井上尚弥(いのうえ・なおや)とは、神奈川県座間市出身の日本のプロボクサーである。
1993年4月10日生まれ。第33代WBC世界ライトフライ級王者。第17代WBO世界スーパーフライ級王者。現在はWBC・IBF世界バンタム級王者、WBA世界バンタム級スーパー王者。
高校アマチュア七冠。国内最速世界王者(当時)。世界最速二階級制覇(当時)。弟はプロボクサーで元WBC世界バンタム級暫定王者の井上拓真。ニックネームは「怪物(The Monster)」。
右ボクサーファイター。攻め手豊富でアグレッシブなカウンターパンチャー。
「すべてが理想形」「特徴が無いのが強さ」とも評されるオーソドックスかつ穴の無いタイプで、パワー・スピードだけでなく防御技術やタフネスにも秀でる。左右どちらのパンチでもダウンを取れるが、中でも下半身をフルに使ったフックの威力は抜群。
スーパーフライ級に上げた直後は以前は長引いた際に動きが雑になるという弱点があった他、自身のパワーに拳が耐えられず怪我に悩まされていた。バンテージ巻きのスペシャリスト・永末貴之氏との協力やボクシングスタイルの改善でこれらを克服してからはむしろ破壊力が増大、世界戦での早期KOを量産している。
下の階級から数階級上の世界ランカーまで幅広い相手とスパーリングを行っており、「周辺階級の日本人有力選手や元世界王者を相手に招いていたら、誰が行ってもボコボコにされるので被害者の会が結成されて来てくれなくなった」「3階級上の選手がガードしたら腕を骨折した」など様々な逸話を持つ。同じ大橋ジムには三階級世界王者の八重樫東も在籍しているが、「自信を失うといけないので今はやらせない(大橋会長)」「殺されちゃいます、絶対嫌です(本人)」とのこと。現在はフェザー級世界ランカーのセルバニアを筆頭に海外選手を招聘することが多いらしい。
小学校1年生のときに、アマチュアボクシングの練習をする父・真吾の姿を見てボクシングを始める。中学3年時に第一回全国U-15大会で優秀選手賞を受賞。
高校1年時にインターハイ、国体、選抜の三冠を達成。 高校3年では国際シニア大会であるインドネシア大統領杯にて金メダルを獲得。世界選手権こそ3回戦負けも、インターハイ、全日本選手権を制覇。高校タイトル5冠、シニアタイトル2冠で、史上初の高校七冠を達成した。
高校卒業後、2012年4月にロンドン五輪予選会を兼ねたアジア選手権に出場。決勝まで残るが、翌年の世界選手権覇者となる地元カザフスタンのビルジャン・ジャキポフに12-16で敗戦。ロンドン五輪出場の望みが絶え、プロに転向する。
なお、高校時代に後のWBAライトフライ級王者の田口良一とスパー。ダウンを奪われ、田口は悔しさで涙したという。ぶっちゃけ相手が悪い。(もっとも、プロになった井上の挑戦を受けた田口は偉かった)
アマチュア戦績は81戦75勝(48KO/RSC)
プロでの戦績は23戦23勝(20KO)
プロテストで当時の日本ライトフライ級王者黒田雅之(川崎新田)を終始圧倒し、B級ライセンス試験に合格。
プロデビュー戦は、10月2日に後楽園ホールにてOPBF東洋太平洋ミニマム級7位にランクされているクリソン・オマヤオ(フィリピン)と49キロ契約8回戦で対戦。A級でのデビューは1987年の赤城武幸以来25年ぶり7人目で10代は初。デビュー戦なのにTBSが深夜で放送するほどの注目度であった。試合自体は4回2分4秒KOで勝利。プロ転向からわずか3か月でOPBF東洋太平洋ライトフライ級10位にランクインし、日本ライトフライ級6位にもランクされた。
2戦目から早くも対戦者探しに苦労するようになる。世界ランカー三人にオファーを出すが、「新人と聞いていたが話が違う」と断られる始末。結局、タイ・ライトフライ級王者ガオプラチャン・チュワタナ(タイ)と50キロ契約8回戦で対戦。ここは軽く1回KOで勝利する。
なお、この試合はTBSが夕方生中継するという力の入れようだった。TBSが将来のvs井岡一翔を意識したのか、それとも既に落ち目だった亀田一家の後釜と考えていたかは不明である。(しかしTBSはなぜか井上を手放す。逃した大魚はあまりに大きい)
次戦も日本王者含む世界ランカーに試合を断られる。受けたのは日本ライトフライ級1位の佐野友樹。試合は3回に右拳を故障するも左一本で佐野をほぼコントロールして、10回1分9秒TKO勝ちで下した。この勝利で日本ライトフライ級1位にランクされる。
2013年8月25日、日本ライトフライ級王者田口良一(ワタナベ)と対戦。田口の左フックとKOを期待される重圧に攻めあぐね判定となったが、3-0の明確な判定で田口を下し、辰吉丈一郎に並ぶ国内男子最速の4戦目で日本王座を獲得した。
なお、井上にダウンを奪われなかったのは、18年10月現在で田口ただ一人である。田口は後にWBA世界ライトフライ級王座を獲得、同王座を7度防衛している。特に7度目の防衛戦ではIBF世界同級王者の強豪ミラン・メリンドとの統一戦を制し、ライトフライ級の2団体統一王者となった名王者である。
田口は後に、「井上以上に強い相手などいない」という思いが自分を支えてきたと語っている。強者は強者を生むのである。
2013年12月6日、小野心の王座返上に伴ったOPBF東洋太平洋ライトフライ級王座決定戦にて、同級二位のヘルソン・マンシオと対戦。攻防共にボクシングレベルのアップした姿を見せつけ、5回2分51秒で当時国内最速の五戦目でOPBF東洋太平洋王座を獲得。
そして2014年4月6日、大田区総合体育館にて、WBC世界ライトフライ級王者アドリアン・エルナンデス(メキシコ)と対戦。試合の三週間前にインフルエンザにかかり二週間で10キロを落す過酷な減量から試合に臨んだ。
試合は井上が1Rから圧倒し、3R後半に有効打によりエルナンデスの右瞼の上をカットするも、その3Rには井上にも減量苦による水分不足から足が攣りかけるアクシンデントが起きる。4回からエルナンデスも王者の意地を見せるが、6回に井上の決死の猛攻にダウン。6回2分51秒TKO勝ちで当時日本男子最速のプロ入り6戦目での世界タイトル獲得となった。
2014年9月5日、国立代々木第二体育館にて、元PABAミニマム級王者でWBCライトフライ級13位のサマートレック・ゴーキャットジム(タイ)と初防衛戦。プロキャリアを始めたライトフライ級に、筋肉の育つ成長期の身体は減量の限界となり、水分不足による試合中の足の痙攣は常態化しつつあり、減量後の姿は病的と表現していいほどの仕上がりになっていた。ダーティな手も使う相手にしっかりと11回1分8秒TKO勝ちを収めたが、試合後には階級転向を示唆。
2014年11月6日、かねてからの減量苦によりスーパーフライ級への転向を発表。更に通算27度の王座防衛を誇る階級最強王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)への挑戦も発表された。
ジョー小泉のブログによると、当初はWBA世界フライ級正規王者ファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)と交渉していたが先行きが見えず、ナルバエスなら年末の日本でも行けるとアルゼンチン側から提案され、実現したら面白いとその話をしてみると「強い王者とやりたい」という井上親子の希望で実現したそうな。
階級を代表する名王者への挑戦に「無謀」「まだ早い」などの声もあったが(ちなみに海外ブックメーカーサイトでは井上有利と出ていた)、2014年12月30日、東京体育館にてWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエスと対戦。プロアマ通じてダウン経験なしの不倒の男に対し、1回額への右打ち下ろしからガード越しの右ストレートでダウンさせると、テンプルを掠める左フックで二度目のダウンを奪う。 2回には芸術的な左フックでダウンを奪い、更に左ボディでダウンを奪うとテンカウント。
「怪物」としか形容しようのない2回3分1秒の圧勝劇で、ポール・ウェアーの9戦を上回る当時の世界最速となる8戦目での2階級制覇を達成した(2016年にワシル・ロマチェンコが7戦で更新)。
尚この勝利が評価され米国のボクシングサイト「ボクシング・シーン・ドットコム」「セコンド・アウト・ドットコム」「ファイト・ニュース・ドットコム」の2014年度ファイター・オブ・ジ・イヤー(年間最高選手)に選ばれ、2015年1月6日、後楽園飯店で行われた2014年の日本ボクシング年間表彰選手選考会に於いて、最優秀選手賞とKO賞に選出。上述のナルバエス戦が年間最高試合に選出されるなど具志堅用高(78・79年)高橋ナオト(89年)以来の3冠を達成した。
2015年12月29日、同級1位ワルリト・パレナス(フィリピン)と約一年振りとなる初防衛戦。ガードの上からなぎ倒す右でダウンを奪うと、そのまま攻め込み2R1分20秒TKO勝ちを収めた。試合後、ナルバエス戦の負傷により三月に右拳の手術をしていたことを告白した。
2016年5月8日に同級1位のダビド・カルモナ(メキシコ)との指名戦が有明コロシアムにて開催。「中盤まで技術を試す」というテーマで臨んだが、打たれ強く上手い指名挑戦者に、2Rで右拳を痛め、更に左で相手をコントロールするうちに左拳も痛める。それでも最終12Rにはカルモナを攻め立てダウンを奪い、ストップ目前でゴング。3-0の判定で勝利。
試合後に、2018年には現状のベストウエイトであるバンタム級に階級を上げる事を示唆。HBOからも対戦が望まれているWBC世界フライ級王者ローマン・ゴンサレスとの対戦を「(階級変更を)待てるのはあと一年だけ」とした。
……がこれは運命の悪戯で実現することはなかった。これについては後述する。
対戦相手探しに難航する中、当時同級3位(対戦時には同級1位)のペッチパーンボーン・ゴーキャットジム(タイ)と9月4日に対戦。試合二週間前に腰痛を発症し練習を出来ず、汗を流すだけの減量で計量前の状態は最悪、相手のローブローにイラつき打ったパンチで拳を痛めるなど、全体的に集中力が欠ける試合だったが、それでも10R3分3秒右ストレートでのKO勝ちで三度目の防衛を果たした。
ロマゴン戦の機運は高まっていた。9月10日のローマン・ゴンサレス対カルロス・クアドラスを視察した井上は熱狂するアメリカの会場の雰囲気に「鳥肌が立った」と話し、これまではさほど興味を持たなかった米国のリングに立ちたいと強く感じたという。結果はロマゴンが苦戦しながらも勝利。試合後には「井上とのスーパーファイトが期待されているが?」との問いに、ロマゴンは「もちろん喜んでやりたい」と話していた。この時、井上も周囲も、おそらくはロマゴン自身も、頂上決戦の実現を疑っていなかったであろう。
しかしビッグマッチへの道はまだ遠い。当時WBA王者だったルイス・コンセプシオンに統一戦のオファーを出すも実現せず。結局手を挙げたのは古豪で前WBA王者、河野公平(ワタナベ)であった。2016年12月30日、河野と有明コロシアムにて対戦。河野も雑草の意地を見せるが序盤から終始圧倒し、6R狙い澄ました左フックカウンターでダウンを奪い、立ち上がった河野を右ストレートで倒し6R1分1秒TKO勝ちで、四度目の防衛に成功。河野はキャリア初のKO負けとなった。
ここでロマゴンが翌年3月のシーサケット・ソー・ルンヴィサイに勝利すれば、いよいよ井上vsロマゴンの頂上決戦となるはずであった。ところが……
ロマゴンは僅差の判定で、生涯初の敗北を喫してしまったのである。極めて微妙な(そして多くはロマゴンを支持した)判定であった。
ロマゴンの敗北に、さすがの井上も落胆の色は隠せず「ちょっと言葉が見つからないですね……」「スーパーフライ級にとどまる理由がなくなった」と発言している。モチベーションの維持は困難な状況になった。
それでも井上は勝ち続ける。2017年5月21日には同級2位のリカルド・ロドリゲス(メキシコ)を3Rで一蹴。途中でサウスポースタイルを見せる余裕も見せた。試合後、アメリカでの試合のオファーが来ているのを発表。スーパーフライ級の猛者を一同に会したイベント「SUPER FLY」のセミファイナルであった。もちろん、メインイベントはロマゴンとシーサケットのリターンマッチ。ロマゴンと井上が両方とも勝てば、今度こそ頂上決戦になる、はずだった。
2017年9月9日、井上は元北米WBOバンタム級王者のアントニオ・ニエベス(アメリカ)を相手に6度目の防衛戦を行った。もちろん、前述のSUPER FLYのセミである。井上は当然のようにニエベスを子供扱いし、戦意喪失に追い込み6R終了TKO勝ち。後はロマゴンが勝つだけだったのだが……。
スーパーフライ級に対応しきれなかったロマゴンは、階級屈指の強打者、シーサケットの前に4RKO負けしてしまったのである。この瞬間、夢の新旧怪物の頂上決戦は実質上消滅した。
失意の中、井上陣営はビッグマッチを模索。IBF王者、ジェルウィン・アンカハスとは実に3度、統一戦の合意寸前まで行った。しかし、明確に勝ち目がないと判断したアンカハスは逃亡。途方に暮れる中、フェイスブックで対戦名乗りを上げたヨアン・ボアイヨ(フランス)との防衛戦となったが、当然のように相手にならず3RTKO勝ち。もはや相手がいなくなったスーパーフライ級に留まる理由は、一切なくなった。
2018年、井上はバンタム級転級を発表する。この後押しとなったのが、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)の存在である。
WBSSは、乱立する世界王者の中で「誰が一番強いのか?」を決めるというシンプルかつ例を見ないトーナメント戦である。実現不可能と思われていたボクシング版「天下一武道会」であったが、巨額の優勝賞金(クルーザー級では約11億円)もあり第1シーズンは成功裏に終了。この第2シーズンの主役候補として白羽の矢が立ったのが、井上尚弥であった。悲願の世界進出につながる大会だけに、井上陣営は参加を了承。このエントリー条件がWBA王者、ジェイミー・マクドネル戦の勝利であった。
そうして2018年5月25日、大田区総合体育館で3階級制覇への挑戦となるタイトルマッチ。当時10年間無敗を保っていたマクドネルは、減量苦が報じられていたとはいえ身長・リーチとも大きく上回る相手だったが
「開始30秒で戦力を見切った」という井上は凶悪な左フックからのコンビネーションでダウンを奪うと、立ち上がりざまガード越しに猛ラッシュ。あろうことか試合時間112秒の秒殺でマクドネルを沈めてしまった。1RKOで世界タイトル奪取、バンタム級戦線へのこの上ないアピールであった。
そして7月の組み合わせ抽選会。WBSSの参加者は超豪華メンバーとなった。
・井上尚弥
・ライアン・バーネット(WBA・スーパー王者)
・ゾラニ・テテ(WBO王者)
・エマヌエル・ロドリゲス(IBF王者)
・ノニト・ドネア(元5階級制覇王者)
・ファン・カルロス・パヤノ(元WBA・スーパー王者)
・ジェイソン・モロニ―(無敗指名挑戦者)
・ミーシャ・アロイヤン(無敗の五輪銀メダリスト)
ほとんどが無敗か1敗のみ、複数回負けているテテとドネアも実績は十分と、まさにバンタム級最強を決めるに十分な8人である。(ルイス・ネリ?そんな外道は知らんなあ)
試合相手に逃げられ続けてきた井上にとってこれは願ってもない舞台ではあったが、初戦の早期決着も相まってバンタム級のリングでは経験値を積めていない。優勝予想オッズ1.6倍と圧倒的な優勝候補と見なされていたとはいえ、この面子であれば初の試練ともなり得る。そう思われていたが……
階級を上げた怪物の進化は、人々の想像を絶していた。
2018/10/7に行われた一回戦は、元WBAスーパー王者ファン・カルロス・パヤノとの初防衛戦。パヤノは至近距離での連打に定評があり、ラフファイトで試合をかき乱すのも得意な強豪である。下馬評では井上が有利ではあるにせよおそらくは手こずるという見方が大半だったが……
互いの隙を窺う立ち上がりから――2発。井上が放った、たった2発のワン・ツーがパヤノの意識を刈り取った。試合時間70秒、再びの秒殺劇であった。
あまりにもセンセーショナルなKOは世界を駆け巡り、Twitterの全世界のトレンドに「Naoya Inoue」が4位で登場する事態までヒートアップ。ボクシングの聖典と言われる海外名門格闘技雑誌・RINGは、この試合を2018年のノックアウト・オブ・ザ・イヤー(年間最高KO)に選出した。
衝撃の秒殺KOから半年後の2019/5/19、続く準決勝の相手はIBF世界王者エマヌエル・ロドリゲス。互いに無敗を誇る世界王者同士の激突である。試合の数カ月前には過熱する周囲の注目と期待に井上がスランプを起こした報道もあり、戦力的にも拮抗した互角の技術戦になると目されていた。しかし…
1Rこそロドリゲスの天性のカウンターセンスと闘志満々の前進に攻めあぐねるも、2Rで動きを修正するとあっという間に井上が主導権を奪取。立て続けに3度のダウンを奪う猛攻で無敗王者の戦意を叩き折ってしまった。2R1分18秒TKO、まさに蹂躙とも言うべき完全勝利であった。
昇級から世界王者クラスの強者に三連勝、それも全員を1~2RKOとまさに怪物じみた戦いぶりを見せた井上の注目度は更に上昇。日本のメディアへの露出は急増し、海外からも熱視線が注がれるようになった。
前述の「RING」誌が認定するパウンド・フォー・パウンド(階級を無視した最強ランキング)でも井上は7位からパヤノ戦で6位、ロドリゲス戦で4位に上昇。日本人ボクサーとしては初めて、同誌の表紙を飾った。
加えて念願の海外進出について、村田諒太やロマチェンコが所属する米国の大手プロモーター・トップランク社が契約を持ち掛けられているとの報道も。中重量級が主流の海外ボクシング興行でも、井上なら「稼げる」という評価の証明であった。
遂に世界は井上尚弥を知ったのである。
WBSS決勝の相手はノニト・ドネア。かつて『閃光』と謳われた左フックを武器に五階級を制覇、歴史に名を刻んだ選手である。
既に全盛期を過ぎて久しいとされ、下馬評は井上有利の予想が圧倒的。しかし歴戦の王者は「勝つことは分かっている」「私がバンタム級戦線のトップに再浮上する一戦になる」と、一種超然とした不気味な自信を滲ませていた。
日本のボクシングファンの間でも絶大な人気を持つレジェンドと、今まさに世界のスターダムを駆け上がらんとするモンスターの決戦とあって国内外の注目度は最大級。会場のさいたまスーパーアリーナは平日開催にも拘わらず日本のボクシング興行としては異例の22000席が即座に完売し、NHKは実に半世紀ぶりのボクシング中継を行うと発表した。
2019/11/7、アリーナを埋め尽くす人々が見守る中で決戦のゴング。立ち上がりは井上が優位に立って攻め込むも2R、絶妙のタイミングで入ったドネアの左フックが試合を一変させる。瞼をカットした井上はキャリア初の流血を強いられ、加えて眼窩底骨折で視界の焦点が合わない状態に。全身を使った強打と精密な距離感、井上の大きな武器をまとめて奪われる緊急事態であった。
戦前から「ドネアが勝つには伝家の宝刀・左フックでワンチャンスを掴むしかない」との見方が大半だったが、望み薄ともされた勝ち筋をレジェンドはこの大一番で通してのけたのである。
思わぬ逆境に立たされた井上はこの状況でなおもペースを握り、被弾や空振りが目立つ状態ながら幾度もドネアをぐらつかせる。しかし上の階級を知るドネアのタフネスと経験値、そして全盛期の輝きを取り戻した左フックのプレッシャーが攻め切ることを許さない。
9Rには一気に攻勢に出たドネアの右ストレートをカウンターで浴び、大きくよろめく場面も。ジムの大橋会長ですら初めて見る姿、それは井上が直面する最大のピンチであった。
しかし、井上は倒れない。数多の強者を葬って来たドネアの豪打に怯むどころか攻めに転じると、負けず劣らずの攻撃力で逆に追い込んでいく。11Rには警戒され続けた左ボディが遂に直撃し、この試合で初めてのダウンを奪った。
一方、ドネアも屈しない。決定的と思われたダウンから限界以上に時間を使って立ち上がると、こちらも井上のパワーに臆せず最後まで逆転を狙う。井上はポイントで見れば逃げ切れる状況だったが、やはり真っ向勝負を選び試合は最終12Rへ。
壮絶な気迫を拳に乗せて襲い掛かるドネア、最後まで安全策を選ばず迎え撃つ井上。最終的に判定に持ち込まれた試合は、大半のラウンドをコントロールし決め手となるダウンを奪った井上が3-0で勝利し、WBSS優勝、バンタム級最強の栄冠を手にした。
後に「ドラマ・イン・サイタマ」と称され、RING誌を含む複数の海外メディアが2019年最高の試合と讃える歴史的な名試合であった。
未知数とされていた逆境での対応力をも証明した井上は、「ようやく世界戦が出来た気分」「数えきれない程多くのものを受け取った」と試合を振り返る。試合後にはトップランク社との契約と次戦のラスベガス開催を正式発表、本格的な海外進出が決まった。
対戦相手不足から解放され、直後にはラスベガスでWBO王者ジョンリル・カシメロとの統一戦が発表されていた井上。しかし待ち受けていたのは、新型コロナウイルスの感染拡大による業界の長い停滞だった。
興行どころではない状況にカシメロ戦は立ち消えとなり、次戦の予定は全くの不透明に。練習すら万全には行えない日々が続いた。
国際試合を開催する体制が少しずつ出来上がり、9月にようやく発表された防衛戦の相手はジェイソン・モロニー。WBSSでは僅差判定でロドリゲスに敗れるも、その後は着実に勝ち星を積み上げてWBO世界ランキング1位まで駆け登っていた万能型の試合巧者である。
会場はラスベガスのMGMグランドアリーナ内に設けられた専用施設『ザ・バブル』。井上念願のラスベガスデビューとなる一戦は、徹底的な検査・隔離体制のもと試合自体も無観客という環境で行われることになった。
2020/11/1(現地時間10/31)、不安要素はありつつも約一年ぶり4回目の防衛戦は無事開催された。
序盤から試合を掌握した井上は食い下がるモロニーを終始攻め立てながらも冷静にコントロールすると7R、相手のコンビネーションの隙間をカウンターで一閃。盤石の試合運びと鮮烈なKOで「第二章(本人談)」の開幕を飾った。
モロニー戦のあとは本格的に四団体統一を目指すも、各団体の都合やカシメロ・ドネアらの側のトラブルでこれが停滞。敵と言える相手の存在しない中での防衛が続く。
2021/6/20(現地時間6/19)、ラスベガスにてマイケル・ダスマリナス(フィリピン、IBF世界バンタム級1位)との指名試合に臨み、左ボディで3度のダウンを奪い3回途中TKO勝ちを収める。
2021/12/14、久々の国内開催でアラン・ディパエン(タイ、IBF世界5位)を相手にWBA6度目・IBF4度目の防衛戦。日本のボクシングでは初のPPV(ペイ・パー・ビュー、一番組単位で視聴料金が発生する配信形態)形式の興行となった。試合は挑戦者の驚異的なタフネスに粘られはしたものの、反撃の糸口を与えない一方的な試合展開で8RTKO勝ち。試合後、2022年を目処にしたスーパーバンタム級への転級を示唆した。
2022/6/7、さいたまスーパーアリーナにノニト・ドネア(フィリピン、WBC世界バンタム級王者)を迎え、WBA・WBC・IBF3団体統一王座戦に臨む。WBSS決勝以来およそ2年7か月ぶりとなる再戦は、井上が2R途中TKO勝ちで日本人初、またバンタム級では世界初の3団体統一王者(WBA7度目・IBF5度目の防衛、WBC獲得)となる。勝利者インタビューで井上は「4団体統一が年内に叶うならバンタム級で戦う。叶わないならスーパーバンタム級に転向したい」と述べた。この時点で残るWBO世界バンタム級王座はポール・バトラー(英国)が保持している。
被害者は数多いので、ここでは代表的なものを紹介する。
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最終更新:2025/12/10(水) 00:00
最終更新:2025/12/10(水) 00:00
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