高木彬光 単語

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高木彬光(たかぎ あきみつ)とは、日本推理小説

明智小五郎江戸川乱歩)・金田一耕助横溝正史)と並ぶ日本三大名探偵ひとり神津恭介の生みのただし、今では影が薄い

概要

1920年青森県青森市生まれ。本名「高木一」。方言詩人高木恭造(その命日が「津軽弁の日」になった人)の甥にあたる。京都帝国大学卒業後、戦中は中島飛行機で技師を務めていた。私生児として生まれ、実家破産し離散してしまったため、地元の青森にはほとんど思い入れがなかったらしい。

終戦後、易者から中里介山に相が似ているので小説を書きなさい」というアドバイスを受け、終戦直後で満足に手に入らない中、わら半を使って『刺青殺人事件』を執筆。江戸川乱歩に送ったところ絶賛され、1948年に出版されてデビューを果たす[1]。『刺青殺人事件』の初刊本は名の新人の作品としては異例の三万部を売り上げ、日本ミステリー史上に残る傑作として高く評価され、戦後の本格探偵小説の旗手となった。このあまりにも出来すぎたデビュー経緯のため、本人も占いに非常に凝り、占いに関する著書を何冊も出している。

1951年、第2作『能面殺人事件』で第3回探偵作家クラブ賞現在日本推理作家協会賞)を受賞。以降、デビュー作『刺青殺人事件』に登場したスーパー天才にしてハイパーウルトライケメンというチート名探偵神津恭介と、神津に心酔するワトソン役の松下研三メインキャラクターとして、『刺青』に並ぶ名作と名高い『人形はなぜ殺される』や、日本の歴史ミステリーの走りである『成吉思汗秘密』といった作品を次々と発表した。江戸川乱歩からは、山田風太郎島田一男・香山滋・大坪男とともに「戦後五人男」と呼ばれたとか。

1960年代、松本清張の台頭による社会ミステリーブームが起こると、名探偵神津を一旦引っ込めて、一郎弁護士霧島三郎検事検事などのリアル寄りの探偵キャラクターを作って社会ミステリー路線にも上手く対応した。日本初のほぼ全編が裁判シーンという法廷ミステリ『破裁判』、誘拐ミステリの先駆けである『誘拐』など、これらの路線でもエポックメイキングな作品をいくつも発表している。特にクラブ事件を題材にしたピカレスクロマン『の死』は、高木彬光の社会路線の代表作であり、日本のピカレスクロマンを代表する作品のひとつ。

1970年代に入って社会が勢いを失うとかつての本格路線へ戻りはじめ、バロネス・オルツィの「隅の老人」をパロった「野隴人(すみの・ろうじん)」なるキャラクターを登場させ(最終作ではその意外な(?)正体が判明する)、『大東京怪談』では本格・変格ならぬ「破格探偵小説」を名乗ったりした。また神津も本格的に復活し、歴史ミステリーの『邪馬台国秘密』がベストセラーになったことなどで、長者番付の作家部門でベスト10入りするなど大衆的にも大人気作家と呼べるまでになる。

しかし70年代末に脳梗塞に倒れる。どうにか生還したものの後遺症に悩まされ、1988年の『仮面よ、さらば』で作家引退を宣言。その後、90年代に入っても神津恭介の新作3作を書いた(が、代作という噂もある)。1995年逝去。74歳

自身の要作以外では、坂口安吾未完探偵小説『復員殺人事件』exitリンク先は青空文庫)を『のごときもの歩く』として完結させたりしている[2]。また、初期から探偵小説と並行して時代小説も書いており、結構な作品数があるのだが、ほとんど語られることもなく、読んでいる人自体たぶん相当少ない。ほか、デビュー直後の頃にはジュヴナイルを書いたり子供向けの翻訳などもしている(H・G・ウェルズ『宇宙戦争』を子供向けに翻訳したりとか。ジュヴナイルにも『死神博士』など神津が登場する作品がいくつかある)。さらには『連合艦隊ついに勝つ』という架空戦記まであるが、1971年の発表であり後の架空戦記ブームよりもかなり古く、むしろ架空戦記の走りと言うべきかもしれない。

本人はゴリゴリミステリマニアで、作品内には古典翻訳ミステリ名作ネタバレが断りなしに出てくることが結構あるので(特に『能面殺人事件』)、翻訳古典ミステリを今後読む気がある人は注意。

山田風太郎は生涯の友人で、山風エッセイにもちょくちょく登場する(山風によると、高木いびきが殺人的にうるさかったそうな)。『悪霊の群』という合作長編があるほか、2人での海外旅行日記後に『さん、高木さんの痛快ヨーロッパ紀行』として書籍化されていたりする。

評価

前述の通り、神津恭介日本ミステリーを代表する名探偵として、かつては明智小五郎金田一耕助と並び称された。しかし明智金田一現在も高い知名度を誇るのにべると、神津現在ではいささか影が薄いと言わざるを得ず、この3人を並べた「日本三大名探偵」もほぼ死語である。

高木彬光自身も、かつては日本の本格探偵小説作家として江戸川乱歩横溝正史の次ぐらいに名前が挙がる存在であり、鮎川哲也土屋隆夫とともに「本格の時代」に本格のを保ち続けた巨匠として知られた。しかし現在は、乱歩・横溝名前に高木彬光を並べる人はほぼいないだろう。同時代デビュー作家たちの中でも、土屋隆夫のようにほぼ全に忘れ去られたわけでこそないものの、鮎川哲也のように後進の育成に多大な貢献をしたとして尊敬されるわけでもなければ、山田風太郎のように熱ファンに熱く語り継がれるわけでもなく、香山滋や大坪男のようにマニアック作家としてひっそり支持される位置づけでもない……というなんとも中途半端な存在感になってしまっている感は否めない。

長編では『刺青殺人事件』『人形はなぜ殺される』『の死』『成吉思汗秘密』、短編では「妖婦の宿」「なき女」といった代表作は現在も知られ読まれているものの、作家としての全体像はあまり把握されていないし、探偵小説好きでも高木彬光を強く推そう、その全体像を把握しようという熱心なファンはほとんどいないのではないだろうか。同時代デビュー探偵小説家の中でもかなりの多作であり(少なくとも150冊以上の単著がある)、ミステリ以外の作品も多いため、後世からは全体像がよくわからなくなるのは多作作家の宿命かもしれない。しかし新本格以前の探偵小説を熱心に読むようなマニアにとっては名前があまりにもメジャーすぎ、普通読者にとってはとっくに過去の人という、評価のエアポケットに落ちこんでしまっている節がなくもない。

上記の代表作のような今でも知られている要作品はだいたい光文社文庫で読めるので、まずはそこから手を出すのをオススメしたい。

主な作品

太字2024年1月現在、新品で入手できるもの。◇は神津恭介シリーズ一郎弁護士シリーズは近シリーズ、◎は霧島三郎シリーズ、◆は野隴人シリーズ

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関連項目

脚注

  1. *ちなみに今現在刺青殺人事件』として読み継がれているのは1953年に大幅加筆したバージョンで、乱歩に送った初稿版の倍近い分量になっている。初稿版は2002年扶桑社文庫の「昭和ミステリ秘宝」シリーズの1冊として文庫が出ており、現在は新品では入手できないものの、古書で探せば見つかるはず。
  2. *なお安は『刺青殺人事件』をケチョンチョンにけなし、絶賛した乱歩まで返すでバッサリやっている。「『刺青殺人事件』を評す」exit青空文庫)を参照(ネタバレ注意)。
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