能面とは、能楽において用いられる仮面の一つである。
なお、『面』とだけ書いた場合は『おもて』と読み、『能面』となることで『のうめん』と読むようになる。
概要
能楽を上演する際、主役となるシテや、助演者であるツレがかぶる仮面である。
面は一般的に木彫によって制作されているが、近年は和紙で作られた張り子の面も登場している。
能面の歴史
そもそも能楽が生まれる前の仮面の用法は、装着して人格を変身させる事により、超能力をその身につけて神を迎えるといったものや、自らの精神的エネルギーを高めて病の治癒などに使うといったものがあった。その後、七世紀初頭に伎楽というものが日本に伝わった際、聖徳太子の主導によって様々な場面で仮面が使われるようになったと言われている。この時に使用された伎楽面と呼ばれる仮面は、現在のものとは違ってかなり大きく、いわば狂言に使われる面のようなものであった。なお、この時代に使われていた獅子や金剛の面などは、現在も正倉院や法隆寺といった場所に現存している。
伎楽自体は隆盛から半世紀ほどで廃れてしまうが、平安時代の宮廷文化により、入れ替わる形で舞楽が定着する。この舞楽にも面が使われた。これが舞楽面である。伎楽面が一瞬の感情のみを表現していたのに対し、こちらは普通の顔を要約したようなものとなっており、舞楽に用いられた伴奏楽器のリズムに合った演出ができる。その点では、舞楽面は伎楽面よりも能面に近いものといえる。しかし、舞楽自体が宮廷文化であったことと、貴族が安定した生活の中で文化の発達を遅らせてしまったこともあり、武家社会の到来に伴って衰退してしまう。
鎌倉時代に入ると、農民たちが即興的に作った踊りや唄といったものから興った田楽、及び八世紀初頭に伝来した「唐散楽」から発展した猿楽が発達する。それぞれが影響を与え合いながら共存していき、のちの能楽になるにつれて、能面もまたその重要な構成要素として発展していった。
能面の種類
大きく分けると以下の5種類。
- 老人面(翁面・尉面など)
- 女面
- 男面
- 鬼神面
- 霊面(怨霊面・神霊面など)
これをさらに細かいカテゴリーに分類すると、基本形の能面は約70種類程度あると言われている。
さらに、この中から同一種を細分化していくと、その総数は200種類を超えると言われている。
以下に、それぞれの能面の特徴と、代表的な面を挙げる。
老人面
翁系面
能面の中で最古の歴史を誇ると言われている面の種類。古くは日本書紀にもその存在が描かれているほどである。老人の中でも延命冠者の役に用いられる。特徴として、ぼうぼうの眉や顎と上半分がわかれている切り顎など、他の面には見られない特徴がある。
- 翁
切り顎があり、最も最初に出来た面。正真正銘の最古参じじいである。白色尉と肉式尉という二種類がある。白色尉はその名の通り白塗り。肉式尉は肌色。演目の関係上、最も神に近い面もしくは神の面とされる。やたらにこやかな顔と、丸く形どられた眉毛が特徴でもある。
- 黒式尉
三番叟とも言う。その別名の通り、三番目に舞い踊る翁のこと。顔が黒い。
白色尉や肉式尉と比べると、庶民に近い存在になったという。
- 父の尉
要するに翁のお父さん。釣り上がった目がどことなく怖いが、特別な催事に用いられる由緒正しき能面。
- 延命冠者
翁面系統の面ではあるのだが、翁というよりは気のいいおっさんのような相貌。
胡散臭い面構えではあるが、延命の徳を備えているのだとか。なお、冠者とは少年の意味。少年なのに翁系列に入れ込まれていることも不思議である。
尉系面
老人を表す。翁面と同様、神のような老人を演じる際に用いることが多い。
- 小尉
どことなく申し訳無さそうな顔をした老人。もともと小尉と言うのは老人が自分を謙遜して言う言葉。とはいえ、この老人は普通の老人以上の心霊的な力を持つ。いわゆる高性能じいちゃんである。
- 笑尉
笑っている老人の面。尉の面の系列の中では、最も古いものだと言われている。
- 三光尉
鼻髭がやたら長い老人の面。名前の由来は室町末期に三光坊という僧が作ったからとも、日神・月神・星神の三つの光によって照らされて出来た面だからともいわれている。
- 舞尉
そのまま、舞う老人のこと。老体な神様ではあるが、樹の精霊として扱われる。いわばデクの樹サマみたいなもの。
女面
現実の女性の顔形とはだいぶ違う形をしているが、一つの面だけで喜怒哀楽のすべてを表すことができるというものである。
- 小面

右の絵のもの。
最も若い女性の面である。いわゆるロリっ子を表す。
女面の中では最も代表的なものとして知られる。
- 小姫
こちらも幼い女性の面。小面に似ているが、頬に赤みがかかっている。
つまり頬染めである。
- 若女
若い女性の面。どうやらこちらには色っぽさを求めていないようだ。
- 増女
天女を表す面。上述の面たちに比べて表情が薄い。神や仏の解脱状態を表した面とも。
- 泣増
泣いている増女。なお、公家に送られた際にこの面が泣いていたためこの名付けがなされたのだとか。もしもそれが本当ならばホラーも顔負けである。ただでさえ怖いのに
- 曲見
中年女性を表す面。その憂いと慈愛を表す表情が子を失った親役に最適なことから、狂女物に使われる。
男面
男性を表す。ただし、現在能と呼ばれる現在進行形の状態を演じる能においては、成年男性役は能面を用いない。この時の能役者の素顔は「直面」と呼ばれており、素顔が能面に見立てられる。
その性質上、成人男性の面は古人を模したものが多い。
- 喝食
寺で食事の時間を報せる役目をする少年僧を表した面。額に大銀杏のような前髪があるのが特徴。
- 十六
少年の面。こちらは平敦盛が戦いの最中に姿を見失った少年の顔を描いたものである。口の横にえくぼができているのが特徴。
- 痩男
弱々しい表情をした男の面。地獄に落ち、その責め苦に苦しむ表情を示している。
鬼神面
邪悪なものを追い払う、威力の強い鬼を表した面。
- 獅子口
大きな口を開けた金色の面。古くは中国から伝来したもの。似たものに、大獅子・小獅子がある。
- 大飛出
眼球が飛び出している面。天上から下界を見下ろすように目が下向きに付いている。何かを威嚇する表情を表しているようだが、どうみても驚きすぎた男の姿に見える。ちなみに、牙飛出という牙も飛び出している面が存在する。
- 顰
口を開けている獅子面が、口を閉じて歯噛みしている状態を表した面。
- 大べし見
口を閉じ、大きな目や大きな鼻を特徴とする。威圧感のある威嚇を表した面。小べし見や牙べし見という類縁種もいる。
- 大悪尉
とても怖い老人の面。悪という文字が付いているからといって、決して悪人というわけではない。
霊面
怨霊面
怨みを持ち、生きとし生けるものに災いを与える霊の面。
- 般若
あまりにも有名な面であり、個別記事が作られているためそちらに詳しい。
女性の怨霊、怨みの復讐による敵愾心を表した面のこと。
ツノを生やし、牙の生えた口を大きく開けた形相が特徴的な面。
- 生成
般若になる前の状態を表した面。般若に比べるとツノが短く、まだどことなく『なりかけ感』を漂わせている。
- 蛇
般若がさらに怨みにとりつかれた状態を表した面。動物になっているため、般若や生成にはあった耳がなくなっている。ちなみに、怨霊の中では最も早く出来た面。この面を元にして、般若→生成という順番で作られている。
神霊系
こちらは神の面である。怨霊にとりつかれないために神として祀り、それを沈静化しようとするために作られた。適用範囲は広く、亡霊や怨霊、菩薩や明王を模した能面もこのカテゴリに入る。
- 怪士
武将の怨霊を表した面。もしくは妖怪のこと。目を見開き、歯を食いしばった表情をしている。
- 一角仙人
一角といっているのに、角がふたつに分かれている系仙人を表した能面。ちなみにこの仙人自体は強力な神通力を持っているにもかかわらず、ハニートラップによって神通力を失うという逸話を持つ。
- 蛙
痩男よりもさらに哀れな状態を表した面。水死体あがりのため、仙人なのにどことなく頼りない風貌が漂う。
能面を用いる有名人
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