している可性はあるが、現状では科学的に立されているケースがない。血液型による性格診断と同じような扱いである。
  8. *「なに食べればいいの?」都心でベジタリアン&ビーガン生活をやってみた (BuzzFeed 日本語版 2017/04/14)exit
この記事を編集する

掲示板

  • 3034ななしのよっしん

    2021/09/24(金) 20:05:44 ID: lZbT/DCt23

    あと、押し付けってなんなんだろう
    押し付けの定義を見たことがない

    相手が不快と思う発言の仕方をしたら押し付けかな
    相手のお気持ちを察して苦痛を避けないと悪だということか

    フェミニストの言う「わたしが不快になった」と似てる
    違うのはフェミニストよりも人数が多いことだが
    しかし言ってることは同じように思えるなあ

    に欧の過だったり違法なPRへの非難はよくわかるが、
    ビーガンの訴える論理に対する反論にはなっていない
    論理的には正しいということなんだろうか

  • 3035ななしのよっしん

    2021/09/24(金) 20:23:04 ID: lZbT/DCt23

    そもそもビーガン食を将来的に根絶する必要がない
    将来なら培養という代替案があるわけで食=悪ではない
    またいきなり食なしは栄養も経済も崩壊する社会続出で論外
    より配慮ある食をより少なめに行なう社会すのがベター

    安食品の暴飲暴力や色々なものの無駄遣いを減らしていく
    丁寧に育てられた牛乳、多少高めでも良質なものを選ぶこと
    野菜多めにより美味しいをよく味わって食べること、
    伝統的な食事の見直し(伝統的な食事は量産や暴飲暴食と縁遠い)

    璧な理想の実現などありえない。食うものはより良く食うべし
    また感謝するなら命というより(命にはごめんねのほうが正しいような)、
    働く人や自分の元気な体や自由貿易など世界すべてに感謝して食うべし

  • 3036ななしのよっしん

    2021/09/24(金) 20:39:30 ID: lZbT/DCt23

    「暴飲暴力」じゃない「暴飲暴食」だw

    「苦しみ減らそう」は同意できるから「価値の重み付け」と「方法論」の違いになる
    文化は守りたい、社会経済も守りたい、健康も守りたい、より速く善したい、
    こうした価値観の重み付けや方法論的違いがある

    現実的漸進義のほうがより速く問題を最小化できる可性は大いにある
    しかもその場合むしろ健康や文化など他の価値を高める効果さえ期待できる
    あと米国社会の食生活は非常に荒れているらしいので、日本背景違う面もある

    ただやっぱり、権利論からビーガニズム推す人は話が通じなさそうでもある
    その場合「価値軸には苦痛快楽以外もある」から議論を始める必要がある

頂上決戦 大百科グランプリ記事

急上昇ワード改

最終更新:2021/09/25(土) 03:00

ほめられた記事

最終更新:2021/09/25(土) 03:00

ウォッチリストに追加しました!

すでにウォッチリストに
入っています。

OK

追加に失敗しました。

OK

追加にはログインが必要です。

           

ほめた!

すでにほめています。

すでにほめています。

ほめるを取消しました。

OK

ほめるに失敗しました。

OK

ほめるの取消しに失敗しました。

OK

ほめるにはログインが必要です。

タグ編集にはログインが必要です。

タグ編集には利用規約の同意が必要です。

TOP