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菅野智之単語

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曖昧さ回避 アニメ監督アニメーターの菅野智之とは別人です。

菅野智之(すがの ともゆき1989年10月11日-)とは、神奈川県出身のプロ野球選手投手)である。現在読売ジャイアンツに所属。

概要

神奈川県相模原市生まれ。読売ジャイアンツの元選手、元監督原辰徳の甥にあたる(母親原辰徳)。
原辰徳父親である原貢氏はかつて東海大学相模高校野球部の監督をつとめていたこともあり、野球に関してはサラブレッド系で育った。

小学生の軟式野球部に所属して以降、一貫して投手を務める。
中学時代は県大会優勝、関東大会ベスト8を記録。
東海大学付属相模高等学校へ進学し、プロからの注もあったが3年間通じて甲子園への出場経験はなかった。
ちなみに、この時振り逃げ3ランという記録を残している(打撃成績としては三振)。

東海大学への進学後は1年生から重用され、2年から4季連続で首都大学リーグの優秀投手を受賞した。3年世界大学野球選手権では自己最速の157km/hマーク。その勢いは4年になっても止まらず4年にはリーグ新記録となる通算14完封を記録。

東洋大学藤岡貴裕明治大学野村祐輔らとともに大学BIG3と呼ばれ、2011年ドラフト会議の大きな玉として注された。

来歴

浪人

菅野はその実もさることながら、読売ジャイアンツ監督である原辰徳の甥という血統も知名度に大きく反映された。
野球をはじめたきっかけは「原辰徳引退試合」ともっており(ただしこの頃菅野小学生にすらなっておらず、作りが入ってるかもしれないと本人は発言している)、伯父の立場上巨人の選手と交流を持つこともあった。

ドラフト直前のTVの特番では上原浩治二岡智宏(後に打撃コーチ)、高橋由伸(後に監督)といったスター選手に囲まれて少年時の菅野が写っている写真が取り上げられ、菅野本人も「意中の球団以外ならアメリカへ」と発言しており、巨人の単独名、俗にいう一本釣りが行われるだろうと考えられていた。

しかし2011年ドラフト会議では巨人とともに北海道日本ハムファイターズがまさかの1位で強行名。
大方の予想であった巨人による単独名はならず競合によるくじ引きとなり、抽選の結果交渉権は日本ハムに渡ることになった。

この「巨人の一本釣り失敗」の影は様々な方面へと影を及ぼした。
原辰徳監督ハズレ1位名頃から不機嫌な表情を取り、原監督であり菅野の祖である原貢は日本ハムに対して露に嫌悪感を露わにし、賛否両論を招き余計に波を立てる結果となった。
結局菅野日本ハムと交渉を開始するも当初の方針を崩さずこの年一の入団拒否となり、社会人などへは進まず1年浪人して翌年のドラフトでの名を待つことになった。

浪人中は東海大学の施設で練習を積むも、規則の関係上対外試合は一切行わなかった。
志望は巨人のみで他球団ならアメリカへ、という姿勢は変わらず、ドラフト制度の基礎を作った中畑清(当時横浜DeNAベイスターズ監督)や、星野仙一(当時東北楽天ゴールデンイーグルス監督)らから苦言を呈されるも、2012年ドラフト会議では巨人以外に菅野1位名する球団は現れず、めでたく巨人の交渉権獲得となった。

巨人入団

ドラフト会議直後にはさっそく背番号19ユニフォームが原監督から与えられ、11月21日契約1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円の最高額で仮契約11月23日ファン感謝デーで入団発表された。


2013年(1年)、3月30日広島東洋カープ戦で初登板。7回1失点の好投を見せたが勝ちはつかなかった。
その後2回登板となった4月6日中日ドラゴンズ戦では8回4失点だったものの初勝利。その後もコンスタントに勝ちを重ねていき、一年を通してローテーションを守り抜き27登板13勝6敗防御率3.11内海哲也と共にチームの勝ち頭となった。
新人王は東京ヤクルトスワローズ小川泰弘に譲ることになったが、特別賞は藤浪晋太郎と共に受賞している。
ローテーションの関係で広島との対戦が多く、7試合に登板し4勝1敗防御率2.36とカモにしていた。反面横浜DeNAベイスターズとは相性が悪く、3試合で防御率7.02だった。
日本シリーズの第6戦では、2勝3敗と後がない状況で東北楽天ゴールデンイーグルス田中将大と投げ合うと7回2失点の好投を見せこのシーズン24勝敗、クライマックスシリーズ(以降CS)、日本シリーズでもここまで負けなしの田中を付け、この年田中に投げ勝った投手となった。 


2014年(2年)はエースとして定着。開幕投手を務め7回4失点(自責点は0)で見事勝利4月リーグ5球団に全て勝利する等順調に勝ちを重ね3・4月MVP獲得。その後も順調に勝ちを重ねていきムエンゴもあったものの、6月の時点で8勝3敗、防御率1.71と最多勝と最優秀防御率を狙える位置にいた。しかし7月防御率が悪化し、怪8月に登録抹消となった。その後復帰は9月になるが復帰戦で勝利し2桁勝利を達成。しかしシーズン最後の登板となる最多勝をかけた10月2日登板ではわずか4球で降し、右肘靭帯の部分損傷でCS絶望、2年ジンクスは怪という形で現れてしまいチームリーグ3連覇を達成したもの、CSは4連敗を喫し敗退。最終成績は23登板12勝5敗、防御率2.33で初のタイトルとなる最優秀防御率を獲得しセリーグMVPに選出された。


2015年もローテーションを守り活躍した。しかし深刻なムエンゴに苛まれ、がつく程の勝ち運持ちだった途中加入のマイルズ・マイコラスに勝ちを抜かれるほどだった(菅野は10勝、マイコラスは13勝)。CSでもムエンゴ見殺しにされ、3年シーズンは終わった。
成績は25登板10勝11敗、防御率は1.91防御率1点台なのに負け越しという結果になった。


2016年は開幕から好調、4月は2試合連続完封勝利を含め4登板自責点0、つまり防御率0.00という圧倒的な成績でMVPを獲得。
その後も防御率6月の試合で2回1/3で9失点KOされるまで0点台を維持していた。しかしムエンゴは去年より悪化、先述の4月も2勝しかできておらず防御率0点台中の勝利も13登板で5勝だけであり、内容も7回失点もセーブ失敗、8回1失点0自責点セーブ失敗、9回1失点0自責点10奪三振も勝ち負け付かず、8回失点も勝ち負け付かず、7回1失点0自責点負け投手、8回2失点投負けなど散々であった。その後中盤から調子を崩し(味方の守備やリリーフを考えて1失点もやれないピッチングをやるようになり、また投を狙うようになったためとも言われた)、最終登板防御率1点台からも陥落、最終結果は9勝6敗、防御率2.01。このことから「負け運」持ちと言われるようになった。
それでもシーズン終盤チームが苦しい時に連敗を止める好投を見せるなどエースとして踏んり、最優秀防御率と最多奪三振の2冠、更にゴールデンラブ賞も獲得した。

前述の通り好投しても後続が勝ちを消す事が多く2桁勝利に届かず、いくつかの基準では受賞した広島クリス・ジョンソンを上回っていたが、勝ちが足りないということで沢村賞を逃した。
このようなムエンゴ、救援失敗、エラーによる敗戦によって、「菅野の最大の敵は味方」と揶揄されたことも。なお菅野自身の打率は.222、3打点巨人代打より高く、8番の小林誠司が送りバントで送った後9番菅野タイムリーを打つという場面もあった。


2017年WBC日本代表侍ジャパン)に選出される。小久保裕紀代表監督から日本エースとして名され、チームメイト小林誠司とのバッテリーで3試合に先発登板
1次ラウンド第2戦オーストラリア戦では2回裏に先制ホームランを打たれ、5回裏先頭に死球を与えるなど1死1,2塁のピンチを招き、ここで球数制限ルールによって岡田俊哉に後を託し交代。WBCデビュー戦では4.1回、被安打4、1失点だった。
2次ラウンド第2戦キューバ戦では1回表を三者退とするが、全体的にボールが高めに浮き、2回表にスライダーレフトスタンドに2ランホームランされると、味方が追いついた4回にも1死満塁ピンチを招き、三振で2死をとるも続く打者に高めのカーブを痛打され、2点をとられる。三塁を狙った走者を小林が刺し3アウトとなるもここで降。4回4失点だった。
決勝ラウンド準決勝アメリカ戦では先発として登板チームは1-2で敗れたが、6回1失点0自責点6奪三振被安打3と投を見せる。この菅野の投球はアメリカ代表監督にも賞賛された。
最終成績は3登板0勝0敗、14.1回、16奪三振千賀大と並び全体最多)、防御率3.14だった。

レギュラーシーズンでは開幕投手マイルズ・マイコラスに譲ったが、シーズン登板から好調を維持。ここ2年は勝ち運に恵まれなかったが、2017年は去年の負け運を払拭し3・4月7月敗で7勝を挙げ、特に7月は4登板29イニングで1失点と圧巻。5月2日にはセ・リーグ28年ぶりとなる3戦連続完封勝利を達成した。
25試合の登板17勝5敗、防御率1.59過去最高の成績を残し、5月7月9月MVP、自身初の最多勝、3回の最優秀防御率タイトルを獲得。小林誠司と共に最優秀バッテリー賞も受賞、巨人では15年ぶりの沢村賞も受賞した。


2018年はいきなり不振に陥り、開幕2連敗を喫する。しかしすぐにこの年に取得したシンカーを封印し修正してその後は復調。終盤には9月22ヤクルト戦)、28日(DeNA戦)と連続完封して迎えた10月4日広島戦でも11奪三振完封し3試合連続完封勝利をあげて、その時点で未達成だった沢村賞の基準項である15勝、10投、及び自身の標の200奪三振、その両方である200投球回に到達。10月9日シーズン終戦阪神戦では9回裏にルーキーイヤー以来となるリリーフ登板し、三者退で試合を締めチームクライマックスシリーズ進出を決定させた。また5月19日DeNA戦ではプロホームランを記録した。最終的に28試合の登板で15勝8敗、200奪三振防御率2.14で、最多勝(2年連続2回)、最多奪三振(2年ぶり2回)、最優秀防御率(3年連続4回)の投手三冠を達成。

クライマックスシリーズ1stステージ第2戦ではポストシーズン史上初のノーヒットノーランを達成し、ファイナルステージ進出に貢献。しかしその後の登板はなかった。

オフには即断の満場一致で2年連続の沢村賞を受賞したが、選考基準の7項沢村賞大百科を参照)を全て達成した上での受賞は2011年田中将大以来史上8人だった。
また、杉内俊哉引退に伴い巨人エースナンバー18」を受け継ぐことが発表された。


2019年は5度の開幕投手を務め、7回1失点と好投したが勝ち投手になれなかった。5月2日中日戦では1番渡辺勝から令和初の奪三振を記録すると、7回表に平田良介から通算1000奪三振を達成した。

選手としての特徴・人物

ノーワインドのスリークォーターから投じる146km/h、最速155km/hのフォーシーム(以下ストレート)を中心に、手元で変化させるカットボールストレートに見える軌から大きく曲がる縦横2種類のスライダー球速の異なる2種類のカーブストレートに近い球速シュートしながら沈むワンシーム、時折フォークシュートなども投げ、2016年オフにはチェンジアップを習得するなど多な持ち球があり、そのどれもが高い精度を誇る。2018年キャンプではシンカーを取得した。
更にストレートも非常に回転がかかってる上、足をついてから投げるモーションが速いため三振を取れる。

また、制球も一級品であり2016年の与四球率、K/BBいずれもリーグ1位など標にも表れている。

加えて投するスタミナ、俊敏かつ投球の制度を落とさないクイックモーション、正確なフィールディングも備え打撃成績も投手としては優秀と、全てのが高いレベルでまとまった投手である。

パワプロ2016公式動画巨人編(関連動画参照)に出演した際、自分を操作している時に「負け運って何?」と発言していた。

Twitter

2014年6月下旬、Twitterチームメイト小山雄輝今村信貴と食事をしたことをアカウントの存在を知られる。
その際、お気に入りに登録していたあるツイートが注され、ネットで大きな話題を呼ぶことになった(詳しくは「フェアリーファンタジア菅野智之」を参照)。
これ以外にもアルバイトサイトフロム・エー・ナビ」のスパム広告をリツイトしてしまうなど、扱いに慣れていない節が見受けられる。

成績

年度別投手成績

年度 球団 登板 完封 勝利 敗戦 セーブ ホール 勝率 投球回 四球 奪三振 失点 自責点 防御率 WHIP
2013年 巨人 27 1 0 13 6 0 0 .684 176.0 37 155 70 61 3.12 1.15
2014年 23 3 0 12 5 0 0 .706 158.2 36 122 50 41 2.33 1.10
2015年 25 6 2 10 11 0 0 .476 179.0 41 126 46 38 1.91 1.06
2016年 26 5 2 9 6 0 0 .600 183.1 26 189 46 41 2.01 0.99
2017年 25 6 4 17 5 0 0 .773 187.1 31 171 36 33 1.59 0.85
2018年 28 10 8 15 8 0 0 .652 202.0 37 200 52 48 2.14 1.00
NPB:6年 154 31 16 76 41 0 0 .650 1086.1 208 963 300 262 2.17 1.02

通算守備成績

機構 守備位置 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
NPB 投手 126 51 183 6 10 .975

タイトル・表彰・その他

タイトル
最優秀防御率 4回 2014年2016年-2018年
最多奪三振 2回 2016年2018年
最多勝利 2回 2017年2018年
クライマックスシリーズMVP 1回 2013年
MVP 6回 2014年3・4月2016年3・4月2017年5月7月、9・10月2018年9・10月
ベストナイン 3回 2014年2017年2018年
MVP 1回 2014年
ゴールデンラブ 3回 2016年-2018年
最優秀バッテリー 2回 2014年阿部慎之助)、2017年小林誠司
沢村賞 2回 2017年2018年
その他
開幕投手 5回 2014年-2016年2018年2019年
ノーヒットノーラン 1回 2018年10月14日 CS1stCS史上初)

関連動画

関連コミュニティ

関連項目

外部リンク

掲示板

  • 331ななしのよっしん

    2019/05/24(金) 06:57:40 ID: hvMtpZ4uSm

    あの雄星だって一時期4点台だったし(棒)

  • 332ななしのよっしん

    2019/05/24(金) 14:29:29 ID: PQR8wyVdY/

    フェアファン時代もをおかしくしてたし、床オナやめろとあれほど言われていたのに・・・

  • 333ななしのよっしん

    2019/06/18(火) 00:05:33 ID: v1/EGrUHAX

    肩関節唇(てょやぷぶの選手生命を脅かしたケガ)や股関節(内)じゃなくて助かったけど爆弾抱えながらのフル回転は怖いなぁ
    初回3失点であ・・・と思ったらそっから持ち直したのは流石の菅野だった。スライダー投げたがりっぽいけど今年はカーブフォークキーになりそう

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最終更新:2019/06/18(火) 14:00

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最終更新:2019/06/18(火) 14:00

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