田中仁は、国内外でメガネブランド「JINS」を展開する株式会社ジンズホールディングスの創業者であり、同社及びグループ会社の代表取締役社長である。
田中仁とは、株式会社ジンズホールディングスの創業者兼代表取締役社長であり、メガネのJINSで軽量メガネやブルーライトカットPCメガネなど数々の大ヒット商品を手掛けてきた。
24歳という若さで起業し、大量の在庫を抱えたり赤字転落したりと様々な窮地を経験しながらも、株式会社ジンズホールディングスを売上高業界2位の東証プライム上場企業へと成長させている。
ふるさとである群馬への社会貢献活動にも積極的で、一般財団法人 田中仁財団を通じてさまざまなプロジェクトを実施し、地域活性化に大きく貢献している。
バルミューダ株式会社の社外取締役を歴任。オイシックス・ラ・大地株式会社及び日本通信株式会社の社外取締役に就任している。
名前 | 田中仁 |
---|---|
読み方 | たなかひとし |
生年月日 | 1963年1月25日 |
国籍 | 日本 |
出身地 | 群馬県前橋市 |
最終学歴 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 |
肩書 | 株式会社ジンズホールディングス代表 一般財団法人田中仁財団代表理事 |
田中仁は群馬県前橋市の出身で、3人兄弟の末っ子として育つ。
幼少期は所謂悪ガキで、大人の言うことを聞かず、机に5分も向かえないほど勉強が嫌いだった。
その一方、自分で決めたことだけは頑張れる性格だった田中仁は、事業を営んでいた祖父や父の影響で商売に興味を持ち始める。
高校へは進学したものの、大学進学は諦め、将来の商売に役立つ知識が得られる可能性のある金融機関への就職を決めた。
高校を卒業し、地元の前橋信用金庫(現しののめ信用金庫)に就職した田中仁は、泥臭い仕事から商売の厳しさやリアリティーを知ることとなる。
取引先の社長の中には借金苦から自ら命を絶つ者もおり、ショッキングな場面に遭遇するたびに起業に対しての恐怖心を募らせていた。
そんな中、大晦日の夜に取引先から「大晦日に金をせびりに来るなんて、お前は物乞いか」と言われたことで、悔しい思いをしたことから、4年半務めた職場をあっさり退職。
1987年に服飾雑貨製造卸を手掛けるジンプロダクツを創業。そして1988年には群馬県前橋市にて、有限会社ジェイアイエヌ(現 株式会社ジンズホールディングス)を設立し代表取締役社長に就任した。
会社経営をしながら慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科で経営を学び、修士課程を修了している。
2015年以降には経営者としての実績が他社からも評価され、オイシックス・ラ・大地株式会社、バルミューダ株式会社(現在は退任)、日本通信株式会社の社外取締役に就任している。
田中仁はこれまでに数社の社外取締役に選任されている。各社の選任理由を解説。
2015年に社外取締役に就任したオイシックス・ラ・大地株式会社では、長きにわたる経営者としての豊富な経験と幅広い見識をもとに、オイシックス・ラ・大地株式会社の経営を監督するとともに、経営全般に助言及び意見を期待するため、計7年社外取締役として在任している。
2019年に社外取締役に就任した(現在は退任)バルミューダ株式会社では、田中仁の長年にわたる経営者としての豊富な経験と幅広い見識を生かし、バルミューダ株式会社経営陣から独立した客観的かつ中立的な立場から、取締役会における意思決定の妥当性・適正性を確保するために選任され、独立性が高いことから独立役員に指定されていた。
2021年に社外取締役に就任した日本通信株式会社では、株式会社ジンズホールディングスの創業者及びグローバル企業の経営者としての立場から、日本通信株式会社における意思決定の妥当性・適正性を確保し、業務執行を監督する役割を果たすことを期待し、選任されている。
2022年現在も、1988年に設立した株式会社ジンズホールディングス及び関連会社の代表取締役社長を務めている。
2014年には群馬県の地域活性化活動を目的とした一般財団法人 田中仁財団を立ち上げて代表理事に就任した。
その他、オイシックス・ラ・大地株式会社の社外取締役、前橋工科大学客員教授、SFC研究所上席所員など幅広い活動をしている。
田中仁の実績は下記の通りである。
今では1万円以内で購入できるメガネが一般的となっているが、田中仁がアイウエア事業に目をつけた当時、日本のメガネ相場は3万円ほどだった。
低価格のメガネは業界を変える存在になれるかもしれないとの想いで、2001年にオープンしたJINSではメガネ一式を5,000円と8,000円の低価格で販売。さらに2009年にはレンズ追加料金無料の価格体系を導入した。
さらに、軽さに特化したエアフレームを発売したことで軽量メガネというジャンルが確立されることとなる。
また、2011年にはブルーライトカット機能を兼ね備えたPC用のメガネ「JINS SCREEN」を発売し、わずか1年ほどで累計販売本数が100万本を突破した。
こうして、田中仁は機能性アイウエアで新市場を創出したのである。
一般財団法人 田中仁財団を通じて、群馬県から次世代の起業家を発掘・育成することなどを目的とした「群馬イノベーションアワード(GIA)」「群馬イノベーションスクール(GIS)」「群馬リーダーズオープンプラットフォーム(GALOP)」を設立している。
こういった活動が評価され、2018年に「アントレプレナージャパンキャンペーン」において、地域における創業に関心をもたせる継続的な取り組みをした者に表彰される創業機運醸成賞を受賞した。
さらに前橋まちなか活性化プロジェクトでは、前橋ビジョンを策定してさまざまな活動を行い、地元起業家有志が集まって結成された太陽の会の発起人となり、前橋発展のための寄付活動を行っている。
太陽の会はプロジェクトを通じて、2013年に紺綬褒章を受賞した。また、田中仁は個人でも2013年に紺綬褒章を受賞している。
株式会社ジンズホールディングスは、国内外でメガネブランド「JINS」を展開している株式会社ジンズなどの持株会社である。
1988年に田中仁が創業し、2019年からホールディングス体制に移行。「Magnify Life」をビジョンに掲げている。
東証プライム上場企業であり、2013年には販売本数550万本を突破して、メガネの販売本数日本一を記録。業界2位の売上高を誇る。
JINSはメガネ業界を変えたとされており、メガネは高い、ダサい、品揃えが少ない、受け取るまでに時間がかかるといった従来の問題を解消し、低価格と高いデザイン性、機能性により、業界のイメージチェンジを図った。
株式会社ジンズホールディングスの会社概要は下記の通りである。
会社名 | 株式会社ジンズホールディングス |
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設立年月 | 1988年7月 |
代表者 | 田中仁 |
東京本社 | 〒105-0071 東京都千代田区富士見二丁目10番2号 飯田橋グラン・ブルーム30F |
前橋本社 | 〒371-0046 群馬県前橋市川原町二丁目26番地4 |
資本金 | 3,202百万円 |
事業内容 | 下記事業を営む子会社等の事業活動の支配及び管理 アイウエア及び服飾雑貨の企画、製造、販売及び輸出入 ウェアラブル端末及びそれらの関連商品の企画、開発、製造、加工、販売、賃貸、保守及び輸出入 医薬品、およびそれらの関連商品の販売および輸出入 |
公式HP | https://jinsholdings.com/jp/ja/ |
一般財団法人 田中仁財団は、2014年に田中仁が立ち上げた財団で、群馬県の都市形成と豊かな地域社会の実現、文化・芸術の振興、起業支援等の地域活性化のための活動を行っている。
理事には群馬県議会議員やベイシアグループ会長で群馬県出身の土屋裕雅が就任。
起業家支援のためのビジネススクールなどを設立している他、廃業したホテルの再生などを行い、徐々に群馬県全体に良い影響が広がっている。
田中仁は自身のことを「餅のような経営者」と語ったことがある。
良い餅になるには挫折を乗り越えて、チャレンジをし続けなければならないと考え、フレキシブルで粘り強く、良く伸び、実のある経営者を目指している。
私生活では妻と息子、娘がおり、仕事以外に趣味がないというほど仕事が好きな人間ではあるが、家ではほとんど仕事の話はせず、仲が良い。
2010年のドリームゲートインタビューでは、妻と一緒に町歩きをすることが趣味と語っている。
2014年に田中仁初の著書「振り切る勇気 メガネを変えるJINSの挑戦」を出版している。
著書では、田中仁が起業してからヒット商品を生み出すまでの経緯と、年々縮小していたメガネ業界で、振り切る勇気によって画期的なヒット商品を世に生み出し、快進撃を続ける秘訣を明かしている。
田中仁の成功談と失敗談が赤裸々に綴られており、読者から好評を集めている。
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最終更新:2024/04/25(木) 10:00
最終更新:2024/04/25(木) 10:00
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