銀河帝国正統政府とは、「銀河英雄伝説」に登場する架空の勢力である。
ゴールデンバウム朝銀河帝国末期に自由惑星同盟首都ハイネセンに存在した、反ラインハルト・フォン・ローエングラムを目的とする亡命政権。リップシュタット戦役で敗者となった帝国の旧体制派が、皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世を同盟に亡命させることで成立した。
ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯爵の主導のもと、フェザーン自治領と同盟を後ろ楯としていた。しかしその実態は、帝国ローエングラム独裁体制に同盟侵攻の口実を与えるためのフェザーンによる工作の産物を、それと知らぬまま無定見で楽観的な守旧派亡命貴族が支えるという構図にすぎず、成立から1年を待たずして帝国軍のハイネセン侵攻(バーラト星系攻略)により瓦解消滅した。
作中では、しばしば「“帝国正統政府”」などと引用符つきで表記される。
銀河帝国正統政府の首班たる役職は首相を称し、レムシャイド伯が就任した。本来の帝国政府の最高位である帝国宰相の称は用いられなかったが、レムシャイド伯は亡命政府樹立を計画するにあたり、自ら帝国宰相に任ずるのは帝都を離れた亡命政権としては僭越に思えると表明し、国務尚書(帝国末期には帝国宰相代理として閣議を主宰した)に就任して内閣を主導する予定としていた。
レムシャイド伯は首相に国務尚書を兼ね、その他の内閣はレムシャイド伯が忠誠心、能力、信頼性の観点から選んだ以下の閣僚によって構成された。なお、前皇帝フリードリヒ4世朝末期には存在した科学、典礼両尚書の存在は明らかでない(空席だったのか、もとより設置されなかったのかは不明)。
君主たる皇帝については、もともと凡庸な傀儡たることが求められる存在であり、しかもエルウィン・ヨーゼフ2世は7歳の幼少であって、なんらの実権を持たなかった。むしろ人格形成環境の不備による精神的荒廃がもたらした異常な粗暴性が忌避され、正統政府はせめて支援者の悪感情を招かないためにも幼帝を可能なかぎり人前に出さないこととし、精神安定剤を投与して強制的に眠らせておくという方策をとった。
後ろ楯となる同盟との協定交渉にあたりレムシャイド伯は、いずれ帝国への復帰が成った際に体制を皇帝専制から立憲政治へと移行させることを約定せざるをえなかった。合意においては、憲法の制定と議会の開設によって、帝国の政治的社会的な民主化を進めることが明示された。
帝国の立憲体制移行はレムシャイド伯をはじめとする旧体制派貴族の望むところではなかったが、ローエングラム独裁体制の打倒が成ったあかつきには、協約上その実施はやむをえぬものとみなされた。むろん彼らとしては、立憲体制の形式下で旧来の支配権と特権を回復し、失ったものを数倍にして奪回することを目していたが、結局は希望的観測にもとづく打算であるにすぎなかった。
正統政府の軍務尚書となったメルカッツ上級大将のもとには、エルウィン・ヨーゼフ2世の亡命に大功のあったアルフレット・フォン・ランズベルク伯爵が軍務次官として配された。成立時の正統政府はなんらの軍事力も持たなかったため、亡命者を集めて訓練し、同盟政府から資金や旧式軍艦の提供をうけて正統政府軍を新編する計画だった。
しかし、正統政府成立の数ヶ月後には帝国軍が同盟に侵攻し、ランテマリオ星域会戦後の時点で「帝国正統政府軍」の全兵力はメルカッツと彼の副官ベルンハルト・フォン・シュナイダーのほか20代から60歳前後まで年齢も不統一な兵士5名を数えるにすぎなかった。彼らはすべて、同盟軍最後の機動戦力となったイゼルローン要塞駐留艦隊(ヤン艦隊)に「不正規兵」として自発的に従軍している。
ことの発端は、帝国暦488年(宇宙暦797年)に生じた帝国の内戦、リップシュタット戦役である。戦役の結果、守旧的な門閥貴族連合と帝国宰相クラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵の双方が敗亡し、かわって帝国宰相と帝国軍最高司令官を兼摂するラインハルト・フォン・ローエングラム公爵が幼帝エルウィン・ヨーゼフ2世のもと全権を握る新体制、開明的なローエングラム独裁体制が成立する。
そこでフェザーン自治領主府は、ひそかに従来の勢力均衡策を捨て、このローエングラム独裁体制による全銀河の統一に手を貸すことを選んだ。つまり、リップシュタット戦役によりフェザーンに亡命した旧体制派の残党を用いて皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世を誘拐し、亡命政府として同盟に受け入れさせることで、帝国が同盟に侵攻する口実を与えようという謀略を計画したのである。
亡命政府の指導者に元フェザーン駐在帝国弁務官レムシャイド伯が擬され、幼帝誘拐にはリップシュタット戦役で貴族連合軍に属したランズベルク伯とレオポルド・シューマッハもと大佐が起用された。幼帝を扱いあぐねていたローエングラム公側もフェザーンの謀略を了解しており、幼帝の“救出”は488年7月初頭に実行され、同月中にレムシャイド伯一派とともに同盟ヨブ・トリューニヒト政権に受け入れられた。
同盟に到着したエルウィン・ヨーゼフ2世一行は、トリューニヒト最高評議会議長に直接命令されたドーソン大将により極秘裏に首都防衛司令部にかくまわれた。正統政府と同盟政府の交渉は難航したが、三週間以上を経た8月上旬、ついに合意が成立するに至る。本来相容れないはずの銀河帝国旧体制派と自由惑星同盟が手を組んだこの合意を指して、後世“宇宙暦七九八年のねじれた協定”と称する。
この“ねじれた協定”において、同盟は“銀河帝国正統政府”を承認し、正統政府の持つべき本来の諸権利を回復するため最大限に協力することとなった。協力を受ける“帝国正統政府”側は将来的に帝国を立憲政治へと移行させることに同意し、憲法制定と議会開設による政治的社会的な民主化の促進を約している。そして両国は、対等な外交関係を持ち、相互不可侵条約と通商条約を結び、あらたに恒久的な平和的秩序の建設に向け連携するものとされた。
両者の協力関係は、帝国暦489年(宇宙暦798年)8月20日にトリューニヒト議長により公表された。しかし直後、帝国はローエングラム公自ら全宇宙に向け行った演説において、開明的な現体制に反対し人民に開放された権利の強奪を目論む反動的旧体制派であるとして“正統政府”を非難するとともに、同盟をこれと野合した共犯者として糾弾し、爾後の交渉を拒否して両者に対する武力懲罰を宣言するに至る。事実上、これはローエングラム体制による同盟への宣戦布告であった。
同盟首都ハイネセンの元ホテル建築を用いた正統政府のビルは、幼帝へのロマンチックな騎士熱をはじめとした支援や参加を申し出る者たちで活況を呈したが、それはどことなく空疎なものだったという。同盟最高評議会では、正統政府を帝国に対する外交要件として用いる目論見があったが、帝国政府が予測を超えて苛烈な反応を示したことで政治的な先制攻撃を受けることとなった。
「宣戦布告」以来の帝国国内では、伝統的に門閥貴族専制を憎悪してきた平民階級において、門閥貴族の復権とローエングラム体制下で与えられた諸権利の喪失に対する危機感、および正統政府と手を組んだ同盟への敵愾心が急拡大した。同盟侵攻を唱える国家的潮流のなかで、皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世は廃立されて生後八ヶ月の女帝カザリン・ケートヘンにとって代えられ、帝国軍は同盟へ大挙侵攻する“神々の黄昏”作戦の準備を進め、帝国暦489年12月末、惑星フェザーンを奇襲占領するに至る(フェザーン侵攻)。
帝国軍の動きの速さは同盟全土を揺るがしたが、成立わずか数ヶ月の正統政府も大きな衝撃を受けた。戦力を欠く同盟にとっては最良でも休戦・講和を望みうるにすぎず、その条件として正統政府が犠牲とされることは明らかだった。正統政府の閣僚のほとんどはすでに亡命政府の存続よりも自己の保身を優先していたが、仇敵ローエングラム公に幼帝を差し出すには抵抗も不安もあり、かといって再起を期して幼帝とともに逃亡流浪を選ぶのも現実的でなく、いわば袋小路に陥ったのである。
この時点で正統政府の指導体制は事実上崩壊し、フェザーン占領直後となる帝国暦490年の新年早々に行われた閣議では、すでにシェッツラー財務尚書とヘルダー司法尚書が欠席し、ホージンガー宮内尚書は泥酔する状況にあった。数人で行われた討議は真剣だが無益なものにしかならず、翌日の閣議に至ってはレムシャイド伯のほかメルカッツ軍務尚書が出席しているのみだった。
帝国軍が同盟領への侵攻を始めたのち、最終決戦となったバーミリオン星域会戦本戦の直前、同盟最後の機動戦力を率いるヤン・ウェンリー元帥は旧知のメルカッツを顧問として招聘した。メルカッツはレムシャイド伯に挨拶のうえ、麾下の兵力6名を引き連れてこれに応えた。幼帝のため、ヤンに協力してローエングラム公の打倒に最後ののぞみをつなぐことを目的とした行動であった。
しかしバーミリオン星域会戦中、帝国軍ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将とオスカー・フォン・ロイエンタール上級大将の艦隊がハイネセンを攻撃し、同盟政府は停戦受け入れを決した(バーラト星系攻略)。当然、正統政府は帝国軍による追捕の対象となり、首相レムシャイド伯は私邸を包囲されて服毒自殺し、ここに銀河帝国正統政府は消滅した。
正統政府が推戴した幼帝エルウィン・ヨーゼフ2世は、彼を帝都オーディンから“救出”したランズベルク伯に連れられて姿を消し、帝国軍の捜索網から逃れた。しかしローエングラム公は幼帝の行方に関心を持たず、一応の捜索が命じられたのみで捨て置かれた。3年後に帝国官憲に逮捕されたシューマッハもと大佐が、エルウィン・ヨーゼフ2世はランズベルク伯のもとを逃亡して行方知れずとなったと証言したため、これに基づいて帝国政府の公式記録はエルウィン・ヨーゼフ2世の行く末を不詳のままとしている。
また、宇宙暦799年末、帝国の属国化した同盟からエル・ファシル星系が独立を宣言してヤン・ウェンリーを迎え入れた際、主席フランチェシク・ロムスキーがあらたな政府の名称として「自由惑星同盟正統政府」を真剣に提案したことがある。このとき、ダスティ・アッテンボローが「銀河帝国正統政府」の名を引いて不吉な「近来の悪例」があると主張したため、ロムスキーも納得して提案は取り下げられた。瓦解直後の当時、同盟国内で銀河帝国正統政府が与えられていた評価を示すものといえる。
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