小中和哉 単語

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小中和哉とは、日本映画監督・演出である。日本映画監督協会会員。脚本家小中千昭は実

概要

1963年2月8日生まれ、三重県出身。成蹊高等を経て立教大学法学部卒業

小学生の頃から・千昭と共に8ミリカメラし、数多くの自主映画制作大学卒業後、メディアワークショップにて映像を学び、1986年に『星空のむこうの』で商業映画デビュー
1988年、初の35ミリフィルム作品であり日本ビクター製作映画第一作となる『四月怪談』を監督

1992年、千昭、妻・明子(代表取締役)と共に有限会社こぐま兄弟舎を設立。

ウルトラシリーズなどの特撮作品や、SFファンタジー作品を中心に活躍。2003年、『アストロボーイ鉄腕アトム』にてアニメーション監督も務めた。

現在は、読売理工医療福専門学校にて放送学科の非常勤講師も務めている。

作風・エピソード

の千昭が『ウルトラセブン』や『ゴジラ』を好み、ホラーの分野に長けていたのに対し、自身は牧歌的な初代『ウルトラマン』や『ガメラ』の方が好きだったといい、底してジュブナイルに傾倒していたとっている。
ジュブナイル拘りを見せる一方でハードSF路線も本領であり、メインディレクターを務めた『ウルトラマンダイナ』の最終章や『ウルトラマンネクサス』ではトラウマを植え付けられた者も多いだろう。

共に仕事をした脚本家吉田伸プロデューサー渋谷浩康く、理詰めで理路整然とした仕事スタイルとの事。

実現はしていないが、・千昭と一緒に80年代新ウルトラマン企画に参加したり、平成ガメラシリーズの最初の脚本を書いた事もあった。

藤子・F・不二雄作品を読しており、『パーマン』『流血』の実写化を構想して、生前の子・F先生と会談したこともある。(映像化は快諾してくれたようだが、実現していない)。また、『ウルトラマンダイナ』の第2話に出てくる新しいウルトラマン名前補にネタが使われている。

脚本家長谷川圭一コンビを組むことが多い。『ぼくが処刑される未来』では、長谷川が行き詰っていたところで呼ばれ、東映での初仕事となった。

高校時代、映画研究部の先輩手塚眞がおり、手塚制作した『FANTASTICPARTY』に出演した事もある。
ダイナ』第33話ではバーの客、『ULTRAMAN』ではウルトラマン・ザ・ネクストに助けられた少女父親、『ウルトラマンネクサス最終回ではネクサスダークザギの戦いを見守る大衆の一人、『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』ではウルトラ4兄弟が現れたのを見て「ウルトラ兄弟だ」と喜ぶ男としてカメオ出演している。

主な作品

※太字は特技監督を兼任

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最終更新:2024/04/25(木) 16:00

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