松山弘平単語

マツヤマコウヘイ

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松山弘平とは、JRA(日本中央競馬会)に所属する騎手である。

概要

1990年3月1日生まれ、兵庫県神戸市出身。
体格の小ささなどから父親に「騎手になれば?」と言われたことから乗をはじめ、自身も騎手興味を持ち競馬学校入学騎手としてデビューする。

池添兼雄厩舎に所属し2009年3月1日、19歳の誕生日小倉競馬場第1レースでトミケンプライマリに騎乗し初騎乗、初勝利を飾る。

同期双子国分恭介国分優作、丸山元気らがいる。

またデビューの同日に2勝も上げた。新人が同日に2勝するのは競馬学校卒業生としては福永祐一以来2人の出来事であった。

デビューした同年のにはくも小倉記念重賞レースで騎乗もした。デビュー時は36勝して最多勝利新人賞を獲得している。
翌年の2010年にはシンガポール競馬際見習騎手招待シリーズJRA代表として海外競馬の騎乗もしている。

2012年3月4日リニューアルした中京競馬場中日新聞杯にスマートギアに騎乗し勝利、自身にとって重賞初制覇となった。にはドリームバレンチノ函館スプリントステークス勝利している。

2015年11月大井競馬場で行われた交流GIJBCスプリントコーリンベリー勝利し、GIJpnI)初制覇。

2017年アルアイン皐月賞に挑戦し勝利、自身38回の騎乗で悲願の中央GI勝利を手にする。

そして2019年デビューしたデアリングタクトの手綱を握り、新型コロナウイルスにより無観客開催が続く中、2020年4月桜花賞5月オークスを制し、敗のままクラシック二冠を達成した。

この桜花賞の後の2020年4月26日京都競馬場では、5頭が絡む落事故に巻き込まれてひやりとする場面もあったが、幸いにも1週間の休養で復帰と逆を跳ねのけていた。

そして10月秋華賞では1.4倍の圧倒的人気に応え、デアリングタクトで史上初の敗での牝馬三冠を30歳で達成。更に秋華賞の後に行われた最終レースステークスでも勝利し、自身初のJRA年間100勝を達成した。リーディングでも上位におり、2020年10月19日終了時点でC・ルメール川田将雅福永祐一に次ぐ全4位につけている。

エピソード

競馬学校時代は寝起きがよくなく、目覚まし時計を複数用意しても2度寝を2次試験当日にやったり、競馬学校入学式の当日に先輩に呼ばれた部屋にその場で座れと言われ同期全員床に座った中、松山弘平だけは「ソファーでいいですか?」と言ってのける大物っぷり(?)だったとインタビューで発言している。

ちなみに騎手仲間では藤岡祐介と仲がいいらしく、インタビュー等ではたびたび二人のトークがあったりする。

関連動画

JRA競馬学校騎手課程 第25期生 模擬レース

2017年皐月賞

デアリングタクト

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最終更新:2023/12/06(水) 13:00

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