岡本真或(おかもと しんや)とは、中日ドラゴンズ、埼玉西武ライオンズ、LGツインズ、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属した元プロ野球選手(投手)。右投右打。
本名・2008年までの登録名は「岡本真也」、2009年は「岡本慎也」。岡本真夜ではない。
「や」が「或」なのは「哉」の誤字なのだろうか?
峰山高校から社会人野球に進むが、社会人では入団したチームが次々と休部・廃部になり、26歳でプロ入りするまでの8年間で5つのチームを転々とした苦労人。ヤマハで活躍し、2000年のドラフト4位で中日ドラゴンズに指名され入団。ドラフトの同期には鉄平、中里篤史などがいる。
2003年に一軍に定着し、2004年からリリーフに専念。63試合で9勝4敗、防御率2.03の好成績を残して最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得し、岩瀬仁紀へ繋ぐセットアッパーとして活躍。以降、中日のセットアッパーとして君臨した。
……のだが、好不調が投げてみないと解らない上に日本シリーズなどの大事な試合で派手に炎上する癖があり、そのくせセットアッパーなので僅差の場面での登板が多かったことから中日ファンの胃を鍛え上げた。
2008年、和田一浩の人的補償で埼玉西武ライオンズへ移籍。なんだかんだ言われつつもタフな中継ぎとして毎年重用されていた岡本の移籍に中日ファンはいろいろと複雑な顔をしていた。西武移籍1年目の2008年は相変わらずシーズン後半や日本シリーズなどの大事な場面で炎上するも、47試合で18ホールドを挙げて日本一に貢献。しかし登録名を「岡本慎也」として2009年は6月に二軍落ちするとそのまま一軍に呼ばれることなく、オフに戦力外通告を受ける。
トライアウトを受験したがオファーは無く、2010年は登録名を「岡本真或」として韓国のLGツインズに所属。抑えとして起用され16セーブを挙げる。同年オフ、中日時代の縁で星野仙一が新監督となる東北楽天ゴールデンイーグルスのテストを受けて合格、入団。韓国球界を経てのNPB復帰はなにげに初なのだが、松井稼頭央・岩村明憲獲得の陰に隠れてほとんど話題にもならなかった。
2011年はプロ入り初の一軍登板なし、二軍でも防御率4.01とイマイチな成績だったため、同年10月9日に戦力外通告を受けた。現役を引退し、起業する模様。
ネット上で「ゴム」と呼ばれる由来はオカモトコンドームズから。西武では俺達の一員として「ゴム者」と呼ばれた。楽天でも袖達の一員としての活躍に期待がかかったが、一軍登板すらならなかった。
急上昇ワード改
最終更新:2025/12/10(水) 05:00
最終更新:2025/12/10(水) 05:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。