長谷川貴彦とは、
本記事では、1.について解説する。
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1975年生まれ。株式会社そろはむ代表取締役。日本人で初めてのナショナルヨーヨーマスター。
1997年頃から、輸入会社・(株)ディップスの社員として、スピンタスティクス社のターミネーターブランドのヨーヨーを販売していた。ターミネーターがJYYA(日本ヨーヨー協会)公認ヨーヨーであった関係で、ハイパーヨーヨー関連書籍にも名前が載っている。
1998年頃、JYYA理事に就任する。
2000年頃に第1期ハイパーヨーヨーの展開が終了すると、国内ヨーヨー大会を引き継ぐためにUTYJ(日本ヨーヨーチーム連合)を発足。この頃から、ヨーヨー界の顔役として役割も担っていく。
その後業務が承継されたJYCC(日本ヨーヨーコンテスト委員会)にもジャッジやMCとして参加しているが、さらに承継されたJYYF(日本ヨーヨー連盟)には運営としては参加していない。
2003年から再展開された第2期ハイパーヨーヨーでは、ヨーヨーマスターTakaとしてメインプロモーターを務める。
同年、(株)ディップスのヨーヨー部門として、ネットショップ「スピンギア」の展開がスタート。同店長を務める。
スピンギアは後に独立し、長谷川が代表を務める(株)そろはむに移管された。
ヨーヨープレイヤーとしては、ハイパーヨーヨー期には「チーム・オフストリング」のリーダーとして、オフストリングのチームプレイで世界1位となる(但し、当時のチーム部門は世界タイトルにカウントされない)。
また、オフストリングで同時に2個ヨーヨーを扱う技「ソロハム」の考案者である。
X部門および4A部門での優勝経験はないが、プロモーターとしての経験からAP部門で好成績を残しており、2002,2005,2011年世界チャンピオンとなった。
また、ヨーヨーのMODS(改造)にも造詣が深く、世界大会のMODS部門で何度も優勝している。
その実力はスピンギアでも発揮されており、スピンギア独自ブランドの開発を手がけるほか、独楽やハンドスピナーなどのスキルトイのプロデュースにも役立てている。
2017年にはハンドスピナー流行の仕掛け人となり、その後1年にわたるハンドスピナーブームを牽引した。「ハンドスピナーの専門家」としてテレビに出演する機会も多かった。
一方、ヨーヨーがそうであったように、このブームを「いつかは終わる、一時的なもの」と捉えており、当初から「ブームを穏やかに収束させ、終わった後も続けられるようにする」道を模索していた。
2017年12月現在、ハンドスピナーは依然取り扱っており売れてはいるが、2017年11月頃を最後に新商品の開発・入荷は停止している。
スキルトイ全般において幅広い知識を有するが、特に独楽・けん玉に強い。
スピントップについては、流通・プレイ共に国内随一である。日本で数少ないプレイヤーの一人であり、流通もスピンギアが国内でほぼ唯一の販売窓口となっている。
もともとスピンタスティクス時代から取り扱っていた商品だが、現在ではさらに視野を広げ、日本の和独楽や肥後ちょんかけ独楽などの多彩な独楽を扱うようになっている。
近年ではプレイヤーとしても結果を残しており、2016年のワールドスピントップコンテスト(ワールドヨーヨーコンテストと併催)では、肥後ちょん掛け独楽と和独楽で出場し、3位を獲得している。
けん玉は2010年代になってから本格的に取り扱いだした商品であり、同時期のけん玉ブームもあってスピンギア第2の柱となっている。本人の実力は中堅クラス。
ディアボロは、スピンタスティクス時代からの名残で、現在でもヨーヨーショップにしては取り扱い数が多い方である。しかし専門のジャグリングショップに及ばず、また本人がプレイする機会もあまりない。
( )書きは、タイトルとして認められない部門。
▲は旧所属。
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最終更新:2025/04/04(金) 00:00
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