小林光一(こばやしこういち)とは、日本の囲碁棋士である。
ネットではよくコバコウと言われる。
名門・木谷実門下。
兄弟子に大竹英雄・石田芳夫・加藤正夫・趙治勲・武宮正樹、弟弟子に小林覚がいる。
門下にはニコニコでおなじみの芸人・大矢浩一九段や臨戦中国流の河野臨九段、
娘に小林泉美6段、娘婿に張栩9段などなど、氏の周りにはトップ棋士がゴロゴロいる。
木谷門下の中ではだいぶ遅咲きと言われる。
最盛期は国内タイトル・国際戦問わず数々の棋戦を総なめにしてきた。
武宮に名人戦で棋風を「地下鉄流」と馬鹿にされた事もある。
お前は模様張りすぎという突っ込みは無しである。
当時の無双っぷりは相当なもので、
などなど、常に第一線で活躍しつづける怪物である。
2012年8月、満60歳により名誉資格を名乗る事が許され、
名誉三冠というとんでもない称号を手に入れた。
「情熱は変わらない」
名誉三冠式典にて
最大のライバル(と、いうか天敵)は趙治勲。
幾度となく彼の壁に阻まれ、本因坊タイトルのみ獲得経験がない。
その為、これだけタイトルを獲得しているのに大三冠も経験がない。
もし彼がいなかったら・・・もしかしたら名誉大三冠とか名乗ってたかもしれない。
二人の対決は記録では127回。
本因坊戦では4回激突しているがいずれも小林が一歩及ばなかった。
この時代を俗に「趙・小林時代」と呼ぶ。
小林は思った事をそのまま発言する超ストレート派。趙も囲碁界きっての激辛派。
お互い感想戦でのいざこざが多い人なので、このカードがぶつかると
周りはピリピリしてたとか。
というかぶっちゃけ不仲であったらしい。(現在はそれほどでもないようだ)
一時期はそんなストレート発言が災いしてか、武宮正樹9段とも険悪な時期があった。
序盤で足早に地を稼ぎ、ヨセで勝負をつける棋風。
小林流と呼ばれる布石を使い、後々に響いてくる味や含みを残さず打ちきる、「決め打ちスタイル」で、
上記した成績を残す。
「勝つ確率が高い碁を打つように心がけています」
しかしながら武宮先生の2連星3連星のように、こればっかり打ちまくってるわけではない。
筆者は高中国流を打つ姿がなぜか多い気がする。
要するに何やっても強い。
また、意外かもしれないが、その昔は相当な力碁だった。(読売新聞の記事より)
小林流布石の特徴は足早に地を稼ぐ事ができる点。wikipediaに個別記事があるほど有名である。
この布石は当時、黒番必勝法と言われ、世界的に広まり、研究された。あんまり研究されたものだから、後期は新・小林流と呼ばれる形を開発した。
少ない・・・
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最終更新:2025/04/21(月) 14:00
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