Vやねん!(ぶいやねん!)とは日本野球史上に残るネタ逆転劇であり、阪神ファン最大のトラウマである。
元ネタは「Vやねん!タイガース」という、日刊スポーツ出版で2008年9月3日に発売された、阪神タイガースの優勝を祝うはずだった本である。
そしてこの本は、プロ野球史上最大の負けフラグとして、今もなおネタにされている。
2008年の阪神タイガースは春先から好調を保ち続け、一時期は2位に13ゲーム差を付けて独走。レギュラーシーズンの優勝はほぼ間違いないと思われていた。それを受けて日刊スポーツ出版社が9月の頭に発売したのがこの本である。
しかし、後半戦になると2位の読売ジャイアンツが破竹の勢いで接近。逆に首位の阪神は先発が長いイニング持たないこと、好調だった新井貴浩が疲労骨折の影響で戦線離脱したことで春ほど打線が繋がらなくなったことなどで失速。夏場以降は1位をキープしているもののマジック点灯→消滅を繰り返し、巨人に直接対決で大きく負け越すなどじわじわとその差を詰められていた。また、この本が発売された時点で巨人には5ゲーム差まで詰め寄られていた(マジック24は点灯していたものの既に3度消滅済み)ため、ファンは「(『Vやねん!~』の発売は)見切り発車過ぎでは?」と不安をつのらせた。
そして10月3日の東京ヤクルトスワローズ戦で、5点リードをひっくり返されての敗戦を喫し、ついに巨人が同率の首位に並びかける。一旦単独首位に戻ったものの、10月8日の直接対決で敗北。首位陥落と同時に巨人にマジック2が点灯した。その2日後、10月10日の横浜ベイスターズ戦
。巨人がヤクルトに勝ち、阪神が横浜に敗れたため巨人のレギュラーシーズン優勝が確定。13ゲーム差をひっくり返した巨人は11.5ゲーム差をひっくり返した96年の逆転劇「メークドラマ」になぞらえて「メークレジェンド」を残す。同時にひっくり返された阪神は「歴史的V逸」として名を残すことになった。後に残ったのは本商品の存在、および微妙な気まずさだけである。
しかし「メークドラマ」達成時と違い、今のプロ野球にはクライマックスシリーズ(以下:CS)があることから、阪神ファンはCSでの逆転日本シリーズ進出(2007年の中日ドラゴンズが好例)に期待を掛けた。
CS1stステージ、中日との勝負は第3戦までもつれこんだ。0対0で迎えた9回表、この回から登板した阪神の守護神、藤川球児がタイロン・ウッズに痛恨の被弾。これが決勝点となり阪神は0-2(第1戦に続く完封負け)で敗北。同時にCS敗退が決定した。藤川は岡田彰布監督(当時)が絶対の信頼を寄せるストッパーであり、ペナント終盤では同点の時(セーブが付かない時)でも8回・9回から藤川が登板するケースが多かった(更に言えばCS第2戦においても、4点リードがあったにもかかわらず藤川が登板した)が、ここ一番でそれがアダとなる形となってしまった。
かくして巨人にリベンジする機会すら与えられないまま、阪神の2008年シーズンは閉幕。そして岡田監督はこのV逸の責任を取って逃げるように辞任した。
「絶対的守護神が打たれて敗北」「全くかみ合わない打線」「結局V逸」「MAKE(まけ)レジェンド」とあって、この日の2ちゃんねるの実況板や各所のブログ・掲示板はお祭り騒ぎだった。そして事あるごとに本商品をネタとして宣伝・投下された。本商品の表紙をこのV逸後から「何がVやねん!タイガース」や「V逸やねん!タイガース」と改変された画像が出回り、物笑いの種となった。
またこれ以降、ネット上では野球に限らず「縁起物を出した結果、かえって悪い結果を招いた」ケース(下記参照)や、「前半は圧倒的な強さで独走するも、徐々に失速して最終的に逆転負け」という展開になったケースを、本書にちなんで「Vやねん!」と揶揄することがある。他にも、表紙に書かれていたフレーズ「(胴上げ)待ったなし!」も汎用性が高くしばしばネタにされる。
なお、全ての元凶となった日刊スポーツ出版社は、巨人の優勝が決まるや否や「原巨人奇跡の逆転V」という本をいけしゃあしゃあと出版している。
この“Vやねん事件”以降に、日本プロ野球をはじめとするスポーツ界では縁起物を出して逆効果になった事例がいくつも起きている。この事象から抜け出せているのは、2013年優勝した東北楽天ゴールデンイーグルスの「楽天 いくぞ初V」(サンケイスポーツ、8月5日発売) などごくわずかにとどめられている。
※類似事例の追加についてはスポーツ関係で圧倒的優位な状態、もしくは優位の状態で祝い物の販売もしくは予告してからの捲られパターンでのみ追加をお願いします。
6月24日、神宮球場でのヤクルト戦に勝利し、一番乗りでセ・リーグ40勝を達成する。
その翌日、サンケイスポーツが「日本中のG党のみなさま、リーグ4連覇は“当確”でございます!!」という序文とともに、66試合終了時点での40勝到達は過去27度、うち26度が優勝なのでV率は96.3%であるというデータを用いて巨人の優勝を予見する記事を掲載する。(この「ただ1度きり優勝を逃した例」は前述のVやねんである)
しかし、この年リーグ優勝したのは中日ドラゴンズで、巨人はV逸どころか3位に終わり、CSでは2位阪神を破って第一ステージを突破するものの最終ステージで敗退。これにより、「当確(でございます)」というフレーズはなんJにおけるそっ閉じの定番スレッドでよく用いられるようになった。
8月に野手陣の不振で中日と巨人に追いすがられたが、9月に9連勝で優勝を決定的にした。
…と思われた矢先、日刊スポーツ出版社がおめでとうヤクルトスワローズなどという本の発売を決定する。
この後悪夢のように故障者が続出し、最終的に中日に優勝を攫われた。この他、公式でも「Vロード」キャンペーンを張っており、関連グッズを積極的に売り出してしまっていた。
ロンドンオリンピック男子サッカーは、メンバー入り濃厚とみられていた香川真司や大迫勇也が落選する中、直前の練習試合で金メダル候補のメキシコ(実際に決勝でブラジルを破り金メダルを獲得)や同じく予選で金メダル候補のスペインを1-0で破るなどして、メダル獲得の機運が高まっていた。
そんな中、「週刊サッカーマガジン」2012年8月21・28日号(ベースボール・マガジン社)にメダルだ!メダルだ!メダルだ!などという見出しが出た。当然Vやねんを初めとした前例が数多く残っているため、サポーターが不安がらない訳がない。
案の定、しかもよりによって竹島問題でちょうど険悪ムードにあった韓国に敗れてメダルを逃した。
一方、見出しで大きく取り上げられなかった「なでしこジャパン」こと女子サッカー日本代表は、並み居る強豪を撃破して初の決勝に進出し、 FIFAランキング1位のアメリカにこそ惜敗したものの見事銀メダルを獲得した。
序盤こそやや苦しい戦いが続いていたカープだが、交流戦あたりから阪神とヤクルトが不振に陥った隙に3位を奪取、久々に前半戦をAクラスターン。
しかし、8月後半に何を血迷ったのか公式がCSスペシャルグッズを発売。
「優勝じゃなくてCSなら大丈夫だろう」という意見もあったが、やっぱり駄目だった。9月に入ってから打撃陣が不振に陥り点が取れなくなり、故障者だらけでボロボロなはずのヤクルトに3タテを喰うなどし、結局15年連続のBクラスが確定した。
シーズン最終節、J2所属の京都サンガはJ1自動昇格圏の2位につけていた。しかし首位甲府との対決は痛恨のドローに終わり、三位の湘南が勝利したため順位が逆転。京都は昇格プレーオフにまわることになった。
…はずだったのだがその翌日、京都公式サイトはJ1昇格記念特設ページをオープンする。「監督からの感謝のたより」には「テキストテキストテキストテキスト」…という文字列で埋められており、どうやら予め用意していた昇格記念ページを誤って更新したものと思われる。
なお、その後京都はプレーオフ初戦で有利な条件(京都ホーム、90分間で決着がつかなければ京都勝利扱い)に恵まれていたにも関わらず、6位大分に0-4という大敗を喫してプレーオフを早々に敗退。J1昇格の夢は潰え、特設ページが正式な形で更新される機会も失われてしまった。
「海の向こうのVやねん!」とも言われる大リーグでの事例。
2012年のレンジャーズは開幕から絶好調で、2位に対し13ゲーム差と圧倒的な強さで独走、地区優勝は間違いなしと見られていた。
ところが最後の9試合で5ゲーム差を詰め寄られ、さらに「1つ勝てば地区優勝」となる2位オークランド・アスレチックスとの直接対決3連戦でも2連敗、あっという間に同率首位で並ばれてしまう。
そして10月3日のシーズン最終戦において、レンジャーズは3回に5点を取りセーフティリードを奪ったと思われたが、4回に連打であっさり追いつかれ、なおも二死1・2塁の場面で中堅手のジョシュ・ハミルトンが平凡なフライを痛恨の落球。そのまま5-12で敗れ、歴史的V逸となった。
その後のボルティモア・オリオールズとのワイルドカードゲームにも敗れ、ポストシーズンにも進めなかった。
そして最終戦でフライを落としたジョシュ・ハミルトンは、世界の野球の歴史に刻まれし人類の超特大超特別A級最終戦犯ジョシュ・ハミルトン特別終身名誉死刑囚と呼ばれることとなった。
ついにWBCでも発生。日本の準決勝進出が決まり、後2試合勝てば優勝となった時にデイリースポーツが『侍ジャパンWBC3連覇特集号』という敗北フラグの塊を3月21日に発売することを決定する。もちろん、優勝できなかった場合は発売されない。
そんな中迎えた3月18日の準決勝戦、侍打線からの快音はなく、1-3で敗戦。当然だがWBCの3連覇とはならなかった。試合終了後はTwitterなどで戦犯はデイリーなどと言われる。
なお、この事件によって「Vやねん!タイガース」もデイリースポーツの仕業であった(神戸に本社を置くデイリーは過度の阪神への傾向報道で知られておりそう取られても仕方がなかろう)と勘違いしている事実誤認者が見受けられるが、そちらは日刊スポーツ出版社の発行であり、デイリーと日刊は全くの別会社である。
2013年シーズンでは、2004年以来の上位争いを展開し、第33節で15位の新潟に引き分けるか勝てば9年ぶりの優勝確定・・・!と言う所まで来ていた。ちなみに前節32節の時点では、横浜Mは勝ち点62、広島は勝ち点57。もしも横浜Mが2連敗すれば、広島勝ち点1点差で逆転されてしまう位置でもあった。そんな緊迫した状況の中、何と週刊サッカーダイジェスト(日本スポーツ企画出版社)が、増刊「Jリーグ横浜Fマリノス優勝記念号」を12月12日に発売する!と予告を出してしまった。
そんな中迎えた11月30日の第33節新潟戦、新潟に攻め込まれ0-2で敗戦。優勝の行方は12月8日に行われる最終節となる第34節に持ち越されるも、ACL出場権がかかっていた5位川崎フロンターレに0-1でまさかの敗戦し等々力劇場に。そして広島が鹿島アントラーズに2-0で勝利し2連勝した為、勝ち点57からの+6点で勝ち点63とし、横浜Mが勝ち点1点差で広島に逆転優勝を許す結果となった。
なお、横浜Mと広島は後に第93回天皇杯全日本サッカー選手権大会の決勝(2014年元旦)で直接対決するが、この時は2-0で広島を下し、21年ぶりの優勝を果たしている。
阪神の2014年シーズンは、ペナントレースこそ1位の読売ジャイアンツに7ゲーム差を付けられ2位でフィニッシュするも、クライマックスシリーズでは、ファーストステージで3位の広島カープを1勝1分(規定により、引き分けの場合は上位球団の勝利となる)で下し、ファイナルステージでは1位の巨人に4勝1敗(※アドバンテージによるもので、実質全勝)と、破竹の勢いで日本シリーズへと駒を進める。
一方のパ・リーグのCS勝者は、福岡ソフトバンクホークス。こうして、10月25日から甲子園球場で開幕した鷹虎対決は、25・26両日の時点で1勝ずつと言う膠着状態で、10月28日の福岡ドーム戦へ・・・
…ところが、その28日に阪急阪神ホールディングスが「日本一の記念グッズ・企画・セールを用意する!」と予告してしまう。6年前のあの悪夢の再来を誰しもが恐れた・・・が、ものの見事にその予感は的中してしまう。
28日の第3戦では、先発出場したキャッチャーの鶴岡一成が捕逸を繰り返したり、西岡のフィルダースチョイスなどで5-1で敗北。続く翌29日の第4戦でも、2対2で迎えた10回表に1・3塁の状態でゴメスがダブルプレーに倒れ、同裏にピッチャーを呉昇桓へと変え、2アウトとした所で中村にサヨナラ3ランホームランを打たれて5-2で敗北を喫し、まさかの3連敗を喫してしまう。
そして、阪神にとっては後が無い10月30日に行われた第5戦。この日は両軍投手戦となり、8回まで0行進を続けるが、8回裏に2アウト1・3塁の状態で、先発のメッセンジャーが松田にセンタータイムリーを打たれてしまい、1-0とされてしまう。しかし、9回裏に登板したソフトバンクの守護神サファテが大乱調、上本がフォアボールで出塁。鳥谷が三振に倒れるも、続くゴメス・福留が連続でフォアボール出塁、満塁となる。
ここで6番西岡に廻り、1ストライク(ファール)で3ボールと、ストライクが全く入らないサファテ。同点・逆転も有り得る場面であった。
しかし、悪夢は唐突にやってきてしまう。
西岡は、ストレートド真ん中へ来た5球目をファーストゴロとしてしまい、ホームへ向かっていた上本が本塁憤死。ここで、細川がファーストの明石へ送球した際に、球が西岡を直撃。
ところがこの際、西岡はスリーフットレーン(一塁線上に並行に引かれている長方形のライン。打球走者は守備の邪魔にならないよう原則ここを走る必要がある)から外れて、一塁線の内側を走った末に送球が当たっていた事から、球審の白井一行審判に「守備妨害」を宣告されてダブルプレーとなり試合終了。福岡ソフトバンクホークスの日本一が決定し、当の阪神タイガースにとっても後味の悪い最期となってしまった。
この年の阪神は5月までは低迷したが、交流戦ではセ・リーグ球団で唯一勝ち越しを決めるなど徐々に復調。後半戦は巨人、ヤクルトとの首位争いを繰り広げ、8月8日以降は首位をキープ、一時は2位のヤクルトに3.5ゲーム差をつけていた。
とはいえ、この年のセ・リーグは稀に見る混戦であったため、阪神ファンは決して楽観視できない状態にあった。
しかし、そんな中動いたのが週刊ベースボールだった。9月14日号(9月2日発売)で、あろうことか阪神の大特集を組んでしまう。タイトルは「セ界制覇へ突き進め Vやで!タイガース」。
既視感しかないタイトルに、多くのファンは不安を感じたが、それは見事に的中してしまう。
この号発売から数日は持ちこたえたが、徐々に黒星を重ねていき、9月11日には2位に転落。翌日には一旦首位に戻ったが、その後は見る見るうちに貯金を減らしていき、最終的な成績は借金1の3位。
見事に第二のVやねん!と言える状況を作り上げてしまった。
ちなみに週刊ベースボールは同年の6月8日号でも「17年ぶりのVへ突き進め! 熱き星たちよ!!」という、当時首位をキープしていたDeNAの特集記事を掲載した。
こちらもこの特集以降、交流戦で10連敗するなど低迷し、最終的には「前半戦を首位でターンしたが、最終的な順位は最下位」という史上初の不名誉な記録を残してしまった。
これらのことから、この年には週刊ベースボールの呪いというジンクスが生まれ、敵対するチームが好調な場合、「週ベ(敵チームの)特集はよ」と懇願する人も少なからず見られた。
この年のホークスは開幕当初は若干低迷していたが、4月中旬以降は徐々に復調し、交流戦では2年連続となる最高勝率となるなど一気に勢いが加速し、さらには3位の北海道日本ハムファイターズに11.5ゲーム差をつけ、一時は日本球界史上最速のマジック点灯の可能性すら出るほどの圧倒ムードだった。
そんな中、7月25日号の週刊ベースボールでは福岡ソフトバンクホークスの特集が組まれる。
この雑誌が発売された当初は何とか持ちこたえたが、徐々に失速していき、最終的には11.5ゲーム差あった日本ハムに逆転優勝を許した。
前年J2へ降格した松本山雅FCであったが、1年でのJ1復帰を目指しシーズン前半を3位で折り返す。そしてシーズン後半早々昇格圏内の2位に順位を上げ、第25節から第40節までの16戦で9勝7分と勢いに乗り、首位のコンサドーレ札幌と勝ち点で並び、J2優勝まで見えるようになった。
そんな中、11月20日に信濃毎日新聞が「松本山雅FCJ1昇格記念信濃毎日新聞特別セット」と称し、昇格を伝える号外、昇格を伝える日付の新聞、昇格を伝える日付のタウン誌の3点セットの販売を告知。完全に昇格が決まったかのようなお祭り騒ぎであった。
しかしこの告知が出た直後の第41節・町田ゼルビア戦で17試合ぶりの黒星を喫し、3位の清水エスパルスに得失点差で抜かされてしまう(ちなみに清水エスパルスは第33節での直接対決に敗れてから8戦全勝と松本山雅FC以上に勝点を積み上げてきており、本来であれば浮かれられる状況ではなかったのだが、松本山雅FCのファンだけでなくフロントもそれが見えていなかった)。そして最終節では勝利するも清水エスパルスも勝利したためシーズン3位に終わり、自動昇格を逃してしまう。
それでも昇格プレーオフに回り、引き分けでも勝ち上がる有利な状況であった…が、初戦のファジアーノ岡山にまさかの逆転負けを喫し、昇格を逃してしまった。
この年は西武の長年のエース岸孝之が加入。前年活躍の茂木栄五郎を1番、2番ペゲーロ・3番ウィーラー・4番アマダーという攻撃的オーダーを組み絶好調。7月7日まで首位の座を守り続ける。その後2戦ホークスに首位を明け渡すも再び取り返し首位を守る。
そこで7月21日にサンケイスポーツから特別版として発売されたのが、
『2017 4年ぶりリーグ制覇&日本一へ 楽天V進撃』という本である。
その後楽天は故障者が相次ぎ、勢いを無くしていく。故障者が戻ってきた後も得点力が大幅ダウン。8月15日に西武に17失点で負けた後、糸が切れたように負け続け、6連敗のあと1勝を挟むもさらに5連敗。14日に首位だったはずが翌週の27日には9.5ゲーム差をつけられてしまう。
最終的には西武にも追い抜かれ、3位でレギュラーシーズンを終えることになってしまった。
2020年オフ、大赤字に苦しむ親会社をよそに次々と大型補強を成立させ、ドラフト会議では4球団競合の末に大学No.1スラッガー・佐藤輝明を獲得した阪神タイガース。流石にこれだけ金を積めば勝てるだろう…との期待通り、2021年シーズンは開幕から首位を独走。補強組は目立った活躍を見せられなかったものの爆発力こそないが勝負強い打線と鉄壁の先発投手陣が噛み合い、一時は2位に8ゲーム差をつけていた。
…しかし、やはり敵は身内に居た。6月20日、地元ABCテレビが『虎バンSP #あかん阪神優勝してまう』なる特番を放送。タイトルこそ願望表現だが中身は案の定見切り発車的なものだった。この時点で既に阪神は失速気味であり、身に覚えのある展開に不安を覚えたファンも多かっただろう。すると中々貯金を増やせない間に下位球団をカモった読売ジャイアンツと東京ヤクルトスワローズに詰め寄られ、ゲーム差は1.5に。そこから首位陥落の危機を14度も凌いだ阪神だったが、前述の佐藤がケガで急激に調子を落とすと藤浪晋太郎・西勇輝・齋藤友貴哉・中野拓夢・梅野隆太郎・サンズの不振に加え開幕から低空飛行の続く岩貞祐太・糸原健斗・大山悠輔の更なる失速が重なった8月29日、遂に勝率差で3位に転落してしまう。
それでもこの年の阪神は諦めない。中野・大山は打棒が戻り、投手陣も奮闘。1点をもぎ取る泥臭い野球で激しい首位争いを繰り広げ、10月に入っても全く先が読めない混セに持ち込んだ。ところがABCテレビも諦めていなかった。10月3日、今度は『虎バンSP 16年ぶりに阪神優勝してまう?』を放送。するとこれに前後してヤクルトが連勝街道に乗ってしまい、お得意様の広島東洋カープと強烈な逆噴射をかました巨人を立て続けに3タテ。一方の阪神は広島に被3タテされ、戦況は悪化していった。そして10月8日、阪神はヤクルトとの直接対決に敗れ、ヤクルトにマジック11が点灯。両軍合わせて15人の投手と6人の代打を注ぎ込んだ「10.10決戦」にも敗れるとその後もヤクルトの勢いは止まらず、マジック2として迎えた10月26日にヤクルトが勝ち、阪神が敗れたためヤクルトのリーグ優勝が確定。下馬評通りの好発進と過剰なまでの盛り上がりの先にあったのは、2008年に次ぐ規模のV逸という屈辱だった。更にこの日は阪神のリーグ最終戦、そして岩田稔の引退試合だったため、輪をかけて後味の悪い幕切れとなってしまった。
リーグ優勝を決めたものの、ヤクルトは残りの2試合に連敗。シーズン成績はヤクルトが73勝52敗18分(勝率.584)、阪神が77勝56敗10分(.579)。両チームのゲーム差は「0」で、勝率差は僅かに0.05だった。しかも、かつて採用された『引き分けを0.5勝&0.5敗』として勝率を計算すると、ヤクルトは上記の成績に+9勝9敗、阪神は+5勝5敗となり、82勝57敗で完全に同率になるのである[1]。延長なしルールだっただけに、阪神は引き分けの少なさに泣くこととなった。
悪夢はまだ終わらない。ポストシーズンで挽回したい阪神だったが、今度はあろうことかNHK大阪がパ・リーグ優勝を果たしたオリックス・バファローズとの関西ダービーを期待する『あるで!?阪神×オリックス』なる企画をCS直前に放送した(虎バンでも同様の特集が組まれていた)。これがフラグとなってしまったのか、怪我を抱えながらシーズンを戦い抜いた大山がフル出場できず火力不足を露呈。失策がことごとく失点に繋がり、頼みのジェフリー・マルテも冷温停止した阪神はCS1stステージで巨人に2連敗し終戦。屈辱的なシーズンのV逸に加えてリベンジの機会すら得られずに終了と正しく2008年の再来となった。とばっちりを食らったオリックスはCSは2勝1分で難なくCSを突破しフラグを回避した…かと思いきや日本シリーズでABCテレビが第三戦を前に牛バンTVなる特番を組みまさかのフラグの追撃。こちらはしっかり効果を発揮し放送後オリックスの二連敗であっという間にヤクルトに王手をかけられ一戦は取り返したもののオリックスは日本一を逃したため、改めてネタにされるとともに「二度と特番組むな」「ABC停波しろ」などと批判され、普段そこまでオリックスに関心のない関西メディアが都合よくオリックスに便乗したことに呆れる声も聞かれた。(なおこの年の日本シリーズ第3戦はABCテレビが準キー局のテレビ朝日系列での放送だったのでそれを狙って行なったと思われる。また、ABCラジオは阪神が出場しないクライマックスシリーズは一切放送していない上に2019年以降は阪神が出場しない日本シリーズは一切放送しない方針を取ってる。)
なお槍玉に挙げられた虎バンSPであるが、現役時代にVやねんを経験した下柳剛氏・関本賢太郎氏・矢野燿大監督がノリノリで出演していたことを付記しておく。
そして、この年のバッシングの嵐は流石に堪えたのか後述の通り2023年には見事に阪神は優勝を果たすのだがその時は優勝が決まるまでこの手の特番を一切組まず、優勝が決まって最初の放送でこの年のこの特番についての謝罪から始まった。
斜め上の試合運びと有力選手の獲得失敗、お家騒動が絶えない東のお笑い球団・メッツだが、大富豪スティーブ・コーエンのオーナー就任を機に積極補強を開始。特に2021年オフにはマックス・シャーザーを3年総額$1億3000万(単年当り$4333万、史上最高額)で引っこ抜き、オークランド・アスレチックスとのトレードでクリス・バシットを獲得。更にはベテランリリーバーのアダム・オッタビーノに日本でもお馴染みジョエリー・ロドリゲスも追加し、怪我に苦しむ投手陣の強化に動いた。打線でもOAKから5ツールプレーヤーのスターリング・マルテを補強した他、既存選手にも次々と高額年俸を提示し繋ぎ止め。前年のフランシスコ・リンドーアとの10年総額$3億4100万契約に続き金にものを言わせた立ち回りで、チーム総年俸はあのニューヨーク・ヤンキースをも上回り30球団トップに躍り出る。多額の贅沢税支払いも厭わない金満球団...いや邪悪帝国と化したメッツは開幕から地区首位をひた走り、36年振りのワールドチャンピオンも視界に入っていた。
ところが夏場に入ってアトランタ・ブレーブスの猛追を受け、最大10ゲーム以上あった差をひっくり返される。これは7月に打者陣が集中して調子を落としたことが大きいが、その後は弱点だった指名打者にトレード加入のダニエル・ボーゲルバックを据えたのがハマり再び突き放す。が、9月に入ると再び詰められてしまった。というのもエースのジェイコブ・デグロムは怪我で8月まで復帰が遅れ、38歳のシャーザーも年には勝てず小さな故障離脱を繰り返しており、両輪を欠くことの多かった投手陣は特にブレーブス打線に苦戦を強いられていた。更に9月にはマルテが死球骨折で攻撃力が低下。デグロムとシャーザーは飛翔癖が悪化し、下位球団相手にまさかの敗戦を重ねた。この結果僅か1ゲーム差で最後の首位攻防戦を迎えることになる。
結果は悪夢そのものだった。9月30日、初戦に先発したデグロムは奪三振ショーを繰り広げるも一発攻勢に泣き敗戦。続く1日にはシャーザーが2被弾4失点でノックアウト、2日はバシットが制球難で試合を壊しまさかの3タテを喫してしまう。マット・オルソンに3試合ともホームランを打たれる(前カードを含めると4戦連発)など、流れを止められなかった。これでブレーブスに優勝マジック1が点灯。翌々日ブレーブスは勝利し、メッツは101勝しながらV逸してしまった。勝率で並んだため直接対決で負け越したのが響いた。
ポストシーズンではワイルドカードからの下剋上を目指し、ビッグネームを揃える割に結果が伴わない西のお笑い球団サンディエゴ・パドレスを本拠地で迎え撃ったメッツ。しかし、金満球団の威厳はもうなかった。初戦のマウンドに上がったシャーザーは4本のホームランを浴びてノックアウトされると、打線も手負いのダルビッシュ有から1点しか奪えず大敗。翌日こそデグロムの粘投に打線が応え五分に戻したが、3戦目のバシットは制球難に機動力野球も絡められ試合を作れない。遂には相手先発ジョー・マスグローブの松脂使用を疑い、耳を調べさせるお笑い野球を炸裂させるも当然認められず、7回1安打無失点に抑えられるとロベルト・スアレス→ジョシュ・ヘイダーと繋がれ完封負け。史上初となるシーズン100勝チームのワイルドカード敗退という不名誉な記録を作ってしまった。
なおこの後はメッツと同じくシーズン100勝以上していたブレーブスとロサンゼルス・ドジャースもそれぞれ2桁以上のゲーム差をシーズン中つけていたフィラデルフィア・フィリーズとパドレス(ブレーブスとフィリーズは14ゲーム差、ドジャースとパドレスは22ゲーム差)に一勝しかできずに敗退。ナ・リーグでシーズン100勝した3チームが優勝決定シリーズにすら出れずに全チーム敗退し大盛り上がりになった。
雪辱を誓う翌年は守護神エドウィン・ディアスと攻守の柱ブランドン・ニモの残留交渉、前年の首位打者ジェフ・マクニールの契約延長に成功すると、返す刀で前年サイ・ヤング賞のジャスティン・バーランダーを$2年8666万+オプション1年(年平均でシャーザーと同額)、復活のベテラン左腕ホセ・キンタナを$2年2600万、東京オリンピックで就活に成功した老兵デービッド・ロバートソンを1年$1000万、更に日本から千賀滉大を5年$7500万で獲得するなど贅を尽くしたチームを作り上げたが、負けが込むとあろうことかシャーザー・バーランダー・ロバートソンを立て続けに放出し再建へシフト。ドリームチームは1年半で解散してしまった上、この年に期待通りの働きを見せたのは千賀とロバートソン、リンドーアのみという惨状だった。
いわゆる「週ベの呪い」の一つ。「Vじゃけぇ!」とも。
広島は6月15日時点で2位に8ゲーム差・その後首位を明け渡すも8月に返り咲き一時は4ゲーム差をつけており、混戦の中でも地道に優勝への歩みを進めていた。
ところが、週刊ベースボールが9月4日に広島特集「それ行けカープ 勝利の雄叫びを上げろ!」(副題:広島燃ゆ)を発売すると状況は一変、只でさえ貧弱だった打線が完全に沈黙すると、投手陣がとうとう決壊。9月だけで2敗を喫し防御率9.00を叩き出した守護神・栗林良吏を筆頭にブルペンが全く機能しなくなり、先発も九里亜蓮を除いて毎日のように試合を壊す有様で、森下暢仁に至っては衝撃の5戦5敗だった。雑誌では「鉄壁の投手陣 われらが誇る強固な基盤」なるコーナーや「頼れる勝ち頭INTERVIEW」として床田寛樹の対談記事まで載っていたが、蓋を開けてみれば壮大なフラグとなってしまった。
この結果9月は5勝20敗に終わり、優勝争いどころかCS争いからも完全に脱落。最大14あった貯金を1か月で全て吐き出して借金生活に突入すると、最後は10月2日の青木宣親の引退試合に先発した床田が2回でノックアウトされ万事休す。そのまま為す術なく敗れ4位が確定した。9月首位のチームがBクラス・負け越しでシーズンを終えるのはプロ野球史上初の屈辱である。更に新井のせいで3位に滑り込んだ横浜DeNAベイスターズがポストシーズンを勝ち上がり、日本シリーズも制して日本一に輝く副次的効果ももたらすのだが、それはまた別のお話。
なお、この年のチーム総本塁打数は両リーグ最少の52。アーロン・ジャッジ(58本)と大谷翔平(54本)一人にも及ばなかった。
Vやねんという伝説が世に生み出されて以降、阪神は1985年の栄光を知る真弓明信・暗黒期の生き証人和田豊・現役選手としてVやねんの苦杯を嘗めた金本知憲と矢野燿大が指揮官としてリベンジに挑むも一歩及ばず。前回のリーグ優勝から18年・あの悪夢からは節目の15年を迎えた2023年は再び岡田彰布が監督となった。
監督に返り咲いた岡田は「最早再建期ではない」と見るやスタメン・守備位置・打順を固定。様々な可能性を試した金本・矢野路線から大きく転換した。また伝統的にお粗末な守備にもメスを入れ、守り勝つ野球を徹底した。この年のスローガンは明らかにどん語を意識した「A.R.E.[2]」。決して「優勝」の二文字を口にすることはなく、チーム内外で引き締めを図った。
こうして始まったペナントレースでは派手さはないものの堅実な試合運びで順当に勝ち続け、8月16日には早くもマジック29が点灯。不調時であろうとリーグダントツの四球をもぎ取る嫌らしい打線が勝利の源だった。しかしここから足踏みが続き、8月29日には広島東洋カープの猛追を受けてマジックが消滅してしまう。誰もが悪夢の再来を覚悟した。
しかし、18年揉まれた猛虎は簡単には折れなかった。
阪神は9月1日にマジック18を再点灯させると、ここから連勝街道に乗り広島との直接対決3連戦をスイープ、怒涛の10連勝でアレが決定的となる。遂にマジック1として迎えた9月14日の伝統の一戦では、2年前のV逸の一因となった佐藤輝明のホームランなどで投手戦の均衡を破ると、最後は1点差に詰め寄られながらもセカンドフライで試合終了。アレを知る選手は移籍組の大竹耕太郎と加治屋蓮を除いて誰一人居らず、ほとんどが再建期からの叩き上げ。数えきれない屈辱に涙、血の滲むような努力が実を結んだ球団史上最速優勝の瞬間だった。
その後クライマックスシリーズも突破し日本シリーズも第7戦までもつれ込んだ末優勝。38年ぶりの日本一を勝ち取った。
掲示板
762 ななしのよっしん
2024/11/19(火) 14:35:01 ID: dSxC9iVAWN
類似事例があまりにも多いかつ本来の意味とはかけ離れてる例も多数見られるので整理を提案します。
残す基準としては
・リーグ戦でシーズン前半まで圧倒的優位の位置にいた
・スポーツ雑誌や新聞、公式サイトが前祝いのようなものを出していた、もしくは発売予定を告知していた
の2点として、残りは削除をしようと思います。
11月30日まで改善案や修正案が無ければ、この2点を基準に修正を行います。
763 ななしのよっしん
2024/12/01(日) 17:44:17 ID: dSxC9iVAWN
>>762での修正案に改善案などがなかったので、二つの基準を基に類似事例を修正しました。
764 ななしのよっしん
2024/12/23(月) 20:42:24 ID: Qbv1ckDQg2
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最終更新:2025/03/31(月) 05:00
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