緋村剣心単語

ヒムラケンシン

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一本でも
このに留まる人々くらいなら何とか守れるでござる

緋村剣心(ひむら けんしん)とは、和月伸宏漫画るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』の登場人物であり主人公である。
作中では緋村抜刀斎(ひむら ばっとうさい)の名でも呼ばれている。

概要

剣心

不殺(ころさず)を誓い、と峰が逆になった特殊な・逆を振るって弱い人々を守るを続けていた流浪人明治十年に東京を訪れ、縁あって神谷活心流場に居候する。
見たい長を持つの優男といった感じでとても強そうには見えないが、その正体はかつて幕末において、長州維新志士として佐幕の要人を数多く暗殺してきた伝説客「人り抜斎」。
作中では敵と認識した者や絡んでくる悪伝説剣術飛天御剣流」で"殺さない程度"に撃退していく。

普段は温厚な性格で、「~ござる」口調で喋る口があり、また女性に対しては「~殿」と敬称を付けて呼ぶ。(など、一回り年下の女性であっても。)
しかし物語の初期から中盤にかけては、感情が昂ぶると人り時代の荒々しい性格が露になり、普段の剣心とは似ても似つかない好戦的な人物へと変貌、このとき「拙者」という普段の一人称も「」に戻っていく。そして上述の「不殺の誓い」の箍が外れた事で普段の剣心以上の凄まじい戦闘を発揮するようになる。
(もっとも一人称については、人りへ立ち戻る以外にも古との再修業の際は普通に「」と呼んでいるし、人誅編でも人り抜斎が覚醒せずとも「」と呼ぶ場面があるが。)
そのため、「不殺の流浪人としての自分」と「人りの本来の自分」の間で心は揺れ続けており、衛や斎藤一からは「人り抜斎」としての本来の強さをめられていたが、京都編で翁に評されたように一度でも人をったらもう不殺の流浪人には二度と戻れず、強敵との合いの中人りに立ち戻るたびにだんだんと自分の意思で流浪人に戻れなくなりつつある事、そして不殺の流浪人のままでは志々雄に到底が立たないジレンマしていくことになる。後にかつての師匠比古清十郎から義の伝授と共に「生きる意志」を諭されたことで、この人りの人格は封印され、抜斎に立ち戻らずとも本来の全を引き出す事に成功した。

トレードマークでもある、左の十字傷は「剣心の昔の人と、その人につけられた傷跡」。

略歴

剣心

幼少時、両を流行り病(コロリ)で喪い、野党に殺されかけたところを飛天御剣流の継承者である比古清十郎に救われ、以後子として剣術叩き込まれながら山で暮らす。(ちなみに本来の名前心太というが、古と出会った際に「優しすぎて客にはそぐわない」との理由から剣心という名前を新たに授かり、以降は剣心の名で過ごす事になる)

やがて十四歳の頃に身につけた剣術を使って動乱を終わらせ人々を救いたいという強い気持ちから山を下りることを決心し、古にその旨を伝えるも、意見が合わなかった為に喧嘩別れして下山長州の奇兵隊に参加した折、圧倒的な剣術をつけた桂小五郎めに応じ、京都で幕府要人の暗殺に手を染める事になる。

幾多の命を奪い、最の人を喪い、左と心に消える事のない傷を負って自らの罪を悟った剣心は暗殺稼業を後に敵対する事になる志々雄真実に譲った後、幕臣達と戦う遊撃剣士として活躍。

鳥羽伏見の戦い以後、それまで使っていたを捨て、幕末刀匠である新井から託された逆に持ち替え、同時に「もうも殺さない(らない)」不殺の誓いを立て、各地を放浪する流浪人となり、本編第一話に至る。

その他の詳細は、原作アニメWikipediaexitなどを参照されたし。

飛天御剣流

かつて戦国時代に端を発し、一人対大勢の戦闘を想定して作られたとされる殺人(古流剣術)。飛天の名が示すとおり、天空へ飛び上がるほどの跳躍や「神速」とうたわれるほどの人的な体捌きが特徴で、作中では剣心以外にも彼の師匠比古清十郎が使う。
時代時代の苦難から人々を守るために振るわれる、どの組織にも閥にも属さずいかなる権にも与しない自由にして、「戦闘になれば、まず間違いなく加担した方に勝利をもたらす『陸の』」である。
(しかし飛天御剣流の理をに理解しないまま古と別れた剣心は、当時の政治の1つである長州へと加わり、本人も意図しないまま権に手を貸してしまう事となった。)

そして何よりの技や身のこなし以上に、30代に入ってなお、10代20代と大して変わらないかなり若々しい容姿を保っているため、弥らが摘するように飛天御剣流には若づくりの秘法があるのではないかと専らのになっている。

高荷恵によると、飛天御剣流古のような頑丈な体筋肉量をもってして初めて使える流であり、小柄な剣心が使うには反動が大き過ぎるとのこと。剣心自身も志々雄との戦いの頃から体に異変を感じており、義であるの使用が体への負担をさらに加速させたことが示唆されている。
恵からは「普通を振るい続ける分には問題ないが、飛天御剣流は確実にあと5年以内に打てなくなる」と告げられ、明治15年の時点では飛天御剣流のほとんどの技を使用できなくなっているとされていたが、北海道編の明治16年の時点で少なくとも九頭龍の使用までは可である。ただし、、弥の両名から体力面の低下は摘されており、九頭龍を短時間に連続で繰り出した結果、後で反動で苦しむ姿が描かれている。

 

詳細は『飛天御剣流』を参照。

逆刃刀

剣心の、不殺の誓いの徴ともいえる
幕末の動乱にて幾多の悲劇を乗り越えた末に、鳥羽伏見の戦い後に人りから足を洗って流浪人になると告げた際に、刀匠新井から授けられたで、峰とが逆向きになっているのが特徴。を逆向きにしないと人をれず、また身の形状から抜術には向かないとされているが、剣心は難なく使いこなしている。
普通撃が峰打ちになるので相手を殺さず化する事に特化したではあるものの、それでもの塊で殴られれば結構なダメージになったり相手を撲殺できるとは当時から突っ込まれていたが、「北海道編」にて「相手の戦を削ぐのは論、絶対に殺さぬよう威を精密に加減する」「その髄を極めるには、実際に人をり殺す経験の重ねが必要」と解説されている。さらに飛天御剣流修行では剣心は古の絶妙な手加減を加えた技を実際に喰らってそこから体で学習した経験も下地になっていると思われるため、手加減の技術には長けているのだろう。

東京編の時点で剣心が持っている逆が「出来損ない」と称していたようにいわゆるで、続く京都編の最中に志々雄瀬田宗次郎からっ二つに折られてしまう。
その後生前のが残した言葉の通り京都へ来た剣心は白山神社刀狩の張との戦いの最中、御として神社に奉納されていたの最後の一振り、真打を譲り受けた。

 り 鍛えて 霜 子に恨まれんとも 孫の世の為

幕末という混迷の時代の中で後に退く事も留まって悩む事もできない中、平和な新時代のために殺人を作り続けたの苦悩を現した、彼の辞世の句が茎に刻まれている逆真打の技とそして未来への祈りと生涯の全てを込めた究極の一振りである。
が使用する殺人志々雄無限のような数々の殺人を作り出した果てにが最後に辿り着いたは、と峰が逆になった見たの単純な造形のというのも、人生を感じさせる。

この逆真打は剣心の新たなとなり、比古清十郎との再修業にて義を会得した際には剣心の「不殺の誓い」を体現するかのように飛天御剣流の師運命すら打ち破った。また打とは違いどんな攻撃を受けたり強敵とり合っても絶対に折れない強度を誇り、志々雄アジトで迎えた宗次郎との再戦では宗次郎義でっ二つにしている。

その後も振るわれ続け、最終話では弥15歳誕生日を迎えた元の祝いとして、剣心から弥へ託されている。
作者によると、その後は剣心と息子路と明神弥彦三条燕息子である明神心弥が、逆の継承をめぐって対決する、というアフターストーリーがあったらしい。
OVA作品「霜編」では元の祝いとして15歳になった路が弥から受け継いでいる。

北海道編」では弥から再び剣心へと返却され、北の大地で新たな敵相手に再び戦いのため振るわれ続けている。

ちなみに作中で剣心が所有している逆は上述の通り新井によるオーダーメイド品だが、2023年に放送された新アニメ版では剣心く値段が「結構するでござるよ」と、逆を購入するための資を稼ぐためにべこで働いている弥っている。逆を打てる刀匠が数多くない事を考えての発言なのかもしれないが、売却すると二束三文にもならないらしい。

 

なおフィクションと思われがちだが、現実でも2013年千葉県白井市の旧から峰とが逆になっている小が発見されたことが翌年2月に発表され、ネット上で一時期話題になった。
また2021年には、『るろうに剣心』25周年を記念して東京ドームシティで開催されたるろうに剣心展で、刀匠である尾氏が製作した、逆真打再現品が展示された事がある。

演者について

モデル

幕末時代に実在した「人斎」こと河上彦斎モデルと言われる。モデルとなった河上彦斎も背が低く、しかも女性のような顔立ちをしていたという。
河上彦斎本編には登場しないが『剣心皆伝』の企画「剣心再筆」で作者デザインされており、戦い方が似ていることから抜斎と混同されることが多く、お互い迷惑だと思っていると設定されている。
(作中では他にも、原田左之助相楽左之助の似たような関係の二人が存在する)

ネット上でのネタなど

働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!

余談

  • 育てのでもある師匠比古清十郎く「最後に寝小便垂れたのは11歳の」(旧アニメ版では「8歳の」に変更されている)、「飢えのあまりワライダケ食って笑い死にしかけた事がある」。
  • 上述の通りニートネタが定着してしまっているように、流浪人として全を流れていたからかお金に対する執着がく、作中では神谷場の食客あるいは専業夫として生活しつつも、定職に就いたり銭を得ている様子がい。本編時点では志々雄討伐は明治政府から正式に依頼されている仕事なので、作中で描かれていない部分でそれなりに報酬は得ていると思われる。だが一人旅の際もお金は多く持ち歩いておらず、逆真打を手にしたあとも巻き込まないためにと屋を言で出ようとした時は翁に「料亭に他人をタダで停める筋合いはないから」と十日間の宿泊代を請され石になってしまった。(ちなみにこの時請された滞在費の七円五十は、現代の日本円の価値で約15万円前後とされる)
    北海道編」では弥から「剣心がキチンと働けば神谷場の銭面は善する」とハッキリ摘されてしまったが、由太郎が塚山商会の若旦那として神谷場の銭事情を支えてみせると宣言しているので、専業夫を務めながらも生活にはさほど困っていないらしい。
  • お前のものはのもの、のものはのもの」で知られる所謂ジャイアニズムという言葉の元祖でもある。ちなみにこの言葉を最初に発したとき左之助は「オレのものはオレのもの」から先に言っているので厳密には異なるかもしれないのだが。

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