長宗我部(ちょうそかべ、ちょうそがべ)とは、日本の苗字である。「長曾我部(長曽我部)」と互用する。
土佐国長岡郡宗我部郷の豪族、長宗我部氏が名乗ったのが始まり。長宗我部氏は渡来人系の秦河勝の子孫の秦氏、または蘇我氏の子孫と諸説あるが、詳細は不詳である。
元々は郷名から「宗我部」と称していた。ところが、近隣の香美郡宗我部郷を本拠とする豪族も「宗我部」を称したことから、区別するために郡名の「長岡」の長と宗我部を合わせ「長宗我部」を名乗ったと言われる。
長宗我部氏はその後、長宗我部元親の代に土佐、そして四国を統一する大名となった。
長宗我部氏直系はその後関ケ原の合戦で西軍に属し敗れ、大坂の陣で豊臣方につき、これにも敗れ滅んだ。しかし元親の弟、親益が島姓を称し残り、明治維新後に長宗我部姓に復姓している。
現在、長宗我部姓は高知県に数軒存在している。文字を変えた長曾我部姓は宮崎県に、長曽我部姓は愛媛県に集中する苗字となっている。
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最終更新:2025/04/02(水) 01:00
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