角田晃一 単語

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角田晃一(つのだ こういち)とは、JRAの元騎手・現調教師のことである。所属は東。

概要

1970年11月18日鳥取県西伯名和町にて4人兄妹長男として生まれる。

競馬サークルとは縁の庭ではあったが、長男だが小柄で運動神経の良かった一に対しが進路のひとつとして騎手になることを勧めたことがきっかけで騎手を志す。

中学卒業後に競馬学校へ進学し、1989年に第5期生として卒業東の渡辺栄厩舎に所属となった。同期には佐藤哲三田中山田小野次郎らがいた。

1989年3月4日阪神1Rでデビューし3着。初勝利は2週間後の3月18日 阪神8R。この年43勝を挙げ、最多勝利新人騎手として表される。以降も年間40~60勝と安定した成績を残す。

1990年エプソムカップをサマンサトウショウで勝利重賞初制覇。

1991年シスタートウショウ桜花賞を制しGⅠ初制覇。この年67勝を挙げ、更に翌年には57勝を挙げ、2年連続で優秀騎手賞を受賞。1993年には勝利数こそ前2年より少ない49勝だったもののフェアプレー賞を初受賞。

1994年にはノースフライトマイル制覇、フジキセキ朝日杯3歳ステークスを制覇しGⅠ3勝を挙げ飛躍。

更に翌年、ヒシアケボノスプリンターズステークスを制し当時の古馬単距離GⅠ全制覇を達成[1]。この頃、騎乗での勝利が多かったことから「角田」と呼ばれるようになり、1995年にはビワハイジ阪神3歳牝馬ステークスを制しその名に違わぬ結果を残す。

2001年にはジャングルポケット東京優駿を制覇しダービージョッキー仲間入りを果す。またこの年、ヒシミラクル騎手新馬戦から任され未勝利脱出にこそ時間は要したが、2002年には菊花賞2003年には天皇賞(春)宝塚記念GⅠ3勝を挙げている。

2004年、厩舎解散に伴いフリー騎手となる。その後は乗を減らし勝ちも減少したものの、2007年サマージョッキーシリーズ初代チャンピオンを獲得。

2010年2月調教師試験に合格し2月いっぱいで騎手引退を発表。

通算勝利数713勝、重賞38勝、GⅠ10勝。

2011年3月東にて厩舎開業。

2013年ファンタジーステークスベルカントが制し、調教師として重賞初制覇。

騎乗スタイル・エピソード

騎乗スタイルとしては、切れる脚を使うタイプより所謂ズブいタイプを得意としていた。

通算勝利数は1000勝に届かなかったものの、GⅠレースでは10勝と大一番に強さをみせた。

息子の「大和」「大河」は共にJRA騎手としてデビューしており、大和角田の厩舎に所属している。

GⅠ級勝利

天皇賞(春) ヒシミラクル2003年
桜花賞 シスタートウショウ1991年
東京優駿 ジャングルポケット2001年
安田記念 ノースフライト1994年
宝塚記念 ヒシミラクル2003年
スプリンターズステークス ヒシアケボノ1995年
菊花賞 ヒシミラクル2002年
マイルチャンピオンシップ ノースフライト1994年
朝日杯3歳ステークス フジキセキ1994年
阪神3歳牝馬ステークス ビワハイジ1995年

関連項目

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脚注

  1. *高松宮記念GⅠ昇格以前の記録
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