本田武史とは、現在の日本男子フィギュアスケート界の礎を築いた人物である。
1981年生。福島県郡山市出身。通称はテケシまたはテケ。
7歳からショートトラックを始める。1989年12月、郡山スケートクラブに入り、ジャンプを飛びたいがためにフィギュアスケートに転向。若干14歳にして日本のエースとなって以降長年日本男子シングルスを引っ張り続けた。
NHK杯で五十嵐文男以来20年ぶりの日本男子優勝を果たし、日本人男子選手として初めてグランプリファイナルへ進出、2002年世界選手権では3位となり、日本男子選手としては1977年世界選手権の佐野稔以来25年ぶりとなる銅メダルを獲得。翌年の2003年世界選手権は前シーズンに続き3位入賞。2年連続メダル獲得は日本男子選手初など数々の戦歴を収めている。
2003年四大陸選手権ではフリースケーティングで2つの4回転トウループ(うち1つは4T-3Tのコンビネーション)と1つの4回転サルコウを成功。1つのプログラムで4回転を3度成功させたのは、現在でも本田を含め世界で4人だけである。
特にソルトレイクシティオリンピックで4位入賞したことで、人間界2位という称号を得る。
(同大会 1位:アレクセイ・ヤグディン(神) 2位:エフゲニー・プルシェンコ(宇宙人) 3位:ティモシー・ゲーブル(人間界1位のクワドキング))
当時の観戦者はヤグディン、プルシェンコを基準に見ていたためすごさに気づかず評価が低かったが、近年2人がすごすぎたことに気がつきタグに「(本人が)もっと評価されるべき」がつくなど評価を高めている。
ヤグディンに、長野(世界選手権2002)に来てほしいと電話したり(五輪優勝後の世界選手権に出ることはあまりない)、プルシェンコを実家に泊めるなど日本人離れした社交性を持っているため、違う意味でもすごい人である。
プログラムで4回転を3度成功させたこともありジャンパーなイメージがあるが、表現力、スケーティング技術などにも優れている。
現在ではプロスケーターをして活躍しているほか、解説(主に男子シングル)や高橋大輔にジャンプの指導をしてる。
男は黙って4回転 五輪SP2位。アジア勢最高記録。
人間界2位の演技 現役最後の演技
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最終更新:2025/12/08(月) 04:00
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