非可換な環上の加群では左加群と右加群の区別が生じる。しかし、左加群について成り立つことは右加群についても成り立つことが多く、左右同時に扱う事は稀であるので、特に混乱の恐れがない場合は左加群のみ扱い、左加群を単純に加群と呼ぶ場合が多い。環R上の左加群は左R加群ともいう。
加群における直和やテンソル積を具体的に書き下そうとすると非常にややこしくなり理解しがたくなる。そこで、可換図式を用いて各演算の関係性を抽象することで定理や関係の見通しを良くすると言う事がよくおこなわれる。
環R上の左加群とは、環Rとアーベル群Mと写像λ:R×M→Mの組(R,M,λ)であって、次の4つの条件を満たすものである。
このままでは見にくいので、通常みられる簡略記法に従うと以下のようになる。
この略記により、Rの元とMの元の積と見なすことができるので、スカラー積、スカラー倍などと呼ぶことができる。
Rが体である時、これはRベクトル空間と呼ばれる。逆に言うと、ベクトル空間のスカラーを体に限定せず環まで拡張し一般化したものが加群である。
以下、特に断りがない場合は左R加群について記述し、R加群などと略記する。
加法群Mの部分集合Nが以下の性質を満たす時、NはMの部分R加群という。
この2条件が満たされるとNはR加群となっていることが示される。
MがR加群、Nがその部分加群である時、Mに以下の同値関係~を導入できる。
この同値関係による商集合M=M/Nは以下の関係から再びR加群となる。これを剰余加群という。ただしm=m+Nである。これはイデアルの性質の一般化でもある。
例:IをRのイデアルとする。R-加群の部分集合IM={Σaiui|ai∈I、ui∈M}はMのR-部分加群である。
例:剰余加群M/IMはR/I-加群の構造を持つ。
写像f:M→M'が次の2条件を満たす時、R準同型写像という。
fが全単写であるとき、fをR同型写像といい、MとM'を同型な加群と呼ぶ。このとき、M≅M'。
Ker(f)はMの、Im(f)はM'のR部分加群となる。
fが単写である必要十分条件はKer(f)={0}、全射である条件はIm(f)=M'である。また、準同型定理M/Ker(f)≅Im(f)を満たす。
φ:M→NがR-同型写像であるとき、逆写像ψ=φ-1が定義され、これもR-同型写像になる。M≅Nとなる必要十分条件は、同型写像φ:M→N、ψ:N→Mが存在してψ∘φ=idM(Mの自己恒等写像)、φ∘ψ=idN(Nの自己恒等写像)となることである。
例:Rを可換環とする。R上の行列A∈M(n,m,R)は次のようにしてR-加群の準同型写像φA:Rm→Rnを定義する。[a1,…,an]を縦ベクトル、(a1,…,an)を横ベクトルとする。
Rm∈[a1,…,am]→A[a1,…,am]=[b1,…,bn]∈Rn
例:可換環R上のn次正方行列定めるR-準同型写像φA:Rn→Rnが同型写像になる必要十分条件は行列式det(A)がRの単元となることである。また、φA:Rm→Rnが同型写像の時、m=n。det(A)が単元となるようなM(n,n,R)の部分集合をR上の一般線形群という。
体K上の加群はK上のベクトル空間であるので、スカラーに対して逆元を掛ける作用を常に考えることができるが、ベクトル空間を一般の環に拡張した加群は、一般の環に関しては逆元が存在するとは限らないため逆元を掛ける操作が必ずしもできない。しかし、ベクトル空間で成り立つ性質をいくつか加群に適用する事ができる。
Mが{z1,z2,…,zn}を自由基底に持つ自由加群ならば、Mの任意の元は自由基底を使ってただ一通りに表すことができる。自由基底の元の数nをMの次元、または階数と呼び、rank(M)と書く。
R加群Mの部分加群の族(Mλ)λ∈Λが与えられた時、次の性質を持つR加群∏λ∈ΛMλ(∏Mλと略記)およびR準同型の族pλの組(∏Mλ,pλ)を直積という。
Mλ |
qλ ← |
N |
↑pλ | ↓f | |
↑ | ← | ∏Mλ |
また、次の性質を持つR加群⊕λ∈ΛMλ(⊕Mλと略記)およびR準同型の族iλの組(⊕Mλ,iλ)を直和という。
Mλ |
jλ → |
N |
↓iλ | ↑f | |
→ | → | ∏Mλ |
直積と直和は双対の関係にあり一般には異なるものだが、加群においては、Λが有限集合である場合に上記の性質を持つR加群∏Mλと⊕Mλは一致し、ともにMλの直和と呼ばれる。具体的な構成は以下の通り。
有限個のR加群M1,M2,…,Mnが与えられたとき、次のようにして加法とスカラー積を定義すれば、直積集合M1×…×MnはR-加群の構造を持つ。
このR加群をM1,…,Mnの直和といい、M1⊕…⊕Mn=⊕Mnで表す。
MをR加群とし、M1,…,MnをR部分加群とするとき、M≅M1⊕…⊕Mnとなる必要十分条件はMの任意の元uが一意的にu=u1+…+unと表されることである。
例:Rn=R⊕…⊕R(n回の繰り返し)。これはR自身をR加群と見なした事に相当し、自由R加群という。
例:M≅R2は以下の可換図式を満たす。
R | ← p1 |
R⊕R | → p2 |
R |
↑q1 | ↑f | ↑q2 | ||
↑ | ← | M | → | ↑ |
成分で書くと以下の通り。
q1(m) | ← p1 |
(q1(m),q2(m)) | → p2 |
q2(m) |
↑q1 | ↑f | ↑q2 | ||
↑ | ← | m | → | ↑ |
例:R-加群MのR-部分加群N,Pについて、M=N+P={n+p|n∈N、p∈P}のとき、M≅N⊕Pとなる条件はN∩P={0}、つまり集合として直和になっていることである。R加群Mの部分加群NがMの直和成分であるとは、MにR部分加群Pが存在してM≅N⊕Pとなることを言う。
R-加群とR-準同型写像の系列 …→ Mi-1 →φi-1 Mi →φi Mi+1 → …がMiにおいて完全であるとは、
となることである。
例:0→φM'→ψMが完全系列であるということはψが単射であることと同値である。
例:M→φM''→ψ0が完全系列であるということはφが全射ということと同値である。
0→M'→φM→ψM''→0 を短完全系列という。これはφが単射、ψが全射、Imφ=Ker(ψ)であることを意味している。さらに、Im(φ)=Ker(ψ)がMの直和成分になっているときはこの短完全系列は分解しているという。
例:IをRのイデアルとするとき、次はR-加群の短完全系列である。 0→I→φR→ψR/I→0 φはRへの埋め込み、ψは自然な準同型写像である。
Rを整域とする。R加群Mが与えられた時、その捩れ部分加群T(M)を
T(M)={z∈M|あるR∋a≠0が存在して、az=0}
と定義する。つまり、零因子でないRの元aを作用させることでazがMの零元となるようなMの部分集合である。このときT(M)は、a1z1=0、a2z2=0とするとa1a2≠0かつa1a2(z1+z2)=0なので部分加群である。また、z∈T(M)ならば、任意のb∈Rに対してabz=0より、bz∈T(M)である。T(M)の元を捩れ元という。
MがR自由加群であれば、T(M)={0}である。
Rを可換間とし、M、N,PをR-加群とする。集合としての直積M×Nを考え、写像φ:M×N→Pが次の条件を満たしているとき、φはR-双線形写像という。
Mを右R-加群、Nを左R-加群として、テンソル積⊗Rを定義する。
MとNの集合としての直積M×Nを考え、M×Nの元全体で生成される自由アーベル群F(M,N)を考える。ここで、自由アーベル群とは、全ての元が基底に属する元の有限回の和で表されるような可換群。F(M,N)の元はΣ(m,n)∈M,Namn(m,n)、amn∈Zの形をしている。
次のような形の元全体で構成された部分群H(M,N)を考える。
剰余群F(M,N)/H(M,N)をM⊗RNと書き、(m,n)のH(M,N)による剰余類をm⊗nと書く。つまり、m⊗n=(m,n)+H(M,N)
これをM,Nのテンソル積といい、m⊗nをm,nのテンソルという。
M⊗RNが非可換環であるとき、M⊗RNは、Mが両側R-加群であれば左R-加群に、Nが両側R-加群であれば右R-加群に、M,Nともに両側R-加群であれば両側R-加群になる。M⊗RNが両側R-加群である時、次の式が成り立つ。
b(m⊗n)=bm⊗n=mb⊗n=m⊗bn=m⊗nb=(m⊗n)b
テンソルは+と次の関係を持つ。
M,NをR-加群、Tを任意のR-加群とする。
M×N | → π |
T |
↓φ | ↑ψ | |
→ | → | M⊗RN |
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最終更新:2024/04/23(火) 20:00
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