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田疇単語

デンチュウ

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「田疇」(デンチュウ 169 ~ 214)とは、後漢の皇族劉虞に仕えた人物であり、劉虞が滅ぼされた後は二君に仕える事なく北方に理想郷を作ろうとした高潔の人である。

字(あざな)は「子泰」もしくは「子」。

陳寿く「田疇の節義と王脩の忠義は、世俗を矯正するに足る」

正史では

右北終の出身で、正清廉で知られた後漢の宗の一族劉虞に仕えて従事となった。

董卓連合軍の出現により、董卓が都を長安へと遷都すると、劉虞が連合軍のリーダー袁紹韓馥から皇帝に即位するよう請われたが、劉虞は僭越(出過ぎた事)であると即位を固辞し、朝廷に対して君命を辱めない人物として使者に名された田疇は、直ちに上して劉虞の意志を伝えた。

義人であるとして勅命により騎都尉に任じられた田疇であったが、下が乱れて天子も落ち着いていない状況で自分だけ出世はできないとしてこれを固辞した。

そして劉虞の元へ戻った田疇に対して悲劇が待っていた。

民族に対して懐柔策をとり、領民に仁政治を続ける劉虞は、田疇にとって理想の上司だったかもしれないが、田疇が上していた間に、公孫瓚公孫サン)によって滅ぼされ、劉虞は処刑されてしまった。

田疇はすぐさま劉虞の墓に赴き、朝廷からの返書を開封して読み上げ、泣の礼をして立ち去ったのだが、これを知った短気なイナゴ公孫瓚公孫サン)により捕らえられて殺されそうになるも、毅然とした態度で

君を殺した上に、臣下としての同義を守った自分を殺すというのか。
そうであれば州の人物は皆東海に身を投じ、耐えんで将軍に付き従うものはいない。

と反論したで公孫瓚公孫サン)にその姿勢を認められたことや、周囲のとりなしにより釈放された。

故郷に戻った田疇は民となり、一族郎党を引き連れて徐山に入りると、田疇の高潔さと人徳を知る人達が集まりはじめて数千軒もの集落に膨れ上がり、リーダーに推された田疇は、法を整備し、婚姻娶の礼を定め、学校教育を行き渡らせる努を行い、いつのまにか異民族烏丸と鮮卑が使節を派遣してくる程の規模の独立となり、田疇は烏丸や鮮卑に対して亡き君の劉虞と同じ懐柔策をとり界を侵さぬ様に諭した。

噂を聞きつけた袁紹と袁尚は、田疇を引き込もうと将軍の印綬まで授けようとしたが田疇は全て固辞した。

民族烏丸と鮮卑との間で誼を結んでいた田疇だったが、以前、烏丸が右北の人々を殺した事を忘れておらず、曹操烏丸討伐の為に田疇を招聘すると、曹操の下に赴いてところ下役人にさせるべき人物ではないことを見抜き、役職のいまま烏丸討伐に随行して案内役を務め、勲功により亭侯の位を授けらる事になったが、侯位を固辞した。

理に外れていると非難するものや刑罰を加えるべきだとする者がいたが、曹操は問題にしなかった。

曹操の元を離れた田疇は、徐山の理想郷から鄴(ギョウ)の地へと移ったところに、袁尚の首が鄴(ギョウ)の地へと来た事を知り、以前高く評価してくれた事から遺体を引き取って手厚く葬った。

死刑に値する行為とされたが、今回も曹操は問題にしなかった。

荊州を手に入れた曹操が、田疇の功績に対して爵位を与えなかった事を後悔し、田疇と友人の間柄であった夏侯惇に自分の名を出さずに説得するように依頼した。

夏侯惇は、田疇のに赴いて宿泊し、帰る間際に曹操の行為を視しないように諭したが、

私は本来世間から逃げ隠れした人間です。
今の立場でいられるのは僥倖に過ぎず、徐山の集落を売って爵位に替えるような真似も出来ません。
私を理解されている将軍がその様な事を申されるのであれば、この首を掻き切り命をげたいと存じます。

と固辞し、田疇の意志が変わらぬことを知った曹操は議郎に任命し、田疇が46歳で亡くなると、の文となっていた曹丕により、討伐の後に鄧艾トウ艾)を殺す事になる従孫の田続が後を継ぐ事となった。

その他「田疇」の詳細についてはWikipediaの該当記事参照exit

演義では

三国志演義には劉虞が登場しない為、袁紹臣として登場する。

袁紹の死後、曹操北方の異民族である烏丸の討伐を計画した際に案内として召しだされ、を任されそうになったがこれを固辞し、案内の功績と袁紹への忠義を認められて議郎に任ぜられた。

関連動画

アルティメットMで知られる皇族劉虞氏の三国志プレイ動画にてうp主の顔グラとして使用され、時には田疇=うp主となって作中でフリーダムな行動をとったり、メタな発言をする。

 

関連データ

コーエー三國志シリーズにおける田疇の力一覧。

 

統率 政治 身体 運勢
三國志
三國志II
三國志III 70 47 58 76 75 70
三國志IV 72 73 47 59 76
三國志V 74 52 62 76
三國志VI 69 67 51 62 71
三國志VII 68 70 64 74
三國志VIII 66 70 73 74
三國志IX 68 66 74 78
三國志X 68 64 72 73 74
三國志11 66 66 72 76 74

君の劉虞が登場するのは三國志VIからだが、三国志演義に登場する為、劉虞より先に登場している。

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  • 6ななしのよっしん

    2018/04/17(火) 18:51:07 ID: mvdkYVTht8

    桓に対して恨みがあり、且つ元劉虞の配下だったっつうことを考えればやってることは割と筋は通ってるわな
    劉虞である公孫瓚を討った袁氏
    桓を討ってくれる曹操
    両方に義理立てなのか恩義なのかを感じて借りを返したんだろう

  • 7なななしのよっしん

    2019/01/14(月) 19:07:02 ID: E+wNHf5rm+

    岳伝ってのがあってな・・・?
    そこのライバル役になるんよ、太要術の書で理想郷を作ろうとしてな

  • 8ななしのよっしん

    2019/01/15(火) 20:57:26 ID: bwPf1YCk6l

    気に入った人材は籠もった山を焼いてでも囲い込もうとする曹操にしてはずいぶんと厚遇というか、
    関羽に次ぐとすら言えそうな扱いを受けているように見えるな
    同じく一仕事してから辞して最期は正反対に処刑された華陀あたりと何が違ったのか

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最終更新:2019/10/15(火) 12:00

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