杵埼(給糧艦)とは (キネサキとは) [単語記事]

杵埼(給糧艦)とは、大日本帝國海軍が建造・運用した杵崎型給糧艦1番艦である。1940年9月30日竣工。建造当初は雑役船として運用されていた。1945年3月1日、久慈湾内で空襲を受けて沈没。

概要

艦名の杵埼は山口県東部の室積半島突端に位置する岬が由来。

日華事変中、冷凍品や生糧品を運搬する他に、漁場で直接魚を買い付けて冷凍し、艦隊に供給するための冷凍船を求める声が上がった。実際1938年10月の第三次戦備促進において小型冷凍船2隻の補充が要望され、予算157万4000円、2隻合わせて314万7000円の建造費を捻出。比較検討のため片方は小型冷凍船として、もう片方は中型冷凍船として建造する事に。このうち中型冷凍船が後の杵埼となる(もう1隻は野埼)。

豊富な食糧を積載し、艦内に製造工場まで有する大掛かりな給糧艦間宮、伊良湖とは違い、杵埼型は冷凍糧食や生鮮品を運ぶための冷凍庫を持った遠洋漁船型であった。艦橋前にある船倉を仕切って獣肉庫、卵果物庫、魚肉庫、野菜庫、氷庫等を設け、総量82トンの冷凍糧食を搭載出来る。これは野埼の2倍の積載量であった。前部マストに1トンデリック2本(姉妹艦は4本)を装備しているため急速補給にも対応可能。自衛用の武装として8cm高角砲1門、13mm連装機銃1基、九五式爆雷8個を搭載していた。当初は杵埼1隻のみの建造予定だったが、その優秀さから後に3隻が追加建造され、計画では更に6隻建造する予定だったという。

要目は排水量910トン、全長62.29m、全幅9.4m、艦本式23号甲8型ディーゼル2基(出力1600馬力)、最大速力14.7ノット、重油搭載量67名、乗員67名。兵装は8cm単装高角砲1門、13mm連装機銃1基、九五式爆雷8個。

艦歴

無名の雑役船から特務艦へ

1940年3月7日、大阪鉄工所桜島工場で起工、6月27日に進水し、7月1日に船種を冷凍船に、所属先を佐世保海軍軍需部と支那方面艦隊司令部に定められる。そして9月30日に竣工して佐世保工廠に納入された。当初の船名は公称番号第4006号という無味乾燥なものだったが、10月25日に官房第433号ノ10で雑役船南進へ改名している。意外と高性能だったのか1940年中に姉妹船3隻の追加建造が決定された。

1941年3月8日に所属先を佐世保海軍軍需部(第4海軍軍需部)に変更。トラック、サイパン、パラオ、ボナペ、クサイ、ヤルートに対する糧食輸送や連絡、特設運送船の荷役補助などの地味な任務を堅実にこなした結果、第4海軍軍需部から高い評価を得ている。しかし音を立てて近づいてくる戦争の足音は南進の運命をも呑み込もうとしていた。開戦直前の12月6日、機密横須賀鎮守府命令作第14号により直卒部隊補給部隊に編入、南洋諸島へ輸送するための糧食140トンを積載する。

1941～1942年

1941年12月8日、真珠湾攻撃によって大東亜戦争が勃発。運命の開戦を横須賀軍港内で迎えた。12月18日に横須賀を出港して南洋諸島方面への輸送任務に就く。開戦当初はまだ護衛専門の部隊が設立されておらず、南方作戦実施による護衛兵力の不足もあって単独航行での輸送を強いられたが、この時は米潜水艦の魚雷不足や反撃体制の未整備からある程度は自由に動く事が出来た。

1942年4月1日、達第93号により杵埼型給糧艦1番艦杵埼に改名。1940年に建造が決定していた姉妹船3隻の完成が近づいてきたためその処理と、スラバヤで鹵獲した蘭敷設艦ラムを南進と命名した影響と思われる。特務艦への昇格に伴って海軍軍人である箟源三郎予備大尉が艦長に着任した。そして果てしなく物資を呑み込んでいく泥沼の戦場は杵埼を最前線にいざなうのだった。4月21日に横須賀を出港した杵埼はトラック、ラバウル、サイパンを巡航して物資を送り届け、5月26日に横須賀へ帰投。6月から7月28日まで横須賀工廠で整備を受けるとともに、工作設備の新設と八糎双眼望遠鏡の供給を受けている。

7月28日に横須賀を出港してマーシャル諸島方面への輸送任務に就く。今度は新たに占領した島々も寄港先に含まれており、ヤルート(7月8日)、ミレ(10日)、マキン(11日)、タロア(12日)、オーシャン(13日)、ナウル(14日)、クサイ(17日)、ボナペ(20日)を巡航、7月23日から8月12日にかけてトラックに寄港、サイパンを経由して8月18日に横須賀へと帰投した。だが休む間もなく8月19日に横須賀を出発。再びヤルート(9月8日)、ミレ(9日)、マキン(10日)、タラワ(11日)、オーシャン(12日)、ナウル(13日)、クサイ(17日)、ボナペ(19日)を巡り、9月23日にトラックへ寄港。ここからトラックを拠点にして9月27日に出発。サイパン、ロタ、ラバウルへの補給任務を行って10月7日にトラックへ帰投。

10月13日、駆逐艦夕月と弾薬輸送船尾上丸、秀丸からなる船団に加わってトラックを出港。ラバウルへと向かう道中でショートランド行きの夕月と尾上丸が分離し、一時は護衛艦艇がいない事態に陥るも、10月15日17時21分にカビエン沖で第22号掃海艇が護衛に参加。10月17日午前10時5分に無事ラバウルに入港した。10月20日にラバウルを出発、24日から27日までトラックに寄港し、11月3日に横須賀へ入港。11月6日に横浜へと回航されて年内は修理と改造工事に従事する。11月30日、二代目艦長に神野則之予備大尉が着任。

1943年

1943年1月7日に横須賀を出港、1月11日に父島へと寄港するがその日のうちに出発、ウェーク(14日)、クェゼリン(17日)、ラバウル(22日)を補給して1月31日に横須賀に到着した。

2月11日、ギルバート諸島への糧食輸送のため駆逐艦澤風が護衛する3211C船団に加わって出港。2月16日14時44分、パガン島沖で米潜水艦フライングフィッシュから雷撃を受け、特設給糧艦日向丸に魚雷2本が命中して28分後に沈没。2月22日に杵埼は船団から分離して夜遅くにクェゼリンへ入港した。2月27日にクェゼリンを出発してギルバート諸島に向かい、マキン、タラワ、ナウル、オーシャン、ヤルートに寄港。最後はクェゼリンに寄港して3月20日に横須賀へと戻った。

4月21日に横須賀を出港、糧食輸送のためマーシャル諸島に向かう。南鳥島(4月30日)、大鳥島(5月2日)、ブラウン(5日)、クェゼリン(6日)、クサイ(12日)、イミエジ(15日)、タロア(17日)、ウォッゼ(18日)、サイパン(19日)、サイパン(29日)を巡航し、6月4日に横須賀へ帰投した。6月16日に三代目艦長の鶴岡儀平予備大尉が着任。

6月21日、マーシャル諸島とギルバート諸島に対する糧食補給のため横須賀を出発。6月29日17時31分にクェゼリンへ入港し、糧食を揚陸したのち6月30日に出港、7月1日にヤルートへの補給任務を済ませて7月3日午前10時40分にクェゼリンへ帰投し、7月7日午前9時20分に同環礁を出発、ヤルートを経由してマキン(7月9日)、タラワ(11日)、イミエジ(13日)、ナウル(14日)を巡航して7月15日から8月1日までクェゼリンに寄港、道中サイパン(8月3日)に立ち寄ってから8月8日に横須賀へと入港した。

10月1日、マーシャル諸島クェゼリンへ向けて移動中の杵埼は内南洋方面部隊マーシャル方面防備部隊第6根拠地隊附属となり、10月6日にクェゼリンに入港。ギルバート諸島のマキン、タラワ、ナウルに対する補給を行って10月19日に一旦クェゼリンに寄港、それからマーシャル諸島内の輸送任務に励み、ルオット、ウォッゼ、タロア、ミレ、マロエラップに物資を送り届けて11月4日にクェゼリン入港。

今まで攻撃を受けた事が無かった杵埼にも遂に連合軍の魔手が迫る。11月11日、ルオット在泊中に敵機の攻撃を受けて初めて損傷を負い、翌日クェゼリンに退避。12月4日、今度は第50任務部隊所属の敵空母レキシントンⅡとインディペンデンスがクェゼリンとウォッゼに空襲を仕掛け、杵埼、軽巡長良、五十鈴を含む複数の在泊艦艇が損傷させられる。手傷を負ってもなおマーシャル諸島内の糧食補給のため12月5日にクェゼリンを出発、ウォッゼ、ミレ、ヤルート、イミエジへの輸送任務を済ませるが、12月10日にアメリカ陸軍機によるミレ攻撃に巻き込まれ、B-24からの機銃掃射を受けて損傷。実は連合軍はクェゼリンへの侵攻作戦を企図しており、一連の航空攻撃はその前兆だった。12月28日にクェゼリンを出港。

1944年

1944年1月1日にトラックへ寄港。1月19日、海防艦天草、第23号特設駆潜艇、特設砲艦第二長安丸、特設掃海艇第二能代丸が護衛する第4119船団に混じってトラックを出港。1月20日午前9時に国光丸と第二能代丸が船団より分離し、1月31日に横須賀へと帰投した。しばらく横須賀工廠で整備と工事を受ける事になり、迷彩塗装と25mm機銃の装備を実施。2月2日に四代目艦長の田崎季夫大尉が着任。3月5日に連合艦隊中部太平洋方面艦隊第4艦隊所属の給糧艦となる。

4月1日午前11時、トラック・サイパン・グアム・パラオ・ヤップ行きのへ船舶が集合した東松四号船団に加入して東京湾を出発。中部太平洋の防備を強化するための増援や資材を満載した輸送船26隻を、駆逐艦五月雨、朝凪、海防艦隠岐、天草、御蔵、福江等が護衛する。しかし此度の輸送任務は厳しいものになるのだった。4月3日14時57分、鳥島南方8海里で米潜水艦ポラックの雷撃を受けて東征丸が沈没、4月8日にはサイパン北方で米潜トリガーから魚雷4本を受けるが命中せず、駆逐艦五月雨と海防艦壱岐が迎撃に向かうも取り逃がす。翌9日16時25分、サイパン島ガラパン灯台北西72km付近で米潜シーホースからの雷撃で美作丸が右舷後部に被雷。美作丸は1000名以上の海軍兵を乗せていたため5分後に杵埼が接舷して美作丸から人員を収容、続いて一般徴用船東安丸も横付けして人員収容に協力する。2隻の献身的な協力のおかげで便乗者の大部分が救助された。18時、杵埼は昭瑞丸と合流するため美作丸のもとから離脱。決死の曳航作業もむなしく美作丸は沈没した。その後、東松四号船団は各々の目的地に向けて分散。4月16日にトラックへと入港した。

4月22日午前4時、第28号駆潜艇が護衛する船団に加わってトラックを出港。途中第28号駆潜艇が遭難者救助のため離脱したため護衛兵力がいなくなる事態になったが、4月26日午前9時から翌日午前3時までサイパンに寄港、そして5月4日21時に横浜へ到着した。帰投後は横須賀工廠で修理を受ける。松輸送は5月19日の東松第八号船団まで続けられ、延べ100隻以上の輸送船を投入して喪失は3隻のみ、護衛艦艇も2隻喪失だけに留まり、輸送作戦としては珍しく大成功に終わった。

5月29日、サイパンに配備する主力部隊第43師団の第二陣を乗せた第3530船団とともに横浜を出港。護衛兵力の不足から船団の護りは水雷艇1隻と駆潜艇3隻のみであった。しかしその航路上には米潜水艦3隻からなるウルフパックが潜んでいた。6月4日に早速ウルフパックに捕捉され、15時30分に米潜シャークの雷撃で貨物船勝川丸が沈没、6月5日16時30分にもシャークの雷撃により高岡丸が沈没、間もなくたまひめ丸も撃沈される。6月6日、米潜ピンタドの雷撃で鹿島山丸とはあぶる丸が沈没。加入船舶10隻5隻が撃沈される大損害を出して6月7日に残余の船舶はサイパンへ入港。第43師団の多くが輸送船とともに沈み、生き残った者も負傷者が多く、また武器・弾薬が著しく減少した事でサイパンの防衛計画に悪影響が生じている。サイパンには激しい空襲下にあったため第3530船団の生き残りは慌ただしく出港準備を整えた。6月11日午後、予定より早くマリアナ諸島沖に到着した第58任務部隊はマリアナ諸島への空襲を開始。アスリート飛行場に駐機していた基地航空隊が壊滅状態に陥って制空権を完全に奪取された他、貨物船慶洋丸が撃沈されている。空襲がまだ続くと判断した帝國海軍はマリアナ所在の船舶で臨時の輸送船団を編制して島外へ脱出させようとした。

6月11日18時、杵埼を旗艦とした通称杵埼船団がサイパンより脱出。陣容は杵埼、徴用輸送船5隻、駆潜艇2隻の計8隻であった。他にも13隻の船舶が加入した最大規模の第4611船団、廣順丸を旗艦とした廣順丸船団がパラオに向けて脱出している。6月19日に嵐の影響で共栄丸が落伍するトラブルがあったものの、6月22日に無事合流して杵埼から糧食補給を実施。6月25日から29日まで奄美大島の古仁屋と瀬相に寄港し、7月10日に佐世保への帰投を果たした。8月下旬まで佐世保工廠で修理を受ける。廣順丸船団は第1号輸送艦の損傷だけでパラオまで逃げ切ったが、第4611船団は敵空母の空襲を受けて13隻中11隻撃沈という悲惨な末路を辿った。

9月8日、タカ808船団に加入して基隆を出港し、鹿児島を目指す。22時5分、石垣島南西沖で米潜スペードフィッシュの雷撃を受けて船団最後列の日安丸と日満丸が撃沈され、約1時間後に神天丸と昭慶丸が撃沈される大損害をこうむりながらも、9月14日に何とか門司まで帰り着き、9月20日に鹿児島へ回航。

10月21日正午、那覇へと向かうカタ916船団に加入して鹿児島を出港。翌21日午前7時30分、諏訪瀬島と中之島の間を8～9ノットでジグザグ運動しているところへ米潜水艦シードッグの雷撃を受け、給炭艦室戸と特設砲艦冨津丸が同時に撃沈される。護衛艦艇と味方の対潜哨戒機が合計109発の爆雷を投下したがシードッグを仕留める事は出来なかった。10月25日に那覇へ入港。翌26日、増大する敵機の脅威に対抗するため杵埼型に機銃増備の訓令が下る。

12月4日に機銃増備指令が下り、13mm連装機銃を25mm連装機銃に換装、艦橋上に13mm単装機銃2丁を追加した。

1945年

1945年2月24日23時30分、鹿児島発那覇行きのカタ604船団に加入して鹿児島港を出港。その直後に米機動部隊が近隣の海域で活動しているとの情報が入り、船団はすぐさま反転して鹿児島湾桜島へと退避。出港見合わせとなっていたがも中々敵機動部隊が現れなかったため護衛側の艦長が出港を主張し、武官府でも情報が誤りだったのではと疑問視する声が出始めた事から出港が決定。2月26日23時30分に二度目の出発を行うも今度は進路前方の状況が不良のため反転。2月27日23時20分にようやく鹿児島を出発する。本船団では杵埼も護衛する側に含まれており、当初8隻の護衛艦艇がカタ604船団を守るはずだったが、故障で引き返す等して半分の4隻にまで減少してしまった。予定では3月1日に奄美大島で仮泊、2日に那覇へ入港し、3日に宮古島へと到着する事になっていた。

最期

1945年3月1日午前7時にカタ604船団は奄美大島久慈湾に到着。しかしこの日、奄美大島全域を攻撃するため第58任務部隊が既に艦載機を発進させており、奄美大島地区でも逐次警戒警報と空襲警報が発令されていった。船団は久慈湾に留まっての応戦を決断。間もなく激しいを受けた。午前8時10分より敵艦上機60機が出現し、まず最初に大亜丸が船尾へ命中弾を喰らって炎上。午前8時25分、水雷艇友鶴と第11星丸が至近弾と機銃掃射で損傷、午前8時40分に湾の中心地にいた大信丸が沈没、金山丸も被弾して大火災の末に沈没。午前9時20分、空襲を生き延びた船団は友鶴の指示を受け、更なる空襲に備えるため篠川湾に転錨し、急降下爆撃が困難な断崖に船を寄せて分散停泊する。

14時頃、新手の敵機30機が久慈湾上空を通過。当初敵は湾内のカタ604船団に気付いていない様子だったが、地上部隊が対空射撃を始め、各船も対空射撃を始めたため敵機に気付かれる。14時27分と28分に3発の命中弾を喰らった第11星丸が大破炎上、海へと脱出した兵士にも米軍機が機銃掃射を浴びせかけた。輸送船を全て撃沈破した米軍機は次に護衛艦艇へ矛先を向ける。投下された1発の爆弾が杵埼の小さな船体に直撃、急速な浸水によるものか船尾が沈下して船首部分が空へと向けられていく。肋骨が折れて肺に突き刺さる重傷を負った田崎艦長だが何とか総員退去命令を出す事に成功、自身も命からがら脱出して陸軍軍医が打ったカンフル注射で一命を取り留めている。致命傷を負った杵埼は一日中燃え続け、夜遅くに久慈湾で爆発を起こして沈没していった。護衛艦艇4隻の中で沈没したのは杵埼のみで他3隻は小破のみで済んだ。カタ604船団は兵士14名と軍属14名が死亡、兵士7名と軍属30名が負傷し、兵士42名が行方不明となった。

1945年5月1日除籍。