能見篤史単語

ノウミアツシ

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能見篤史(のうみ あつし1979年5月28日-)とは、兵庫県出身のプロ野球選手投手)である。現在オリックス・バファローズに所属。

概要

鳥取高校では甲子園出場はなかった。

大阪ガスに就職したが、故障で投げられなかったため、幻の投手と言われていたが、5年から登板を重ねるようになり、6年には際大会を経験した。

2004年ドラフト自由阪神タイガースへ入団。背番号14

阪神時代

2005年(1年)にいきなり一軍に昇格するも、シーズン後半にじわじわと調子をおとし、二軍降格。


2006年シーズン中継ぎに転向するも、2試合連続逆転打を許すなどで安定せず、2勝4敗。
良いピッチングをしているかと思えばランナーを背負うととたんに崩れるさまは「ノウミの心臓」とも言われ、一軍と二軍を往復する年が続いた。


2009年はようやく才が開する。開幕から先発ローテーション入りを果たして4月18日に勝ち投手となり、592日ぶりのを上げる。途中勝ちが伸びず中継ぎに降格したが、そこからピッチングが良くなり、先発復帰。そして9月に10勝を挙げ、自身初の2桁を記録した。
特に後半の読売ジャイアンツ相手には阪神が長年苦手としていた内海哲也と4度も投げ合い、いづれも投げ勝つというがかりな投球をした。
この年以降、能見巨人キラーとして立ちはだかることになる。


2010年は開幕投手こそ安藤に譲ったものの、開幕から3連勝をマーク。しかし5月2日巨人戦で走塁中に折し長期離脱。9月に復帰すると、先発だけでなく中継ぎでも登板し開幕からの連勝を8に伸ばし、9月MVPに選ばれた。CSファーストステージ初戦に先発として登板するも、5回3失点で負け投手となった。


2011年ムエンゴながらも、12勝9敗をマーク。200投球回も達成した。


2012年は6,7月に打ちこまれたが、後半戦はまさにエースといったピッチングを見せ、ついに自身初のタイトルである最多奪三振を獲得した。


2013年WBC日本代表に選出される。プエルトリコ戦では制球が定まらず2点本塁打を打たれ敗戦投手になるなど非常に悪い投球が続いた。しかしシーズンに入ると甲子園開幕戦でいきなり完封勝利を収め、その後も較的安定した投球を見せ最終的にリーグ2位防御率と、エースの役割を果たした。
クライマックスシリーズでは前田健太相手の試合がある兼ね合いもあり先発登板を温存された結果、阪神が2試合で敗退し、登板機会がないままシーズンを終了した。さらにはクライマックスシリーズファイナルステージ第4戦のゲスト解説が予定されていたが、3試合で勝敗が決しため、奇しくもこちらでも温存される結果となった。
また打撃面でも躍動し、自身初となる本塁打も放った。打線得点の低さにあえぐ中得点打率は3割近くを記録し、「得点圏では軸より期待できる」といったジョークを言われることもあった。


2014年は開幕戦で5回10失点で大敗を喫した。5月16日横浜DeNAベイスターズ戦から6月14日埼玉西武ライオンズ戦まで5試合連続二桁奪三振セ・リーグ新記録)を記録した。しかし前半戦終了時点で5勝8敗と不調に苦しみ、リーグワーストの13敗を喫した。クライマックスシリーズでは広島東洋カープ戦と読売ジャイアンツ戦で好投し、日本シリーズ進出に貢献した。オフFA権を行使して阪神契約した。


2015年は1年間先発ローテーションを守ったが、11勝13敗と負け越した。


2016年も8勝12敗と3年連続で負け越した。


2017年は23試合に登板し、6勝6敗で4年連続負け越しは免れた。


2018年6月からセットアッパーに転向し、6月28日DeNA戦で通算100勝を達成。阪神生え抜き選手では1985年山本和行以来33年ぶりだった。8月16日広島戦ではプロセーブを記録。45試合の登板で4勝3敗1セーブ16ホールド防御率2.56を記録した。


2019年先発登板はなく、初めて中継ぎのみで51試合に登板40歳以上での50登板岩瀬仁紀に次いで史上2人だった。1勝2敗18ホールド防御率4.30だった。


2020年には鳥谷敬の退団に伴い同期入団の岡崎太一と共にチーム古参の選手となり、この年もほぼシーズンを通して中継ぎとして一軍で投げ34試合に登板したが、防御率は4.74に終わった。41歳という年齢もあり来季の戦構想から外れ、現役続行を希望して退団。同年に岡崎も戦外となり、藤川球児引退したため、2005年リーグ優勝経験者が阪神からいなくなった。なお、ノウミサンの阪神での16年間の通算防御率3.34である。なんでや!

オリックス時代

2020年12月8日オリックス・バファローズへ一軍投手コーチ兼任で入団した。背番号26。

プレースタイル

キレのあるまっすぐと、スライダーフォークチェンジアップを投げる。クロスファイヤーを得意とするためか、右打者相手のほうが被打率が低い。時折腕を下げて投げることがある。

人物・その他

大阪ガス時代に映画ミスタールーキー』にエキストラ役(阪神タイガース投手)として出演した事がある。(背番号も同じ14)
ただし、タイガースが連敗するシーン中継ぎ登板炎上するという何とも微妙な役であった。

「アイドントライクノウミサン」

能見先発した2012年6月9日オリックス戦の4回、右翼を守るマット・マートン外野手が拙守により2塁ランナーの生還を許してしまう。
この守備について取材されたマートンは「レットゼムスコア。」「ニルイ、ドウゾ。アイドントライクノウミサン。ワカマスカ?」などと発言したため、チーム内不和説が巻き起こり波紋を呼んだ。

2年連続の最多安打を獲得していたマートンもこの年は不調であり、この試合でも3度のチャンスでいずれも退していたこともあってか、記者の質問に苛立ち、逆ギレした形となった。

この騒動に対して藤川球児が「能見さん、嫌いだし。」とブラックジョークマートンをフォローするなど、チーム内でマートンの発言はあまり問題視されていないようであった。

この件以降、某掲示板中心に能見ノウミサンと呼ばれるようになり、能見が活躍した際には「アイライクノウミサン」、野手がチャンスで援護できなかったりエラーしたり、後続の投手が失点した際には◯◯(選手名)「アイドントライクノウミサン」などとネタとして書き込まれることがある。

余談ではあるが、この一連の騒動について書かれたエッセーの一部が2013年1月近畿大学入試問題に採用され、ネット話題となった。

この後、2013年4月9日甲子園での巨人戦で、能見完封マートンが決勝点を叩きだし、両名がお立ち台に上がることとなった。
この時、マートンインタビュアーの質問を「チョットマッテ、チョットマッテ」と遮り、能見の方に向き直り「ノウミサン、アイテル!」と熱い抱擁を交わした。歴史的和解の間であった。
騒動の幕を下ろす、マートンなはからいだった。 

応援歌

球団 レス No プレイヤー
阪神 応援歌のピコカキコ一覧#860 11470
11470

成績

年度別投手成績

年度 球団 登板 先発 完封 勝利 敗戦 セーブ ホールド 勝率 投球回 四球 奪三振 失点 自責点 防御率
2005年 阪神 16 12 1 0 4 1 0 1 .800 64.2 27 64 40 40 5.57
2006年 38 2 0 0 2 4 0 8 .333 47.0 16 46 27 26 4.98
2007年 23 12 1 1 4 4 0 2 .500 74.0 30 51 39 36 4.38
2008年 11 1 0 0 0 0 0 0 .--- 11.1 6 10 6 6 4.76
2009年 28 25 1 1 13 9 0 0 .591 165.0 44 154 61 48 2.62
2010年 12 10 0 0 8 0 0 0 1.000 62.1 13 57 23 18 2.60
2011年 29 28 5 1 12 9 0 1 .571 200.1 55 186 59 56 2.52
2012年 29 27 3 2 10 10 0 0 .500 182.0 37 172 61 49 2.42
2013年 25 25 6 2 11 7 0 0 .611 180.2 41 127 57 54 2.69
2014年 26 26 3 1 9 13 0 0 .409 169.1 48 151 81 75 3.99
2015年 27 25 1 1 11 13 0 0 .458 159.2 38 125 73 66 3.72
2016年 26 24 2 1 8 12 0 1 .400 147.1 52 261 67 60 3.67
2017年 23 23 1 0 6 6 0 0 .500 128.1 40 119 57 53 3.72
2018年 45 3 0 0 4 3 1 16 .571 56.1 19 48 23 16 2.56
2019年 51 0 0 0 1 2 0 18 .333 44.0 24 41 21 21 4.30
2020年 34 0 0 0 1 0 1 4 1.000 24.2 12 19 14 13 4.74
NPB:16年 443 243 24 10 104 93 2 51 .528 1717.0 502 1496 709 637 3.34

タイトル・表彰・その他

タイトル
最多奪三振 1回 2012年
MVP 5回 2010年9月2011年10月2013年5月6月2014年4月
JA全農Go・Go賞 1回 2009年5月
オールスターゲーム敢闘選手賞 1回 2012年
セ・パ交流戦優秀選手賞 1回 2013年
その他
オールスターゲーム出場 2回 2012年2013年

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