滝口の武者とは、平安時代にみられた役職である。
成立は宇多天皇の寛平年間 (889~898) であるらしいが、具体的にいつかはわかっていない。宿直する蔵人を警護する存在であり、詰所が清涼殿の東北方の御溝水、つまり「滝口」にあったことからこの名前が付いた。
おおよそ10名から30名ほどで遠所の勅使,雑役,宮中の警固などを行うもので、特に弓矢の上手なものが採用された。滝口は蔵人が令外官であることから当然公的な役職ではなく、滝口を経て六衛府で役職を得るのが一つのキャリアコースと化していたようだ。
11世紀中期ころから摂関・大臣・大納言らが推挙する形式に代わっていき、滝口の武者の人事権は一つの特権となったのである。しかしやがて院政期に入り院が中心の政治形態に代わるようになると、院を警護する武者所ができた一方、こうした宮中の警護の役目は軍事貴族とその郎党といった私的な組織に行われるようになっていったのである。
というか、ぶっちゃけた話、武官というよりも破邪を期待された存在のため、後の武士に余り帰結しない存在ではあったようだ。
その構成員は時代が時代だけに12世紀後半の分類であるが、おおよそ
に分けられる。
滝口の武者の代表的な存在としては、滝口入道こと斎藤時頼のラブロマンスが人口に膾炙している…のかなあ…?
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最終更新:2025/03/28(金) 15:00
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