中山狼とは、中国語で「受けた恩を仇で返す悪いやつ」を意味する言葉。
中国の明の時代に「馬中錫」という人物が著した小説『中山狼伝』が語源であるとされる。この小説に登場する狼は、自分の命の恩人である人物「東郭先生」を食べようとした。
ちなみにその助けた狼に食べられそうになる登場人物「東郭先生」の名前の方も、「悪人に同情して慈悲をかけ、結果として不利益を被る人」「人を信じすぎて付け込まれるお人よし」を指す言葉になっている。
「悪い狼がやり込められて惨殺される」というこの『中山狼伝』のストーリーは、グリム童話の『赤ずきんちゃん』や『オオカミと七匹の子ヤギ』に少し類似している。
また、「人を騙して害した悪い獣が、逆に騙されて惨殺される」というストーリー展開は、日本の童話「かちかち山」に通じるところがあるかもしれない。
(※中国語版Wikisource内「中山狼傳 - 维基文库,自由的图书馆」から翻訳&要約)
時は春秋時代。趙簡子[1]が大勢の人や鷹や犬を引き連れて狩猟を行っていたところ、狼が現れて吠え、その狩猟の邪魔をした。趙簡子はすぐにこの狼を弓で射て、見事にブッスリと命中。狼は逃げたが、趙簡子は怒ってこの狼を追いたてはじめた。
その頃、墨者[2]の「東郭先生」は仕官することを求めて中山に向かっていた。ロバをひき、バッグには書物を詰めていた。
そんな東郭先生が趙簡子ら追手のあげる土埃を見て驚いていると、ちょうど逃げてきた狼が現れ、
「誰かをたすけることに興味はないかな! その昔、毛宝は亀を逃がしてあげてピンチのときに川を渡してもらったという! 隋侯は蛇を救って珠を手に入れたという! ところで亀や蛇は霊力で狼に及ばないって知ってた? で、今の話に戻るけど、急いで私をバッグに隠してくれないかな! さあ、毛宝や隋侯になれるチャンスだ! 助けてくれたら亀や蛇のような誠意を見せる努力を惜しまないよ私は!」
これには東郭先生も「狼に肩入れして権力者に逆らうなんて、どんな害があるやらわからんよ……」と気が進まない様子だったが、「とはいえ墨家の道は「兼愛[3]」を旨とする。よかろう助けてあげましょう」と狼の求めに応じてあげることにした。
追手の物音が迫る中で、狼は東郭先生に頼んで、自分の足を縄で束ねて縛ってもらい、体を丸めて小さくして、書物が入っていたバッグの中に隠してもらった。
狼を見失って怒っている趙簡子が東郭先生の元に辿りつくと、剣で棒をぶった切ってその棒の断面を見せつけつつ「狼の行方を教えろ! 嘘をついたらこうだぞ!」と東郭先生に迫った(ガラが悪いなあ)。東郭先生は『列子』の「多岐亡羊」、『韓非子』の「守株」、『孟子』の「縁木求魚」など、思想書の内容などを取り入れた学者っぽい会話で趙簡子を煙に巻き、しらばっくれるのに成功した。
趙簡子らが去ってしばらくすると、狼は東郭先生に「バッグから出して! 縄をほどいて! 私の足から矢を抜いて! このままじゃ死んじゃう!」と頼み、バッグの中から出してもらった。
そして狼は「あーひどい目にあった。お腹ペコペコでこのままじゃ飢えて死んじゃうよ……」と嘆いた後、「ところであなた……墨者ですよね。世の中のためになりたい人ですよね……。じゃあ私に体を食べさせて、私をたすけるってのはどうかな!」と東郭先生にその口と爪を向けたのだ! まさに人間のクズ!(狼だけど)
東郭先生もさすがに飢えた狼に身を捧げるほどの覚悟は無かったため狼を殴るなどして抵抗。ロバの陰に隠れようとして、追いかける狼とともにロバの周りでグルグルしている。双方の体力は拮抗していたらしく、しばらくすると二人はロバを挟んでともに疲れ切っていた。
長い時間が経過し、「日も暮れてきたし、このまま狼の群でも来たら結局私は死んじゃうよなあ」と困った東郭先生は、「俗習として、何か疑問に思うことがあったら老人3人に聞いてみて従うべし、というものがある。老人3人に聞いてみよう。それで食うべしとなったら私を食っていい。ただしダメと言われたら食うのを止めてくれ」と狼に提案してみたところ、狼も果てしない攻防に嫌気がさしていたのかこれを了承して、二人は連れ立って老人を探しに行った。
だが、道には誰も歩いていない。お腹が空いた狼は道のわきに立っていた老木を見て、「この老人に聞いてみるのはどうよ」と提案したが東郭先生は「草木に知恵なんかないんだから聞くだけ無駄だ」と言う。だが狼が「まあ聞いてみようぜ、答えてくれるかも」としつこいので仕方なく「もしもし、この狼は私を食べるのはアリだと思う?ナシだと思う?」と老木に聞いてみた。
すると声が響き、なんと老木が問いに答え始める。というかなぜか身の上話を始めた。
「私はアンズの木。農夫が私を植えて、もう二十年になる。私はアンズの実をつけ、農夫やその家族や客や使用人などがそれを食べたし、その実を市場で売ってお金にもなった。私の農夫に対する功績は大したものだよ。でも私は老いて実を付けなくなったので農夫は怒り、私を伐採して材木として売り払うつもりらしい。あなたが狼に対して徳のあることをしたとして、狼に食べられるのを避ける事などできましょうか。食べられなさいよ」
これを聴いた狼はこれ幸いと東郭先生に口と爪を向けた。が、「狼は約束を破るのか! 三人の老人に聞くと誓ったろうが! まだアンズ一人に聞いただけだ!」と東郭先生が言いつのったので、また二人で老人を探しつづけることにした。
次に、老いた牝牛を見つけた。狼がまた「この老人に聞いてみるのはどうよ」と提案したが、東郭先生は「無知な草木に聞いて馬鹿みたいな事を言われたってのに、お次はケダモノに聞くって? なんになるってんだ」と反対した。だが狼が「いいから聞け。聞かないならお前を食う!」と聞くので、仕方なく牝牛にも聞いてみた。
牝牛もこれに対して話し始めたが、その言葉は「アンズの言うことは間違っていない」から始まった。そして「これまで私は農夫に尽くして大変役立ってきたが、老いて役立たなくなったので、農夫の妻から「あの牛を殺して肉や皮や骨を役に立てよう」とまで言われている」という先ほどと似たような事を語り、やはり狼に食べられるのを逃れることはできないと、アンズと同じ意見を述べた。
これを聴いて狼はまた東郭先生に口と爪を向けたが、東郭先生は「あわてんなよ!」と制して、さらにもう一人老人を探すことになった(この時点で「食われろ」に2票入ってしまっているので、もう一人が反対票を投じても多数決では負けてしまう気がするが……)。
すると、杖をついて歩いてくる老人がいた。ヒゲや眉毛はかがやくようで、身に着けているものも上品で、見るからに立派そうな人! 東郭先生は嬉しさと驚きのあまり、狼を後ろにおいて老人の前に進み出て、泣きながらひざまずいて「ご老人、どうか一言を頂き、私を生きながらえさせてください!」と呼びかけた。老人が理由を聞いてきたので東郭先生は一部始終の事情を説明した。
老人はこれを聴いて繰り返しため息をついて、杖で狼を叩いて言った。「お前は間違っている! 恩を受けたのにそれに背くなど、何と良くないことか! 儒教は、恩を受けて背かないことの大切さについて、父への孝にも通じるものとして説く。また、虎や狼にも父子の仁はあると言われている(『荘子』か?)。それなのにお前は恩に背くなんて……これではお前には父子の仁もあったものではないな!」と叱った。そして「狼よ速やかに去れ!そうでなければこの杖でお前をなぐりころす!」と脅した。 パワフル!
狼はこれに答えて「ご老人、あなたはこの人の視点からの一面は知ったが、私から見た別のもう一面は知らないでしょう。私の言い分もお聴きくださった上で判断してください。この先生が私をたすけたとき、私は足を縛られ、バッグに詰め込まれ、一緒に入っていた書物に圧迫され、体を丸めて息もできないありさまでしたよ。追っ手を無駄話で説得したようですが、それも私をバッグの中で殺して、その利益を独り占めしようとしたために決まっています。噛み殺さずにおれましょうか」と語った。
老人は「もしその通りなら、「羿にも罪有り[4]」ということになる」と言った。
東郭先生は狼をたすけたのは純粋な憐みの気持ちからだったことを訴えたが、狼もまた弁舌巧みに主張して譲らなかった。
そうしていると老人は「どうも確信を持てないな。ちょっとまたバッグの中に入ってみろ。その様子を見て、そんなに苦しい状況だったのか判定してやろう」と提案した。狼もこれに賛成した。東郭先生はその案のとおりに狼を縛り、バッグに詰め込んだ。
老人は東郭先生の耳元で「匕首(短刀)は有るかね?」と囁いた。東郭先生が「有りますよ」と言って匕首を出すと、老人は匕首で狼を刺し殺すようにと目くばせした。しかし東郭先生は「狼を害するのですか?」と戸惑っていた。
すると老人は笑って「恩に背いたケダモノに対して、まだ殺すに忍びないというのかね? 君はまさしく仁者だが、ひどい愚者でもあるぞ。井戸でおぼれそうな人を危険を冒して救う、衣服が無い友に自分の衣服を与える、それらは確かに相手にすれば有難いだろうが、それで自分が死んでしまうのはどうかねえ? 先生はそういったたぐいの人なのかね? 仁から愚におちいるのは、君子の振る舞いではないだろう?」と言い、それからさらに大笑いした。東郭先生もまた笑った。
そして老人は手を添えて東郭先生が刀で狼を刺すのを助け、二人で一緒に狼を殺した。そして狼の屍は道の上に打ち捨て、立ち去って行った。
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最終更新:2024/04/19(金) 22:00
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