金本位制とは、経済学の言葉である。
金本位制は、以下の3つの意味を持つ言葉である。
金本位制を代表するのが金地金本位制である。金地金(きんじがね)とは金塊のことである。
金塊を一種の外国通貨と見なし、カレンシーボード制を採用しつつ金塊と自国通貨との名目為替レートを固定するのが金地金本位制である。ゆえに金地金本位制は、カレンシーボード制を採用する固定相場制の典型例である。
金地金本位制において自国通貨は兌換銀行券になる。兌換銀行券はいつでも好きなときに中央銀行から金塊を取り立てることのできる債権である。人々は兌換銀行券を支払って、つまり中央銀行に対する債権を譲渡して、財・サービスを受け取るようになった。
無制限通用力[1]を与えられた主力通貨を金塊でできた正貨と兌換銀行券とする。正貨とは素材価値と額面金額が同じ貴金属貨幣である。
ただし、正貨は重くて使いにくいので、実際に人々が主力通貨として使うのは軽くて使いやすい兌換銀行券ばかりであり、正貨や金塊は銀行の倉庫に眠ったままとなる。正貨が摩耗することもないので、合理的な制度として広く受け入れられた。
A国が金地金本位制を採用して自国通貨を兌換銀行券にする。このときA国通貨のことを金為替(きんかわせ)と呼ぶ。
そしてB国が不換銀行券を自国通貨として発行しつつ、カレンシーボード制を採用したり採用しなかったりして、A国通貨を対象とする固定相場制を採用する。B国通貨は不換銀行券の体裁を取りながらも兌換銀行券としての性質を持つようになる。このとき、「B国が金為替本位制を採用した」と表現される。
経済的規模が小さくて自国中央銀行が十分に金塊の準備高を確保できない場合、この金為替本位制を採用することになる。
金為替本位制は19世紀末のインドで初めて採用された。1945年から1971年までのブレトンウッズ体制も、アメリカ合衆国以外の国が金為替本位制を採用した制度と言える。
金塊でできた正貨(素材価値と額面金額が同じ貴金属貨幣)を主力通貨にすることを金貨本位制という。
金貨本位制では自由鋳造・自由融解を認める。自由鋳造・自由融解というのは、一般人が金塊や他国正貨を中央銀行に持ち込めば、中央銀行がそれと自国正貨を交換してくれるものである。中央銀行は受け取った金塊や他国正貨を倉庫に収め、必要に応じて鋳つぶし、自国正貨を鋳造する。
金貨本位制は、金塊そのものを一国の主力通貨にする制度である。
金塊でできた正貨は重くて持ち運びにくい。また正貨を日常生活に使っていると次第に摩耗して金塊の量が減っていき、国内にある金塊の量が減少して、国家が損をすることになる。つまり金貨本位制は優れた制度ではない。
歴史的に見ると金地金本位制と金貨本位制を併用する国が多かったが、実際には正貨を好んで使う人が少なく、金地金本位制こそが金本位制の代表格であった。
ちなみに、江戸時代の日本は小判(金貨)を通貨としていたが、この小判は名目貨幣であって正貨ではなかった。名目貨幣とは素材価値よりも大きい額面金額で通用する貨幣のことである。つまり江戸時代の日本は金貨本位制を採用していない。
金地金本位制は、カレンシーボード制を採用する固定相場制の典型例である。
カレンシーボード制を採用する固定相場制の長所と短所は、カレンシーボード制の記事の当該項目を参照のこと。
金地金本位制を採用して、自国通貨1単位と交換される金塊の量を決めたとしても、それが未来永劫守られるわけではなかった。
自国通貨1単位と交換される金塊の量を減らし、自国通貨を切り下げて、名目為替レートを上昇させた例がある。タテ軸名目為替レート・ヨコ軸実質GDPのマンデル=フレミングモデルでいうと、LM*曲線を右に平行移動させて名目為替レートを上昇させる行為である。そうなると同じ金塊準備高であっても多くの自国通貨を発行することができ、マネーサプライMを増加させることができる。
19世紀から20世紀初頭にかけて金本位制を導入していた諸国でもしばしば自国通貨と金塊の名目為替レートを変更していた。たとえば1930年代の世界恐慌のとき、デンマーク・フィンランド・ノルウェー・スウェーデン・イギリスは金地金本位制を維持しつつ、自国通貨1単位に対して支払う金塊の量を約50%も減らし、マネーサプライMを増やし、自国通貨を金塊に対して切り下げし、名目為替レートを上昇させた。こうした国は、短期において物価が硬直的なので実質為替レートが上昇し、純輸出が伸びた。その影響もあって、世界恐慌から速やかに経済回復した[2]。
その一方で1930年代の世界恐慌のとき、フランス・ドイツ・オランダ・イタリアは金地金本位制を維持しつつ、自国通貨1単位に対して支払う金塊の量を維持した。おかげで純輸出が伸びず、長期間の経済停滞に苦しんだ[3]。
2024年2月現在において市場で金塊1グラムが1万円程度の価格になっている。
このため2024年2月の日本が金地金本位制を採用するのなら、金塊1グラム=1万円程度の名目為替レートになるのが妥当と思われる。
金塊1グラム=1兆円という極端に高い名目為替レートで金地金本位制を採用することも可能であり、その名目為替レートでも一応は金地金本位制と言える。しかし、その名目為替レートでは誰一人として金塊と日本円を中央銀行の窓口で交換しようとしないので、実質的に金地金本位制から離脱している状態とされる。
金地金本位制というのは、カレンシーボード制を採用する固定相場制の典型例であり、国家の持つ通貨発行権を強く制限するものである。
軍事的危機や経済的危機に立ち向かうときの政府は通貨発行益(シニョレッジ)を得て大量の政府購入を行わねばならず、金地金本位制を維持することができない。第一次世界大戦や世界恐慌ですべての国が金地金本位制から離脱し、不換銀行券を発行するようになった。
1914年から1918年まで第一次世界大戦が続いたが、イギリスとフランスとドイツは1914年に金地金本位制から離脱し、アメリカ合衆国と日本は1917年に金地金本位制から離脱した。
1929年から世界恐慌が始まったが1931年にイギリスと日本が金地金本位制から離脱し、1933年にアメリカ合衆国が国民の金塊保有を禁止し、1937年にフランスが金地金本位制から離脱した。
第二次世界大戦を経て唯一の超大国となったアメリカ合衆国は、「自国国民に対しては金塊保有を禁止して米ドルと金塊の兌換を停止する、外国政府に対しては米ドルと金塊の兌換に応じる」という二面的な政策をとっていた。しかし1965年から始まったベトナム戦争でアメリカ合衆国政府は巨額の政府購入を強いられ、多くの米ドルを外国政府が持つ状況となり、このままでは多くの金塊を外国政府に兌換されるという状況となり、金地金本位制を維持するのが難しくなっていった。
1971年8月15日に、リチャード・ニクソン米大統領が「米ドルと金塊の交換を停止する」と発表し(ニクソン・ショック)、アメリカ合衆国が金地金本位制から完全に離脱することになった。
それから50年近く経った2024年現在において、金地金本位制を採用する国は世界のどこにも存在しない。
1914年から1918年までの第一次世界大戦と1939年から1945年までの第二次世界大戦において、欧州諸国から軍需物資の注文がアメリカ合衆国に殺到した。それに対し、工業大国のアメリカ合衆国は輸出を繰り返して欧州諸国から大量の金塊を獲得した。
1945年頃になると世界中の金塊がアメリカ合衆国のニューヨークやフォートノックスに集まっており、アメリカ合衆国が世界最大の金塊保有国となっていた。そして、金地金本位制を採用して兌換銀行券を発行できるほど金塊準備に恵まれた国はアメリカ合衆国だけになった。
そこで、1944年に締結され1945年に発効したブレトンウッズ体制で、アメリカ合衆国が金地金本位制を採用して米ドルを唯一の兌換銀行券として発行し、それ以外の各国は金為替本位制を採用して不換銀行券の自国通貨に兌換銀行券としての性質を持たせた。
以上の説明に従うと、「ブレトンウッズ体制は、アメリカ合衆国にとって金地金本位制であり、それ以外の国にとって金為替本位制であり、金本位制の典型である」となる。
1933年4月5日になるとフランクリン・ルーズベルト大統領が大統領令6102を発し、アメリカ合衆国国民が金塊を保有することを禁止した。
芸術家、宝石商、歯科医、看板製作者に対しては特例が認められ、5トロイオンス(160g)程度までの保有が認められた。しかしそれ以外での金塊保有が禁じられ、最大で懲役10年、最高で罰金1万ドルの罰則が設けられた。この当時の1万ドルは2020年の価値に換算すると20万ドル程度になるので、罰金1万ドルは非常に厳しい罰である。
このため、1933年4月5日以降のアメリカ合衆国国民は米ドルを銀行に持ち込んでも金塊に交換できなかった。米ドルを金塊に交換して所持した時点で警察の厄介になるからである。ゆえに1933年4月5日以降の米ドルはアメリカ合衆国国民にとって不換銀行券だった。
大統領令6102の後に大統領令6111と大統領令6260と大統領令6261が出され、さらに1934年1月30日に発効した金準備法でアメリカ合衆国国民の金塊保有が禁止された。大統領令というのは後任の大統領が独断で破棄できるものであるのに対し、法律というのは大統領の独断で破棄することが不可能である。このためフランクリン・ルーズベルト大統領が大統領の座を去った後も金塊保有禁止の体制が続いた。
アメリカ合衆国国民の金塊保有を禁止する体制は長々と続き、ジェラルド・R・フォード大統領時代の1974年12月31日に発効した法律でやっとアメリカ合衆国国民の金塊保有が認められるようになった。
ブレトンウッズ体制の最中は、アメリカ合衆国国民による米ドルの金塊への交換が禁じられており、アメリカ合衆国国民にとって米ドルは不換銀行券だった。
ブレトンウッズ体制の最中で、米ドルを兌換銀行券として扱うことができたのはアメリカ合衆国以外の国民だけだった。アメリカ合衆国以外の国の政府がFRBに対して米ドルを金塊に交換することを要求した程度であり、そうした例も少なかった。
このため、「ブレトンウッズ体制は不換銀行券の米ドルを基軸通貨にしてそれ以外の諸国が固定相場制を導入した制度であり、米ドル中心の複数固定相場制である」という論理が成立する。
掲示板
18 ななしのよっしん
2023/02/03(金) 12:10:23 ID: gdy3j3/EjX
連投失礼
カカオ貨幣を「皮肉」と書いたが致富機能への歯止めという意味では合理的と言えなくもないのか
シルビオ・ゲゼルの「スタンプ貨幣」みたいな
19 ななしのよっしん
2024/03/17(日) 09:38:37 ID: gdy3j3/EjX
>>11, >>14とも関連するが、
『経済学批判』の関連の論文で「金本位制と不換制は両立する」っていう考え方があって衝撃を受けた
20 ななしのよっしん
2024/05/14(火) 19:10:30 ID: IC/aXsehbr
ジンバブエが金本位制導入したが、早速躓いているらしい。
国民混乱「バスでケンカ」も ハイパーインフレで経済崩壊…ジンバブエ“新通貨”流通
https://
>ムナンガグワ大統領
>「経済を回復させ、若者の雇用を確保することで国民の貧困を減らしていく」
>ムナンガグワ大統領は経済政策を次々と打ち出し、2022年には金貨を法定通貨にする試みも行ってきた。
>今回の「ジンバブエ・ゴールド」も、こうした経済政策の一環なのだ。
>ジンバブエ中央銀行総裁
>「通貨が安定することで、日々の大きな価格変動が確実に起こらなくなります」
>しかし、国民からは長年の経済破綻状況から不安の声が上がっている。
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最終更新:2025/04/03(木) 16:00
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