信頼できる伝説
吾妻鏡とは、鎌倉幕府の年代記っぽい何かである。
治承4年(1180年)の源頼朝挙兵から、文永3年(1262年)の宗尊親王の帰京までを記した、編年体の編纂物。ただし、途中十二年ほどが現存せず、これがどういう経緯によるものかはいまだにわかっていない。
なお、古くは和田英松、八代国治らによって、源氏将軍部分と摂家将軍以降は別に成立したとも言われていたが、いまだに誰の手によるものかは定説を見ていない。この史料郡を作る参考文献として、公家の日記、軍記物語などの文学、古文書類の3類を集積したと思われ、淡々とした歴史書らしさがある一方、御家人達武士の血の通った描写も多々見られる。
なお、一般的には鎌倉幕府の公的記録と言われている。これは、吉川本の末尾にそう書かれてるからなのだが、鎌倉幕府が本当にこのような記録を編纂したかは実のところまだ証拠がなかったりする。
忘れてはいけないのが、この本は中世の人が中世の人に読ませるために書いたものであり、決して考証的に書かれた歴史書ではない。加えて、鶴岡八幡宮の岡の字を、「岡」、「丘」、「崗」のバリアントがある等、少なくとも3人以上の手によって書かれたものなのである。
ただし、この吾妻鏡を北条氏を賛美するための本であり極力政治史の復元にも用いることを避ける立場と、あくまでも当時書かれたものでありそこに書かれたエピソードも何か典拠があるのだから用いられるとする立場の2通りある。これにタレント学者だのサブカルライターだのも混在してひどいことになっているのが鎌倉時代の一般書なので、彼らの本を読む時にはまず吾妻鏡へのスタンスを前提として考慮すべきである。
テキストとしては、大別して金沢文庫本、関西伝来本の2種類に分かれる。
前者としては後北条氏から黒田長政を経て徳川秀忠が受け継いだものに、徳川家康の持っていたものを合わせた北条本が極めて有名で、ここから慶長活字本や仮名吾妻鏡といった、近世に流布した吾妻鏡が形作られた。後者としては、右田弘詮の集積した吉川本が有名である。
おおむねこの北条本と吉川本が集成本として主に参照されてきたが、『吾妻鏡』がどのようにできたかを考えるには、前田本、三条西本、伏見宮本などの、妙出本も精査する必要がある。
徳川家康が愛読者だったことから、徳川将軍家のブレーン達が研究の先鞭をつけた。この最初が林羅山であり、彼は三善康信の末裔・町田氏が編集者ではないかと言及している。やがて活字本が出版されていくと、林道春が「東鑑」を著すなど、近世は「東鑑」という呼称が一般的になる(中世期は「関東記録」等)。
やがて江戸時代後期になると、近藤盛重(近藤重蔵)が書物奉行として吾妻鏡のテキスト論の基礎作りをし、榊原長俊、大塚嘉樹、伊勢貞丈等、様々な人物がこの本を考証している。
そして、明治維新以降、星野恒が実証主義歴史学の一の矢となった。また、原勝郎は吾妻鏡を北条氏の曲筆も含まれていると指摘し、その史料価値に一定の留保を与えたのである。
一方で、吾妻鏡の研究は、和田英松など国文学方面から行われた。その頂点となったのが、八代国治であり、彼の『吾妻鏡の研究』によって、本文はどの程度使えるものなのかに次第に焦点が当たるようになった。1936年の「古典研究」1-3号では、吾妻鏡特集が組まれ、当時の国史学・国文学の泰斗達が、吾妻鏡のテキスト論について言及している。
この結果、吾妻鏡の編纂材料は何か、といったことに焦点が当たっていく。この流れから登場したのが平田俊春であり、吾妻鏡と六代勝事記を突き合わせて益田宗と論争していく。戦後にも佐藤進一や野口武等が、吾妻鏡元ネタなんやねん的な話を掘り進めていった。
こうした流れに、2000年の五味文彦『吾妻鏡の研究―事実と神話にみる中世』につながっていき、現在も吾妻鏡のテキスト論の到達点となっている。また、吾妻鏡ってどう使えばいいのかといった話の蓄積があったからこそ、戦後の石母田正に端を発する鎌倉時代研究がスタートしていくのである。
一方で、吾妻鏡を一般的に普及させたのは、「国史大系」の田口卯吉や黒板勝美の校訂したものである。これは北条本を底本に、吉川本や島津本で校訂したもので、近現代の訓読や現代語訳は、ほぼこれに端を発する。
ただし、入手しやすいものはなかなか出なかった。戦前の岩波文庫版、東洋堂版は未完であり、70年代の新人物往来社版、21世紀の吉川弘文館版といったもので、ようやく簡単に吾妻鏡に一般人がアクセスできるようになりつつある。
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最終更新:2025/03/28(金) 15:00
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