関孝和(せき たかかず / こうわ、1642?~1708)とは、江戸時代前期の数学者である。
江戸時代に発達した日本独自の数学・和算の大家として知られる。
数学や物理学の教科書を見てると、出てくる人の名前はほぼすべてがカタカナ人名である。つまりヨーロッパの人である。ニュートン、リーマン、ガウス、フーリエ・・・などなど。彼らはおおよそ1600~1800年までの人物であり、歴史の教科書を見てみると当時の日本はどちらがたくさん酒を飲めるかという勝負で死人が出まくったり、空前のアイドルブームだったり、当時のヨーロッパと比べて享楽的に生きているように見える。
しかし、当時の日本人もきちんと学問的探究を行っており、その中でもとりわけ有名なのが関孝和である。
正直言って関孝和の業績は尋常ではない。ニュートン、ライプニッツといったヨーロッパの知の精鋭たちが微分法に辿りついたのとほぼ同時期に関孝和も同じような着想を得ている。また、ベルヌーイ数という数学、物理学でちょくちょく出てくる性質の数も名前になっているベルヌーイより早く発見している。
また、関数の級数展開により円周率の近似値を得るなどの試みも行なっていたようである。
ひょっとしたらこの人最強なんじゃね?
インターネットも国際学会もなかった時代であったため、当時のメインストリームであるヨーロッパからは注目されることもなく、テレビでたまに「昔、関孝和っていうすごい数学者が居たんですよー」と紹介されるに留まるが、この時代の学問的蓄積が後の日本に与えた影響は決して少なくない。
掲示板
33 ななしのよっしん
2017/04/25(火) 21:07:30 ID: e+ybinxV1e
最近の和算の過大評価って誰が始めたんだろうねぇ
やっぱ藤原正彦あたりか?
34 ななしのよっしん
2017/07/26(水) 14:04:37 ID: yLuF1nZ1Wr
一体どこが?
過大評価って言いたいだけでは
35 ななしのよっしん
2019/09/24(火) 22:20:40 ID: m9IgPdTJCR
>>34
ここ十数年は"かつてすごい日本人がいた"と"日本人は総じて優れた民族"とをイコールで結べると思い込んでいる人が多いから、関孝和の評価そのものに過敏になるのもまあ仕方ない。
この記事だと、関孝和が歴史の陰に隠れてしまいがちな理由を単にヨーロッパの学会との繋がりが無かったからとしか記述されてないので、過去レスでも触れられている和算の欠点・文化的側面についての記述もあればいんじゃねーの?
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最終更新:2024/04/24(水) 16:00
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