統計力学とは、目に見えないミクロなスケールの物理法則と、我々が目にするようなマクロなスケールで起こる現象との関係を明らかにしようとする、物理学の一分野である。統計物理学とも呼ばれる。
我々の目に見えるようなサイズの物体は莫大な数(1023個ほど)の分子が集まってできている。このような物体を扱う物理学の体系として熱力学という分野がある。熱力学では温度やエントロピーといった力学には無い概念が出てくる。しかし、マクロな物体も分子から構成されているのだから、熱力学的な物理量や物理法則も、分子の運動と関係しているはずである。例えば、物体の温度が高くなるということは個々の分子の運動が激しくなるとことして理解できる。このように分子についてのミクロな知識と、熱力学で記述されるようなマクロな振る舞いのギャップを埋めようというのが統計力学である。
統計力学はその名の通り確率や統計学によって支えられている。各々の分子に対して確かなことは言えなくても、莫大な数の分子の集まりに対しては確実に予言できることがある。例えばコイン投げで表の出る割合は、投げる回数が少なければばらつくだろうが、投げれば投げるほど一定の値(公平なコインならば1/2)に近づく。分子の数が多いために確実な予言が可能になっているのだ。
歴史的にはルドルフ・クラウジウス、ジェームズ・クラーク・マクスウェルらの気体分子運動論に端を発し、ウィラード・ギブスやルートヴィッヒ・ボルツマンによって熱平衡状態を扱う平衡統計力学の基礎が固められた。非平衡系となると扱う対象が広すぎて一般的な原理はない。状況を限定すれば線形応答理論やボルツマン方程式などが使えたりする。
熱力学によれば、熱平衡状態はわずか数個の変数を指定するだけで決まってしまう。一方、ミクロに見れば、一つの分子の位置や速度でも違えば異なる状態といえる。ミクロに見て区別できる厖大な数の状態が、マクロに見れば一つの熱平衡状態に対応している。
熱平衡状態に対して何らかの物理量を計測してある値を得たとする。統計力学でこれを予言するには、対応するミクロな状態に適当な確率を割り振って、求めたい物理量の期待値を算出すればよい。この物理量のばらつきが小さければ統計力学によって確実な予言ができることになる。
ここで前提となる確率はどう決めればいいのか教えてくれるのが等重率の原理で、それに従って得られる確率分布をミクロカノニカル分布と呼ぶ。
熱平衡状態を記述するマクロな変数の組としてエネルギーE、体積V、分子数Nをとる。ミクロに見てエネルギー、体積、分子数がマクロな変数と同じ値をとる状態を全部持ってくる。このような状態は厖大な数あるわけだが、これら全てに同じ確率を割り振る。この確率分布をミクロカノニカル分布と呼ぶ。
注意点・コメント
熱力学によれば、熱平衡にある系のマクロな物理量は完全な熱力学関数さえ分かれば求められる。ミクロカノニカル分布の状態の数Wから完全な熱力学関数であるエントロピーSを求めることができる。
S(E,N,V) = k log W
ここでk = 1.38×10−23 J/Kはボルツマン定数である。正確に言えば、この式の熱力学極限(体積を無限大にする極限)をとったものが熱力学のエントロピーである。完全な熱力学関数としてのエントロピーの引数と、ミクロカノニカル分布で相加変数の組で指定される状態を集めたこととが照応していることに注意。上の式はボルツマンの墓にも刻まれている。
実際にはマクロな系を記述する変数としては、エネルギーよりも温度をとったほうが便利だ。完全な熱力学関数さえ分かってしまえば、熱力学を使って温度に変数を取り直すことができるが、統計力学から直接求めることもできる。そのために使われるのがカノニカル分布で、事実上ミクロカノニカル分布よりもこっちが統計力学の主役を張っている。
マクロな変数として温度Tおよび体積V、分子数N(一般には温度と、他に必要な相加変数の組)をとる。体積、分子数が同じ値で、エネルギーは任意の値のミクロな状態を持ってくる。エネルギーEnの状態には確率Z−1e−En/kTを割り振る。ここでZは全確率を1にするための規格化定数で分配関数と呼ばれる。この確率分布をカノニカル分布と呼ぶ。
分配関数Zは次の式で与えられる。
ここでnはとりうるすべての状態を走る添字。ただの規格化定数Zに分配関数などという名前がついているのは、これが完全な熱力学関数のひとつ、ヘルムホルツの自由エネルギーFと関係しているからである。
マクロな変数の平衡値を求める上ではミクロカノニカル分布を使おうがカノニカル分布を使おうが得られる結果は同じである。
ミクロカノニカル分布、カノニカル分布の他にもグランドカノニカル分布、TP分布などの統計分布(統計集団と呼ばれることも多い)がある。
ここまで熱力学関数が求められるという点を強調してきたが、熱力学で扱わなかったような物理量も統計力学から求められる。例えば、熱平衡状態にある古典的気体分子の速度分布(マクスウェル分布)や、熱平衡状態にある電磁波のエネルギー密度のスペクトル分布(プランクの公式)などがある。他にも物理量のゆらぎや相関関数を論じることができる。
同じ分子の集団でも、温度や圧力を変えると液体だったものが固体になったり、気体になったりする。こういった状態の切り替わりでは、熱力学関数が特異性を持つ。これを相転移という。相転移現象、特に相転移点付近での物理量の振る舞い(臨界現象)を理解することは、統計力学の主要な論題の一つになっている。
掲示板
11 ななしのよっしん
2016/02/06(土) 23:37:08 ID: kH5Dm7+sUS
4年前のにレスするのもあれだが、エルゴードについて意見しとく。
田崎『統計力学』での議論は、エルゴード仮説に基づいて系が「十分に混ざる」時間をみるとハンパない時間がかかるから、いっそ最初から「十分に混ざってる」と思っちゃえっていう開き直りなんだよね。
平衡統計力学としてはスッキリしていいのかもしんないけど、なんで平衡状態になるの?(熱化)って問は残ったままなことは忘れないで欲しいな(非平衡への誘い)
12 ななしのよっしん
2016/11/06(日) 18:58:22 ID: j6Jio1ssq7
一般の熱エンジンの効率とスピードに関する原理的限界の発見:[慶應義塾]
https://
その話題の田崎先生が熱力学に新法則を提示したぞ
13 ななしのよっしん
2017/04/19(水) 12:31:49 ID: nS1Baunhq8
https://
https://
ボース=アインシュタイン凝縮体を負温度状態に置くと質量も負になるという。カシミール効果と合わせてワープドライブやワームホール実現のヒントになるだろう。
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最終更新:2024/04/19(金) 01:00
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