治金丸(刀剣乱舞)とは、ブラウザゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」に登場する刀剣男士である。
CV:熊谷健太郎 / イラストレーター:なまにくATK(ニトロプラス)
沖縄宝剣のひとつ、というと格好つけすぎかな。
山城の国で打たれて琉球へやってきた変わり種さ。兄弟共々よろしく(刀帳)
琉球王国の王家に伝来した宝剣のひとつ。
山城生まれの琉球育ち。
拵は本土製だが、鍔と切羽は千代金丸と同種のもので琉球で付けられたと思われる。
鳥のように舞う、沖縄武術「手(テイ)」の使い手。
2020年7月21日からのイベント「連隊戦 初夏の陣」で、夜光貝10万個の確定報酬(20万個でもう一振入手可能)として実装された。
当該イベントでは最大4部隊によって貝を集める事となり、メンバーに千代金丸(刀剣乱舞)がいる場合の入手数が1.5倍となる。入手数が3倍になる「三倍魚籠」、10倍になる「十倍魚籠」(一日一個限定販売)が発売されており、更に回復アイテム「兵糧丸」「采配」の道中での購入が可能である。
また今回から北谷菜切(刀剣乱舞)を含めた部隊を1度でも出陣させ、全ての戦闘に勝利すると確定で虹色の夜光貝が1つ入手できる。虹色を7つ集めると「特別合戦場」が解禁され、通常よりも多く貝の入手、および特定の刀剣男士が稀ドロップする仕様となっている。
要求数は多いが、イベント期間がかなり長い為、無課金でも時間と小判さえかければ入手は充分可能なのは以前と変わりない。またイベント任務をクリアする事で課金アイテムも比較的入手しやすい。
期待されていた琉球宝剣の最後の一振という事もあり、チラ見せの段階で速攻で治金丸と特定。イベント開始後、約2時間半で入手報告が上がる事となった。
実装にあわせ、PVが公開された。
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https://twitter.com/tkrb_ht/status/1285499760628113408
鳥の羽を思わせる特徴的な金髪、健康に日焼けした肌、黄色を主体とした戦装束が特徴的な青年(青年と少年の間)。
肩から襷がけにしたベルトには縞模様の鳥の羽がついているが、これは宮古島で天然記念物指定を受ける猛禽類・サシバではないかと思われる。
襟は琉球絣の伝統的意匠、風車(カシマーシー)と燕(トゥイグワー)。全体的に軽装で、サンダルにも羽の意匠が施されている。
内番衣装は白地に黄で鳥の模様が染め抜かれたかりゆしウェア。紋はかつての所有者である尚家(第二尚氏)の家紋、左三つ巴こと「左御紋(ひだりごもん/フィジャイグムン)」をベースに、鳥の羽と風をあしらっている。
千代金丸のことを「だい兄(にぃにぃ)」、北谷菜切のことを「ちい兄(にぃにぃ)」と呼び、琉球宝剣の中では末っ子である。また伝承で入れ替わり説が存在する千代金丸については「時々、自分との境目が解らなくなる」時があるらしい。
兄弟同様、のんびりした物言いでゆるふわな印象を与える言動が多い。
紹介からも解るように、沖縄武術「手(テイ/てぃー)」の使い手。その為か集団戦よりも個人での戦いを得手としており、己の腕前に自信を置いている様子。隊長に据えると「一人で突っ込めばいいわけじゃないからなぁ」とぼやき、刀装についても「ごちゃごちゃすると動きづらくなりそうだなぁ」と言及する。
戦闘時のグラフィックでも左手に本体、右手を引いて拳を構えている。何気に明石国行(刀剣乱舞)のみだった左利きの刀剣男士が増えた。
出陣では「誰であろうと斬り伏せるまで!」と宣言する一方、演練では「生き死にのない試合だ、楽しくやろう」と呼びかける。傷を負っても「ははっ、傷をつけるか。やるな!」とひるんだ風もなく、真剣必殺では「こうなっては禁じ手なしだ。覚悟しろ!」と笑みさえ浮かべて反撃に転ずる。一騎打ちでも「残念だったな、オレはこういう状況こそが大の得意だ!」と言っており、兄二振と比較するとかなり好戦的。
内番も真面目にこなし、馬の大きさに驚いたり、畑の土の質に興味を抱いたりと、無邪気かつ好奇心が旺盛。
千代金丸と北谷菜切との間では回想が計3つ発生。のんびりマイペースの千代金丸、しっかり者の北谷菜切、自分らしくあればそれでいいと言う治金丸という微笑ましい関係性が示唆された。
また千代金丸を慮ってその影たらんとする姿も描かれ、その必要はないと告げる千代金丸に対して「背負うことがオレの生き方」と宣言、自らそれを望んでいる事を明かしている。
Lv20でランクアップ。
脇差の中では機動・衝力がトップに躍り出た反面、統率がワースト2位となっている。
CVを担当している熊谷健太郎氏は埼玉県生まれだが、6歳から19歳まで沖縄県で過ごしており、公式プロフィールでも沖縄県出身となっている。
情報解禁に伴いTwitterにて「彼のルーツに勝手ながらシンパシーを感じ、その雰囲気がうまく出せたら」と語っている。
琉球王国(琉球国/現在の沖縄県)の王族・尚家に伝来した刀剣。
正式名称は「黒漆脇差拵(号 治金丸)」。
同じく伝来の刀剣に「千代金丸(ちよがねまる)」「北谷菜切(ちゃたんなきり/ちゃたんなーちりー)」があり、三振ともに「琉球国王尚家関係資料」として国宝指定を受けている。
刃長は53.8cm。本体は室町時代初期の刀工、応永信国の作と推定されるが、後述する来歴もあって由来の詳細は不明。
鍔と切羽が千代金丸とほぼ同じ意匠である事や、千代金丸の鍔に「てかね丸」の文字が刻まれている事などから「千代金丸と治金丸は長い時の中で入れ替わった」という説が存在するが、真相は不明。ゲーム内で治金丸が千代金丸の影であると語るのは、こうした謂れからと思われる。
江戸時代中期に編纂された琉球の歴史書「球陽」によれば、大永2年(1522年)、宮古島の豪族・仲宗根豊見親(なかそね とぅゆみゃ)が琉球王国第二尚氏王統・第3代国王である尚真王に献上した刀である。
尚家関係資料「治金丸宝刀ノ由来」によると、尚真王が八重山諸島を平定した事を祝して献上されたという。また「球陽」には前後の顛末も書かれており、宮古島平良の北に突如として轟音と共に閃光が放たれ、豊見親はその場所で治金丸を発見した。長らく家宝としていたが、凡愚の持つべきものではないとして尚真王に献上するも、帰りの船が難破して多くの死傷者を出したという。
尚真王は治金丸を京都の研ぎ師に研がせようと考え、阿波根実基(あはごん じっき)に宝剣を託して向かわせた。しかし研ぎ師は治金丸をすり替えて偽物を返却、帰国後にそれが発覚する。
王命を受けた阿波根は京都で3年に渡り治金丸を捜索、研ぎ師を突き止めて遂に取り戻す事に成功する。これを喜んだ王は彼に「京阿波根(きょうあはごん)」の位階を授け、京阿波根は後に士族の最高位である親方(うぇーかた)へと栄達を果たした。
この京阿波根は手(てぃー)の元祖とも呼ばれ、文献上に記録のある琉球武術家としては最古の人物とされる。その後人の恨みを買った為に首里城で暗殺されるが、その際に自分の命を狙った暗殺者の両腿を折り砕いたと「球陽」には語られている。
また沖縄の民間伝承にも、治金丸の名が登場する。
第13代国王・尚敬王の御世、黒金座主(くるがにざーしー)なる怪僧が妖術を使い、信者を誑かして金を巻き上げ、女犯を重ねるなどの悪事を働いていた。王弟である北谷王子朝愛(ちゃたんオージちょうあい)は命を受け、黒金座主の退治に向かった。
王子は座主に囲碁の勝負を持ちかける。座主は「もし私があなたに勝ったなら髷(カタカシラ)を頂く。私が負けた時には、この福耳を差し上げよう」と難題を持ちかけた。これに乗った王子は早速囲碁を始めるが、当初劣勢だった王子が巻き返すにつれ、座主は動揺し始める。妖術をかけて王子を眠らせ、隙を見て逃げ出そうとしたが、我に返った王子は治金丸を抜き放ち、座主の耳を切り落としてしまった。
この傷が元となって黒金座主は死んだが、その後悪霊となって王子の一族である大村御殿(おおむらうどぅん)に祟りを成した。悪霊は耳から血を流し、両手に小刀と鎌を持った凄まじい姿で大村御殿の門前に姿を見せ、生まれる男児はことごとく早死にした。この為、大村御殿では男児が生まれると「大女子(うふいなぐ)が生まれた」と大声で呼ばわる事で祟りを免れたという。
この逸話は広く民間に知れ渡り、「耳切坊主(みみちりぼーじ)」という民謡として今に残り、「泣き止まない子は耳切坊主に耳を切られてしまうよ」という警句となっている。
現在は那覇市歴史博物館が所蔵。ウェブサイトの「デジタルミュージアム」にて写真が公開されている。
直近では2018年6月1日~6月27日に、千代金丸・治金丸・北谷菜切が揃って公開された。2020年夏にも公開予定だったが、新型コロナウィルスの影響により中止となっている。
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最終更新:2024/04/25(木) 23:00
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