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奉公衆単語

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奉公衆とは、室町幕府における官職の一つで将軍直属の軍事ともいえる存在である。

概要

室町幕府は割と有名ではあるが、それぞれの守護大名の連立政権ともいうべき存在で、将軍もそれぞれの有守護大名に頼るところが大きかった。しかしこれもまた有名であるが、将軍はお互い勝手に勢争いをする守護大名に代わって自身の権を強化しようとする動きをたびたび見せており、その過程で生まれたのが守護大名にではなく将軍そのものに仕えるこの奉公衆である。なお御供衆とは両者を兼ねているもちらほらいるが、外様衆と兼ねることはできず同じ苗字がある場合ある時代に移ったか、一門の別の系統かのいずれかである。

その起議論も多いが、大体足利義教から足利義政の時代にはもう組織としては調えられていた。その後も将軍の戦いの度にその軍勢として行動し(正直ほぼ負け戦とか言ってはいけない)、戦国時代足利将軍の権限がどんどん縮小されるにつれてこちらも徐々に小規模になるが、詰衆番衆として再編成されてからも、足利義輝三好方に襲撃された永禄の変の際には義と共にこれにあたったり、足利義昭時代にもある程度の規模が整えられていたりと大体室町幕府の最末期まで維持されており[1]明智光秀の部下にはこのつながりを思わせる存在もちらほらいる。

な役割は将軍の直轄部隊として、時には将軍の直轄領である御料所の管理を、有事には数千もの将軍の軍勢として活動するものである。

ぶっちゃけ他の室町幕府の~衆にも似た問題が起きているだが、体系的な研究が数十年前の福田によるものしかなく、その後の明応の政変以降の幕府の研究などがあまり反映されていない(個別研究は割とあるんだけど…)。

構成員

おおよその構成員は

の3通りに分かれる。とりわけ鎌倉時代に代々守護につき、足利氏第二の故郷とも言っていい三河の関係者は構成員の2割近くを占めている。また、関東のどこかで見たことがあるような苗字も多いが、そちらは大体鎌倉時代地頭職などを与えられた西の方の所領を治めている庶である。

また奉公衆は一番から五番の番方に編成され、それぞれ

が率いていたらしい。なおこの番頭は井氏以外は御供衆にもなっている。
また一部の節朔衆として番頭に次ぐ存在になっている。

さらに番頭以外においても番方はごとにある程度は世襲されており、同じ番方内でのつながりが行動などに影を及ぼしたほか、明応の政変などで将軍割れ奉公衆も分裂していった際は同じ一族でも番方が異なるは行動を共にせず異なる動きを見せるなどもあった。
なお各番衆はそれぞれ50100人、総数350400人となっており、従者も含めると数千人近い動員が可だったと考えられる。

ほぼ九割がた個人が特定できる右筆方とは異なり、はっきり言って史料が史料だけに[3]構成員それぞれを全に特定することは不可能に近いが、一応どのがそれを構成していたかについてまとめておくと

ア行 カ行 サ行 タ行
  • 安威氏(二番)
  • 足助氏(二番)
  • 相河氏(五番)
  • 饗庭氏(三番)
  • 朝倉氏(二、三、五番)
  • 山氏(三、五番)
  • 麻生氏(五番)
  • 荒尾氏(四番)
  • 有元氏(五番)
  • 飯原氏(四番)
  • 生田氏(二番)
  • 安東氏(一、二、四番)
  • 壱岐氏(一番)
  • 井上氏(二番)
  • 賀氏(五番)
  • 伊勢氏(一、二番)
  • 奈氏(五番)
  • 一色氏(五番)
  • 氏(二番)
  • 飯間氏(二、三番)
  • 氏(五番)
  • 今川
  • 氏(二、三番)
  • 岩室氏(一番)
  • 宇治大路氏(三番)
  • 木氏(一番)
  • 宇都宮氏(五番)
  • 雅楽氏(一番)
  • 上野氏(一、三、四番)
  • 内ヶ氏(一番)
  • 内海氏(五番)
  • 田氏(一番)
  • 戸氏(五番)
  • 海老名氏(二、四番)
  • 小笠原氏(三番)
  • 氏(一、四番)
  • 小坂氏(五番)
  • 小田氏(一、二、五番)
  • 小倭氏(一番)
  • 大内氏(五番)
  • 氏(二番)
  • 氏(四、五番)
  • 大多和氏(五番)
  • 太田氏(一番)
  • 加子氏(五番)
  • 狩野氏(五番)
  • 蔭山氏(二、五番)
  • 片岡氏(五番)
  • 片山氏(二番)
  • 勝田氏(一、四番)
  • 山氏(四番)
  • 氏(一、五番)
  • 金子氏(一番)
  • 金山氏(四番)
  • 鎌田氏(一番)
  • 神谷氏(一番)
  • 萱生氏(一番)
  • 河内氏(一→三番)
  • 河原氏(二番)
  • 紀五氏(一番)
  • 行明氏(五番)
  • 野氏(一番)
  • 久下氏(四番)
  • 久世氏(五番)
  • 熊谷氏(三、五番)
  • 倉部氏(五番)
  • 氏(一番)
  • 小島氏(一、二、五番)
  • 小早川
  • 小林氏(三番)
  • 後藤氏(二番)
  • 高氏(三、四番)[4]
  • 国分氏(二番)
  • 近藤氏(五番)
  • 佐々木
    • 佐々木氏(五番)
    • 浅掘氏(一番)
    • 氏(二番)
    • 岩山氏(五番)
    • 賀野氏(五番)
    • 木氏(二番)
    • 延福寺氏(二番)
    • 冶氏(三番)
    • 大原氏(一、五番)
    • 氏(五番)
    • 朽木氏(一番)
    • 高島氏(二番)
    • 吉田氏(一番)
  • 佐竹氏(四番)
  • 佐野氏(四番)
  • 佐波氏(二番)
  • 佐分氏(一番)
  • 氏(二番)
  • 斎藤
    • 斎藤氏(一、三、五番)
    • 朝日氏(三番)
    • 氏(一番)
    • 御園氏(五番)
  • 桜井氏(一番)
  • 設楽氏(二番)
  • 芝山氏(二番)
  • 島津氏(三番)[5]
  • 屋氏(四、五番)
  • 氏(五番)
  • 白井氏(一番)
  • 進士氏(五番)
  • 陶山氏(五番)
  • 鏁田氏(一番)
  • 杉田氏(二番)
  • 杉原氏(三、四、五番)
  • 杉山氏(四番)
  • 山口氏(一番)
  • 清氏(五番)
  • 千秋氏(三、五番)
  • 曽我氏(一番)
  • 田村氏(四番)
  • 氏(一番)
  • 高林氏(五番)
  • 高山氏(四番)
  • 氏(一番)
  • 武田
    • 武田氏(四番)
    • 氏(三、四番)
  • 氏(一番)
  • 種村氏(五番)
  • 玉井氏(四番)
  • 玉置氏(四番)
  • 中条氏(一、四番)
    • 長氏(二、三番)
    • 川尻氏(三番)
    • 南志見氏(三番)
  • 土屋氏(二番)
  • 氏(五番)
  • 角田氏(一、三番)
  • 寺岡氏(二番)
  • 土岐
    • 明智氏(四番)[6]
    • 氏(一番)
    • 氏(四、五番→一番)
    • 今峯氏(二番)
    • 小里氏(一番)
    • 久々利氏(三番)
    • 氏(二番)
    • 御器所氏(四番)
    • 氏(四番)
    • 外山氏(三番)
    • 長沢氏(四番)
    • 羽崎氏(一番)
    • 原氏(一番)
    • 肥田瀬氏(三、四、五番)
    • 深坂氏(二番)
    • 穂保氏(三番)
    • 氏(一番)
  • 土肥氏(二番)
  • 東氏(四番)
  • 遠山
    • 遠山氏(一、二、三、五番)
    • 安木氏(三番)
    • 明智氏(二番)
    • 飯間氏(三番)
    • 岩村氏(三番)
    • 加藤氏(二番)
    • 神野氏(二番)
    • 櫛原氏(三、五番)
    • 下村氏(五番)
    • 馬場氏(五番)
    • 籠氏(五番)
  • 民部氏(四番)
  • 利倉氏(五番)
  • 富永氏(二、五番)
  • 豊田氏(五番)
ナ行 ハ行 マ行 ヤ行
  • 波々伯部氏(二番)
  • 垪和氏(五番)
  • 萩氏(四番)
  • 萩野氏(四番)
  • 橋本氏(三番)
  • 畠山氏(三、四番)
  • 名氏(五番)
  • 万代氏(五番)
  • 肥田氏(一、二番)
  • 田氏(一、二番)
  • 部氏(三、四番)
  • 平賀氏(三番)
  • 広戸氏(二番)
  • 氏(五→三番)
  • 星野氏(五番)
  • 細川
  • 本郷氏(一、四番)
  • 氏(四番)
  • 本間氏(一、四番)
  • 氏(四番)
  • 下氏(三番)
  • 淵氏(五番)
  • 松田氏(一、二番)
  • 任氏(一→四番)
  • 丸氏(二番)
  • 丸山氏(一番)
  • 三井氏(三番)
  • 三浦
  • 三上氏(五番)
  • 三淵氏(一番)
  • 三吉氏(二、五番)
  • 氏(五番)
  • 宮氏(一、四、五番)
  • 武藤氏(二番)
  • 村上氏(一→三番)
  • 村山氏(五番)
  • 毛利
  • 本江氏(一番)
  • 籾井氏(五番)
  • 井氏(二番)
  • 矢島氏(三番)
  • 矢部氏(一、三番)
  • 屋代氏(四番)
  • 大和氏(四番)
  • 山県氏(三番)
  • 山内首藤氏(四番)
  • 山田氏(二、四番)
  • 山下氏(二、四番)
  • 湯川氏(四番)
  • 結城氏(一、二、五番)
  • 依田氏(一番)
  • 横瀬氏(五番)
  • 横地氏(二→一番)
  • 吉岡氏(一番)
  • 吉見氏(一、二番)
ラ行 ワ行
特になし
  • 和田氏(四番)
  • 綿瀬氏(四番)
  • 藁科氏(四番)

ということらしい。残っている史料の関係で足利義教時代以前はよくわからず、たぶん他に赤松氏の庶流なんかもいたんじゃないかと思う。

また戦国時代に入ると、こうした旧来奉公衆を構成していた人々以外の三好三のようなものも構成員にされていくようになった。

鎌倉公方の奉公衆

室町幕府の一機関であり、足利基氏に始まる足利氏の庶流がトップを務めていた鎌倉府にも鎌倉方に直接使える奉公衆がいたことがあちこちの記録に残っている。どうやら将軍に対応する的で権増強を務めようとした足利持氏によって整備されたらしい。

とはいえこちらにはリストそのものが特に残っていたわけでもないのであくまでも研究者による傍に過ぎないが、

らがその構成員だったんじゃないかと言われている。当然将軍への対抗のために組織されたので、将軍と結びついた京都扶持衆佐竹山入氏や宇都宮氏といった面々は入っていない。

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関連項目

脚注

  1. *「礼銭遣方注文写」などの史料によると、足利義昭織田信長京都から追放されて以降も真木嶋昭光一色藤長一色昭秀、伊勢上野介、伊勢、飯信堅、上野秀政、細川経、曾我助、大安、畠山昭清(四番番頭)といった奉公衆層の人々が付き従っている。
  2. *高氏、上杉氏、横瀬氏、飯原氏、寺岡氏、部氏、海老名氏、村上氏、設楽氏、小島氏、南氏、民部氏、明石氏、梶原氏など。
  3. *文安年間の「文安年中御番帳」、「蜷文書」、宝徳~永享年間の「永享以来御番帳」、「室町殿文明中番帳」、長享年間の「長享元年九月十二日常徳院御動座当時在衆着到」、「室町殿衆名簿」、明応年間の「東山殿時代大名外様附」といった15世紀後半の奉公衆の名簿をその他史料で補っている。
  4. *観応の擾乱でほぼ壊滅したが永禄の変の頃までは残っていたらしい。
  5. *播磨にいた旧越前守護の系。
  6. *明智光秀の明智はこっち。

掲示板

  • 1ななしのよっしん

    2015/11/20(金) 01:36:18 ID: ytczqZh6NZ

    よく調べたな

  • 2ななしのよっしん

    2015/12/01(火) 20:10:19 ID: qi/CVwrevy

    室町幕府の一般武士人と呼ばれ、守護の揮下で各別に収税や軍事に携わっていた
    その人の中で、直接に室町殿に税を納め、軍事将軍の命で動いていたのが、奉公衆らしいね
    立場的には、江戸幕府の旗本・御人と概ね同じ感じ

    『戴恩記』によると、細川幽斎みたいに義を守って討ち死にしなかった奉公衆批判されたらしい
    それはそれで、義昭の立場がないよな

  • 3ななしのよっしん

    2016/07/22(金) 12:06:24 ID: qi/CVwrevy

    勝ち戦での活躍も多いよ。足利義満内野合戦では、将軍自らの揮で山名軍を破っている
    後は義尚の近江出兵でも六角軍を退散させているね

    本能寺の変がたぶん奉公衆最後の活躍のチャンス
    あそこで明智と細川が合流して義昭を迎え入れれば、幕府が再していた

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最終更新:2019/12/15(日) 04:00

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最終更新:2019/12/15(日) 04:00

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