桜花(おうか)とは、大日本帝国海軍が開発した特別攻撃機である。
対米戦争が始まる前の日本海軍では、九六式陸上攻撃機と後継の一式陸上攻撃機からなる「中攻」による雷撃で、米国艦隊をできるだけ離れた海域で阻止するつもりだった。ところが対米戦が始まってみると、中攻隊は米艦隊の空母艦上機に壊滅させられてしまい、軍の構想はいきなり破綻した。
米艦隊の最外縁のピケット艦のレーダーで早々と探知されてしまうので、空母に対する魚雷発射点まで辿り着く機体はほとんどいなかったのである。そこで魚雷よりもずっと遠くからリリースしても命中を期待できる「有人グライダー爆弾」を陸攻に搭載するーという打開策が1943年に生まれ、翌年に「桜花」として実現した。
1945年3月21日に一式陸攻18機(15機が桜花を搭載)と護衛戦闘機による初めての攻撃が行われたが、桜花の射程内に入る前に陸攻はすべて撃墜されてしまい、以降も攻撃が実施されたがあまり大きな戦果は上げられなかった。
アメリカ軍による正式名称は『rocket-powered, piloted suicide bomb』また別に『BAKA(正しくはBAKA BOMB)』というひどいコードネームを付けられたが、その理由については後述。
1944年、まだ神風特攻隊が考案されてないころ。三菱名古屋発動機製作所では空対地ミサイルの研究を行っていたのだがその誘導装置に苦労していた。ぶっちゃけると当時の電子技術では満足な誘導装置なんてできなかったのである。そんな時、この話を聞きつけた海軍の大田正一特務少尉なる人物が『命中しないなら人間に操縦させたらいいじゃない』と思いつく。彼は本来の業務[1]をほっぽりだしコネを頼りに東大に自分のアイデアを売り込むための技術資料作成を依頼。その資料を手に「完成した暁には自分が真っ先に乗りますから!」と軍上層部に言ってのけプレゼンテーションに成功。とうとう出撃したら最後パイロットは絶対死ぬグライダー型有人爆弾が完成し、実際に運用までこぎつけてしまった。これが桜花である。
桜花は専門の開発・運用を行う第七二一海軍航空隊、通称神雷部隊によって運用され、計10回出撃が行われた。以下、運用実績と成果。
神雷部隊における総出撃数は一式陸攻78機(内桜花搭載75機)、零戦19機。それに対する損失は一式陸攻54機(内天候原因での損失6機)、不時着5機。零戦の損失は10機。戦死者は桜花搭乗員56名、零戦搭乗員10名、一式陸攻搭乗員は372名に及んだ。総死者、実に438名。
一方アメリカに与えた損害は駆逐艦一隻撃沈、駆逐艦三隻が大破使用不能、後は小破した船が数隻。桜花による死者は129名、負傷者は238名。
この槍、扱い難し。
アメリカ艦隊が構築した対空防衛線、いわゆるピケットラインは戦艦や正規空母といった主力艦の周囲80kmにぐるりとレーダー搭載駆逐艦(レーダーピケット艦)を配置し、レーダーに反応すると主力艦の上空に待機していた戦闘機が襲い掛かるというもので、たとえそれをかいくぐっても駆逐艦搭載のレーダー連動高角砲が敵機を始末するという二段構えであった。
当時のアメリカのレーダーは大体艦の周囲25kmを探知範囲にしていたといわれており、主力艦を安全に襲おうとするならば大体120kmの彼方から桜花を発進させなければならない。しかし桜花の航続距離は高度8000mで投下した場合でも70km。主力艦を狙うにはピケットラインどころか輪形陣の内側に母機である一式陸攻を潜り込ませねばならなかった。
またロケットエンジンの燃焼時間が極端に短いため、「射程距離」は桜花のパイロットの技量に大きく依存した。
ちなみに、大田少尉が軍令部にプレゼンをかけた段階では特呂二号[3]を採用する予定で、もし特呂二号が実用にかなう代物にならば、少なくとも固体燃料の桜花よりは航続距離は上がったのかもしれない。
重量2.2トンの桜花に対して、母機である一式陸攻の最大搭載量は800キロ程度である。また構造上桜花は機外に装備する必要があったことも有り、桜花搭載時は速力、運動性共に大幅に低下した。特に速力の低下は致命的であり、護衛戦闘機による直掩も困難な程であったという。
そのため、攻撃成功には多くの数の護衛戦闘機が必要とされたが、編隊が大規模になる事は、すなわち敵側からも脅威度の高い目標と認識され大規模な迎撃隊が差し向けられる事を意味し、その結果が第1回攻撃の悲劇である。
[4]このため神雷部隊は知恵を絞るのであるがそれについては後述。
しかし母機の犠牲は非常に大きく出撃した母機の実に7割が失われている。極論すれば桜花一機発進させるのに一式陸攻の乗員7人+桜花搭乗員1名の8人の命が必要だったのである。
桜花の運用に当たり選抜されたのは飛行時間1000時間以上というベテランであり、控えである予備士官でも300時間以上の飛行経験を有する人物が集められた。一式陸攻だって乗組員は飛行機を扱うことが出来る程度の能力を持つ優秀な人物ぞろいである。それをたった一度の出撃で使いつぶすことになった。
無論神雷部隊もこの使えない兵器を使えるようにするべく手を尽くしている。
おれは桜花作戦を司令部に断念させたい。
もちろん自分は必死攻撃を恐れるものではないが、
攻撃機を敵まで到達させることができないことが明瞭な戦法を肯定するのは嫌だ。
クソの役にも立たない自殺行為に、多数の部下を道づれにすることは耐えられない。
司令部では桜花を投下したら陸攻は速やかに帰り、再び出撃せよ、と言っているが、
今日まで起居をともにした部下が肉弾となって敵艦に突入するのを見ながら
自分たちだけが帰れると思うか?
神雷部隊の上層部は桜花の開発や訓練を経て、桜花は使い物にならないということをわかっていた。上記引用は初代飛行隊長である野中五郎が部下に語ったものである。
第一回出撃の際、部隊指令岡村大佐は護衛戦闘機の少なさを理由に出撃の中止を進言している。しかし、彼らの上司である宇垣中将は出撃を命じた。
今の状況で使わなければ使うときがないよ
確かに当時の状況(敵主力空母の大体の位置がわかっていた)から考えると宇垣中将がこんなことを言いたくなるのもわからないわけではない。しかし部下が犬死することがわかっているのに出撃を命じられる方はたまったものではない。野中少佐がこんなことを愚痴りたくなるのも理解できる。
そして史実の湊川の戦いの通り、第一回出撃は全滅という末路をたどる。
第一回出撃の悲劇は決して無駄ではなくその戦訓は生かされ、既述のとおり第三回出撃以降は通常の神風攻撃と同じぐらいまでの戦果を残すことになる。しかし後世を生きる我々としてはどうしてここで出撃をやめ桜花の改良に力を注がなかったんだろうかという思いがあるのだが、そんなものはきっと後知恵なのだろう。
上述の通り、正直言ってほめられる兵器ではないというのがもっぱらの評価。そのあまりにとち狂った発想にアメリカはあきれてしまったが、コードネームがBAKA(冗談でもなんでもなく由来は日本語の『馬鹿』)になった理由は実はこの為ではない。
桜花の仕様を知ったアメリカは当初「こんな自力で離陸もまともな飛行もできずどこにも使い様がない、存在が無意味で作るだけ無駄なのに、馬鹿じゃないの?」という理由で「BAKA」と付けられたのが実態である。
実際米軍は事前に桜花の存在を察知して米軍内広報で周知しており、発射使用が確認される前に戦闘機からそれっぽいものが一式陸攻に積まれていたとの報告も受けていたが、沖縄で現物を鹵獲するまで有人爆弾だと確認できていなかった。
無人の誘導爆弾としては、たとえばエロ爆弾[6]と呼ばれた日本陸軍開発の空対地ミサイル『イ号一型乙無線誘導弾』が開発されてはいたものの、射程が短く、専門の誘導員が命中まで操縦し続けなければならなかったため、早々に見切りをつけられた。これは同種の兵器を開発していたドイツも同様[7]である。
その他、1万mからの投下と撃ちっ放しが可能な赤外線誘導爆弾「ケ号爆弾」が開発されていたが、発射母機の問題や爆弾自身の命中精度の問題から量産は間に合わなかった。
また当時は敵艦船への通常攻撃で戦果を上げることは難しくなっており、こんなものでも頼らざるを得ないほど追い詰められていたことも考慮に入れておきたい。
なお第一回攻撃の大失敗により戦法を改めてからは戦果もそれなりに挙がる様になった。上述の通り第3回攻撃以降の有効率は通常の神風攻撃とほぼ同等、艦艇への到達率は3割を超えている(掲示板レス>>64、>>84参照)。このため、特攻対策が未だ未成熟であった段階、例えばフィリピン戦時に投入されておけば[8]空母等の“大物”への戦果も挙がっていたのかもしれない。しかし、海軍は1945年7月を持って桜花の使用を中止、後述の改良は行っていたものの、終戦まで桜花攻撃は再開されなかった。
桜花の改良型としては、モータージェットエンジンを搭載して航続距離を伸ばした22型、ターボジェットエンジン搭載の43型等がある。43型は地上からカタパルトで発射する計画で、200km近い航続距離を持つとされていた。
しかし、桜花22型に搭載予定のツ11モータージェットエンジンは、もし搭載されていたとしても速度がきちんと出たか疑わしいとされている。[9]また43型に搭載予定だったネ20(日本初のジェット機『橘花』に搭載されたもの)も希少金属を大量に使うため大量生産できたのか疑問符がついている。[10]
桜花は、一発逆転を狙い作られた兵器だった。音速近い速度で突入する1.2tの徹甲爆弾は戦艦主砲並みの破壊力を持っていた。しかし結果として母機を含め8人乗りの特攻機になってしまい、採算が取れない兵器になってしまった。
人的損害だけで見ても桜花作戦のそれは米軍を上回っている上、日本側の死者の多くが野中大尉を筆頭とする貴重な、貴重なベテラン搭乗員達である。多分これで採算を取ろうと思ったらバンカー・ヒル[11]までとは言わんが『マナート・L・エベール』ぐらいの戦果というか米軍に犠牲を2、3回は強いないと採算が取れない感じがする。
また、米海軍が作成した特攻対策マニュアル「Anti-Suicide Action Summary」には日本人捕虜から得た情報を元に、桜花の特徴やその対応法、評価について綿密に記述されている。
大雑把にまとめると
・人間という最高の制御、誘導装置を備えた、潜在的に最も脅威となる対艦攻撃兵器である。
・BAKA(桜花)は主にグライダーであり、双発機の下部に装着されて発進位置まで運搬される。27000ft(約7600m)で発進した場合、55マイルの射程距離を持ち、内3マイルでロケットが燃焼する。
・ロケットの推力を800kg、突入角度を5.35°とした場合、最大速度は525mile/h(850km/h)で水平に衝突する。突入角度45°の場合は618mile/h(990km/h)である。
・ロケットの燃焼時間は24秒であり、桜花のパイロットは点火前に可能な限り滑空する可能性が高く、この間は戦闘機部隊に対し脆弱である。桜花の発射母機は可能な限り目標に接近することも推測できる。
・したがって、現実の母機及び、潜在的な母機となりうる双発機を最優先で攻撃すべきである。シンプルかつ経済的な構造であり、大量生産に適している。生産速度は月産200機程度と推定される。
・桜花の制限要因は発射母機たる航空機の数であり、地上発射、艦船発射を可能とする改良が行われる可能性が高い。
・サイズが小さく、胴体や翼は合板製だが、VT信管は半径30~45ft(10~15m)で作動する。速力が高いため、撃墜には従来の航空機と比較して4倍の弾量が必要である。
とのことである。ロケットの燃焼時間や推力、最大速度は無論のこと、機体特性、量産能力、運用上の欠点や改良案まで日本側の桜花運用をほぼ正確になぞっており、米軍の対応能力の凄まじさを伺い知ることが出来る。
しかし今日の日本での評価とは大きく異なり、戦争当時の米軍は桜花を大きな脅威として捉えていたことが窺がえる。
松本零士の漫画で後にアニメ化された「ザ・コクピット」の第2話「音速雷撃隊」が桜花のエピソードである。
本文でも触れた対特攻戦術マニュアルを和訳したもの。桜花については3:20頃から。
2019.3.23掲示板
328 ななしのよっしん
2024/05/09(木) 18:42:51 ID: FIMbiHxBs2
ちょっと調べればマイナスイメージが出てくるような言葉を元号としてふさわしいと思うほうがどうかしてるでしょ
329 ななしのよっしん
2024/05/09(木) 18:50:19 ID: JwG9zSZ8uu
多面的で広い視野持ってたら桜花はねえな、ってなるぜ普通
候補に挙がったかどうかじゃなくて、決定は先ず無いなと
元号ぞ?
330 ななしのよっしん
2025/01/29(水) 08:52:13 ID: uVfSfN65jK
桜花はバカボムで、ならヘルキャットは元から蔑称じみてるけどなんか強そうならセーフか
急上昇ワード改
最終更新:2025/12/09(火) 18:00
最終更新:2025/12/09(火) 18:00
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