鎖国

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  • 31ななしのよっしん

    2017/03/21(火) 16:26:11 ID: MgXXvYS82N

    17世紀前半の禁教がイベリアの排除を眼としていたのは確かなのですが、
    江戸時代における対外政策というのは単なるイベリア排除だけではなく、
    明清交代、オランダタイワン占領といった東アジア世界全体の変動への対処であると同時に
    西の貿易権を幕府に集約していくという内政的諸課題の結果だというのは
    研究から明らかにされている点です。
    つまり禁教は「幕府の対外政策」の一面でしかありません。
    原の乱を転機として捉える「鎖国=禁教」的見方は、残念ながら現代ではを持ち得ません。

    そうなると「幕府の対外政策」を「いわゆる鎖国」と定義することになってしまうのですが、
    そこで問題なのが「鎖国」という言葉がかなりステロタイプ的な意味合いを持っている点です。
    つまり、「鎖国」という言葉を使う以上このステロタイプイメージに引っられてしまう。
    それならば鎖国という言葉自体捨ててしまおう、というのはまあ心情として理解できるところです。
    そのうえで、江戸時代をどう考えるか(農本思想的な自給自足国家なのか、はてまた
    貿易を必須要素とする制限貿易国家なのか等々)といった、学術的な問題もあります。

    まあ個人的には、高校まで「いわゆる鎖国」で習って大学で「鎖国」という言葉を不用意に使って
    教授に突っ込まれるまでがテンプレでいいじゃないか、とも思っちゃうわけですが。

    大百科の記事も手を入れたい気はしますが、下手したら本一冊かけるものなので
    どこから手を付けて良いやらという感じです。

  • 32ななしのよっしん

    2017/08/11(金) 01:14:26 ID: 9UTe1obcAx

    オランダ繋がってたから鎖国じゃない!とアピールするけどまぁそのオランダ王から今こんな情勢だから開しようよと勧告されるも蹴ってたりするんですけどね

  • 33削除しました

    削除しました ID: KK7mMeYXv+

    削除しました

  • 34ななしのよっしん

    2018/03/07(水) 00:00:50 ID: yoIY6MMDOq

    鎖国したことで日本国内の安定と文化の醸成には一定の効果を発揮したことは確かだが、19世紀以前からの基礎工業の育成や資の確保を怠ってきたツケが大きすぎた。
    それゆえ明治政府は諸外に遅れを取り戻すべく理に理を重ねて、富強兵に全振りした結果が、外交的戦略の間違いを引き起こして最終的に核打ち込まれた一因でもあるし、江戸時代の遅れのツケが回った結果ともいえる。

  • 35ななしのよっしん

    2019/04/11(木) 07:03:46 ID: q/bFlEbPAo

    さすがに戦前日本の外交ミス江戸時代のせいというのは暴論だと思う
    な工業化や民思想の統一ができたのは明らか江戸時代という下地があればこそなのに
    戦後のアフリカ大陸々の多くが安定政権の立に失敗しているのは江戸時代のような前政権下での民思想の統一や教育、文化的下地という恩恵がかったからだし

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