又貸し説とは、金融に関する用語で、銀行の貸し出し方法を説明する学説の1つを指す言葉である。
又貸し説とは、「銀行は預金者から集めた現金を貸し出している」と論じたり、「銀行は短期金融市場や長期金融市場で金融市場参加者から日銀当座預金を借り入れ、借り入れた日銀当座預金を取り崩して現金に換えて、現金を貸し出している」と論じたりする考え方である。
銀行は預金者や金融市場参加者からお金を借りている。預金者からは現金を借り入れているし、金融市場参加者からは日銀当座預金を借り入れている。
日銀当座預金というものは、銀行が日銀に開設する口座に入っているお金のことである。日銀当座預金は即座に現金に姿を変えることができるので、「現金=日銀当座預金」と考えておいてよい。
一部の銀行は長期金融市場の債券市場で金融債を発行して売却し、日銀当座預金を一時的に得ている[1]。銀行は金融債の満期が来たら約束どおりに日銀当座預金を払うので、銀行は金融債の売却で日銀当座預金を借り入れていることになる。
銀行は短期金融市場のオープン市場でCD(譲渡性預金)を発行して売却し、日銀当座預金を一時的に得ている。銀行はCDの満期が来たら約束どおりに日銀当座預金を払うので、銀行はCDの売却で日銀当座預金を借り入れていることになる。
銀行は短期金融市場のオープン市場の現先市場で売り現先をして日銀当座預金を一時的に得ている。売り現先は債券を買い戻す約束をしつつ債券を売却するものであり、実質的に、債券を担保とした金銭借り入れである。
銀行は短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場で日銀当座預金を借り入れている。
長期金融市場の債券市場や、短期金融市場のオープン市場のCD市場や、短期金融市場のオープン市場の現先市場や、短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場に参加して資金を出す側に回るのは、銀行、保険企業、中央銀行といったところである。つまり銀行は、金融市場において他の銀行や保険企業や中央銀行から日銀当座預金を借り入れている。
「銀行は様々な人から現金や日銀当座預金といったお金を借り入れて、その借り入れたお金を現金の形で貸し付けている」と論ずるのが又貸し説である。
「借り入れた現金をそのまま貸し付けている」とか「借り入れた日銀当座預金を取り崩して現金にして、その現金を貸し付けている」と論ずる。
又貸しとは、財物・金銭を借りて、借りた財物・金銭をさらに他者へ貸し出すことである(辞書1、辞書2)。
現金を貸し付けるという行動を貸借対照表(バランスシート)から考えると、資産の部のなかの一部が変容する、となる。銀行の貸借対照表の資産の部は、現金100万円を貸し出す前において「現金100万円」が書いてあり、現金100万円を貸し出した後において「金銭債権 100万円+利子」といった具合に書き変えられる。
現金を貸し出す前と後における銀行の貸借対照表の一部は次のように変化する。負債の部がまったく変化しないというところが特徴となっている。
現金100万円を貸す前の銀行 | 現金100万円を貸した後の銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
現金 100万円 |
金銭債権 100万円+利子 |
又貸し説の欠点というのは、「現金を貸し付ける銀行は全くと言っていいほど存在しない」という現実と整合しないところである。
現金を大量に所持すると、窃盗・強盗といった盗難の危険が高まるので、とても危険である。100万円の札束を銀行で貸し出され、銀行の支店を出た途端に窃盗されたり強盗されたりしたら、目も当てられない悲劇である。
銀行というのは億単位の貸し出しをすることがある。現金1億円ともなるとスーツケースをまるごと占領するほどであり(画像)、重さは10kgほどになる。現金1億円が詰まったケースを銀行で貸し出され、銀行の支店を出た途端に窃盗されたり強盗されたりしたら、借り手の人生を左右する大事件となってしまう。
このため銀行が貸し出しをするときは、現金を貸し出さず、銀行預金を新たに発行して借り手に与えるという方法を採用している。
現実の銀行がまったく採用していない「現金貸し出し」という手法を前提としているのが又貸し説の欠点である。
日本のお金の統計では、現金通貨と日銀当座預金を合計した数値であるマネタリーベースよりも、大部分が銀行預金で占められているマネーストックのほうが、ずっと巨額になっている。
なんらかの事象が起こって銀行預金が増殖し、それによってマネーストックが膨張し、マネタリーベースよりもずっと大きい額になっていると推察できる。
銀行預金が増殖していくことを経済学者や金融学者は信用創造と呼ぶようになった。
経済学者が又貸し説を前提として信用創造を解説することがある。
グレゴリー・マンキューという人は著名な経済学者で、マクロ経済の教科書を書いたら大ヒットしたことで知られる。マンキューの教科書は世界中の経済学部で使用されているというが、そのマンキュー教科書で又貸し説に基づいて信用創造が解説されている。
Aさんが第一銀行に1000ドルを預けた。このときの第一銀行の資産は現金1000ドル、負債は銀行預金1000ドルである。(銀行預金は銀行にとっての負債、Aさんにとっての資産である)。この時点のマネーストック(流通している現金と銀行預金の合計額)は1000ドルである。銀行の金庫に入っている現金1000ドルは世の中に流通していないからマネーストックに含まれない。
第一銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
現金1000ドル | Aさん向け銀行預金1000ドル |
第一銀行は準備・預金比率20%として貸し出しすることに決めた。第一銀行はBさんに対して現金800ドルを貸し出して200ドルを銀行の金庫に残した。Bさんは現金800ドルを手にした。これで世の中に流通するマネーストック(流通している現金+銀行預金)は800ドル増えて1800ドルになった。このように、銀行の貸し出しによって世の中に流通するマネーストックが増えることを信用創造という。
第一銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
準備の現金200ドル | Aさん向け銀行預金1000ドル |
Bさん向け金銭債権800ドル |
Bさんは、借りた現金800ドルをCさんに支払い、Cさんから財・サービスの提供を受けた。Cさんは第二銀行に現金800ドルを預金した。このときの第二銀行の資産は現金800ドル、負債は銀行預金800ドルである。
第二銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
現金800ドル | Cさん向け銀行預金800ドル |
第二銀行は準備・預金比率20%として貸し出しすることに決めた。第二銀行はDさんに対して現金640ドルを貸し出して160ドルを銀行の金庫に残した。Dさんは現金640ドルを手にした。これで世の中に流通するマネーストック(流通している現金+銀行預金)はさらに640ドル増えて2440ドルになった。これが信用創造である。
第二銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
準備の現金160ドル | Cさん向け銀行預金800ドル |
Dさん向け金銭債権640ドル |
Dさんは、借りた現金640ドルをEさんに支払い、Eさんから財・サービスの提供を受けた。Eさんは第三銀行に現金640ドルを預金した。このときの第三銀行の資産は現金640ドル、負債は銀行預金640ドルである。
第三銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
現金640ドル | Eさん向け銀行預金640ドル |
第三銀行は準備・預金比率20%として貸し出しすることに決めた。第三銀行はFさんに対して現金512ドルを貸し出して128ドルを銀行の金庫に残した。Fさんは現金512ドルを手にした。これで世の中に流通するマネーストック(流通している現金+銀行預金)はさらに512ドル増えて2952ドルになった。このように、信用創造は無限に続いていく。
第三銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
準備の現金128ドル | Eさん向け銀行預金640ドル |
Fさん向け金銭債権512ドル |
※グレゴリー・マンキュー『マンキューマクロ経済学Ⅱ応用篇【第3版】』235~237ページに基づき作成
「又貸し説による信用創造の説明」の欠点というのは、「現金を貸し付ける銀行は全くと言っていいほど存在しない」という現実と整合しないところである。
現金を大量に所持すると、窃盗・強盗といった盗難の危険が高まるので、とても危険である。
このため銀行が貸し出しをするときは、現金を貸し出さず、銀行預金を新たに発行して借り手に与えるという方法を採用している。
現実の銀行がまったく採用していない「現金貸し出し」という手法を前提としているのが、「又貸し説による信用創造の説明」の欠点である。
銀行が現金の貸し出しを行うときは、貸借対照表(バランスシート)の資産の部が現金から金銭債権に変化するだけであり、資産の部が変化するだけである。
銀行が現金での返済を受け付けるときは、銀行の貸借対照表の資産の部が金銭債権から現金に変化するだけであり、資産の部が変化するだけである。
3000万円を銀行が現金で貸し付けて、借り手が現金を支払う1000万円の返済を3回行うものとする。簡略化のため利子を一切受け取らないものとする。その際の貸借対照表の一部は次のように変化する。負債の部がずっと変化しないのが特徴である。
現金3000万円を貸す前の銀行 | 現金3000万円を貸した直後の銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
現金 3000万円 |
金銭債権 3000万円 |
1回目の現金1000万円の返済を受けた直後の銀行 | 2回目の現金1000万円の返済を受けた直後の銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
金銭債権 2000万円 現金 1000万円 |
金銭債権 1000万円 現金 2000万円 |
3回目の現金1000万円の返済を受けた直後の銀行 | |
資産の部 | 負債の部 |
現金 3000万円 |
又貸し説には大きな欠点があるが、それでも又貸し説を支持する人は多い。
その原因には様々なものが考えられるが、そのなかで有力なものは「『物々交換こそが経済の原型である』という思想の影響を受けて、貸借対照表(バランスシート)の負債の部が変動することを考えることを苦手にするようになった」というものである。
「物々交換こそが経済の原型である」とか「原始共同体は物々交換で成り立っていた」という思想は、経済学の教科書を開くと必ずと言っていいほど出てくる思想である。世界中の経済学部で使われているとされるグレゴリー・マンキューの教科書にもその思想が出てくる[2]。
物々交換で成り立つ社会において、構成員一人一人の貸借対照表(バランスシート)を書いてみると、資産の部だけが変動し、負債の部が空白のまま変動しない(詳しくは商品貨幣論の記事の“「物々交換こそが経済の原型である」という思想”の項目を参照のこと)。
「物々交換こそが経済の原型である」という思想の影響を強く受けすぎると、貸借対照表(バランスシート)の資産の部だけが変動して負債の部が変動しない商取引だけを想定したがるようになる。つまり、「現金を貸し出して、現金という資産を金銭債権という資産に変動させる」という商取引だけを想定したがるようになり、又貸し説に傾倒するようになる。
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最終更新:2024/04/24(水) 21:00
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