零売(れいばい)とは、
上記の1.が元来の意味である。
しかし2019年現在の日本においては、ほとんど上記2.あるいは3.を指す医薬品業界用語としてしか使われなくなっている。そのため、薬剤師や薬局経営者、医薬品関連の行政に関わる公務員など、限られた職種の人間以外はあまり耳にしない言葉となった。
「零」は「ゼロ」を意味する漢字として認識している人が多いと思われるが、「小さい」「少ない」「わずか」と言った意味もある。「零細企業」と言った用法が好例ではないだろうか。
よって「零売」という二文字熟語は「少数や少量に小分けして売ること」すなわち、「量り売り、小分け売り」や「小売り」(卸売りではない)といった意味になる。
そして元々は医薬品に限定した言葉などではなかった。例えば『日本石油百年史』という書籍では、石油を販売する小売店を「零売所」と記している。
なお、この『日本石油百年史』は1988年に出版されたものだが、上記の一節は1947年に石油配給公団に指定販売業者として登録が認められた業者の内訳を記載した部分であり、出版年よりさらに40年程遡った時代の名称を反映したものである。
この他、神戸大学附属図書館 デジタルアーカイブの「新聞記事文庫」で「零売」を検索すれば、1915年から1942年にかけて15件の新聞での使用例がヒットし(2019年1月16日現在)、それぞれ「雑貨」[2]「酒類」[3]「阿片」[4]などの「零売」(旧字体で「零賣」)について記載された記事である。このことからも、「零売」と言う言葉が医薬品に限定されたりはしていなかったことがわかる。ただし「零賣(量り賣)」といったふうにわざわざ「量り売りのことである」と括弧での説明的注釈をつけている記事もあり、当時であってもさほど一般的な言葉というわけでも無かったと推測できる。
ではなぜ、現在の日本では「医薬品を小分けして販売すること」に限定した言葉になってしまっているのか?
推測交じりになるが、おそらく明治時代に制定された法律「薬品営業並薬品取扱規則」の条文内に、医薬品の小分けを指す言葉として「零売」の単語が使用されていた事[5]が影響している。
この「薬品営業並薬品取扱規則」は1889年(明治22年)に制定され、1943年(昭和18年)に後継の「薬事法(現在は薬機法)」が制定されるまでの半世紀以上、日本の医薬品に関する法として機能していた。そして零売を規制する内容がその中で規定されていた。
その間ずっと、「医薬品を小分け販売してよいのか?法的にはいかがか?」という問題を考慮する必要が生じた際に、医薬品関連の職業に就いている者はこの法律を参照したと思われる。そのため一般社会で「零売」という言葉が廃れて使われなくなった後も、その業界内でのみ「零売」の用語が生存したのではないだろうか。
ちなみに、1960年(昭和35年)薬事法の改正について審議した際の、以下の参議院の議事録内容も参考になる。
三十七条は、これは表現の方法は多少違いますが、従来と大体同趣旨でございます。三十七条の第二項は、いわゆる零売の禁止でございますが、これは新しい規定でございますけれども、現行法の前まではずっとあった規定でございまして、現在脱落をしておった規定でございます。(「零売というのは何」と呼ぶ者あり)分割で、封を開きまして一粒、あるいは二粒の分割をして販売をするのを薬の世界では零売と称しておりますが、ここでは分割販売というふうな言葉で表現をいたしております。[6]
「零売についての規定が現行法の前まではずっとあったが、現在脱落していた」ことが語られている。また、ここで「零売というのは何」という質問の声が挙がり、そこで「薬の世界では零売と称しております」と回答されていることから、この時点で既に「零売」と言う言葉が医薬品分野でしか使わない言葉になっていたことがわかる。
だが、近年では「零売」と言う言葉は、「単に医薬品を小分けして販売すること」を指す言葉と言うよりも特に「医療用医薬品(いわゆる「病院の薬」)のうち、処方箋医薬品以外のものを、医師からの処方箋無しに消費者に販売すること」を指す言葉になりつつある。
このように意味が若干変質した理由は不詳だが、「医療用医薬品を処方箋を元に処方・販売する」ということは通常業務であり殊更何らかの用語を使うほどの事柄ではないが、「医療用医薬品を処方箋無しに販売する」事はやや特殊なことであるために「零売」という特定の用語で区別する必要があったからかもしれない。というのは、たとえ処方箋医薬品以外であっても、医療用医薬品は本来ならば医師の処方箋に基づく薬剤の交付が基本であるため、「処方箋無しに消費者に販売する」というこの行為は医師会の大反発により推奨されてはおらず、大半の薬局では避けているためだ。ちなみに薬剤師による零売は法律上の規制はないため、違法行為ではない。
ただし「やむを得ず販売を行わざるを得ない場合などにおいては」との前置きの上でではあるが、零売を行う際に厳守すべき留意点を示した厚生労働省通知が2005年(平成17年)[7]や2014年(平成26年)[8]に新しく出されている。
これらの厚生労働省通知の文章は「これらの留意点を厳守した上でなら行っても構わないのだな」とも解釈できるため、この通知をもって「(ルール遵守は前提として)堂々と零売が解禁された」とした上で、積極的に医療用医薬品を処方箋無しに販売している薬局も一部に存在している(2021年7月現在)。
さらに、零売を行う薬局の大規模チェーン展開を開始している企業もあり[9][10]、今後零売薬局は更に数を増やしていくものと予想される。
零売においては、医師の処方箋を介さないという特性から薬剤師の担う責任は必然的に重くなる。だが上記の大規模チェーン展開を開始している企業の社長がインタビューで語ったことによれば、「薬剤師価値の最大化」「やりがいのある仕事」であるとしてこの責任の重さについてはむしろ肯定的に捉える薬剤師がおり、薬剤師不足が叫ばれる時代においてもむしろ人材の確保には苦労していないとのことである。[11]
今後こういった零売薬局に対して、安全性重視の観点から規制されるのか、あるいは近年推し進められている「セルフメディケーション」の観点からむしろ規制緩和の方向へ向かうのか、今後の行く末が注目される。
参考までに、「同地域内の薬局同士や経営母体が同じ薬局同士で、少量の医薬品が不足した際に有料譲渡の形で融通しあうこと」ことを指して「零売」という言葉が使われることもまだある。よって、完全に「処方箋無しに消費者に販売すること」のみに限定された用法に成り果てたわけではない。
日本では上記のようにほとんど「医薬品に関する業界用語」としてしか生き残っていないわけであるが、中国語では現在でも「小売り」の意味で広く使われている。
台湾・香港・マカオで使われる繁体字では「零賣」と表記し、中華人民共和国の大半地域で使われる簡体字では「零卖」と表記する。発音はどちらも「リンマイ」である。
掲示板
1 ななしのよっしん
2019/01/17(木) 00:43:26 ID: 0ABaAes98+
作成乙です。
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最終更新:2024/04/19(金) 14:00
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