日産・チェリーとは、日産自動車で1970年から1978年に製造をしていた小型乗用車及び小型商用車である。
日産では初のFF駆動方式が採用をされた車種でもある。
車名の由来は、英語で「桜」の意味から。1966年に日産自動車と吸収合併がされたプリンス自動車が次世代の前輪駆動方式の小型車として開発をされていたモデルであったが、その後もプリンス自動車出身の開発チームが携わり、1970年に日産車で初のFF駆動方式を採用をしたモデルとして登場をしている。
ボディは歴代共通で、4ドアと2ドアのセダン、3ドアクーペ、3ドアのライトバン(商用モデル)が用意され、エンジンは初代が1000ccと1200cc、二代目が1200ccと1400ccとなり、ミッションは歴代共通で4速MTが基本であったが二代目モデル末期には3速のセミオートマチックモデルも用意されていた。3ドアクーペモデルはモータースポーツにも参戦をしていた程でもあった。
販売店も日産グループの愛知機械工業が軽自動車の開発と生産を撤退をし、その販売店「コニー店」を「チェリー店」と名称を変えたが、1978年に後継車種のパルサーが登場をして以後は他の日産販売会社との合併により消滅をしていったが、現在では岩手県のみに「日産チェリー岩手販売」が存在をしている。
1970年に登場。登場以前に第17回東京モーターショーで参考出品がされた後に発売され「日産車初のFF駆動」をアピールをしていた。当初2ドアと4ドアセダンのみであった。エンジンは1000ccと1200ccであった。
1971年に3ドアクーペを追加。エンジンは1200ccのみとなる。クーペ登場時には発売記念キャンペーンとして「プロのカメラマンによる当選者とチェリーとの撮影特典」が用意された。
1972年にライトバンモデルが追加。同年にマイナーチェンジをしバンパーの大型化とテールランプのデザインが変更となる。
1974年に二代目モデルが登場をし併売がされていたが、すぐに車種廃止となった。1000ccエンジンは二代目では廃止。1982年に登場をする日産・マーチが登場をするまで1000ccエンジンは存在をしていない。
1974年に初のモデルチェンジ。ボディサイズも拡大がされる。またエンジンも1000ccが廃止となり代わりに上級版の1400ccが用意される。名称も「チェリーF-II」となった。
1975年と1976年に排ガス規制強化のために改良が施される。
1977年に3速式のセミオートマチック仕様が追加。同年にはマイナーチェンジも行われる。
1978年に後継モデルのパルサーが登場をし、モデル廃止となった。
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最終更新:2024/03/29(金) 10:00
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