200X年4月18日、
宇宙の彼方から日本の首都圏目掛けて飛来した巨大な 〈十字架〉 は、
日本政府が要請した米軍の戦術核攻撃により軌道を反らされ、
琵琶湖東端付近に突き立つように着水した。
だが、直後から調査のため現地に派遣されていた自衛隊一個師団は即日消息を絶ち、
現場周辺の都市は尽く沈黙。この日だけで官民合わせて数万もの人命が奪われたとされる。
程なくして、これは『核による「先制」攻撃に対する正式な「報復」行為』であったことが判明する。
――以上が世に言う「四・一八事件」(よんいちはちじけん)の発端であり、
日本中を火の海に変える驚異的科学技術と、銃弾すら物ともせぬ超人的身体能力を持つ異星人
「アポストリ」たちを敵にせねばならぬ絶望的な戦いの幕開けであった。
しかし、アポストリの弱点が「銀」であることが判明すると、パワーバランスは一挙に均衡へと転じる。
開戦から3ヶ月足らずの7月12日、日本政府とアポストリ評議会との間に「草津協定」が結ばれた。
これにより、アポストリから日本には外交権と未知の科学技術が独占供与されることになり、
日本からアポストリには旧・彦根市を高い壁で取り囲んだ「彦根居留区」が自治領として提供されたのである。
かくして、双方合わせて200万を超える尊い犠牲を出した四・一八事件は終局を迎え、
両種族は共存共栄の道を歩み始めることになったのである・・・・・・。
――それから19年の時が流れた202X年現在、
かつての戦いの傷が癒えつつある居留区民の多くは、公共サービスの特別待遇措置と引き換えに、
若干の不自由とアポストリとの「共棲」を広く受け入れていた。
しかし、休戦20周年を間近に控え、
宥和政策や技術独占に反対する内外勢力による活動が徐々に顕在化し始めていたのであった・・・。
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『葉桜が来た夏』とは、夏海公司のライトノベルである。イラストは森井しづき。
概要
第14回電撃小説大賞 〈選考委員奨励賞〉 受賞作で、夏海公司のデビュー作になる。全5巻。
不幸な邂逅の歴史を乗り越えて共存していこうとする地球人たちと異星人アポストリたちの営みを描くSFアクション。帯の煽り文句では「近未来ボーイ・ミーツ・ガール・ストーリー」となっており、当初のプロットでは毎巻、季節に応じた氏族のアポストリが登場してのドキドキハーレム展開になるはずだったらしい(第4巻あとがきにやや脚色)、のだが・・・気が付いたらラブラブどころか毎回ゴロゴロ犠牲者が出て主人公たちも心身ボロボロになるまで戦う(終いには作者自ら自衛隊へ取材を敢行するほどの)、違う意味でのドキドキハードな展開になった。
更に、ネタバレしない程度にそれっぽく内容を要約するなら、様々な困難に直面しつつも、二人して死力を尽くして乗り越えていくたびに強くなっていく、種族を越えた恋と、世代を超えた愛の絆の物語である。
なお、学の策士(とクソ度胸)ぶりは次作『なれる!SE』の工兵に大いに通じるものがあり、同じく立華もしくはカモメさんもその容姿と超人ぶりからアポストリの可能性が微レ存であると一部で囁かれているとかいないとか。
アポストリについて
アポストリ(Apostoli (複))[1]は19年前に初めて地球人が遭遇した、白皙の肌と真紅の瞳を持つ若く美しい容姿の、誇り高き異星人である。
琵琶湖東部に聳え立つ巨大な 〈十字架〉 内部を本拠としている。202X年現在の人口は約10万人で、これは19年前の来航当初の水準に等しい(四・一八事件でのアポストリ側の犠牲者は約3万人に上った)。このうち共棲や公務のため、常時3万人を超えるアポストリが 〈十字架〉 を出て居留区内で生活している。なお居留区内での警察機構および司法機関は日本との協同で運営されている模様。
地球人類史を数倍する長い歴史の中で高度文明を築き維持してきた高い知性に、銃弾すらも皮一枚で受け止めるほどの強靭な肉体と運動性能を持つ。しかし銀だけは触れただけで彼女たちの肉体組織を腐蝕させて破壊するほどの猛毒性を示し、そのため居留区内への銀製品の持ち込みは固く禁じられている。10代後半で成体になるとそのまま外見年齢が固定されるが、地球人と同様かなりの個体差がある。
雌性体しか存在しない為、繁殖のためには他種族(雌雄問わず)からの遺伝情報の定期的な摂取が必須となる。つまり18歳を迎える彦根居留区民の義務となっている「共棲」は、両種族間の友好と相互理解の醸成のみならず、遺伝情報提供者の安定した確保・供給こそが第一の目的であり、その見返りとしてアポストリ共棲者は他種族共棲者を全力で以て保護する義務を負う。こうして生まれた共棲者のペアを「共棲体」と呼ぶ。この様に彼女らはアポストリとしての高潔な誇りの下で、信義というものに執拗なまでに忠実なのである。
〈十字架〉 最高の意志決定機関である「評議会」は氏族会の長老、執政院の閣僚、各省庁の長など計12名の評議員により構成される円卓会議である。各評議員は対等の立場と権利が認められており、それは 〈十字架〉 元首を兼任する「評議長」ですら例外でない(評議長はあくまでも評議の進行役をも受け持ついち議員に過ぎない)。
なおアポストリ語は作中では「――はい、我が主(シ・スア・マエスタ)」(Si, Sua Maestà.)[2]や「ご指示を、指揮官殿(コマンダンテ)」(Comandante.)などイタリア語で表現されている(ただし日本はジャッポーネ(Giappone)ではなく「ソーレ」(Sole 「太陽」)と呼ばれている)。[3]また、一般に通用する個人名には出自氏族の季節名に属する季語が充てられており、[4]当然アポストリ語による本名も存在するようだが、仕様は明らかにされていない。[5]
登場人物
日本人
- 南方学 (みなみかた・まなぶ)
- 本作の主人公。高校2年生の男子で、駐居留区大使の息子。6年前に母と妹を 〈片腕〉 のアポストリに惨殺されて以来、アポストリを蛇蝎の如く忌み嫌い、犯人を見つけ出して復讐を遂げるべく、日々を情報収集と自己鍛錬に費やしている。また、そのような事件があったにも関わらず、粛々とアポストリとの協調外交を推し進める父との間に大きな確執を抱えている。
- 岡町灯火 (おかまち・とうか)
- 学のクラスメイトの一人で、表情の乏しいショートカットおでこ女子。だぶだぶの制服を纏った中学生以下の外見に関わらず、年配の男性のように尊大な口調は常に本質を突いていて迷いが無い。クラスから浮いていた学に「興味深い」との理由で彼女から接してくるうち、学の唯一の話相手になる。
- 委員長 (いいんちょう)
- 学が在籍する城南高校2年D組のクラス委員。明るい色のポニーテールで、表情豊かな少女。クラスメイトとして学たちのことを色々と気にかけてくれていたらしい。名前と出番が無いのが非常に勿体ない。
- 南方恵吾 (みなみかた・けいご)
- 駐彦根居留区特命全権大使(つまり現地の日本政府代表)で、学の父親。赤銅色に焼けた肌と鋭い眼つきを持つ寡黙な中年男性。対アポストリ宥和派の先鋒として、宥和政策を推進すべく壁の内外ばかりでなく国外まで飛び回る。このため、まともに帰宅できないほどの多忙を極め、家事と学の世話は気の好い中年女性ハウスキーパーの千紗(ちさ)さんに任せている。
- 相川 (あいかわ)
- 外務省事務次官。オールバックの癖毛に細目で頬のこけたアクの強い容貌の中年男性。恵吾の上司で、政府の中枢から反アポストリ派を抑えて親アポストリ政策を推し進める、気骨ある頼もしい官僚。
- 春木 (はるき)
- 日本合同新聞の政治部所属、アポストリ担当の敏腕記者。 〈片腕〉 の情報と引き換えに学から聞き出した南方大使のスケジュールを元手にスクープを挙げている。ミミズクを想わせる角ばった顔つきにサングラス。怪しい。
- 多田暁彦 (ただ・あきひこ)
- 陸上自衛隊三等陸佐。防衛省防衛研究所・第七研究室の主任研究官。推定20代後半。童顔だが顔付きは刺々しく、上下にとらわれない実に小ざっぱりした性格。
- 〈渦巻き〉 (うずまき)
- アポストリ専門の殺し屋「ハンター」の女。ぱっつん前髪に長髪を後ろでまとめ、OL風の出で立ちでありながらも妖しい眼つきに毒々しい気配を纏った女性。元軍人らしく銃器とナイフの扱いに長け、サディスティックに獲物をいたぶるのを好む快楽殺人者。
- 水無瀬王寺 (みなせ・おうじ)
- 飄々とした風体に無精髭の優男風青年。有名家電メーカー勤務の営業マン。 〈十字架〉 見学会の際に観光船上で学と知り合った、妙に馴れ馴れしくもどこか憎めない男性。
アポストリ
〈夏〉(エスターテ Estate)
内政を司る文官を多数輩出し、日本政府との宥和を旨とする穏健派氏族。
- 葉桜 (はざくら)
- 本作のヒロイン。茉莉花評議長の姪で、共棲のために学の元を訪れる。ウェービーな金髪ロングヘアで、美人揃いのアポストリの中でもとりわけ華やかな少女。次期評議員を嘱望されている評議員候補でもあり、意志が強く聡明だが、何より一本気に生真面目で、周囲が見えなくなることもしばしば。価値観の相違から学としょっちゅうケンカばかりしている。
- 茉莉花 (まつりか)
- 〈十字架〉 評議会議長。出自は 〈夏〉 だが、 〈秋〉 の鶺鴒の後継者である関係で 〈夏〉 〈秋〉双方の当主を兼任する。葉桜の伯母であり唯一の肉親。黒髪のおかっぱ頭の童顔で和服を愛用しており、日本人形のような印象。物腰が柔らかく丁寧で穏やかだが、怒らせるととても怖いらしい。恵吾のことを親しみを込めて「おじさま」と呼ぶ。
〈秋〉(アウトゥンノ Autunno)
軍事を司る武官を多数輩出し、四・一八事件では戦闘の主力として活躍した武闘派氏族。
- 星祭 (ほしまつり)
- アーモンド型の大きな瞳にストレートの黒いショートボブ、ぶっきらぼうな口調のボーイッシュな少女。何故か同胞たちをを憎んでおり、4年前に密かに居留区を出奔、横須賀の防衛大学に国際関係学科三年生・星野友深(ほしの・ともみ)として在学している。得意な武器はワイヤーで、トラップにも用いる。
- 〈秋〉の長老 (アウトゥンノのちょうろう)
- 銀のソバージュヘア、右眼に単眼鏡(モノクル)を架けた威厳ある女性。同族の多い軍関係の部署のみならず評議会においても並ならぬ発言力を持つが、常に冷静であり私情や私憤による判断は決して口にしない、極めて公明正大な人物である。
- 灯籠 (とうろう)
- 〈十字架〉 軍務省参事官で、日本政府の防衛省との折衝を担当している。黒のベレー帽と緑のスカーフに挟まれた、幼げながらも切れ長の眼と桜色の唇を湛えた怜悧な美貌に嫣然たる冷笑を浮かべる策士であり、対人間政策で茉莉花たちと対立することが多い。特別作戦部隊(ノーヴェ(nove 「9」))を麾下に持つ。
- 柘榴&十六夜 (ざくろ&いざよい)
- 灯籠の護衛官。人形のように無表情なボブカット双子姉妹で、お揃いのロングコートを羽織っている。武器はトンファー。
- 稻雀 (いなすずめ)
- 軍務省憲兵隊(ドラゴーニ)中尉。銀髪をシニョンにまとめ、黒のゴスロリファッションにゴスロリメイクで固めた少女。問題を起こした葉桜を監視するため派遣されたのだが、任務の割には意外と気さくで気遣いも濃やか。常に大きな旅行鞄を提げている。久々に居留区へ出たため日本語のアクセントが少々怪しい。
- 鶺鴒 (せきれい)
- 先代の評議長。長いストレートな金髪の美女。とは言えしょっちゅう 〈十字架〉 を抜け出しては各地を放浪する奔放な人物。四・一八事件の孤児で養女に迎えた 〈夏〉 氏族の茉莉花を、氏族内の反対を押し切り後継者に任命する。7年前に他界。
〈冬〉(インヴェルノ Inverno)
法曹を司る人材を多数輩出する厳格な氏族。
- 譲り葉 (ゆずりは)
- 学校で学に因縁をつけた蛇のような乱杭歯の3年生の共棲者。躍動的なショートウルフヘアとハスキーボイスの小柄な少女。礼儀正しいが一般常識の理解に乏しい結果「蛇」の言いなりになっている。
〈春〉(プリマヴェーラ Primavera)
名称のみの登場であり、実態その他は不明。
氏族不明のアポストリ
- 〈片腕〉 (かたうで)
- 学の母とその日誕生日を迎えた妹を、ナイフで惨たらしく切り刻んだ凶悪殺人犯。学は彼女の外見と凶器を記憶しているが容貌は確認していない。警察庁は広域重要指定事件163号に指定したものの、紛争回避という政治的判断のため、表向きは「反居留区過激派のテロ」ということにされ、まともな捜査が行われていない。
- 白夜 (びゃくや)
- 学校の〈十字架〉見学会の際に訪れた琵琶湖の多景島(たけしま)で、学たちが発見して保護したアポストリ。金髪ロングヘアに碧眼の女児で、自身の名と葉桜以外の記憶を喪失しているが、明るく元気いっぱいで、葉桜とどろぼー学にすぐに懐く。
- VZ (ヴィー・ジー)
- 反アポストリ派の衆議院議員を、衆人環視の前で堂々と首を折って殺害した謎のアポストリ。ハーフアップにした黒髪にプラスチックの髪留め、紺色のダッフルコートに赤いマフラーの無表情な少女。
科学技術
居留区提供と共棲関係確保の見返りとして独占的に日本政府に供与された技術は、反物質機関、量子計算機、ナノマテリアルの大量生産法というオーバーテクノロジーで、いずれも202X年現在では日本経済の基盤をなすテクノロジーとして不可欠の存在となっている。
これらの基礎技術は遠い過去のアポストリの先人たちによって産み出されたもので、現在のアポストリにとってもゼロからは再現不可能なロストテクノロジーばかりである。
日本の科学技術
- 媒介筐体 (ばいかいきょうたい/ヴェクター・パッケージ/Vector-Package)
- 対アポストリ用に陸上自衛隊で密かに研究されていた高度なサイボーグ技術。だが、莫大な運用コストのために研究中止となり、他分野への転用もままならぬまま闇に葬り去られた。
- スノウフォール (Snowfall)
- 四・一八事件の趨勢を決定づけた、航空自衛隊の対アポストリ用戦略兵器。コンテナに積載した銀片を高空から大量散布し、アポストリの地上戦力を無力化する。
アポストリの科学技術
- 〈十字架〉 (じゅうじか)
- 全高約2㎞の十字形の恒星間航宙艦。外装は液体金属で出来ており、反物質機関で生成した高エネルギーのプラズマを流すことで高い強度と自己修復能力を保持している。主砲である大型艦載砲は、数百キロ離れた都市をも一撃で灰燼に帰すほどの驚異的破壊力を持ち、他の艦載兵器と共に終戦協定で封印された。
- インセット (Insetto)
- 微粒子状の自立型ナノマシン。敵側兵器の制御システムを乗っ取りつつ、自己増殖を繰り返して他の兵器にも順次感染していく。四・一八事件でも猛威を振るい多数の犠牲者を生んだため、協定で封印された。
- ラパーチェ (Rapace)
- 無数の自立型ナノマシンの集合体。ペアリングした護衛対象に遺伝子レベルで擬態し、高い戦闘力で接近する敵性対象を尽く排除する。要人警護や拠点防衛に使用されていたが、 〈十字架〉 にあった4体全てが四・一八事件の戦闘で喪失、協定によって今後の研究も凍結された。
- カプラ (Capra)
- 液体金属製の汎用型乗用移動体。平時は立方体だが自在に変形可能。これも協定で使用が制限されている。
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関連項目
脚注
- *イタリア語で「キリスト教の十二使徒、伝教者、主唱者」を意味する。他にも 〈十字架〉 や評議会議員の定数12名など、キリスト教的モチーフが所々にちりばめられている。
- *Sua Maestà は英語では Your Majesty, 日本語では「陛下」にあたる敬称で、 〈十字架〉 元首である評議長の敬称が「閣下」であることを考えると、アポストリにとって「マエスタ」と呼ぶ存在が如何に尊ぶべき存在であるかが理解できる。と、何のことを言ってるのか解らない人は取り敢えず本作を読もう。
- *他の例:
「了解(ヴァ・ベーネ)」 (Va bene. 「結構。」「同意。」「賛成。」)
「承認する(アプロヴォ)」(Approvo. ; approvare「認める」の1人称単数現在形)
「承認解除!(レヴォーカ)」(Revoca! ; revocare「取り消す」の2人称単数命令形)
など。もちろんこうした表現が必ずしもアポストリ語=イタリア語を指すものではなく、単に日本語と異なる言語を話していることを示す一種の代替表現の可能性もある。 - *例えば稻雀の出身について作中では「短剣と外套の系譜」と間接的に触れるのみだが、「稻雀」が秋の季語であるため 〈秋〉 氏族であることが判る。ちなみに「灯火」は特定の季語ではないが「灯火親し」等は秋の季語である。
- *第4巻のアポストリ語による会話では本名に当たる箇所が伏字になっている(※以下はカタカナをラテン文字に改めたもの)。
稻雀「Piacere. Mi chiamo -------------, Dragoni Tenente.」
(初めまして。私、憲兵隊中尉○○○○○と申します。)
葉桜「Dragoni...? Polizia Militare? Ministro della Guerra?」
(憲兵隊? って・・・軍警察? 軍務省の?)
稻雀「Si.」
(はい。)