ジョナサン流の強がりとは、究極の煽り術である。
アニメ「ブレンパワード」第十四話『魂は孤独?』での1シーン。
深海から緩やかに浮上を続けついに海面から顔を出そうという超大型海底遺跡「オルファン」の上空において、オルファンを護衛する「リクレイマー」と、オルファンを海面下に封じ込めようとする「ノヴィス・ノア」の大規模会戦が佳境に差し掛かる。
パイロットなしで単独出撃したユウブレン(愛機)を呼び戻し再出撃した主人公・伊佐未勇と、ノヴィス・ノアの作戦を妨害するため手当たりしだいに国連軍を攻撃するジョナサン・グレーンが接触し、戦闘にもつれ込む。
ジョナサンの戦う動機が母親への復讐であることを知っていた勇は、それを諌めるためにアノーア・マコーミック(ジョナサンの母親)が行方不明になったことを伝えるが、ジョナサンは耳を貸さず、逆に勇の「オルファンに敵対する姿勢」が欺瞞であると責めはじめる。断固としてそれを否定する勇だが、ジョナサンの発したある言葉に驚愕し、我を忘れて激怒する。
それは、「クインシィ・イッサー(勇の姉)・伊佐未翠(勇の母親)の両方と肉体関係を持った」という衝撃の暴露だった。
ただでさええげつない内容でありながら、ジョナサンは独特の口調や仕草でそれを効果的に演出し、勇の負の感情を最大限に煽り立てることに成功している。
では、以下にレッスン形式の解説を交えながら、ジョナサン流の煽りのテクニックを紹介する。
この項目は、現実およびネット上での煽り行為を推奨するものではありません。 この項目は、ネタバレ成分を非常に多く含んでいます。 どちらについても自己判断・自己責任でお読みください。 |
(発言者── 濃緑:ジョナサン・グレーン 青:伊佐未勇)
「ジョナサン! 貴様は! アノーア艦長にぃーっ!
お袋さんに復讐するためにリクレイマーになったんだろ!?
お袋さんは、アノーア艦長は、責任を感じていた! だからプレートと一緒に海に消えた!
いなくなったんだよ! もう他人を巻き込む必要はないんだ!」
ポイント:相手の言うことは全否定する
他人を煽るとき、その対象の言うことに耳を傾けてはいけない。
一部分でも相互理解を成立させると、相手はそこを足がかりにさらなる理解を求めてくるだろう。
それを防ぐためには決して譲歩せず、全否定する必要がある。
そうすることで、相手はコミュニケーション不全による不快感を覚え、その解消のためにムキになる。
これが煽りの第一歩である。
ジョナサンは勇の話の前提を否定してみせることで、あとに続く発言を丸ごと無効化している。スマートな否定のやり方である。
ポイント:相手の人格を否定する
互いの主観の違いを認め、そこから共通認識を導き出すのがコミュニケーションである。
だが、ここに「煽り」という目的を導入するとき、「相手を怒らせるため最低限のコミュニケーションは維持したいが、相互理解に繋がるようなコミュニケーションは持ちたくない」というジレンマが発生する。
「俺とお前は考え方が違うようだ」という提言に対して「うんそうだね」と返してしまっては、コミュニケーションは平行線のまま終了してしまうし、「どうやったら折り合いを付けられるかな」と言おうものなら相手を怒らせることは絶望的である。
では、どうするべきか?
もっとも簡単な方法が、「相手の人格を否定する」というものだろう。
相手の人格が異常・異端・異質であると指摘することで、主観の違いを認めるコミュニケーションを保ちつつも、相互理解を拒絶することができる。異常な考えを理解し折り合いを付ける必要などないのだから。
もちろん、相手が本当に異常であるかどうかは問題にならない。「お前は異常だ・愚かだ・低劣だ」という主旨の言葉を押しつけるだけでいい。
これが、いわゆる「レッテル貼り」という様式である。
自己認識と著しく乖離した評価を下され、それがさも真実であるかのように言われたとき、人はそのギャップに強いストレスを感じる。
「ホントの覚悟ができていれば、親殺しだってできる!
キレてやるんじゃない、逆上しなくたって正義の確信があり、
信念を通そうという確固たるのがあれば、できるもんだ!」「事情があった! ・・・事情が!」
「ッヘァッハッハッ! 覚悟がないからオルファンだって沈められないんだぁ!」
「な、なに?」
「本気でオルファンを沈めるつもりがあれば、お前が来たとき原爆なり水爆を持ち込めたはずだろ!」
「その程度のことでは、オルファンは沈むわけがない!」
「沈むなぁ。二十、三十の核を体内で爆発させてみろ。オルファンだって沈む」
「沈まない!」
ポイント:決め付ける
相手の発言・人格を否定し続けるためには、とにかく「自分の言ってることが真実であり常に正しい」ということをアピールし続けなければならない。
人間というものは多かれ少なかれ「自分は正しくありたい」と願う悲しい生き物であるからして、単にひとつの考え方を提示するだけでは、冷静に是非を判断して自己肯定を深めるからである。
そうなってしまっては煽りとして相手を否定することの効果が薄れてしまう。
これを阻むには、「正しいのは俺でお前は間違っている」と言い続けて相手の「正しさ」を絶えず脅かし続け、相手の不安感と反発心を過剰に促して価値判断を狂わせることが求められる。
この場合も、もちろん自分が本当に正しいかどうかは問題ではなく、人格否定の逆を行えばいいのである。
「本当の・普通は・まともな」などの言葉で自分の考えを飾り、断定口調でものを言うだけで、それを聞く側はその言葉に織り込まれた「正しさ」の圧力に対して反発心が惹起される。
その結果、勇も知らず知らずのうちにジョナサンの発言を否定するための断定口調になってしまっているが、これこそジョナサンの狙いである。
その計算された挑発の意味は、Lesson-4で解説する。
「勇よぉ、おかしかぁないか?
ならなんで外に出ていって『オルファンを沈めよー』なんて言ってんだ?」「それは、マイクロウェーブとか、ビー・プレートとかの可能性はあった!」
「ふた親と姉さんのいるオルファンなんかハナから沈める気はないんだ。
それがお前のホントの気持ちだから、アンチボディ戦なんかやってみせて、
ノヴィス・ノアから食い扶持をもらうためにカッコだけはつけてんだぁ!」「違う!! あいつらは、オルファンもろとも消えてなくなればいい!」
ポイント:相手に考えさせる
この会話においてはあまり重要な役割を果たしていないが、知っておいて損はない煽りのテクニックなので、ここで触れておく。
人間は決して完全な存在ではなく、その言葉ひとつとっても「完全に正しいこと」を言えることは非常に稀である。
だから、相手を否定しようとするときは質問攻めにするのが有効である。
相手に考えさせ、相手にしゃべらせ、粗を見つけたら徹底的に叩く。それだけで、相手はどんどん追い込まれていくことになる。
煽りにおいて重要なのは、相手の余裕を奪い、柔軟な思考を損ねることである。
そうすることで、相手の思考は硬直化し、単調になり、視野が狭くなり、以後の「相手の否定」がより効果的になるという悪循環を形成できる。
その意味において、現時点の勇はかなり追い込まれた状態であるといえる。
最初は「親子の情がそんな簡単に断ち切れるはずがない」と言っていた勇が、己の発言や考え方や人格を矢継ぎ早に否定されたことで頭に血が上り、「オルファンをめぐる議論」を囮にした誘導にまんまと引っかかって自ら親子の情を否定してしまっている。
そう、ジョナサンはこの言質を取りたかったのである。
──なんのために?
それはもう少し後になってから判明する。
「・・・ホントにそう思えるか?」
「なにを・・・言いたい!」
ポイント1について説明は不要だろう。
誰だって身内を悪く言われたくないし、身内の性生活はタブー視されがちであるので、それを侮蔑的に相手にぶつけることで被る不快度はかなりのものである。
──が、ここで問題がひとつ生じる。
この手の話題は拒否反応が大きすぎるため、まともにぶつけてもその人の感情に浸透する前に、理性がワンクッション置いて把握しようとするのである。
ここまでこの記事を読まれた方なら、もうお分かりだろう。
ジョナサンがさんざん勇を煽ってきたのは、すべて勇の理性的な判断力を失わせてむき出しの感情を曝け出させるためだったのである。
さらに、ジョナサン・グレーンが煽りのプロとして非凡である点は、ポイント2の「フット・イン・ザ・ドア」と呼ばれるテクニックを使っていることである。
これは、「比較的受け入れやすい事柄を飲み込ませてから、(それに関連した)より受け入れがたい事柄を伝える」というテクニックであり、本来は説得術・交渉術として用いられるものだが、「自分の言いたいことを受け入れさせる」という意味において、ジョナサンは見事に煽り術に応用している。
以上を踏まえたうえで、ジョナサン流の強がりの真髄を読んでみよう。
「俺さぁ、クインシィ・イッサーと愛しあったなあー」
「俺の知ったことか!」
「コナをかけたらすぐに寄ってきたんだよ」
「男と女のやること、珍しくもない!」
ジョナサンは勇に対して「お前の姉と関係を持った」と先に理解させることで、後に続く「お前の姉は尻軽だ」と遠回しに貶す発言を飲み込ませることに成功している。
その一方で、身内とはいえ年頃の女性な姉の話であるぶん、勇は辛うじて精神の平衡を保っており、その後に続く「姉を遠回しに尻軽と貶す」ジョナサンの発言を受け流すことに成功しており、ここに高度な心理戦の応酬が見て取れる。
だがやはり、ジョナサンのほうが一枚も二枚も上手であった。
この応酬自体が、ジョナサンの「ドアに差し入れた足」であり、勇に仕掛けた罠なのである。
「・・・なにを言ってるんだ?」
「なにを言っているんだ?」とわからないフリをしようとしているが、その直前に「目の前の男と姉は、軽薄な肉体関係を結んでいる」ということを理解した勇にとって、逃げ場はどこにもない。嫌でもその言葉の意味を同じように受け止めなければならない。
男性にとってもっとも不愉快な身内ネタは、母親の性生活であることに異論はないだろう。
その不愉快さを不足なく伝えるために、ジャブとしてあらかじめ姉の話をしたのである。
こうなれば、後は畳み掛けるだけである。
「上げて・落とす」「落として・上げる」、どちらも相手の感情を揺さぶるのに効果的であるが、怒りの感情をかきたてるのにより有効なのは後者だろう。
(先に貶していたものをわざとらしく褒めることは、一般的には「皮肉」「嫌味」というものに該当する)
特にこの場合、貶しの言葉と裏腹にわざとらしく褒めなくても、「ババアと思ってたけど、意外と魅力的な身体だったと認識を改めたよ」と普通に褒めるだけで最大級の侮辱になる。
母親をそういう目で見られることこそが、許せないことなのだから。
事実、勇は、ジョナサンがこのセリフを言い終えるか終えないかのうちに殴りかかっている。
もう語るべきことはあまりない。
容赦の無い煽りに耐えかねて理性を崩壊させた勇と、余裕綽々のジョナサンの会話を紹介しつつ、適宜に解説を加えていこう。
「ぐううぅっ!」
「ハハハッ! 怒れよ!」
「はああああぁぁっ!!」
ジョナサンの言う「普通~」とは、「赤の他人のことなら、『ババアとヤッたら意外と楽しかった』という艶話は面白がるんだぜ」という意味であり、先ほど取った言質(Lesson-4を参照)が欺瞞に満ちていることを暴いているのである。
「お前にはオルファンを沈めることはできない」というのもそういう意味であり、「ふた親と姉さんのいる~」という決め付けが正しかったと証明された、という勝利宣言である。
「嘘だっ! ジョナサン流の強がりだ!」
ここで勇が現実逃避を試みようとしてることがおわかりだろうか。
この一見意味不明な「ジョナサン流の強がり」という言葉がなにを指しているのかは、ジョナサンの華麗な煽りから一歩身を引いて会話の流れ全体を俯瞰すれば理解できるだろう。
Lesson-2を読み返してもらえればさらに分かりやすくなるはずである。
勇は、「お前が今まで言ったことはすべて嘘で、『もう母親のことはなんとも思っていない』という強がりを誤魔化すためにこんなことを言っている」と主張したいのである。
裏を返せば、そこまで会話を巻き戻したい、今までの話はなかったことにしたいという気持ちの現われである。
もちろん、相手の感情のコントロールに長けたジョナサンがその機微を読み取れないわけがない。
再び生々しい話を持ち出すことで、グロテスクなまでに現実を突きつける。
なお、「現実的に難しい確認方法」を提示することで、自分の発言の真偽確認をすっ飛ばすのも煽り術のひとつである。
ただし、相手がその詭弁に気づかないほど冷静さを欠いていることが前提条件であるが。
「貴様あぁっ!!」
「済まない、言い過ぎたな」
ここで一旦謝るのがジョナサンの凄いところである。
「メンゴwwwメンゴwwwww」というような、謝っているように見せかけた煽りではなく、普通に謝っている。
なぜそんなことをするのかというと、熱くなりすぎた勇をクールダウンさせたのち、改めて人格、いや存在そのものを否定するためである。
「しかしもう一つ現状報告をしておくと、女房の態度が変わってもそれに気付かないのが
お前のお父ちゃんってことだ! お前はそういう男と女の間に生まれた子供なんだ!」(無言で拳を握りしめる勇)
親を貶されると腹が立つ。
それは、親が自分という存在を生み出した大元であり、自己という存在認識の基盤だからである。
勇を取り巻く「家族の繋がり」から愛情が喪われていることを本人に強く認識させ、自己否定的な感情のドツボに突き落とすために、あえて謝ってみせたのである。
「可哀想になぁ、生きてたって辛いだろ? 楽にしてやるよ。
心配するな、(両手をわきわきしながら)クインシィだってたっぷり可愛がってやる。
俺、包容力ってのあるつもりだからさ」「くぅっ! 言うなぁ!!」
「ハッハッハッハッ!」
最後のダメ押しである。
クインシィ・イッサーとの肉体関係の件をふたたび持ち出し、さっき軽く受け流されたのはただの虚勢でしかなく、内心ではやはり傷ついていたことを確認したのち、哄笑とともにグランチャーのコックピットハッチを閉じている。
完 全 勝 利
怒りに我を忘れた勇は、ジョナサンの駆るグランチャーへ向けてチャクラ光を乱れ打ち、ジョナサンに逃げられた後は、
と負け犬の遠吠えを上げ、そんな勇を心配するヒロイン・宇津宮比瑪のことも拒絶して、
以上がことの顛末であり、富野アニメでお約束の「戦闘中に敵を糾弾する」というパターンが、「逆に言い負かされて悔し泣きする」という異例の事態となった。
敵の悪口で泣かされたロボアニメの主人公なんて勇くらいではないだろうか。
蛇足ではあるが、いくつかの点について補足を行う。
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最終更新:2024/03/29(金) 20:00
最終更新:2024/03/29(金) 20:00
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