「白露型駆逐艦五番艦の春雨です、はい。
輸送作戦はお任せください……です。」
春雨(はるさめ)とは、大日本帝国海軍所属の白露型駆逐艦5番艦「春雨」をモデルとした、ブラウザゲーム「艦隊これくしょん~艦これ~」に登場する艦娘(かんむす)である。
CV:金元寿子・キャラクターデザイン:玖条イチソ?(未公表) 図鑑No.205
初期からいた白露型6人(「白露」「時雨」「村雨」「夕立」「五月雨」「涼風」)に、2014年夏イベント「AL/MI作戦」から先行実装という形で新たに加わった、白露型姉妹の五女。「村雨」「夕立」の2人についてはセリフにて明確に姉と呼んでいる一方、「五月雨」からは既に春雨実装前から「~春雨とは第2駆逐隊でお友達でした。」と言われており、絵師の異なる「春雨」以降の2隻との姉妹関係はなさそうな描写となっている。
2014年夏イベントでのE-1突破報酬であったが、このマップの高い難易度により彼女を得ることさえ諦めた提督が続出したとか。 そしてAL/MI作戦の終了に伴い、「春雨」の入手はしばらく不可能となった。本実装されるまで気長に待とう。 ちなみに本実装された場合、銀背景である事から建造不可となる可能性が高い(銀背景で建造可能な駆逐艦は「弥生」のみである)。
以下の記事をご覧頂いてもわかるように、なにかと輸送・護衛任務に縁のある艦娘である。それに加え容姿やセリフ等(後述)により、一部提督諸氏からは「給食係」のあだ名で呼ばれることも。
服装は、「白露」から「夕立」までの白露型と共通の、角のある襟に赤いラインの入った濃紺のセーラー服に赤いリボンタイ。サイドテールにまとめたピンクの髪の上に、白い給食帽ベレー帽をちょこんと乗せている。なお、サイドテールの先っぽの髪色はピンクではなく、潜水艦娘のようなグラデーションによって水色に変化している。瞳は真紅だが、どこぞの姉のように覚醒している様子はない。
右手には物資を満載しているドラム缶を模したものであろう給食バケツ[1]が握られている。一方、登場時の初期装備は給食バケツドラム缶ではなく、駆逐艦にはおなじみの連装砲に加え、レア装備として大鯨同様の毘式40mm連装機銃を持参する[2]。
改装する前に中破させないと、図鑑に中破絵が登録されないという不具合がある。図鑑を埋める際は注意。
性格は素直で、人見知りではないものの非常に大人しめ。丁寧な口調でしゃべり、語尾に「はい」を付ける癖があるようだ。
改装すると時報ボイスをしゃべるようになる。
朝ごはんの和定食やおやつを用意してくれたり、お昼には提督と一緒に洋食屋さんへ外食に出かけたり、お夕飯には少し茶目っ気を出しながら、自分の名前にちなんだかなり本格的な麻婆春雨を作ってくれた上、洗い物片付けまでしてくれたりと、食についてなにかと具体的な描写が多い。これは彼女が給食バケツを持った給食係だからだ輸送任務から連想される補給にちなんだものだろうか。
さらに朝イチで「今日も輸送作戦、頑張りましょう」と言い出し、夜遅くにも輸送作戦の打ち合わせを所望するなど、彼女の任務に対する生真面目さが窺える。
とにかく生真面目で謙虚で素直な、性格のいい可愛い娘なのである。
この性格は、史実でも前線に出て赫赫たる戦果を挙げたわけではなく、輸送任務や護衛任務といった裏方役に腐心してきた事によるものだろう。
中破すると頭を抱えてうずくまってしまう。可愛い。そんな彼女もしっかり鍛え上げれば、「守りきります!」と言いつつル級やヲ級を夜戦で叩きのめすようになる。
改装レベルは駆逐艦にしては高めの30。改装する事により今度こそ給食バケツドラム缶を持ってくる。同時に綾波改二や夕立改二の初期装備である12.7cm連装砲B型も一緒に持ってくる。
2014年12月1日に行われたアップデートにて、春雨改の立ち絵と中破絵が一新された。事前予告なしであったため、春雨大好き提督諸氏にとっては嬉しいサプライズである。給食バケツを持つのに疲れたのかドラム缶のようなものをリュックサックよろしく背負って鎖で身体に固定させているような格好となっている。おヘソ!
中破絵は床にぺたんと座ったいわゆる「アヒル座り」ポーズとなった上、服のひん剥け方がどえらいことになったので角度によってはほぼ全裸に見えてしまうかも知れない[3]。ピンク色のぱんつ!彼女自身にとっては一大事だが、恥ずかしい姿にされてもドラム缶を無傷で守りきっているところは彼女の頑張りを大いに讃えるべきところであろう。
なお、前々から問題になっている中破絵が登録されない不具合は放置されている。
白露型駆逐艦五番艦「春雨」は、舞鶴工廠にて1937年8月26日に竣工した。
名前の春雨は、本人が言うように中国原産の乾麺から取ったわけではなく(余談だが、あれを「春雨」と呼ぶのは日本だけであり、しかも昭和になってからの命名らしい)、そのネーミングの元になった、春に降る細かい雨から取られている。
雨のつくお洒落な艦名(村雨談)シリーズの一人であり、同シリーズとしては艦これで最後に実装された艦娘となった。
軍縮条約下では量産に制約のある吹雪型に代わる、白露型として起工しているため中型の駆逐艦である。
さてその「春雨」だが、太平洋戦争開戦時は第2艦隊第4水雷戦隊は第二駆逐隊に所属。同駆逐隊は同じ白露型駆逐艦「夕立」「村雨」「五月雨」で、彼女の実装でようやく第二駆逐隊が艦これでも再現出来るようになった。第二駆逐隊は南方方面に派遣され、開戦後間もない1942年1月に生起したスラバヤ沖海戦に参加。
1942年6月のミッドウェー海戦では攻略部隊を乗せた船団を護衛したが、機動部隊壊滅により撤退。8月にはソロモン方面に進出し、ガダルカナル島への増援作戦に従事。
「夕立」が「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」と大暴れした、1942年11月13日の第三次ソロモン海戦では、最初は彼女と共に2隻で先行しており、敵を発見した後は共に敵に向かって突撃する。
が、敵の脇をすり抜け、先制攻撃を浴びせて敵を混乱に陥れたことで、とりあえず任務完了と「春雨」はそのまま味方の方に戻った(実際、これだけでも大した功労である)。しかし、これが姉との最後の別れとなり、「夕立」はさらに反転し敵中に突撃、猛攻を浴びせ華々しく戦い、そして散っていった。
ちなみに春雨は、重巡ポートランドに魚雷を喰らわせて大破させている。
一人少なくなり、3隻体制になった第二駆逐隊は、その後も輸送任務と護衛任務を黙々とこなすが、そんな折の43年1月、輸送任務中に米潜水艦「ワフー」の雷撃を受けてしまう。ようやく一度トラック泊地に戻り、「浦風」「天津風」の護衛を受けつつ横須賀に戻ろうとしたが、予想以上の破損状況だったため、戻る途中で艦体が二つに折れるという惨事に。
やむなく、一度トラック泊地に舞い戻り、応急修理を受けていた矢先の同年3月、姉の「村雨」がビラ・スタンモーア夜戦にて沈められてしまい、第二駆逐隊で動けるのは「五月雨」のみ、という状況になってしまう。こんな状況で駆逐隊をそのまま残しておく余裕はなく、第二駆逐隊は同年7月1日をもって解隊となる。
※後日、第二駆逐隊は44年8月に夕雲型駆逐艦で再結成されるが、それはまた別のお話である。
その後、改めて横須賀に戻って傷を癒やした「春雨」は、43年11月末、「五月雨」と共に第二十七駆逐隊に編入される。こちらは、当初は初春型2隻と白露型2隻で編成された駆逐隊だったのだが、その初春型の2隻、「有明」「夕暮」(共に艦これ未実装)を失って、白露型の「白露」「時雨」の2隻だけが残された状態になっていた。
こうして再編成された第二十七駆逐隊だが、中でも、ちょうど同時期に修理をしていた「時雨」と「春雨」は、その後もコンビを組んで行動することが多かった。
44年5月末から開始された渾作戦(ビアク島への輸送作戦)には、第二十七駆逐隊は4隻全てが参加していた。ちなみに、この時点で残されていた白露型駆逐艦はこの4隻のみで、あとの6隻は全て戦没していた……。
6月2日、第一次渾作戦が発令。春雨は警戒部隊として重巡「妙高」の指揮で同日ダバオを出撃した。増援部隊を乗せた船団は4日に到着予定だったが、前日の3日11時にワクデ基地より発進したB-24哨戒機2機に発見される。これを受けて上層部は渾作戦を一時中止、輸送隊をソロンへ回航するよう命じた。
6月8日、第二次渾作戦が発令される。高速の駆逐艦のみで行われていた輸送作戦中に、米軍の戦闘機、爆撃機が襲いかかり、命中弾を受けた「春雨」は轟沈。その僅か6日後には「白露」も沈没し、その後8月には「五月雨」も失われ、ただ一隻残された「時雨」は、それでも第二十七駆逐隊の名を掲げながら、西村艦隊に組み込まれてスリガオ沖海戦に臨むことになる。
「春雨」の名を持つ艦としては2代目で、初代「春雨」は春雨型駆逐艦のネームシップ。
また、海上自衛隊にもその名は受け継がれ、3代目として対空護衛艦の初代むらさめ型護衛艦3番艦DD-109「はるさめ」が、そして4代目として、第3世代汎用護衛艦である二代目むらさめ型護衛艦2番艦DD-102「はるさめ」が活躍している[4]。
春雨(艦これ)に関するニコニコミュニティを紹介してください。
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最終更新:2024/04/25(木) 08:00
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