今注目のニュース
夫が散らかした物を、妻がネットでさらした結果? ツボにハマる中毒者が続出!
有吉、月11万円「ギリギリ食えない」後輩女芸人の悩みに「風俗系はダメ?」
「オタマトーン」の中国製パクり商品がAmazonで横行……明和電機・土佐信道さん自ら怒りのレビュー投稿する事態に

松井大輔単語

マツイダイスケ

  • 2
  • 0
  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • LINE
これはリビジョン 2239212 の記事です。
内容が古い・もしくは誤っている可能性があります。
最新版をみる

松井大輔(まつい だいすけ、1981年5月11日 - )とは、日本プロサッカー選手である。ポジションMF元日本代表。J2ジュビロ磐田所属。妻は女優タレント加藤ローサ

概要

京都府京都市山科区出身。ポジションMFおよびWG。2003年6月22日コロンビア戦で日本代表デビューを果たしている。

鹿児島実業高校卒業後、2000年京都に入団しプロサッカー選手としてのキャリアスタートさせた。京都時代には2002年昭、朴智星らとともに破壊抜群の攻撃的なサッカーを展開し、同年度の天皇杯優勝に貢献している。今や世界的な選手となった朴智星とは今も頻繁に連絡を取っているという。2004年アテネオリンピックではU-23日本代表背番号10を背負い、同年京都からフランスル・マンレンタル移籍をする。

ル・マンは当初リーグ・ドゥの中位だったが、松井の加入後に一気に1部昇格圏の2位にまで浮上し、その中心となって活躍した松井は『le soleil du Mans(ル・マン太陽)』と呼ばれた

2006 FIFAワールドカップ日本代表メンバー出前日本代表強化試合のアンゴラ戦で自身のA代表初ゴールを決め絶好のアピールをし、選出を決定づけたかに思われたがあえなく落選した。その後、監督が交代しオシム新監督の下、2007年大陸トーナメントにて初招集。オーストリア戦、スイス戦と出場を果たした。スイス戦ではサイドで躍動し、逆転勝ちに大いに貢献しトーナメントで優勝。オシム監督に初タイトルをもたらした。

2008-09シーズンよりレベルの高さをめて古ASサンテティンヌへ移籍するも、あまり出場機会に恵まれなかった。2010 FIFAワールドカップ出場をすため、より出場機会が与えられるであろうグルノーブル・フット38へ移籍した。

その後、松井は自身の望み通り2010FIFAワールドカップにおける日本代表メンバーに選出された。選出当時はスーパーサブ扱いだったが、本大会直前の練習試合で中村俊輔から右サイドハーフポジションを奪い、グループリーグ全三試合と決勝トーナメント一試合にスタメン出場した。各試合では変幻自在のドリブルやテクニックを織り交ぜ躍動し、第一戦カメルーン戦では、右サイドからのキックフェイントを織り交ぜた左足のクロス本田圭佑の決勝弾をアシストし、日本を自開催以外でのワールドカップ勝利に導くなど、日本代表の決勝トーナメント進出に大いに貢献した。決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦でもバー直撃のミドルシュートを放つなど、その名を世界に知らしめる活躍をした。

決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦のPK戦失敗した駒野友一を泣きながら肩を抱き慰める姿は記憶に新しい。

2010 FIFAワールドカップでの活躍により相当数の欧州クラブ触手を伸ばしたと言われるが交渉がまとまらず、移籍期間終了間際になってロシアプレミアリーグFCトムトムスクに2010年末までの期限付きでの加入が決定した。
その後、一旦はグルノーブルに復帰するものの、クラブ経営が破綻し下位リーグに降格したため、
同じリーグアンに昇格したディジョンFCOへの移籍が決定。2季ぶりのトップリーグ挑戦で活躍を期待されたが、左足首の怪監督との確執もあって出場機会に恵まれずチームも2部に降格。松井シーズン終了後に退団した。

2012年9月11日ブルガリアリーグ1部のPFCラヴィア・ソフィアへ加入。ここでも怪の影等でリーグ戦出場は僅か11試合に留まり、シーズン終了後に退団。
内復帰も噂された中、2013年7月3日ポーランドリーグ1部のレヒア・グダニスクへの移籍が決定。開幕戦に先発出場し、2ゴールを挙げる活躍を見せたが、同年12月24日に、2013年シーズンJ1からJ2に降格した磐田のオファーを受けて10年ぶりに日本復帰を決めた。

プレースタイル

日本人選手らしいパスセンステクニックを持ち合わせ、トラップなどの基礎技術も高いレベルにある。ただ、松井プレーにおいて他の選手と一線を画する所はやはりその個人技にあり、日本人選手にしてはしいドリブラータイプに位置する選手である。

一般的にドリブラーというとクリスティアーノ・ロナウドメッシのような確かな技術とスピードで抜き去るイメージが強いが、松井は他選手にべて抜けたスピードは持ちあわせていないため、その抜群のテクニックを生かし相手の意表を突くトリッキーなドリブルをすることが多い。彼が試合に出場すると、随所にそのプレーが見られ観客を沸かせる。

また、右利きだが左足でのシュートやパスも非常に精度が高い。それは、2010FIFAワールドカップカメルーン戦でのアシストが左足であったことからも伺い知ることができるだろう。

個人成績

シーズン クラブ リーグ 試合 得点
2000 京都パープルサンガ J1 22 1
2001 京都パープルサンガ J2 37 7
2002 京都パープルサンガ J1 23 4
2003 京都パープルサンガ J1 27 2
2004 京都パープルサンガ J2 17 2
2004-05 ル・マンloan) リーグ・ドゥ 25 3
2005-06 ル・マン リーグ・アン 33 3
2006-07 ル・マン リーグ・アン 27 4
2007-08 ル・マン リーグ・アン 34 5
2008-09 サンテティンヌ リーグ・アン 22 1
2009-10 グルノーブル リーグ・アン 29 4
2010 トムトムスloan) ロシアプレミアリーグ 7 0
2010-11 グルノーブル リーグ・ドゥ 16 1
2011-12 ディジョン リーグ・アン 3 0
2012-13 ラヴィア・ソフィ A PFG 11 0
2013-14 レヒア・グダニスク エクストラクラ 16 4
2014 ジュビロ磐田 J2 36 6
2015 ジュビロ磐田 J2 - -

関連動画

関連商品

関連項目

ニコニ広告誘導

急上昇ワード

最終更新:2019/10/20(日) 13:00

ほめられた記事

最終更新:2019/10/20(日) 13:00

☆オススメの関連コンテンツ

動画

この記事名で動画を検索

静画(イラスト)

この記事名で静画を検索

ニュース

この記事名でニュースを検索

ウォッチリストに追加しました!

すでにウォッチリストに
入っています。

OK

追加に失敗しました。

OK

追加にはログインが必要です。

           

ほめた!

すでにほめています。

すでにほめています。

ほめるを取消しました。

OK

ほめるに失敗しました。

OK

ほめるの取消しに失敗しました。

OK

ほめるにはログインが必要です。

タグ編集にはログインが必要です。

タグ編集には利用規約の同意が必要です。

TOP