森安秀光(もりやすひでみつ)とは、昭和後期から平成初期まで活躍を遂げた将棋棋士である。岡山県出身。棋士番号99。現在は故人。40代を超えても順位戦で第一線(B1級でA級昇格レースにいた)にいたにもかかわらず、受験勉強を繞って親子喧嘩となり、口論の挙句に長男からの凶刃に倒れ、非業の最期を遂げた。享年44。この事件は棋界だけでなく、かなり世間も騒がせた。
こうして棋界は、振り飛車党の貴重な人材を失ってしまったのだが、幸い四間飛車は小林健二、杉本昌隆、そして藤井猛の活躍を待つことになる。
タイトルは棋聖1期。故人になる以前から九段位を取得していた。尚、兄の森安正幸も将棋棋士だったが、弟ほど目立った活躍はしていない。
18歳でプロ入りし、28歳A級になるなど、森けい二、桐山清澄らと共に振り飛車党の強豪として棋界に君臨した。中でも大山康晴が陰りを見せ始めたころ、四間飛車党の後継者として頭角を現し、世に知られるようになる。棋風も大山に似た粘り強く、腰の重い、守り重視の代物であり、棋界一のコピーライター原田泰夫九段は彼をだるま流と名付けている。氏の四間飛車はけっこう右四間の筋からも攻めることが多いのが特徴。
また、入玉の名手でもあった。特に田中寅彦によって居飛車穴熊が流行すると、それを破る手段として相手の囲いを崩さぬまま入玉して戦意を喪失させており、屈辱的な姿焼き(穴熊で全く囲いが崩されないまま投了させられること)を味わわせていたなど、意外とドSな部分もあったようだ。当時ニコ生があったらなら、彼の名は入玉の代名詞になったのかも知れない。
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最終更新:2025/04/11(金) 17:00
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