山口組単語

ロクダイメヤマグチグミ

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今週のおすすめ よりニコニコできるような記事に編集していきましょう。

    警察「せんせーい!!警察官一同はの代紋に誓って山口組を壊滅させることを誓います」 

          山口組「やってみろやコラァ!!めくさりよって いてまうぞボケェ!!」

                    さてみなさんはどちらを応援しますか?

六代山口組とは、神戸兵庫)県神戸市篠原本町に本家本部を置く暴力団である。

代紋は『山口』の二文字菱形デザインした『山菱』と呼ばれる代紋を用いている。

通称: 菱(ビシ)、ヒシモンジなど  

不肖私めが概要を書かせていただきやす!!オヤジ

言わずと知れた日本最大のヤクザ組織で、その知名度は表、裏社会関係なく全にとどろいている。
一般の人にも「暴力団といえば?」と質問されたら大多数が山口組と答えるだろう。

組織は2011年現在、構成員数が約17300人(前年1700人減)、準構成員数は約17600人(同200人増)の合計約34900人(同2600人減)となり,その数は全暴力団構成員数約78600人(同2300人減)のうちの44.4%を占めている。

山口組の下組織は約1,600団体と言われ、広島県沖縄県の2県を除いた45都道府県事務所が置かれているといわれている。なぜ広島県沖縄県にないのかというとはっきりとした答えはない・・・一応自分が思う考えはあるが間違っていたら申し訳ないのでやめておきます。(はっきりとした答えがわかる人は教えてください)しかし、この二県は昭和の中期に地元組織と山口組(ほぼ代理抗争だけど)の大きな抗争の舞台になったっていうのは事実である。

暴力団(22団体が定)のなかでも、山口組(約34900人)、住吉会(約12600人)、稲川会(約9100人)の三団体を三大組織、ビッグスリーなどと呼ばれている。※()中の人数は準構成員も含む
ちなみに構成員数は17300人と書いてあるがそれは山口組系(下組織)も含めての数なので間違いないように。山口組本家の正規組員は当代である六代組長から盃を頂いた者たちだけなので数は組長)、舎)6人に若中(子)79人の計86人である。 

当代を除くこの85名は直参とも呼ばれ、自分がトップとして組、会、一家を率いている。これらは直系組織(二次団体)となり直系組織によっては数十名から千名をえる(四代目山健組、二代会、二代宅見組、連合会、三代目倉本組、五代会など)構成員を誇る組織までさまざまである。それによって勢や資面にも直系団体によって格差も出てくる。
他団体の義理場などに姿をあらわす際、直参は胸に山菱の代紋を入ったピンバッチをつけるが本家直参に付いている二次団体の最高幹部、直参はのバッチをつけ、本家直参はプラチナのバッチをつける。
本家の最高幹部はプラチナのバッチの上に小さなの鎖のような物をつけており、もし新神戸駅などで(最近は衆の前ではあまりつけないらしいが)山菱のプラチナバッチをつけている人を見かけたら確認してみるといいだろう。
警察関係者(特に組織犯罪対策部の警察官)などは本家直参のことを単にプラチナと呼ぶこともある。

ちなみに神戸を走っているタクシーの運ちゃんに「山口組の総本部まで!!」って言ったら運ちゃんに変なに思われるかもしれないが一切も間違えずに篠原本町4-3-1に連れて行ってくれますよ~~それぐらい有名ってことですな【ちなみに総本部の住所警察ホームページ表しているので書いても大丈夫本家は4-3-30ね(本家住所表されていないけどの先だから載せておきます】ぜひ兵庫神戸)に旅行に行く人は神戸プリンでも食べながらこの裏の観光地を計画に加えてはいかがだろうか・・・?
(注意)勝手にび込んだり総本部の前で挙動不審みたいにウロウロしていると沢山の監視カメラがあるので部屋住みの怖いちゃんが出てきたり、警察を呼ばれたりするから気をつけてね。

ちょっとした豆知識を語らせてもらいます!!オヤジ  

映画などでヤクザの組員が分のことをオヤジと呼ぶのは一般にも知られているが、一般的にヤクザの盃事(擬似血縁)はの盃子の盃の二種類あり(手打ちの盃などもあるがここでは割愛)舎分の、子の盃は分の子供を現す。

の盃を受けたものは分のにあたるので分に対して兄貴と呼び、子の盃を受けたものは分の子供のあたるので分のことを親父と呼ぶ。
子の盃を受けたものは舎の盃を受けた者に対して、分のである舎に対して伯父(オジキ)と呼ぶ。

盃を受けたものは分に対しては絶対従であり分が言うことはたとえドスグロことを言われても分の言うことは必ず正しいことであり、たとえい事もい事と思い行動しなければならない【山口組の本家直参クラス個人にはそのような命はないが枝の組織になってくるとこのヤクザの掟が顕著になってくる、例えば鉄砲玉に行け!!そいつの命(タマ)を取ってこいなどといった自らが死ぬかもしれない、長期の社会不在(懲役)が免れない命など】

もちろんのことだが分の意に反したり、多大なる迷惑をかけてしまったら破門絶縁などの処分を受ける。
破門赤字)、絶縁に処されたらヤクザとして生きられなくなり自分で率いていた組も解散、縄張り内からも永久追放されすべてを失ってしまう。(特に絶縁された者は、所属していた組の縄張り内にいたら身の安全の保障がない)
除籍、破門絶縁本家の直参に対しても行われることで処分された直参は強制引退、何代と繋いできた組の名前も残せずに解散してしまう。絶縁破門された者を他団体の組織が拾うことは、処分を下した組織に対しての反逆行為と見なされ、それが原因で抗争になることも多い。
そのような場合は、解散した組の若頭や舎頭がその地盤を受け継いで新しい組を起こし直参昇格ということもあり得る(しかしそのような場合は組織がある組だけで疲弊していた組はそのまま解散し他の二次団体に吸収される) 

山口組の役職名の簡単な説明 (六代目山口組の場合)

山口組は暴力団組織だが、組織というからには役職はある。
分(当代)を筆頭に、

  • 次期跡補でもあり子の長男にあたる若頭
  • 顧問の中でも選ばれた長老にしか就けない高顧問
    (先日、最高顧問を務めていた分がお亡くなりになったので現在席)
  • 前の代などで最高幹部などを務めて多大なる貢献をし今現在も現役として隠然たるを持つ長老である顧問
  • 衆のリーダーでありかなりの発言を持つ現在席)
  • 頭を補佐し最高幹部の一である頭補佐現在席)
  • 総本部の責任者であり本部に流れてくるをの管理の責任者で山口組の庫番である総本部
  • 若頭を補佐し各地方ブロック長も務める若頭補佐
  • 直参として3、4、5代目と組に貢献してきた大ベテランである(最高幹部経験者も舎に直ることもある)
  • 六代体制で新設されてベテランから若手隔たりなく重要な役職に付き次期若頭補佐の登竜門といわれている幹部
  • 六代山口組を支えている若中(組織図はまた後から書きます)

特に若頭、最高顧問、顧問、舎頭、総本部長、舎頭補佐、若頭補佐は最高幹部と呼ばれ組の中で隠然たるを持っている。
二万人近い構成員の中から本家の直参(現在85名)に昇格することは並大抵のことではない、直参分として見合う実績、自分が率いている組の組織、実、資、器量、運の良さなどが重ならないととてもじゃないけどそこまで這い上がることはできない。
例えば、実、資、器量が直参級でも様々な運や実績がないと昇格できない、それだけ追い越し追い越され、裏切り裏切られの実、競争社会である(一般社会も同じではあるが・・・)。

上がり(上納
山口組の直参(というよりすべての暴力団組織)はいつ払うかわからないが毎月経費という名で上納本家に納めている。それは二次団体でも三次団体でも四次団体でも同じであり納めないと組に組の意に背いているということで処分される。
山口組の場合は若中、幹部で85万円、舎を含む最高幹部は105万円と言われている。
この上納で毎の総本部、本家の維持費(光熱費等)などに使われているといわれている。
の上納だけではなく義理場へのお金、慶弔事、引退した直参への功労その他諸々など毎かなりのお金本家に払われており、1年間に換算すると十億をえるといわれている。
ちなみに企業が起こしている会社、山口組が関与しているフロント企業などの収益をすべて合わせると年間8500億円をえると言われている(噂では1兆円企業TOYOTA並みの収益とも・・・)。

本当にちっさい豆知識
山口組は東洋信用実業株式会社株式会社で通称山口組カンパニーと言われている株式会社がある。
は山口組の本家の直参で一般の皆さんは買おうと思っても買えません!!残念でしたぁ~~
事業内容は総本部、本家、総本部の駐車場の土地の管理である(2社に分けて管理を行っている)
いくつかのマンションも買っているらしい・・・
6月の定例会ではちゃんと株主総会もやっていて、収支報告をした後
「それでは質問はありますか?」
異議なし!!!!!!」
で終了する(いわゆるシャ〇シャ〇会議っいうやつですね!!わかります)。
もちろん2社とも代表取締役は山口組の最高幹部である。

私、今だ任侠道の修行の身若輩者ですが歴代組長を書かせてもらいやす!!

初代山口組組長 山口
二代山口組組長 山口 山口吉初代の実子
三代目山口組組長 田一雄 港湾荷役振協会副会長神戸部長甲陽運輸社長神戸芸能社長元日プロレス協会副社長株式会社ひばりプロダクション社長など
三代目してしばしば『山口組中の祖』と呼ばれる
四代目山口組組長 竹中正久 初代竹中組長 三代目山口組若頭補佐→若頭
昭和60年1月26日一和会(山口組から分裂した幹部、直参が起こした組織)のヒットマン撃を受け翌27日死亡山一抗争に繋がる
五代山口組組長 渡辺芳則 二代山健組組長 四代目山口組若頭補佐→若頭
六代山口組組長    初代会長 五代山口組若頭補佐→若頭
銃刀法違反で収監(2011年四月九日出所)

親父!!この未熟者の私が綱領を書かさせてもらいやす!!

山口組には三代目時代に制定された5ヶ条からなる『山口組綱領』があり山口組に所属する組員の基本精である。
の総本部で開かれる定例会(幹部会)や組行事の際は、この場にいる直参達が一緒にこの山口組綱領を必ず唱和する。

綱領

山口組は侠に則り国家社会に貢献せんことを期す

依って組員は各項を体現することを要す

一、内を固むるに和合一を最も尊ぶ

一、外に接するに念を持し信義を重んず

一、長幼の序を弁え礼に依って終始す

一、世に処すに己の節を守り諍を招かず

一、先人の経験を聞き人格の向上をはかる

                                         以上  山口組

他にも毎年変わる組針(四文字熟語)があって12月13日に開かれる事始め式に決められる(六代社会不在なので現場復帰するまでは納会という形で行われる)。
二十一年度の組針は『脚下照顧』(自己を顧みて進むを誤らず、常に自分を直視すること)
二十二年度の組針は『倹徳献身』で意味は(身を引き締め、世のため人のために尽くすこと)のこと。
今年二十三年度の組針は『慶複協心(けいふくきょうしん)』と発表され、四文字熟語辞典に載っていないオリジナルだが、「六代分の復帰を皆で慶び、心を一つに協して事に当たる」という趣旨になる。

上の綱領を簡単に説明していくと、冒頭から始まって

  • 『内を固むるに和合一を最も尊ぶ』
    和に勝る争いはないのだから一致団結することで悪を浄化していこう!!
    ※和合一という四文字熟語は田三代目の好きな熟
  • 『外に接するに念を持し信義を重んず』
    言葉の通り組以外の者たちとの付き合いを大事にしていこう!!
  • 『長幼の序を弁え礼に依って終始す』
    上の人に礼節を重んじる日本の伝統的な美を忘れるな!!
  • 『世に処すに己の節を守り諍を招かず』
    山口組の代紋に恥じることのない行動をとるように!!
  • 『先人の経験を聞き人格の向上をはかる』
    個人の足跡をたどれば誤ることはないんだ!!

簡単に書くとこのような意味をあらわしている。
このような一見実にシンプルなように見えるが「この5ヶ条の中に、ワシらが守っていかなければならない精がすべてられていると思う」とる山口組関係者も多い。

五代目の末期から六代目収監までの組暦を簡潔に書かせていただきやす

平成十六年 2月24日 若頭補佐(当時)に銃刀法違反事件の控訴審で大阪高裁が懲役六年の逆転有罪判を下
                す(最高裁に上告)

         3月23日 銃刀法違反事件で大阪地裁が滝沢若頭補佐(当時、芳菱会会長)に無罪判決(検察側が控
                訴)。最高裁で懲役七年の有罪(銃刀法違反)が確定した三代目山健組組長桑田兼吉若頭
                補佐(当時)が東京拘置所に収監される。

         4月21日 抗争に巻き込まれた被害者が上部団体トップに損賠償を問える『正暴対法』が国会で成
                立。

        11月12日 「警察誤射射殺事件」(平成7年8月25日に起きた事件)の民事訴訟の上告審で、最高裁
                上告棄却を決定。渡辺芳則五代山口組組長使用者責任認定する

        11月28日 緊急直系組長会を開催。渡辺五代が休養に入り、執行部の合議制で組織運営を行うことが
                決定 

平成十七年 3月10日 会の高山若頭(当時)が、二代会継承することが決定

         4月5日 若頭補佐(当時)田組組長就任(田組は自身の上告審が控えているので高山氏に二                       
               代会を継承させて直参昇格させるための形だけの組で事務所も組員もいない)が発表

         5月10日 定例会で若頭補佐が若頭に就任。“宅見事件”以来約8年ぶりに若頭が誕生

         6月6日 定例会で二代宅見組・入江組長大阪)、二代会・高山会長愛知)、極心連合
               会・橋本会長大阪)の三人の若頭補佐昇格発表。

         7月25日 総本部で最高幹部会が開かれ、若頭の六代就任が決定

         7月29日 臨時直系組長会を開催。渡辺五代引退を表明し、若頭の六代継承が正式に発表

         8月8日  最高幹部会で、若頭に高山若頭補佐が就任することが決定。“宅見事件”で山口組を絶縁
                された中野会・中野太郎会長大阪)が引退、解散届を大阪府警に提出

         8月27日 総本部で『六代継承式』と『盃直し』の儀式が執り行われ、名実ともに六代が誕生
                この六代体制発足を機に、四代目山健組・井上邦雄組長、二代健心会・江口健治会長
                二代近藤組・掛野一組長一家政雄総長が直参昇格

         9月4日 六代と最高幹部らが姫路市竹中正久四代目の墓に参り、六代継承を墓前で報告

         9月5日 六代体制発足後初の定例会が開かれ、新執行部人事が正式発表されるとともに、幹部ポス 
               トの新設と、九人の直系組長を発表

         9月7日 総本部で六代と、関東定団体(暴力団)・会の工藤和義会長との盃事が執り
               行われ、会が直系として山口組の電撃加入。工藤会長は最高顧問に就任

       10月11日 総本部で六代と五代会津会・図越利次会長との盃事が執り行われ、図越会長が         
               六代の代紋違いの舎となる

       11月29日 六代銃刀法裁判で最高裁が上告を棄却。懲役六年とした二審の有罪判決が確定   
               六代の年内収監が決まる

       12月4日  最高幹部会(執行部会)が開かれ、井上邦雄幹部(四代目山健組組長)の若頭補佐昇格を決定 

       12月5日  六代大阪府警出頭大阪高検による収監手続きを経て、大阪拘置所に収監される

       12月27日 総本部駐車場で全の直系組長らが参加してもちつき大会が開かれ、近隣住民も招待される

 

ちょっとした組織図を書かしてもらいやす・・・・・オジキィィィィィィィィィィ!!! 

最高幹部、幹部、舎弟

六代山口組組織図 (十二月現在) 数字は直参になった時期(Sは昭和、Hは平成

 六代組長   元・初代会長田組組長 S59.6
   若頭 山 清 二代会長愛知県名古屋市中村区宿跡町) H17.4
  総本部長 不明  
 顧問(舎 尾崎  会長徳島県徳島市町) S43.11
 顧問(舎 石田 章六 章友会会長大阪府大阪市北区野町) S44.7
元五代山口組舎頭補佐
 顧問(舎 大石 誉夫 大石組長岡山県岡山市厚生町) $45.6
元五代山口組舎頭補佐

 

若頭補佐(大阪ブロック長) 橋本  極心連合会長大阪府東大阪市長堂) H17.4
若頭補佐(大阪ブロック長)    
若頭補佐(九州ブロック長) 青山 千尋  二代伊豆組長福岡県福岡市二西中洲) H5.5
若頭補佐(関東北海道ブロック長)      鈴木 一 会長北海道旭川市三条通) H4.2
若頭補佐(阪神ブロック長)    
若頭補佐(中北陸ブロック長)    
若頭補佐(中国四国ブロック長)    

 

舎  川合 康允 川合組長岐阜県大垣市S54.8

 

幹部  大原  大原組長大阪府大阪市生野区田島) H1.12
幹部(総本部長補佐)    
幹部(組長付)  安  生会会長福岡県福岡市博多博多駅南) H13.12
幹部(慶弔委員長    
幹部(総本部長補佐)    
幹部(若頭付)  江口 健治 二代健心会会長大阪府大阪市浪速区) H17.8
幹部(若頭付) 尾 卯太男 大同会会長鳥取県米子市富士見町) H17.11
幹部  藤井 英治 五代会長東京都台東区千束) H19.3
幹部(組織委員長  高野 永次 三代目織田組組長大阪府大阪市中央区) H18.9
幹部(組織委員)  高木 康男 六代清水一家総長(静岡県静岡市清水原町) H14.10

 

兵庫若中(七団体)

若中 中村 地朗 二代大平組長兵庫県尼崎市昭和南通) S61.10
若中 細川 幹雄 細川組長兵庫県尼崎市清水) H1.12
若中 柴田 健 柴田会長兵庫県加古川市町) H3.12
若中 清水 武 二代岸本組長兵庫県神戸市中央区加納町) H19.10

大阪若中(十七団体)

若中    
若中 浅井  浅井組長大阪府大阪市北区H4.2
若中 川口 和慶 三代目本家会長大阪府大阪市西成区太子) H11.3
若中 野村 孝 三代目一会会長大阪府大阪市北区神山町) H14.3
若中(慶弔委員) 髙木  五代早野会長大阪府大阪市浪速区恵比寿西) H15.4
若中(組織委員)  皓二 二代中西組長大阪府大阪市中央区ノ内) H15.12
若中  秀正 三代目大野一家総長(大阪府大阪市港区夕凪) H16.10
若中(総本部当番責任者) 里 照仁 二代中島組長大阪府大阪市十三元今里) H18.5
若中(慶弔委員) 奥村 修 二代勝野組組長大阪府大阪市西成区山王) H19.5
若中(総本部当番責任者) 亀井 利臣 三代目松山組長大阪府東大阪市高井田本通) H20.10
若中 塚 恵 三代目一心会会長大阪府大阪市中央区宗右衛門町) H20.11
若中 良 東 連合会長大阪府大阪市浪速区H20.11
若中 飯田 倫功 倭和会会長大阪府大阪市中央区町) H21.2
若中 井村 一男 四代目一家会長大阪府大阪市中央区難波千日前) H22.4
若中 南  三代目吉川組長大阪府大阪市宮原H22.10

 

他都道府県若中(三十六団体) 

若中 青野 哲也 七代力一総長(静岡県浜松市中央区参野町) S59.6
若中 尾崎 勝 尾崎組長徳島県徳島市町下福) H1.5
若中 根本  二代川内組長福井県あわら市温泉) H1.12
若中 北島 虎 二代組長愛知県名古屋市中村区大町) H5.11
若中(慶弔委員)  哲男 会長福岡県福岡市博多区石) H5.11
若中 正田 悟 二代松山会長愛媛県松山市) H8.10
若中 本 健 本会会長愛知県名古屋市中村区下中村町) H11.3
若中 木 一治 三代目友会会長北海道札幌市中央区七条西) H13.12
若中(慶弔委員) 篠原 重則 三代目若林組長香川県高松市) H14.5
若中(総本部当番責任者) 菱田 達之 二代会長三重県四日市市西浜田町) H17.3
若中 山本  五代友会会長高知県高知市廿代町) H17.3
若中(慶弔委員) 田保 伸一 二代昭成会会長石川県金沢市涌波) H17.5
若中 掛野 一 二代近藤組長岐阜県岐阜市鍵屋中町) H17.8
若中(総本部当番責任者)  政雄 一家総長(北海道札幌市白石区菊七条) H17.8
若中(慶弔委員) 落合 勇治 二代小西一家総長(静岡県静岡市区南安倍) H17.11
若中 木村 阪喜 木村会長愛媛県松山市勝山) H17.11
若中(総本部当番責任者) 田中 三次 三代目稲葉一家総長(熊本県熊本市細工町) H19.6
若中 宮本 浩二  四代目北岡会長熊本県鹿植木町) H19.7
若中  寛 二代名神会長愛知県名古屋市中区栄) H20.3
若中(組長付) 清田 健二 十代瀬戸一家総裁(愛知県瀬戸市孫田町) H20.3
若中 津田  二代倉心会会長和歌山県和歌山市元寺町西ノ町) H20.10
若中 良知 政志 良知組組長静岡県榛原吉田町大H20.11
若中 塚本 修正 友会会長静岡県富士宮市杉田H20.11
若中 一ノ宮 敏 会長福岡県福岡市中央区吉) H20.11
若中 山  一家総長(滋賀県大津市長等) H21.1
若中   三代目益田組長神奈川県横浜市中区長者町) H21.4
若中 富田 丈夫 一家総長(静岡県浜松市中央区荻丘) H21.8
若中 生野 靖 四代目石井一家総長(大分県別府市石垣東) H21.9
若中 浜田 重正 二代尾組組長神奈川県横浜市中区町) H21.10
若中 薄葉 政嘉 十一代平井一家総裁(愛知県豊橋市仁連木町) H21.11
若中 河内 敏之 三代目倉本組長奈良県奈良市西九条町) H22.2
若中 波入 信一 七代会津一家総長(福島県会津若松市門田町) H22.3
若中 中山 和 三代目組長愛媛県今治市黄金町) H22.6

 
住所に付いてはいくつか知っている組織もあるが、何丁番地~号など全部載せてしまったらさすがにマズイので載せられるところまで載せてときやした。
一応簡単ではあるがこのメンバー現在平成22年12月現在)の山口組本家に属している直参組員である。
いわばこの面子ヤクザ社会ではかなりのエリートであり、それぞれ何十人から何、何千の子分を持っていてここに載っている組組織が本拠地を置いている場所に住んでいる。住民の皆さんにはこの組のことをよく知っている人もいるだろう・・・
ここに載っている二次団体(直系組織)だけではなく、直系組織の下の三次団体の中にもいつ直参に昇格してもおかしくない実を持った組織は沢山あり、三次団体ではあるが二次団体の組織をえる程の全かす知名度を持つ団体もある。
そういう組織は直系組織から内部昇格という形で直参に昇格することもあるが、六代体制になってそれが極端に少なくなっている

警察vs山口組(新・頂上決戦)

警察と山口組の攻防は長きに渡る。

古くは、昭和四十年代に行われた、警察庁が先頭に立って山口組の幹部・枝の組員関係なしに大量検挙を行い壊滅をし、当時の三代目山口組にかなりのダメージを与えた第一次頂上作戦と呼ばれる戦いが有名。
警察側は以後、何回か頂上作戦を展開してきたが、あまり成果は得られなかった。

しかし、2010年に入り、2011年4月六代出所を睨んで、警察庁長官の安藤警察庁長官が警視庁をはじめ各県警にあらゆる法令を駆使して底的に検挙をすよう促し、新・頂上作戦とさえ呼ばれる大攻勢に出た。
特にを入れているのは「組織の人的基盤崩壊」「支援基盤の壊滅」「資の遮断」「暴力団の孤立化」でヤクザと関係が深い風俗業や建設業などの洗い出しを進めている。

2011年だけで直参(最高幹部も含む)が22人逮捕されており、中には年内で三回も逮捕された直参組長もいるほどで、山口組に何が何でもダメージを与えようとする警察側の姿勢が見て取れる。
特に、山口組山清若頭が二代会長として率いている二代会(構成員約1,700人・準構成員を含むと約4,000人)に対する攻勢は凄まじい。去る4月1日、二代会が本拠を置く名古屋市において、管轄である愛知県警捜四課内に「会特別対策室」が設置され大きな話題となった(「会壊滅戦略」と呼ばれる愛知県警が作成した文書が、全警察の担当部署に配布されていると言われている)。
今年の上半期だけで1,022人の関係者が逮捕されている。
安藤長官は、「山口組を実質的に支配しているのは山口組若頭である高山氏が率いる二代会であり会の弱体化なくして山口組の弱体化はなく、山口組の弱体化なくして暴力団弱体化はない」と宣言している。

そして、11月18日、淡一家らによる恐喝事件でみかじめ料名で四千万円を脅し取ったとして、恐喝の疑いでついに山口組高山若頭が京都府警組織犯罪対策2課に逮捕された。

逮捕までの経緯は以下の通りである。
この恐喝を行ったのは、二代会で舎頭補佐を務め、2009年1月に内部昇格という形で直参昇格していた、淡一家高山賢(本名:高山義友希)であった。当初は彼が恐喝容疑で逮捕(組織犯罪処罰法で起訴)されたのだが、その後の調べで彼は、被害者である建設関係者に「(みかじめ料)を名古屋の頭(高山若頭)にも届ける」などと言っていたことが判明(被害者とされる男性ICレコーダーを持っており、その会話の模様を録音したとされる)し、脅し取った現高山若頭に渡ることを伝えたと判断された。このことから、高山若頭が恐喝を共謀、あるいは何らかの関与を持っていたとして、逮捕に至った。
山容疑者は犯行を全面否認している。

若頭逮捕警察庁の悲願であるが、会の本拠でもある愛知県警でも若頭逮捕に苦戦していたのに、関係が薄い京都府警に逮捕されたので愛知県警は面子を潰された形となってしまった。

さらに12月1日暴力団対策法に基づく大阪公安委員会の命に従わず、抗争事件で役中の組員側に銭を渡していた容疑(暴力団対策法違反の暴力行為の賞揚等禁止命違反)で、山口組総本部長入江二代宅見組組長逮捕された。
ただ、この容疑に関しては起訴までに持っていくのはほぼ不可能で罰刑で済むと言われている。

山若頭が逮捕以後、起訴されるのか注を集めていたが12月8日恐喝罪で京都地検に起訴された。
本人は全面否認をしているため山若頭の弁護人も「無罪を全面的にする方針」だという
起訴内容を本人が否認している以上ほぼ保釈が認められないとの考えで長期社会不在が決定的となった(11年3月現在も保釈は認められていない)
ちなみに四千万のうち五万円分の恐喝容疑の共犯とされた淡一家組員には懲役四年の有罪判決が言い渡されていることからも、山若頭が有罪となった場合はそれ以上の懲役刑になる可性が高い。

12月22日、起訴はいであろうとみられていた山口組総本部長入江(二代宅見組組長)が暴力団対策法違反罪(暴力行為の賞揚等禁止命違反)で起訴された。
二日後の24日には、保釈申請が認められ、保釈一千万円を支払い同日に保釈され現場復帰をした
入江本部長は当初、容疑を否認していたが起訴状によると禁止命が出されるまでは入江本部長ら宅見組幹部三人の名義で振り込まれ、その後、幹部(役中の組員)の内妻が振り込み役となり、平成二十二年五月以降は別の幹部がホテルなどで直接内妻に手渡していたとされる。
22日に起訴された入江本部長が、天皇誕生日を挟んだ24日に保釈が認められたのは否認から一転して起訴内容を認めたからだという。
3月10日暴力団対策法違反の罪に問われた入江本部長の判決判が大阪地裁(三沢節史裁判長)で開かれた。
判決は懲役10ヵ執行猶予3年で検察側が懲役10ヵの実刑判決を刑し弁護側は執行猶予付きの判決などをめていたので弁護側が刑する判決となった。
他に共犯として逮捕された二代宅見組幹部二人は入江本部長が起訴されたときに略式起訴され罰五十万の略式命で済んだ。

このように普通は起訴にまで持っていけないような容疑でも、現在警察は積極的に逮捕して、刑務所には送れずとも拘置所に数週間なり抑留しようとするので、直参にとってはかなりキツイことであろう。

六代4月8日に刑の満期を迎え、翌9日府中刑務所を出所する。
出所したら六代に捜が及ばないように総裁制を導入するとか執行部を若手に組織革をするとかいろいろ噂があるが今後の成り行きに注である。

弘道会と山健組の対立、分裂

2015年六代組長の出身体であり山若頭の下でもある会と渡辺五代組長の出身体である山健組が対立。井上山健組組長に加え、それを支持する12人の直系組長が離脱し、井上組長のもと「神戸山口組」を結成した。離脱した直系組長の中には最高幹部である入江本部長や7人の若頭補佐のうち過半数の4人が含まれるなど、全に分裂という結果となった。神戸山口組の結成式には山口組に次ぐ勢を持つ住吉会の下である幸一家加藤総長も出席したとの情報もある。

山口組直系団体の会の菱田組長11月に殺されるなど、組長クラスの人物に対する抗争も勃発している。

2017年4月30日には神戸山口組下の山健組の織田元副組長を代表とする任俠団体山口組(後に任侠山口組→称)が発足、山口組系組織は3団体に分裂することとなった。

これら3団体はいずれも山菱を代紋としていたが、は後に代紋を変更している。

神戸山口組とは特にしい抗争状態にあり、2016年3月から2019年末までにそれぞれの下団体が関係する事件が72件発生している。なお、これはあくまで警察庁が感知しているものなので、面下ではさらに事件が発生している可性もある。抗争の結果、一般住民にも危険が及ぶ可性があることから、2020年1月神戸山口組とともに特定抗争暴力団定されることとなった。

その後、2020年7月池田組、2022年8月に徳会、9月に宅見組、2023年2月会が神戸山口組から脱退して独立団体となり、その他にも神戸山口組下から山口組下へと移籍する団体も出てきており神戸山口組は弱体化の傾向にある。ただし、池田組は脱退後に神戸山口組と戚関係を結ぶなど友好関係にあり、2022年8月には神戸山口組と同様、山口組との間で特定抗争暴力団定されている。

なお、山口組の分裂騒動は初めてのことではなく、よく知られているものとして1984年竹中若頭(当時)が四代目組長襲名の際に、山本組長代行(当時)を支持する勢組長襲名に反対し山口組から離脱、一和会を結成し山口組と対立、通称「山一抗争」と呼ばれた抗争があった。記事があるので詳細はそちらを参照。

 関連動画など貼って何の意味があるんですかい?兄貴ィィィィィィ!!!!!

 

 コミュニティーって何ですかい?姐さぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんん!!!!!

 山口組の関連コミュニティーなんてあるわけがないやろ!!ですよね親父ぃ

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