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『機動戦士Vガンダム』とは、1993年に放映されたサンライズ制作テレビアニメである。
通称V(ブイ)ガン。宇宙世紀ガンダムシリーズの一つ。

監督 富野由悠季
キャラクタ
デザイン
逢坂浩司
音楽 千住明
制作 サンライズ
製作 サンライズ
テレビ朝日
話数 51

概要

1986年の『機動戦士ガンダムZZ』以来となる、TVアニメとしては4作となるガンダムシリーズ。話数は51話だが、これはガンダムの連続TVシリーズとしては『SDガンダムフォース』の52話に次いで多く、SD作品を含まなければ最長である。

ガンダムZZ』以来6年ぶりかつ、初の平成TVシリーズとして、再び新規層・子供向きを意識して制作されており、時代的にも『F91』から再び一世代近い未来となり、作品内容も過去宇宙世紀作品の知識がなくてもあまり問題ないようになっている。作品の世界観も「従来のガンダムからは意図的に離れた作品にする」と放送開始前から富野監督っている通り、『F91』同様ニュータイプ概念がほとんど登場しなかったり、TVシリーズガンダムでは初めて「物語の始まりが宇宙ではなく、地球舞台にして始まる」作品となっている(OVAでは1991年の『0083』が先行している)。

視聴層については、主人公年齢が従来より若いことや(13歳)、多数の装備とパーツを持つ役機ヴィクトリーガンダムは当時流行していたRPGの要素を意識したのものであることなど、新規層の獲得を重視した作品作りが見られた。加えて『ガンダムZZ』以降のガンダムシリーズを支えていたもののこの時期にはやや勢いを落としていた『SDガンダム』の客層である低年齢層についても、『リアルガンダム』である本作へ吸い上げることを意図していたとされる。実際、本作放送序盤の『SDガンダム』の商品展開におけるキャラモチーフには、Vガンダムをしばらく使用させないなどの処置を取っていた他、1/144ケールプラモデルには「Vフレーム」という新機軸を組み込んだり、既成玩具であるMSinポケット等の販売、なりきり玩具の販売など、放送開始当初は低年齢層に配慮した販売戦略を特に重視していた。

が、蓋を開けてみると作品の内容にはギロチンによる処刑シーンがあるなど残酷な描写も多く、さらに後半に向けては、宗教戦争民族紛争等の問題が色濃く反映されていったため、当初の対である低年齢層には受けず過去の『Zガンダム』等と同様、従来通り一定以上の年齢層が中心客層となっていた。

作品の結果自体は、放送から10年程して「Vガンダムガンダムを知った」とする当時の世代の論客が現れるなど中・高年齢層からの受けは悪くなく映像媒体の売り上げは好調(後述)で、またバンダイ論見通り『リアルガンダム』のガンプラの売り上げを倍増させ、当時のバンダイ模型部門の売り上げを伸ばした。しかし、大標であった児童層へのセールスには失敗した。この為次回作は再び児童層獲得を狙うべくガンダムシリーズは脱宇宙世紀を決意。翌年にはあの『Gガンダム』が誕生することになる。

あらすじ

地球を汚染させてしまった人類が宇宙移民をして、それに十分なじむ時代となっていた。

しかし人類は、この宇宙でも地球上と同じ様に戦争歴史を繰り返していた。

それは、自らの愚かさを直して、新しい環境に適応しようとする、人の本がさせていることなのだろう。

こんな人類でも、宇宙に暮らすことが出来ると信じなければ、人の歴史はあまりにも悲しい。

第1話 ナレーション

宇宙世紀0153年。地球連邦政府の衰退とともに地球支配を離れ、独立を歩み始めたコロニーの独立国家地球圏の支配を競い合う宇宙戦国時代地球支配を企むザンスカール帝国サイド2)は、マリア主義を掲げ地球侵攻を開始する。その戦闘に巻き込まれ、抵抗組織リガ・ミリティアで闘うことになる主人公ウッソ・エヴィン物語

本作は放送当時の「冷戦終結」「ビロード革命」「湾岸戦争」等世界情勢の影を受けてか、宗教戦争民族紛争の面が色濃く作品に反映されている。物語開始の舞台「ウーイッグ」も、富野監督によれば1989年ビロード革命によって、当時共産主義体制が崩壊したばかりで民族紛争が勃発した旧チェコスロバキアプラハというモデルになっている。現在でも現地では劇中同様の並みを見ることができるほか、当時のチェコの人物名や地名にも「ヴァーツラフ」「マサリク」等、元になったとみられる名称が存在する。
また本作はかつてのジオン公国が姿を消して50余り経過した時代背景もあり、前述の通り地球圏の人類が共通の敵を失ったことによる地球連邦軍の形骸化が進み、スペースノイド同士の紛争も化し「宇宙戦国時代」が勃発したとされるが、これも冷戦の終結によって東西ヨーロッパでの団結が崩壊していった、当時の世界情勢と時を同じくしたものであった。

主な登場人物

代表的なメカ・戦艦

前作ガンダムF91から更に数十年進んだ頃の物語の為、ヘビーガンスペースアーク級、アレキサンドリア級がわずかに登場するのみで宇宙世紀シリーズではあるがメカニック的な繋がりも薄く、本作独自のメカが多数登場する。

が、そのデザインも(ザンスカール帝国ベスパの機体ではあるが)かなり独特であり、胸にデカデカとVの字が刻まれを出すV2ガンダム、特徴的な土偶のようなネコのようなメインカメラ(複合複眼式マルチセンサー)に始まるベスパMSビームシールドヘリのようにを飛ぶ「ビームローター」、宇宙も飛べる上にビームを弾くタイヤサポートメカアインラッド」、前期オープニングで突如登場し視聴者を仰させたクモのようなモビルワーカーサンドージュ」、のダミーを発射し宇宙を泳ぐ『まんが日本むかしばなし』ののようなモビルアーマー(MA)「ドッゴーラ」やバイク戦艦「アドラステア/リシテア」、どう見ても男性アレにしか見えない宇宙要塞「カイスギリー」、睡眠状態で格納した2万人のマリア主義者と女王を使って地球上にサイコウェーブを照射し、地球上の生物幼児退行化させる巨大サイコミュ兵器エンジェル・ハイロゥ

・・・などの奇抜さが際立っており、こういったケレン味さ嫌いで敬遠するガンダムファンも多いが、逆に新で秀逸と評価するファンも存在する。 
また劇中での戦闘描写も独特であり、ヴィクトリーの分離戦法に始まり、ウッソの奇怪な戦法やザンスカールモビルスーツの奇抜な武装(ビームローターを投げる、ショックバイトビームメイス、没になった設定には実体ブーメランまであったそうな・・・)は一定の評価を得ていて、本作の特徴の一つとして挙げられる。

リガ・ミリティア側も、序盤はVパーツトラック(カミオン)で運んでいたり、鹵獲した敵のゾロアットやシノーペ(小艇)を使用したり、リーンホースJr.はこれまた鹵獲したスクイード級のパーツを使用していたり(カタパルトや内部構造も実はスクイードのまま)、前期エンディングの最後にヴィクトリーの持っているビームスマートガンも遺棄されたものを修理したものだったり、非正規軍であることが強調されているのも特徴。

メカニックデザインカトキハジメ石垣純哉、大河原邦男が担当。
基本的にVガンダム系列をカトキが、ザンスカール系のデザイン石垣が、ゾロアット、ガンイージなどの初期のMSデザインの一部とバイク戦艦大河原が担当している。が、カイスギリーはカトキハジメデザインであるし、リーンホース(ただしリーンホースJr.はスクイードをデザインしたカトキが手掛ける)やホワイトアーク石垣デザインなど、MS以外に関しては一概に担当メカが統一されている訳ではないので注意。

特に、ほとんどのザンスカールMSデザインを手がけた石垣純哉は思い入れが強いらしく、彼の画集「ROBOの石」は帯のコメント富野監督だったり、石垣も冒頭のコメントVガンダムの頃の富野監督との思い出をったり、最初のページが本人いわく「初めてデザインしたMS」である本作のシャッコー(の描きおろし新作Ver.)であったりと、影が強いことがうかがい知れる。石垣はその後「ガンダムAGE」でも、ザンスカールMSに似たようなにスリットの入った非モノアイの敵MSデザインを多数手掛けているが、その中でもガンダムレギルスを見た視聴者の中にはザンスカールMSシャッコーを髣髴とさせると感じた視聴者も多かったのではないだろうか。

主な楽曲

劇中のBGM千住明フルオーケストラで占められており、評価が高い。
富野監督が本作を評価している数少ない要素のひとつでもある。

制作の経緯と監督の評価

本作はまずガンダムシリーズとしてだけでなく、富野由悠季監督作としても、『逆襲のシャア』『F91』を挟んで、6年ぶりにTVアニメ監督業に復帰した作品となった。日本サンライズの設立時にその処女作である『ザンボット3』から『ガンダムZZ』まで、足かけ10年間連続でサンライズ制作TVアニメをこなしてきた同監督としても、久しぶりのTVアニメであることも留意しておきたい。

放送前の監督評

こういった経緯もあったのか、当時の富野監督は本作に関しては放送開始前からかなりのアイデアを練っており、『F91』のTV版が没になったため披露出来なかった内容の一部や、これまでの宇宙世紀ガンダムシリーズの代表的世界観であるSF思考を捨てて自然宗教など、現代人が身近に抱える社会問題テーマにするなどの作品構想を、放送開始前のニュータイプ等のアニメ誌で発表するなどしていて、その段階では企画書の量は普段の倍近くになりました」っていた。

後年の著書「それがVガンダムだ」によれば、監督ギロチンマリア主義エンジェル・ハィロウなど一部の要素は、既に企画書の段階からあったものだったという。またウッソが13歳である事についても、『F91』の後のインタビューの時点で「今回失敗したのは主人公年齢で、次はもっと若い世代を描いてみたい」と発言していた。

また「F91以降のガンダムが別にあって、ひょっとしたら来年2本立てができるかもしれません(1993年2月/ニュータイプ934月号掲載)」とるなど、放送開始前には『Vガン』を制作しつつ、『F91』の正統な続編企画を立ち上げて発表しようとさえ考えていたという。

しかしいざ製作が始まると、後述の様々な要因によって苦労に見舞われ、結果としてこの構想は頓挫したという。

世代交代したスタッフ

まず本作にて監督が苦労した要因の一つが、今まで富野監督が携わってきたスタッフが少なく、若手のスタッフが中心となって制作が始まったことが挙げられる。

富野監督は『Vガン』を当初エポックメイキングな作品に構想する一方で、かつて『ZZ』の後半制作中に『逆襲のシャア』の作業のために行った「途中からスタッフに実行権を与え、製作から抜ける」という方針を考えていたといい、前述のような『F91の続編』といった新企画を並行したいと考えていた。

しかしスタッフスキル不足もあり「考える時間が長かったので内容(構想)が多くなってしまった。それをみんなに書かせて抜けたいと思ったが結局それがまるで化けなかったので、2クールの中頃から、言っちゃえば立てて全部の仕切りをがしちゃった(Vガンダム大辞典より)」と、当初の考えをめたという。
「個別で話すと悪口になるがそれくらいみなさん基礎学力がなかった。個々の才を取り上げようと思って、酷いにあったんです(同上)」とも述べており、この時の失敗があったからかは不明だが、富野氏はこの作品以降役者の発掘は見られるものの、かつて永野護を起用した時のような表立った新人クリエイターの起用には消極的になり(あきまん等も既に多方面で実績のある人物である)、若者への講演でも「自分に個性があると思うな」「実は固有の才なんてものはありません」という言葉を、後年度々発言している。

『Vガン』制作当初のこれら過剰になった作品構想と、本人く「長く離れたことでテレビシリーズのお作法を忘れていた自身の揮権の問題」は、富野監督自身も自らのミスとして挙げている(Vガンダム大辞典より)が、それに加えてサンライズの用意した若いスタッフスキルの問題も手伝ったために、結果「途中で抜ける」などの当初の論見は頓挫し『Vガン』に集中せざるを得なくなってしまう。

作品作りで思うようにいかない場面は多々あったといい、番組制作の終了後、若手のスタッフ富野監督は謝られる(「それがVガンダムだ」より)ほどだったという。ただ富野監督末端スタッフ達についてはよく頑ってくれたと様々な媒体で評価している。
また前作『F91』では『1stガンダムスタッフを呼び戻した後だった為、一転して若手ばかりをあてがうサンライズに対しては「何なんだろうな?この体制は?」と不思議に思っていたともされる。
想定以上の苦労が多く経験不足なスタッフが多かったものの、当時対外的な圧(後述)に酷くストレスを感じていた監督にとって「スタジオ聖域のようだった」ようで、作品の制作意欲自体はとても高かったと「富野由悠季仕事」には記述されている。

本作でデビュー、もとい若手だったスタッフの中には後々著名になった人物も多い。後のガンダムシリーズのほとんどに携わる石垣純哉、カトキハジメを始め、逢坂浩司新保卓郎(現:しんぼたくろう)、声優も新人の阪口大助をはじめ、渡辺久美子も「少年役以外のレギュラーは初めてだった」と話すなど、役者としての幅を広げた人物もいる。その事から本作品では若手スタッフや出演者の育成についてはそれなりの成果を収めているとも考えられている。

スポンサーの介入

そしてもう一つが、スポンサーであるバンダイ役員の介入である。

本作の中で最も個性的な特徴としてあげられるバイク戦艦については有名な逸話があり、放送開始直前のある時、富野監督く「生まれて初めてバンダイ本社に呼びつけられ」、著名なデザイナーである某バンダイの重役村上克司に呼び出されガンダムを5体えて戦隊的なものをやって欲しい」戦艦を出せ」と注文をつけられた。富野監督は「(その人物が)デザイナーとして実績のある人物である」と認め、「(恐らく直近の『F91』などのリアルガンダムの事だと思われる)結果を残せていれば、彼だってそんな要をしてこない」と当時から理解してはいたものの、その注文の中の一つである「戦艦に対する要」に対し戦艦が地上で飛ぶならば、バイクだってを飛んでもいいでしょう」と重役に返したところ、「飛ばしてよ」、更に本当にバイク戦艦でいいのかと確認すると「かっこいいじゃないですか」と予想外の反応を示されてしまい、バイク戦艦を登場させたという経緯がある。
(なお、この経緯は後にリーンの翼スタッフブログである裏トミノブログexitでも「B社のM役員」として回顧されていたりする)

富野監督くこの事があったのは「コンテを4、5本切った1月(「それがVガンダムだ」より)」と回顧しており、またこれを受けた富野監督が当時描き上げたタイヤメカイメージラフボードには1993年2月3月の日付が記してあることから、放送開始の直前とはいえ、現場では既に1クールの準備が相当進んでいる頃であり、そういった経緯でバイク要素が序盤はドゥカー・イクらの戦闘バイク部隊の登場などに留まっていたことを裏付けている。(同じくバイク兵器が作品内で登場しガンダムZZの後番組でもある『機甲戦記ドラグナー』にも、没案としてバイク戦艦が既に存在し、バイク戦艦はそのリベンジ的な意味合いがあるのではとう説もある(デザイナーは同じ大河原邦男
前述のニュータイプ誌に掲載されたインタビューでも「つい最近までスタジオ全体が試行錯誤の連続だったんです。それが2週間前になって、ガラッと変わりました。(中略)ですから少し前に受けたインタビューのときとはかなり考え方が違ってきてます。」と後年のインタビューを示唆する発言をしており、これもこのバンダイ役員との打ち合わせによるものとすれば、放送前に書かれたラフボードの日付とも一致する。

そしてこの事件は現在本作が当時サンライズバンダイに買収される過渡期の作品であると同時に、その為の企画でもあったという説を裏付ける上で最も有名な逸話となっており、富野監督く「ZZの頃よりもバックがなかった」と言わしめるほど、これまで以上にスポンサーの権限が強かったという(「それがVガンダムだ」より)。事実放送開始から翌年の1994年1月サンライズバンダイとなり、富野監督サンライズ上層部もバンダイ側から送り込まれた人間に一新された(「それがVガンダムだ」より)という。実際、この時にサンライズ取締役に就任したのはバンダイグループで設計部門のトップだった松本悟氏であり、翌年の『Gガンダム』にも携わっている。

放送後の監督評

こうして、当初あるという話だった『F91』の直系の企画がなくなって本作の制作が始まったこと(ただしこれについてはF91』の行があまり振るわなかったことも一因だとしている)、スポンサーからの介入が企画に影を及ぼしたこと、そして若手のスタッフばかりをあてがわれたこと等が、総じてこの制作会社の買収案件に起因する交渉の材料の為であったこと、そしてそのことを、会社設立から長年携わったサンライズの元経営が、番組終了間際まで富野監督にひた隠しにしていたという。
このことを知った当時の富野監督は、く「人身売買されたような気持になりました(「それがVガンダムだ」より)」とるほど相当ショッキングな出来事だったようで、Vガンダム放送前から兆があった鬱病を、より悪化させた原因であるとしている。

ただし、ここで誤解を招かないように補足すると、この数年前から富野監督は既にガンダムシリーズの権利関係でサンライズバンダイに反発していたことがそもそもの遠因である。
サンライズは元々手塚治虫原作の作品制作を多く手掛ける、虫プロダクション末期における経営難を経たスタッフが、分して設立したアニメ制作会社だったが、旧虫プロの経営失敗から「クリエイター原作権を与えると資が切迫するので経営に介入させない」という企業方針を取っていた。
しかし、一方で富野監督虫プロ出身ではあるものの、ワンマン体質な経営をの当たりにした経験があったことや、高畑勲に師事しキャリアを積み上げ、1985年スタジオジブリを設立し自由な経営手腕を振るっていた宮崎駿監督に、少なからず影を受けていたとされ、ガンダムの続編を立てる度に(当時の本人く名ばかりの)原作者として仕事を引き受ける事に対するサンライズへの不信感もあったとされている。
それでも富野監督はかつて『Zガンダム』の際には安彦良和に「これであと10年はガンダムで食べていけるよね」と発言したが、後の著書「ターンエーの癒し」によれば次第に「だいたいガンダムはおれがつくったものだ。(C)権があろうがなかろうが」「ゲームが出たんだったらその印税をまわしてくれてもいいじゃないか」と、1980年代後半から発言し、徐々にジャンルとして確立し始めたガンダムシリーズロイリティが自分にないことを不としていたと話していた。

そのように原作権についてしている最中に『Vガン』という、横やりや苦労がありながらもようやく難産した作品を一つ終える頃になって、よりにもよって自分と同じく原作者としてクレジットされているサンライズに「スポンサー下に入る」という告白を後出しでされたために、ショックを受けてしまい、騙し討ちのように受け取ってしまったものと思われる(ただし2010年代以降は、一転してそういったスポンサーを含めてガンダムシリーズは大きくなることができたという事を認められるようになったとも発言するなど過去の発言からややを変えており、かつてより良好な関係であるとも話している)。

(また余談だが、サンライズバンダイグループに入ることにより、サンライズ初のアニメバンダイ以外の玩具販売が行えなくなった。その為この1994年に行われたバンダイによるサンライズ買収問題は本作のみならず他のアニメにも影を与えており、例えば玩具メーカータカラ(現タカラトミー)が名古屋テレビ土曜アニメとしてサンライズと10年間契約を結び、1988年の『鎧伝サムライトルーパー』、1989年の『獣神ライガー』、1990年以降の『勇者シリーズ』としてサンライズアニメ制作していたところを、一時期この1994年勇者シリーズ5作勇者警察ジェイデッカー」で契約打ち切りシリーズを終了させる可性があった。実際にはそうはならず、制作1998年8作の「勇者王ガオガイガー」まで継続されたが、当時の高松監督望月監督くお互いの制作の立場や足並みが以前のようにそろわず、版権がややこしくなるという事態に見舞われている。)

こういった苦悩もあったことから、現在富野監督は本作に関して関わったスタッフらの長所などは認めつつも、基本的に否定的な意見を述べることが多い。DVDメモリアルBOX発売の際は購入した人間しか見れないライナーノーツに「買ってはいけません」という見出しをつけ(ただし、これは「そういうと売れてしまうんですよね」という発言が後に続く)、2015年Blu-rayBOX発売に際しては「この作品は全否定したいと思っているものです」「何がダメなのか探してください」と発言している。

但しその反面、
「ぼくは一本一本の話をおもしろくする努はした」「Vガンの制作はまがりなりにもまっとうできたはずなのだが」(「癒し」より)
Vガンダム」はロボットアニメとしては失敗してしまいました。しかしそのおかげで、この物語はこれまでが手がけてきたガンダムシリーズをなぞったものではない作品になりましたし、小説普通映画ストーリーラーとしては、重な経験を積ませてもらえたと感じています」「(ラストシーンは)十分に満足のいくものであった」(「ニュータイプ100%コレクション 機動戦士Vガンダム VOL.2」より)
「決してほめられたものじゃないんですが、そんなわけで、決して淡にやっていたわけじゃありません(笑)。」(「戦争平和」より)
が本気を出した時にはZガンダムVガンダムのような作品になる」ニュータイプ2015年4月Gのレコンギスタインタビューより)

と、実は当時から現在に至るまでこのようにも述べており、極めつけは「それがVガンダムだ」において
「作品というのはその人の経歴で見るものではないですから。面い面くないで見るものですから(中略)作家監督によって評価が落ちる作品が、決してその人にとって決定的な汚名になるとは思えないのです。」
「作品論としての評価ではないんですよ。そういった誤解はしないで貰いたい」
「このシリーズで、自身がこういう立ち居様になった結果というのは、作品論的なものではありませんでした。もちろん、そこには自身の問題もありはしますが、経営論が優先した作品だったのです。」

とまでっており、本作に富野監督が否定的なのは当時の制作事情に対するものであって、作品の内容についてはバイク戦艦を除けば否定的な見解は一切なく、間違いだった、失敗だった、といった類の発言さえしていないのである。(誤解を生みやすい複雑な事情があるにせよ)センセーショナルな見出しだけを見た人によって、あたかも「作品として監督に否定された」という誤った解釈によるが、一部のファンに対して過剰に伝わってしまい、現在も様々な場で「暗く出来の悪い作品になり監督になった」といったような、誤解を生む誤った作品紹介をしている所も結構あるが、そのような事実は一切ない。誤った聞や偏見にとらわれず一視聴者として「見てください!」という事であろう。

また近年、富野監督自身は内容で言及していたバイク戦艦についてですら「今になっては一番気に入っている戦艦」だという発言もしており(【機動戦士ガンダムUC公式アカウントの広報いぬツイートより】exit放送終了直後の特集でも「もっとく登場させるべきであった」というコメントを残している。

また本作は放送中の人気はそこそこ程度ではあったが、ビデオソフト販売はかなり好調で均1万5千毎という当時の基準以上のLD/VT売上を達成したと放送終了バンダイビジュアルインタビューで答えていることから、当時の既存のガンダムファンからのVガンダムガンダム市場の評価については依然高かったことも伺える。
富野監督は次回作のガンダム監督を引き受けず、今川泰宏Gガンダム監督推薦し、TVアニメからは暫く姿を消す。(その間の様子はエッセイ「ターンエーの癒し」に詳しい)。

スタッフ 

プロデューサー 小泉美明(テレビ朝日)、植田益朗(サンライズ村上克司バンダイ役員/影のプロデューサー
原作 矢立肇富野由悠季
監督 富野由悠季
美術監督 池田繁美
撮影監督 奥井大神洋一
音響監督 上靖夫
文芸設定 井上幸一
設定制作 河口佳高
企画 堀口
キャラクターデザイン 逢坂浩司
メカニックデザイン 大河原邦男カトキハジメ石垣純哉
脚本 顕、富田園田英樹神戸
代表的な作画監督 村瀬修功、瀬尾康博、新保卓郎、西村
代表的な原画 逢坂浩司重田西村芳、榎本勝紀
代表的な作画スタジオ スタジオダブ中村プロアニメアールガイナックス
音楽 千住明
演奏 キングレコードフィルハーモニックオーケストラ篠崎正嗣ストリングス
制作 創通エージェンシー電通
製作 テレビ朝日サンライズ

スタッフにはこれまでの富野監督作品に携った人物は非常に少なく、特に「重戦機エルガイム」以前のスタッフは、「1st」でのみ関わりのある植田益朗プロデューサー作画スタッフ富田くらいしかおらず、中堅スタッフも『Z』『ZZ』に僅かに携わった人物が数名(重田瀬尾康博、池田繁美など)であったり、業界経歴はあるがガンダムシリーズ自体には関わっていなかった人物が名を連ねた。そしてそれ以外の制作の中心となった多くは、まだ経歴が浅くガンダムにもほぼ携わった事のない当時のサンライズやその下請けの若手スタッフ達であった。

富野監督自身はこの布について後年、書籍「それがVガンダムだ」の中で「意気込みの感じられる体制ではない」「薄い現場」など不満を述べているものの、スタッフの頑りに関しては「打ち上げで謝られたが、よく頑ってくれた」「逢坂君の柔らかいタッチに救われた」など認める発言もしている。また千住明の楽曲については、当時からサウンドトラック同封のインタビュー内で絶賛するなどしていた。

またこの若手の中には、後のガンダムシリーズを歴任するスタッフも数多く含まれている。カトキハジメ石垣純哉、村瀬修功、新保卓郎、榎本勝紀、大神洋一など、多数のガンダムシリーズスタッフが本作から輩出されており、村瀬修功(W)や西村芳(X)のように数年後にキャラクターデザインに抜された人物も名を連ねている。
またガンダムシリーズには関わらずとも、後にアニメポケットモンスターシリーズを歴任してブレイクする脚本の園田英樹や、後に「TIGER&BUNNY監督や「THE・ビッグオー」のキャラデザインで著名となるさいとうけいいち等が、若手として参加していた。

ちなみに本作は影を用いない作画が序盤多用されたものの(品質の良い原画制作に時間を割くため)、後半になるにつれ作画に影が増加したのは、瀬尾康博の率先した試みによるものであるという(書籍「ニュータイプ100%コレクション」スタッフインタビューより)。
また植田プロデューサーは本作の経緯もあり、放送終了後の富野監督にはやや同情的で、後に『∀ガンダム』となる新しいガンダムシリーズ監督富野監督に依頼するサンライズからのお達しを告げた際、最初は「もうガンダムはいいだろう」と拒否された事もあって、「スポンサープレッシャーがないところで一度監督をさせてみたい」として、リハビリの意味を込めて『ブレンパワード』の企画立ち上げに尽したとされている(「富野由悠季仕事」より)。
その他、中盤の名シーンである「ルペ・シノの恐ろしい拷問」は、当時設定制作に初挑戦した河口佳高が、無我中で富野監督に放ったアイデアの内の一つであるとされている(裏トミノブログよりexit)。

ガイナックス制作に携わった数少ないガンダムシリーズとしても有名である。サンライズは以前『逆襲のシャア』のメカデザインガイナックスに依頼した経緯があるものの、作画に直接携わった作品は後にも先にも本作のみである。このことが有名ゆえ、ニコニコ動画では本作の良作画シーンの場面で「ガイナ担当した作画は…」と偽もなしにコメントされることも多いが、具体的には
・第7話、第15話の動画
・第35話、第39話、第44話、第51話の原画
が担当回である。これらの回はいずれも作画の品質が高いものの、それ以外の回でも逢坂浩司瀬尾康博の担当回など、作画品質の高い回自体はガイナックス担当以外にもたくさん存在するので誤解なきよう。
後半のガイナックスの原画については、後に「新世紀エヴァンゲリオン」の監督を務める庵野秀明も参加していたといい、野は放送前後のアニメ誌で度々本作をテーマにした発言を行うなど造詣が深かった。
また本作以降のガンダムシリーズ企画していた際、一時ガイナックスにも制作オファーが来ていたという。(どの程度のレベルでの話なのかはわからないし、なんやかんやで話は立ち消えになったものと思われるが。)[1]

ボンボン版は電子レンジに入れられたダイナマイトだ!!

アニメの放映に併せて、当時コロコロコミック人気を競ったコミックボンボンにおいて漫画が掲載された。

かしこコミックボンボン版、コミカライズを担当した岩村俊哉によって富野監督ビックリの凄まじいアレンジが施されている。

…と、例を挙げればキリがないほど、すがすがしいまでの原作視っぷりである。

作者の名誉のために補足しておくが、コミカライズを担当した岩村俊哉は他にもゲームガンダムF91の良質なコミカライズ等を担当しており、決して作者量が足りなかった訳ではない。

本編の陰さを吹っ飛ばす勢いで爽快な活躍を見せるウッソや、TV版とは対照的にまともな活躍をみせるウッソ父親カテジナがいないおかげで最後までライバルであり続けるクロノクルなど、ある意味TV版に対して挑戦的なまでのアレンジが施されている。

ガンダム神話ゼータガンダム新世代の鼓動に載っている当時の編集長のインタビューによると、「TV作品のストーリーそのままでは、読者に対して難解だと思ったので、コミック版はオリジナルのものを変更した」との事。

ただのネタ漫画と思われがちではあるが意外と見所は多く、手でわかりやすい必殺技を駆使しつつも戦争の悲惨さもきっちり描いており、展開の支離滅裂さにをつぶれば、そこそこ見れる作品にはなっている。

ゲームでの扱い

かつては放映終了後にSFCにて作品単独でゲームが発売されたり、Gジェネを含むSDガンダムシリーズザ・グレイトバトルシリーズそしてスパロボシリーズにも参戦していたりと(後のG、W程ではないにしろ)割と良い扱いを受けていた。その後もPSSSの時代にも、当時のスパロボGジェネシリーズ各作品に参戦している。
特にPSソフトGジェネFにおけるシナリオは9ステージと、同作最大の10ステージに次ぐボリュームを誇り、ザンスカール帝国MSも全て収録されるのみならず、ザンスパインのようなif設定に基づくオリジナル機体が登場するなど、かなり良い扱いを受けていた。

2000年代以降、GジェネシリーズではPS2における初のGジェネであるNEOでは大幅に機体が削除され、シュラク隊全員削除されるなどしたものの、ルート分岐によってはVメインシナリオがありV2ガンダム(特にアサルトアサルトバスター)が破格の強さを誇る機体に化け、更には専用のMAP兵器デモフロスト兄弟と死闘を演じるムービーが用意されてるなど、かなりの優遇を受けていたことをはじめ、NEOの直系作品であるSEEDではシナリオは一つしかないが、V2弱体化の調整を怠ったのか相変わらずの強さを誇り、更には換装システムのおかげで簡単にアサルトバスターになれるというサービスまで受けていた。
その後はポータブルでシナリオ数5、スピリッツではTVシリーズにもかかわらずクロスボーンガンダム以下のシナリオ数4と、やや冷遇が進んだが、一方でザンスカール系の機体やキャラクターの復活は徐々に進み、オーバーワールドにおいてはMAドッゴーラがF以来の復活を遂げている。

なお「SDガンダムフォース決戦! 次元海賊デ・スカール!!」に登場する敵キャラクターデザインVガンダムザンスカール帝国MSが採用されている。

またVSシリーズ無双シリーズにおいては、レギュラーで参戦している。VSシリーズではザンスカール帝国ゲドラフといったタイヤメカプレイアブル化するなど、そこそこの存在感を発揮している。

関連動画

関連静画

関連商品

関連コミュニティ

関連項目

ガンダムシリーズ映像作品)
1st - Z - ZZ - V - G - W - X - - - 種運命 - 00 - AGE - BF - Gレコ - BFT - 鉄血 - BD - BDR
CCA - F91 - 0080 - 0083 - 08 - G-SAVIOUR - EVOLVE - IGLOO - STARGAZER -
UC - GPB - ORIGIN - サンダーボルト - Twilight AXIS - NT

外部リンク

脚注

  1. *岡田斗司夫の発言より。exit
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