I号戦車とは、ドイツが第一次世界大戦の後に開発・生産した軽戦車である。
概要
敗戦によるヴェルサイユ条約によってドイツは戦車の製造および保有を禁止されてしまったが、その中でも秘密裏に戦車の開発が行われた。試作車両にはそれぞれ「重トラクター」および「軽トラクター」の秘匿名称が与えられ、当時はまだ友好関係にあったソ連にあるカザンの秘密実験場にて各種試験が行われ、戦車製造のノウハウを培ってきた。しかし諜報や地理における点を考慮し、なんとしても自国で独自開発や生産を行う必要があった。
この中で、I号戦車は「来る新型戦車の開発および配備が終わるまで、それに乗りうる乗員の訓練用として安価かつ速やかに用意できる車両」という名目のもと、開発がスタートした。1932年、クルップ社はイギリスのヴィッカース・アームストロング社よりカーデン・ロイド豆戦車の武装をはずした「カーデン・ロイド牽引車」3両を購入し、同年5月にはこれを参考にした試作車台を完成させた。同年7月に走行試験が行われ、その結果に満足したドイツ兵器局は「農業用トラクター（Landwirtschaftlicher Schlepper、略称LaS）」の秘匿名称を与え生産発注を行った。
生産は開発を担当したクルップの他に、技術習得のためグルゾン、MAN、ヘンシェル、ダイムラー・ベンツ、ラインメタルでも行われ、クルップで135両、他5社が各3両ずつの合計150両が完成した。完成したこれらの車両には「クルップ・トラクター」の名前が与えられ、1934年の春に早速訓練に使用された。
続いて戦闘室や砲塔などの上部構造をもつ戦車型の生産が開始され、再軍備宣言の一年後である1936年4月に採用、Sd.Kfz.101の特殊車両番号とPanzerkampfwagen I Ausf.A（I号戦車A型）の制式名称が与えられた。
実戦
先述したとおり本車は乗員の訓練や戦車生産技術を養うことを主目的としたものであったが、まもなく実戦にも投入されるようになる。
まず評価テストを兼ねて1936年より100両がスペイン内戦に投入されたが、相手側のT-26軽戦車やBT-5快速戦車といった砲装備の戦車および対戦車砲には太刀打ちできなかった。
しかしその後もポーランド戦、フランス戦、北アフリカ戦線、そして東部戦線とあらゆる主戦場にその姿を見せ、損害を被りつつもIII号戦車やIV号戦車が十分に行き渡るまで戦い続けた。その後も本来の用途である訓練や占領地の警備に使用され続けた。
本車は当時ドイツと中華民国の間で結ばれていた「中独合作」の一環として輸出も行われており、15両のA型が日中戦争の南京防衛戦において日本軍と戦った。
この戦闘で捕獲された車体は現地でそのまま使用されただけでなく、「クルップ軽戦車」または「独国一号戦車」の名称で陸軍技術本部に送られて分析が行われた。その後は靖国神社にて展示されたが、この時はドイツとの関係を考慮して「ソ連製の鹵獲戦車」と紹介されたという。
影響
確かに実戦では軽装甲で機銃しか装備を持たない本車は大きな犠牲を払うこととなってしまったが、これは早まった開戦という想定外の事態に直面し出撃せざるを得なかったためであり、本車の真の価値はそれ以外の点にある。
まず、訓練用に開発された本車は受信専用ながらすべての車両に無線機を搭載し、他車との連携による戦車の集団運用を可能とし大戦初頭の電撃戦を成功に導いた。
次に、実戦使用が厳しいことが明らかになったことでこれら既存の車体を生かした各種自走砲を開発し運用するという、以後のドイツ軍自走砲製作のルーツにもなった。
そして何よりも、本車の成功が後のティーガーやパンター、果てはEシリーズやマウスといった他国にはない戦車への飛躍的な進化につながった。まさに「I号戦車なくしてドイツ戦車は存在せず」といっても過言ではないだろう。
バリエーション
I号戦車C型以降に「VK.○○.○○」とあるが、これは試作番号であり、最初の2桁または1桁の数字が計画当初の戦車のトン数、次の2桁の数字が序列を表す。例えば「VK.6.01」なら「6トン級の1番目の試作車両」という意味になる。
- Panzerkampfwagen I Ausf.A（I号戦車A型）
- 一番最初の型。このうち「クルップ・トラクター」は「上部構造物除去のI号戦車A型」と分類された。
- 1934年7月から1936年6月にかけてクルップを除く5社で818両が完成した。
- Panzerkampfwagen I Ausf.B（I号戦車B型）
- A型の改良型で、エンジンをより出力の高いものとなり最高速度が40km/hに向上した。これに伴い機関室が400mmほど延長され転輪が4組から5組になり、誘導輪も接地していたものを上方に移動させた。その他の仕様に関してはA型と同様である。
- 1935年8月から1937年6月の間にかけてA型の時と同じ会社で675両が生産された。
- Panzerkampfwagen I Ausf.C『VK.6.01』（I号戦車C型）
- 先述した2車種とは全く設計を異とする、装甲強化と速度向上に主眼を置き偵察に特化させた試作車両。
- 装甲が最大で30mmと大きく強化されているが、強力なエンジンと挟み込み式の3重転輪（オーバーラップ方式）そして頑丈なサスペンションを備え路上速度は78km/hに達した。
- もうひとつの特徴として武装に「7.92mm EW141半自動対戦車銃」の搭載が挙げられる。EW141とは「Einbauwaffe（アインバウヴァッフェ、「据付武器」の意）141型」の略称である。
- この銃はマウザー社が開発したもので、車体のサイズに制限のある本車向けに採用された。初速は1170m/s、距離300mで30mmの装甲を貫通する威力を持つ。銃身の部分には円筒状の覆いがつけられており、このため20ミリ機関砲を装備しているようにも見える。上面から見て左側に搭載され、右側には7.92mm MG34機銃を搭載した。
- もとは装備が限定される空挺部隊向けに開発され1942年7月から12月にかけて40両が生産されたが、当時には既に空挺作戦の予定はなく相手国の戦車の装甲も大幅に高まっていたため一線級装備とはならず、少数が試験的に実戦に参加した後は訓練用または予備軍に回された。
- Panzerkampfwagen I Ausf.F『VK.18.01』（I号戦車F型）
- 重装甲の試作車両。これも上記3車種とは設計は異なるが、足回りの構造はC型に近い。
- 装甲は最大80mmと当時のドイツ軍が装備していたあらゆる戦車よりも装甲が厚く、重量もIV号戦車を上回る21tとなり最高速度は25km/hとなった。武装は7.92mm MG34機銃2挺となっている。
- マジノ要塞線からの砲撃の囮として開発されたタイプであり30輌が生産されたが、生産時期が1942年4月から同年12月であったため肝心のフランス戦には間に合わなかった。これ以降は半数が東部戦線に送られ残りは訓練用となった。
スペック一覧
| I号戦車 | A型 | B型 | C型 | F型 |
|---|
| 全長 |
4.02m |
4.42m |
4.19m |
4.38m |
| 全幅 |
2.06m |
1.92m |
2.64m |
| 全高 |
1.72m |
1.94m |
2.05m |
| 重量 |
5.4t |
6.0t |
8.0t |
21.0t |
| 乗員 |
2名(車長兼銃手、操縦手) |
| 最高速度 |
37km/h |
40km/h |
79km/h |
25km/h |
| 航続距離 |
整地:145km
不整地:100km |
整地:140km
不整地:115km |
整地:300km |
整地:150km |
| 武装 |
7.92mm MG13k機銃×2
(MG13の車載用短銃身タイプ) |
7.92mm EW141対戦車銃×1
7.92mm MG34機銃×1 |
7.92mm MG34機銃×2 |
| 携行弾数 |
1525発(25発入り弾倉×61) |
EW141:94発
MG34:2100発(50発入り弾倉×42) |
不明 |
| 装甲圧 |
6～13mm |
5～30mm |
25～80mm |
派生型
A型系列
- 2cm Breda(i) auf Panzerkampfwagen I Ausf.A（ブレダ20mm高射機関砲搭載I号戦車A型）
- A型の砲塔を延長しイタリア製の20mmブレダM35高射機関砲を搭載したもの。スペイン内戦において対戦車戦闘能力を持たないI号戦車の損害が目立ったために急遽作られ、軽装甲の車両に対し十分威力を発揮した。
- 現地で応急に改造されたものであるため具体的な生産数は明らかになっておらず、本車の資料自体も少ない。
- 2cm FlaK 38 auf Panzerkampfwagen I Ausf.A（20mm高射機関砲38型搭載I号戦車A型）
- A型の砲塔及び上部構造物を撤去し2cm FlaK 38を搭載した対空戦車。詳細は「2cm FlaK」を参照。
- Munitionsschlepper auf Panzerkampfwagen I Ausf.A（I号戦車A型弾薬運搬車）
- A型の砲塔を撤去し大型のハッチを取り付けた弾薬運搬車。Sd.Kfz.111の特殊車両番号が与えられた。
- 本車は既存車両からの改造車両ではなく、当初から戦車部隊の弾薬補給を目的とした新造車両である。
- 大戦初期から中期にかけて生産されたが、生産数は不明。
- Brückenleger I（I号架橋戦車）
- A型の砲塔及び上部構造物を撤去して突撃橋を搭載した架橋戦車。
- 足回りに問題があり実戦に不向きな車両となってしまったため、これ以降はII号戦車ベースのものに発展した。
- 生産時期及び生産数は不明。
- 3.7cm PaK 36 auf Panzerkampfwagen I Ausf.A（37mm対戦車砲36型搭載I号戦車A型）
- A型の砲塔を撤去し3.7cm PaK 36を搭載した対戦車自走砲。防盾は新規設計されている。
- 生産時期及び生産数は不明。
B型系列
- 4.7cm PaK(t) auf Panzerkampfwagen I Ausf.B（47mm対戦車砲搭載I号戦車B型）
- B型の砲塔及び上部構造物を撤去しチェコから捕獲した4.7cm PaK(t)（チェコ名47mm kanon P.U.V. vz.36）を搭載した対戦車自走砲。略称は「Panzerjager I（I号対戦車自走砲）」。
- 搭載した対戦車砲は当時のドイツ製3.7cm PaK 36の火力を大きく上回り、より強い自国産の5cm KwK 38（50mm戦車砲38型）を装備したIII号戦車G型が配備されるまでポーランド戦以降の全ての戦線で使用され、貴重な対戦車戦力として重宝された。
- 1940年5月までに前期型が132両、後期型が70両の合計202両がスコダ社で生産された。
- 7.5cm StuK 40 L/48 auf Panzerkampfwagen I Ausf.B（75mm突撃砲40型搭載I号戦車B型）
- B型の砲塔及び上部構造物を撤去しIII号突撃砲用の7.5cm StuK 40を搭載した対戦車自走砲。車体に対して砲が非常に大きい不釣り合いな外見でドイツ自走高射砲のように砲周辺が防盾を除いてむき出しとなっている、いかにも急造した車両といった感じがよくわかる車両である。
- ベルリン戦で現地改造されたが生産数は不明。
- 15cm sIG 33 auf Panzerkampfwagen I Ausf.B（150mm重歩兵砲33型搭載I号戦車B型）
- B型の砲塔及び上部構造物を撤去し15cm sIG 33を搭載したもの。通称「Bison（ビゾン、野牛の意）」。
- 15cm sIG 33は歩兵と共に行動し直接火力支援を行う「歩兵砲」と呼ばれる種類の兵器であり、歩兵が持つ火器としては破壊力が抜群だった。しかし重量が大きく運用に難があったため早い段階で自走化が計画された。
- 早期の実用化を目指したため他の自走砲とは違い専用の砲架を作ることなく、防盾どころか車輪も外さずにまるごと搭載した。このためそれを覆う装甲板は大型化し、全高が2.8mの車体に対しかなり背高な容姿となった。
- フランス戦より実戦投入、他の牽引火砲とは異なり機動力を持ち電撃戦に順応できたため純粋に自走化した意義は大きかった。しかしながら生産総数は1940年2月に製作した38両のみと少なかった。
共通系列
- Panzerbefehlswagen I（I号指揮戦車）
- A型及びB型の砲塔及び上部構造物を撤去して箱型の上部構造物を載せた指揮戦車。Sd.Kfz.265の特殊車両番号が与えられた。
- 最初に作られたA型ベースのものは、小型の上部構造物と無線通信設備を搭載した。これに続いて作られたB型ベースのものは大型の上部構造物となり、後にフレームアンテナも追加された。後者の上部構造物にはボールマウント方式で7.92mm MG13またはMG34（携行弾数900発）が搭載された。
- A型ベースが1935年頃に6両、B型ベースが1936年頃に184両生産された。なお、B型の延長車台はもともと本車向けに作られたものであった。
- Munitionsschlepper Ia/Ib（弾薬運搬車Ia/Ib型）
- A型およびB型の砲塔を撤去し、かわりに天板のない箱型の構造物をのてキャンバス製カバーで覆った弾薬運搬車。A型ベースが「Ia型」で、B型ベースが「Ib型」である。
- 改造方式の弾薬運搬車の先駆けとなり、これ以降旧式戦車や鹵獲車両にも同様の措置が取られた。
- 1942年春より改造が始まったが、生産数は不明。
関連作品
動画
2:30にB型が登場する。
静画
MMDモデル
模型紹介
価格は全て税抜である。
- イタレリ／ズベズダ I号戦車B型 (1/35スケール)
- イタリアの模型メーカーで発売されたキットで、後にOEM提供によってロシアの模型メーカーでも生産されるようになった。シリーズ番号はイタレリがNo.222、ズベズダがNo.3522。
- 旧キットを扱う模型店で入手可能で、価格は1500円程度である。
- I号戦車のキットの中でも古い部類に入るためバリが少々目立ちディテールも控えめだが、部品数は少なくキャタピラもベルト式なので全体的に組み立てやすい。
- マーキングはドイツ国防軍だけでなく、スペイン内戦を戦ったコンドル軍団のものも選択可能である。
- 同社からは指揮戦車タイプや対戦車自走砲タイプも発売されている。
- トライスター I号操縦訓練トラクター(1/35スケール)
- 香港の模型メーカーから発売されたキットで、シリーズ番号は025。
- 旧キットを扱う模型店または模型専門店で入手できる可能性があり、価格は3200円程度である。
- いわゆる「クルップ・トラクター」をモデルとしたキットで、車体だけでなくエンジンや操縦席といった内装も精細なディテールで表現されている。また排気管カバーや各種固定金具はエッチングパーツとなっている。さらに3種類のマーキングと2体のフィギュアが付属する。
- 細かい部品が多くキャタピラも連結組立式となっているため難易度は若干高めだが、説明書には日本語も掲載されており塗色指示もタミヤカラーやMr.カラーといった日本のメーカーのものが指定されている。
- 同社からはA型や対空戦車タイプも発売されている。なお本車と対空戦車のキットは砲塔パーツが余剰となるので、他のキットに流用することも可能である。
- ドラゴンモデルズ I号戦車A型 改修型 with インテリア(1/35スケール)
- 香港の模型メーカーから発売されたキットで、シリーズ番号は6356。
- 模型専門店で入手可能で、価格は4800円である。
- 過去に同社から発売されたB型から金型を一新し、一層ディテールを高めたキットである。
- 金属パーツを抑えて組み立てやすさを追求したシリーズ「スマートキット」に属し、おなじみの切り出し済み履帯「マジックトラック」も付属する。製品名の通り内装が表現されているモデルで、車内だけでなく砲塔内部まで緻密に再現されている。マーキングはポーランド戦・初期西部戦線・北欧戦線の3種類から選択可能である。
- 同社のキットは部品数が多い印象があるが、当キットは車体規模も相まって少なめなので比較的組みやすい。
- 同社からは多くの派生型が発売されている。
- ホビーボス I号戦車C型(VK601)(1/35スケール)
- マカオの模型メーカーから発売されたキットで、シリーズ番号はNo.82431。
- 模型専門店で入手可能で、価格は3800円である。
- 独自の要素が多いC型の特徴をよく掴んでおり各所をよく再現している一方で、一体成型を進めた部品構成となっているため組み立てやすさも追求している。
- 同社からはF型のキットも発売されているが、C型とF型のキットを発売しているのはホビーボスのみである。
関連コミュニティ
関連項目
ナチス・ドイツ軍の戦車
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