中央銀行の国債直接引き受け 単語

チュウオウギンコウノコクサイチョクセツヒキウケ

6.1千文字の記事
これはリビジョン 2776070 の記事です。
内容が古い・もしくは誤っている可能性があります。
最新版をみる

中央銀行の国債直接引き受け(Direct underwriting of government bond by central bank)とは、経済学における用語で、政府が発行した自国通貨建て国債を中央銀行が直接引き受けて、国債を新規の自国通貨に変えることをいう。

「マネタイゼーション」「財政ファイナンス」「ヘリコプターマネー(ヘリマネ)」といった類似表現がある。これらはすべて同じ意味を持つ。

日本では財政法第5条によって規定されており、国会の議決があれば行うことができる。
 

概要

政府が発行する国債には、他国通貨建て国債と自国通貨建て国債の2種類がある。このうち、自国通貨建て国債を中央銀行(日本なら日本銀行、アメリカ合衆国ならFRB)に直接引き受けさせて、国債を自国通貨に変えてしまう。国家の持つ通貨発行権を行使して、新たに通貨を作り出す政策である。

中央銀行の国債直接引き受けにおいて作り出される通貨は、中央銀行預金(日本なら日銀当座預金)である。政府は、新たに得た中央銀行預金を使って財政支出する。そうすると民間銀行が持つ日銀当座預金が増えて、民間銀行の貸出限度額が増え、インフレ圧力がかかる(準備預金制度の記事で解説されている)。

日本においては、1929年頃からの昭和恐慌の際に当時大蔵大臣だった高橋是清が大規模に行った。当時は世界中でデフレを伴う恐慌となっていたが、中央銀行の国債直接引き受けを高橋是清が大規模に実行したことで、世界で最も早くデフレから脱出することに成功した。
 

マネタイゼーションという言葉の意味

マネタイゼーションは英語のMonetizationのことで、「通貨に変える、貨幣化する」という意味である。
 

財政ファイナンスという言葉の意味

財政ファイナンスという言葉の中のファイナンスとはfinanceと書き、「資金を融通する」という意味である。

だから「財政ファイナンス」とは、「政府の財政が危機になっているとき、資金を融通する」という意味である。

ただ、ファイナンス(finance)は財政という意味もある。そのため「財政ファイナンス」を直訳すると「財政財政」となり、ちょっと面白いことになる。
 

ヘリコプターマネーという言葉の由来

中央銀行の国債直接引き受けの類似表現には色々あるのだが、その中で最も面白くユニークな表現は「ヘリコプターマネー(ヘリマネ)」だろう。

この言葉を流行らせたのは、ベン・バーナンキ(2006~2014年のFRB議長。同職は日本の日銀総裁に相当)である。

バーナンキの師匠がミルトン・フリードマンというノーベル経済学賞を受賞した経済学者なのだが、そのフリードマンが『貨幣の悪戯』という著書で寓話を書いた。その寓話を読んだバーナンキは、フリードマンの90歳誕生日会で「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけばよい」と発言した。

バーナンキの発言が面白かったので、それ以降みんなが「ヘリコプター・ベン」「ヘリコプター印刷機」というあだ名でバーナンキを呼ぶようになった。

helicopter moneyと画像検索すると、面白い画像が多くヒットする。もちろん、実際の政策においては、本当にヘリコプターでばらまくわけではなく、政府が中央銀行の国債直接引き受けで得た政府預金を様々な銀行に送金し、各家庭へ銀行振り込みするというかたちで行われる。児童手当(子ども手当)を政府から各家庭へ銀行振り込みで行うのと同じである。とにかくお金をばらまいてデフレ克服しよう、というものである。

ベン・バーナンキは歴代FRB議長の中でも高く評価されている部類の人物である。そのバーナンキが言ったことなので、権威に弱い人は「ヘリコプターマネー(ヘリマネ)」という言葉を好んで用いる。
  

関連する法律

中央銀行の国債直接引き受けが法に抵触しているかどうか、確認しておきたい。先に結論を言うと、禁止されてはいるが但し書きを付けて許可されている。このため、賛成派も反対派も法律を持ち出して自分たちを正当化しようとする傾向がある。
 

財政法第5条

中央銀行の国債直接引き受けを扱うのは財政法第5条である。 

財政法第5条 すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。


条文の前半で、中央銀行の国債直接引き受けを禁じている。国債というのは中央銀行に直接引き受けさせてはならず、市中の銀行などに売りさばくべきである、と定めている。これを「国債の市中消化の原則」という。

ところが、条文の後半で「ただし」とひるがえっている。国会の議決があれば、中央銀行の国債直接引き受けをしてよいと定めている。
 

日本国憲法第83条、第85条

財政法の上に位置する法というと、日本国憲法がある。憲法第七章は財政についての条文がまとめられており、いずれも「国の財政は、国会が決める」と定めている。これを財政民主主義という。その中でも第83条と第85条は、財政民主主義を明確に定めている。
 

日本国憲法第83条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。

日本国憲法第85条 国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。


これらの条文が、財政法第5条の後段の「ただし、国会の議決があれば、中央銀行の国債直接引き受けをしてよい」の根拠となっていると言える。
 

旧・日本銀行法第22条

1942年に日本銀行法(日銀法)が施行された。そのなかには中央銀行の国債直接引き受けを許容する条文がある。
 

旧・日本銀行法第22条第1項 日本銀行ハ政府ニ対シ担保ヲ徴セズシテ貸付ヲ為スコトヲ得

旧・日本銀行法第22条第2項 日本銀行ハ国債ノ応募又ハ引受ヲ為スコトヲ得


このページこのページで旧・日本銀行法の条文を閲覧できる


これらの条文は1997年まで55年間の長きにわたり生き続けた。1997年6月に日本銀行法は全面改正され、新・日本銀行法として現在まで続いている。

財政法は1947年に制定された。つまり、1947年から1997年までの間は、日本銀行法第22条で「中央銀行の国債直接引き受けをしてもよい」と規定し、財政法第5条で「中央銀行の国債直接引き受けを禁止する」と規定していた。全く異なる内容の法律が併存するという、珍妙な状況が続いていた。
 

賛成派

緩やかなインフレを容認し、デフレ脱却を最優先すべきと論ずるリフレーション派の論者たちは、デフレ下における中央銀行の国債直接引き受けを強く主張することがある。
 

反対派

インフレ恐怖症の罹患者が猛反対する

中央銀行の国債直接引き受けは、インフレ嫌いの人たち(インフレ恐怖症とも呼ばれる)が徹底的に敵視する政策である。

インフレ恐怖症の罹患者が、中央銀行の国債直接引き受けについて、「禁じ手」「絶対にやってはいけない」「悪魔的手法」「悪性のインフレをもたらす」と激しく非難するのは、よく見られる。

ただ、こうした批判には的外れなところがある。中央銀行の国債直接引き受けというのは、政府が日銀に対して新規発行国債を直接購入させる政策なのだが、そこから先は日銀に対して何も行動を要求しないものである。つまり、中央銀行の国債直接引き受けをしたあと、日銀は国債を市場に売却する売りオペレーションを行ってもよい。日銀が、政府から直接押しつけられた国債を全て市中に売却すれば、日銀当座預金を削減できて、きっちりとインフレを押さえ込むことができる。

だから、「中央銀行の国債直接引き受けは、インフレをもたらす」というのは、売りオペという選択肢を意図的に無視したものであり、単なるレッテル張りとしか言いようがない。

日銀はこのページで「中央銀行通貨の増発に歯止めが掛からなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがある」と語っているが、売りオペして中央銀行通貨を消滅させるという日銀の業務を意図的に無視している。公共性の高い業務を行う組織(日銀法第5条)に求められる公平中立な言説から、大きくかけ離れている、と言えるだろう。
 

中央銀行が嫌がる

日本銀行は中央銀行の国債直接引き受けを非常に嫌がっており、1982~1986年に刊行した『日本銀行百年史』の第4巻にて『遺憾な出来事』と表現している。遺憾というのは、日本人にとって最大級の非難である。
  

国債の本行引受発行方式の実施は、本行の長い歴史の中でも、もっとも遺憾な事柄であったといえよう。(26ページ

昭和7年秋に本行が国債の本行引受け発行方式の実施に同意したことは、やがて本行からセントラル・バンキングの機能を奪い去るプロセスの第一歩となったという意味において、まことに遺憾なことであった。これは本行百年の歴史における最大の失敗であり、後年のわれわれが学ぶべき深刻な教訓を残したものといえよう。 (55~56ページ


なぜ、ここまで嫌がるのか。単なるインフレ恐怖症だというだけではなく、名誉欲という意味合いがあるのである。

中央銀行の国債直接引き受けは、中央銀行が独立性を失い、政府に従属する存在に成り下がることを意味する。政府や国会の命じるまま通貨を発行させられ、言いなりの下僕となる姿を、全世界の人に見られる。経済界やマスコミに「中央銀行は、あまりすごくない存在だ」と思われるようになり、とても体裁が悪い。

政府や国会に対して、独立性を保つ姿を見せつけたい。言いなりにならず、突っ張る姿を見せつけたい。そういう毅然たる姿を見せつけて、経済界やマスコミに「中央銀行は、すごい存在だ」と思われるままにしたい。そういう名誉欲が根底にあるので、日本銀行は中央銀行の国債直接引き受けに対して常に嫌がる態度を見せる。

中央銀行の総裁が「中央銀行の独立性を尊重すべきだ」と発言し政府・議会の要求を退けようとするのは、日本に限ったことでは無く、世界中で見られる。アメリカ合衆国のFRB議長もそう発言することがある。
 

中立派

さらに、賛成派と反対派の両方に対して「いったい、何をそんなに騒いでいるのか」という態度を見せる中立派もいる。
 

政府の国債市中消化を助ける買いオペが、すでに行われている

日銀は、政府の国債市中消化を助ける買いオペを日常的に行っている。

これがどういう金融政策であるかについては買いオペレーションの記事に書かれているのだが、簡単に説明すると、以下のようになる。

政府が40兆円の国債を売却するとする。それを事前に察知した日銀は、民間金融機関たちから合計40兆円分の国債を買い上げて、40兆円の日銀当座預金を民間金融機関たちにばらまく。合計40兆円の日銀当座預金を握りしめた民間金融機関たちは、政府から売り出された国債を次々と購入する。これが、政府の国債市中消化を助ける買いオペである。

政府の国債市中消化を助ける買いオペを経ると、日銀は40兆円分の国債を資産として増やしており、民間金融機関たちの保有国債や保有日銀当座預金はほとんど変わらず、政府は40兆円の政府預金を手にすることになる。

政府が40兆円の国債を売却し、それを日銀が直接購入するのが、中央銀行の国債直接引き受けである。中央銀行の国債直接引き受けを経ると、日銀は40兆円分の国債を資産として増やしており、民間金融機関たちの保有国債や保有日銀当座預金は全く変わらず、政府は40兆円の政府預金を手にすることになる。

政府の国債市中消化を助ける買いオペと、中央銀行の国債直接引き受けは、酷似していることがよく分かる。


建部正義・中央大学名誉教授は、『商学論纂第55巻第3号(2014年3月)』の611ページ以降で、日銀が民間銀行から国債を高めの値段で買い上げて日銀当座預金を渡し、民間銀行が渡された日銀当座預金で新規発行国債を政府から購入している、と指摘しており、さらに618ページで以下のように述べている。

本稿の結論は,~(中略)~ 銀行が国債を購入するにあたっての資金源泉はといえば,日銀当座預金以外には考えられず,したがって,銀行の国債消化ないし購入能力は,日本銀行による銀行にたいする当座預金の供給の仕振りによって規定されるということ,こういうものであった。

~(中略)~

この結論は,さらに転じて,今日のわが国の国債発行システムは,市中消化という形式をとりながらも,その内実は,日本銀行による国債の直接引受と事実上異なるところがないというさらに衝撃的な理論的帰結につながる。

 
中野剛志は、『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室 基礎知識編』の124ページで、以下のように述べている。ちなみに、この文章の直後に注20とあり、先ほど紹介した建部正義・中央大学名誉教授の論文を紹介している。

では、この銀行の「日銀当座預金」は、どこから来たのでしょうか。それは、もとはと言えば、日銀が供給したものなのです。

さて、そうだとすると、銀行による国債購入というのは、日銀が政府から直接国債を購入して当座預金を供給すること(日銀による政府への信用創造)、いわゆる「財政ファイナンス」とほぼ同じということになります。

 

賛成派や反対派への冷めた目線

日銀が、政府の国債市中消化を助ける買いオペを日常的に行っていることを知ると、中央銀行の国債直接引き受けに対して賛成している人にも反対している人にも、非常に冷めた目線を向けるようになる。

賛成派には、「中央銀行の国債直接引き受けと類似する行為がすでに行われているのだから、中央銀行の国債直接引き受けを目指す意味がない。中央銀行の国債直接引き受けには国会の議決が必要で、手間がかかる。国会の議決をするために、他の有益な法案の審議時間を削る羽目になり、国家の発展を阻害してしまう」という言葉を浴びせるようになる。

反対派には、「中央銀行の国債直接引き受けと類似する行為がすでに行われているのだから、中央銀行の国債直接引き受けに対して必死に反対するのは、どうも間抜けだ。財政法第5条というのも、全く意味のない条文だ」という言葉を浴びせるようになる。
  

関連リンク

Wikipedia記事

コトバンク記事

関連項目

  • お金(貨幣)(通貨)
  • 紙幣
  • 不換銀行券
  • 兌換銀行券
  • 政府紙幣
  • 軍票
  • 宋銭
  • 小切手
  • 手形
  • 電子記録債権(電子債権)
  • 信用貨幣論
  • 国定信用貨幣論
  • 商品貨幣論
  • 現代貨幣理論(MMT)
  • ストック
  • フロー
  • 貸借対照表(バランスシート)
  • 損益計算書
  • 銀行
  • 中央銀行
  • 日本銀行
  • 信用創造
  • 準備預金制度
  • マネタリーベース(日銀当座預金)
  • マネーストック(マネーサプライ)
  • ゼロ金利政策
  • マイナス金利政策
  • インフレーション
  • デフレーション
  • 短期金利
  • 長期金利
    • 固定利付債
  • 国債
  • 売りオペレーション
  • 買いオペレーション
  • クラウディングアウト
  • プライマリーバランス
  • インフレ恐怖症
  • 国債恐怖症
  • 財政再建(緊縮財政)
  • 累進課税
  • トリクルダウン

おすすめトレンド

ニコニ広告で宣伝された記事

記事と一緒に動画もおすすめ!
もっと見る

急上昇ワード改

最終更新:2025/12/08(月) 04:00

ほめられた記事

最終更新:2025/12/08(月) 04:00

ウォッチリストに追加しました!

すでにウォッチリストに
入っています。

OK

追加に失敗しました。

OK

追加にはログインが必要です。

           

ほめた!

すでにほめています。

すでにほめています。

ほめるを取消しました。

OK

ほめるに失敗しました。

OK

ほめるの取消しに失敗しました。

OK

ほめるにはログインが必要です。

タグ編集にはログインが必要です。

タグ編集には利用規約の同意が必要です。

TOP