油圧とは、簡単に言うと「密閉空間に閉じ込めた油の圧力によって、小さな力で離れた場所に大きな力を作用させる技術」である。
異なる断面積のピストンを2つ用意し、液体を注入してそれらをつなぎ合わせる。このとき、ピストンの片側に圧力をかけると「パスカルの原理」により、断面積の大きいもう一方にも比例した力が得られる。つまり、てこの原理や滑車の原理のように、目の前に「小さな力」を加えることで離れた場所に「大きな力」を生じさせるのである。油圧とは、これを油によって実現する技術であり、この仕組みは重機などを「人の力」で操作する際に大活躍する。
油圧の優れた部分はこうした利点を、小型かつ軽量で実現できるところにある。例えば、機械式だと大きな力を伝達するためには歯車や軸を大量に用いる必要があり、油圧式に比べると大掛かりな装置になる。なぜなら、油圧式が荷重を均一に伝達できるのに対し、機械式は動力部の接触部形状により面圧が不均一になるために動力伝達が非効率になるからだ。
さらに、過負荷防止が容易であることも特筆されるだろう。油圧式は「安全弁」という油を逃がす制御弁をつけるだけでこれを実現できるが、電気式では定期的な交換が必要な「ヒューズ」や落ちるたびに入れなおす必要のある「ブレーカー」が必要になる。
他にも制御弁のみで力が調節できる「制御の容易さ」、油の圧縮率の高さによる「ショックや振動の軽減」、荷重が均一なことによる「摩耗の少なさ」など油圧を用いるメリットは多く存在している。
むろん、先述の現象は油でなくとも流体ならどれでも再現できる。しかし、それでも油が用いられるのは油のもつ「粘度」や「沸点」が水などのそれに比べ、好都合だからだ。粘度が高く沸点も高い油は、隙間から漏れにくく熱で蒸発しづらいため、航空機などの乗り物に用いるのに最適だったのである。
もうひとつ重要な点は、水は常温でも鉄や銅など金属と反応して錆を生じるのに対して、油であれば錆の心配は無い。更に油と水は互いに弾き合うことから、油で満たされた油圧配管の内部は水が混入しにくい環境であり錆の発生防止となっている。
油圧機器は、概ね次の5要素が組み合わさることで構成される。ただし、機器によっては一部の要素が省略されており、例えば自動車やバイク等のサスペンションにある油圧ダンパー式のショックアブソーバーはポンプ要素を兼ねたピストン・シリンダアクチュエータと内蔵された制御弁のみ、一部高級品でタンクが外付けされている程度で、非常にコンパクトな構成となっている。
外部からの機械的な仕事を受けて油圧を生み出す。油圧機器の心臓部であり最も油圧がかかる要素のため、特に頑丈に設計製作される。外部からの機械的な仕事の入力は主にエンジンないしモーターから供給されるが、自動車のブレーキ機構や、タイヤ交換に使われる油圧ジョッキのような小型の油圧機器であれば人力を用いるものもある。モーター駆動であれば油圧ポンプ専用とするのが一般的であるが、エンジン駆動については油圧ポンプ専用とする場合も他の機構を駆動するエンジンから補助的に軸出力を受ける場合もある。
一口に「ポンプ」と言っても高圧の油圧を確実に押し込むことが要求されるため、水用ポンプのような羽根車を使うものはほぼ採用されず、弁や歯車やねじ等で流路を区切る【容積型ポンプ】が用いられる。
油圧を制御してアクチュエータを望む方向に動かし、あるいは動かないように保持する為の要素。油圧機器の動作精度や安全性に直結する部分で、非常に高精度な加工技術が要求される繊細な部品で構成される。使用用途によって【圧力制御弁】【流量制御弁】【方向制御弁】などに分類される。制御弁の操作についても、圧力による自動作動、外部からの人力操作、電磁駆動を用いた電磁弁、パイロット油圧によるパイロット弁操作など多岐にわたる。
油圧の圧力エネルギーを機械的な仕事に変換する。油圧機器として大きな力を取り出すメインとなる部分であり、油圧に加えて機械的な負荷も作用する場所に配置されることから、油圧機器要素の中でも大きく頑丈に設計製作される。
動作形態で【直線運動:シリンダー】【回転運動:油圧モーター】【揺動:揺動型アクチュエータ】の大きく3種類に分類される。
主に常圧で作動油を蓄え、温度変化に伴う油の熱膨張や油漏れによる残量減少へのバッファーとして作用する。また、油に混ざりこんだ空気、水等や、主に油圧ポンプやアクチュエータにて金属同士の接触摩擦で発生する微細な金属くず等を、常圧・ほぼ静水状態のタンクに置くことで分離・沈殿させる機能もある。
油圧管については、主流部分である【油圧供給管】【戻り管】【ドレン管】と、アクチュエータに油圧を供給する【動力伝達管】、他の油圧機器を制御する為のパイロット油圧を通す【パイロット管】に分類される。主流部分を血管に例えると、油圧供給管が油圧ポンプ=心臓からの油圧を各部に送る動脈、戻り管が各部から戻る油を通す静脈、ドレン管が各部で漏れ出た油を回収するリンパ管に相当する。
付属品としては、最も一般的なものは【フィルター】であろう。タンクでも微細な金属くずや外部からのゴミ等を分離しているが、フィルターはより直接的に油からごみ等を分離する。フィルターの材質は金網、布、紙などが用いられる。また、特に金属くず対策として内部に永久磁石を埋め込んだ【マグネットフィルター】や、タンク内に永久磁石を置く【タンクマグネット】という例もある。とりわけタンクマグネットは人手でも比較的点検が容易なため、油圧系統の中で金属くずが発生するような損耗の監視部品としても活用される。
その他、油の温度や圧力を計測する【油温計】や【圧力計】、油を冷却する【冷却器】が付属品として一般的である。寒冷地向け機材であれば、逆に始動時に油温を高める【ヒーター】を組み込むこともある。
油圧ポンプと油圧モーターをワンセットで筐体に組み込み、変速機とした装置が【静油圧式無段変速機(英:Hydro-Static Transmission, HST)】である。一般的に、部品の流用しやすさや制御の容易性から、油圧ポンプ・モーターどちらも【斜板アキシャル式】を用いることが多い。斜板アキシャル式とは、円筒形にレンコンのような平行な穴を空けたアキシャルシリンダーの穴にピストンを通し、ピストンごとシリンダーを回転させる方式。ピストンと油が押し合う側の逆側を斜板に押し付け、斜板は回転させないことでピストンによる油の押し引きを作り出す。斜板の角度を変えることでピストンの押し引き移動量を変化させることができ、これを用いて変速機として活用可能である。初期の一般的な油圧装置を転用したタイプでは斜板の角度可変機構は油圧モーター側に付けられていたが、HSTとして専用設計の機器ではポンプ側に斜板角度可変機構を備えるのが一般的である。
HSTの特徴は、比較的軽量コンパクトな装置で大きな軸トルクを伝達可能なこと・無段階で連続的かつスムーズに減速から増速あるいは逆転まで可能なこと、一方で高速回転の伝達を苦手とすること・伝達効率がやや低くなりがちなことである。これらの特徴から、特に農業用機器の駆動部に採用されることが多い。
同じ油を媒体とする変速機であるトルクコンバータとの違いは、トルクコンバータは羽根車ポンプとタービンをカップリングしたもので、HSTよりも同じトルクを伝達するのに装置が大型化しがち・特に低速では伝達効率が大きく低下する・一定の変速比には制御できない・等の弱点があるが、装置内部の油圧が低く負担が小さいことから装置寿命が長くできる・低速での低伝達効率を逆用して速度クラッチの役目を兼用可能・負荷の急変が逆流しにくくエンスト防止効果がある・等の長所がある。
HSTの技術を用いて、弱点である伝達効率を向上させ高速回転の伝達に対応させるべく、HSTと機械式変速機を組み合わせたのが【油圧機械式無段変速機(英:Hydro-Mechanical Transmission, HMT)】である。HMTは、HST・機械式変速機・動力合成部の三要素から構成され、エンジン等の動力源からHMTに入力された軸回転動力は、まずHSTと機械式変速機に分配される。HSTは上項のとおり、機械式変速機は歯車等を組み合わせた機構であり、通常は手動変速機のようなシンプルな外歯車の組み合わせで構成される。なお、一部機器では機械式変速機の部分に変速機能が無い、単段の減速機や更にシンプルな軸だけで接続するHMTも存在する。
動力合成部は、遊星歯車機構が用いられる。遊星歯車機構の特徴であるシームレスな動力合成機能を利用して、HSTと機械式変速機の出力を合成し、高効率で自由度が高い変速域を生み出すことを可能としている。事実、HMTを採用した10式戦車の評価資料においても、推定トルコン付5~6速ステップAT式の戦車と比較して、ごく狭い最高速域を除くほぼ全てに近い運転領域で起動輪軸出力で優越しており、HMTの優秀性が強調されている。ただし、動力合成部の遊星歯車機構をそのまま逆転出力に利用することは難しく、逆転機構は別途用意しておく方が望ましい。
HMTの採用事例は概ねHSTに準じて農業用機器が多いが、それ以外では先にも述べた三菱重工業が陸上自衛隊向けに開発した10式戦車が有名なほか、ホンダ技研にてオフロード用4輪バギーや一部オートバイにも採用されている。
掲示板
1 ななしのよっしん
2022/12/07(水) 13:14:00 ID: PNLJFojyuH
めちゃくちゃ偉大な発明だと思うんだけどなんか地味だし評価低くない?
滑車とかに比べて高度な金属加工技術がないと成り立たないのがいかんのか
2 ななしのよっしん
2022/12/08(木) 21:48:52 ID: wLZ6Nlj3/z
>>1
元々は水圧機器から派生したシステムで、歴史が意外と長いから
「イノベーション」ではなく地道な積み重ねで発展したこと、
ソレの影響もあって「脇役」や「縁の下の力持ち」扱いされがちよね。
3 ななしのよっしん
2023/10/22(日) 22:19:41 ID: GNjfaHho3w
油の沸点は200℃ぐらいらしい
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最終更新:2025/01/14(火) 12:00
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