韓国人女医殺害事件

韓国人女医殺害事件^[1]とは、1979年に沖縄県で発生した少年犯罪事件、暴行殺人事件である。

（※被害者の人権やプライバシーに関する意識が高くなかった時代の事件でもあり、当時の報道などでは被害者名がそのまま出ている。だが本記事では被害者名を伏せることとする）

概要

1979年6月17日の夜間に、沖縄県北大東島の診療所にて63歳の韓国人医師が殺害された事件。訪ねてきた医師の知人が、診療所の居間に血まみれの状態で倒れている医師の遺体を発見した。北大東島では第二次世界大戦終戦後初の殺人事件であったという。

大韓民国の首都ソウルで暮らしていた医師の長男^[2]が駆けつけた後に、県主催の告別式が那覇で行われ、西銘順治沖縄県知事など三百人が参列した。医師がクリスチャンであったことから大韓キリスト教沖縄教会牧師、首里聖アンデレ教会司祭らが祈祷を捧げた。駐日韓国大使館から参事官の金庚哲が出席して弔辞を述べたという。

長男帰国後にソウルでも改めて告別式が行われ、当時の沖縄県副知事の比嘉幹郎や北大東島村長の知花俊夫も出席した。長男は恨み言を言わず物静かに耐える人であったが、韓国のマスコミ陣からは「根底に民族への差別意識があったのではないか」と比嘉らが問い詰められることもあり、しかし比嘉が誠心誠意で心のたけを伝えるとマスコミ陣も次第に静まったとのことである。

事件捜査については那覇から捜査員25人が島に派遣され、さらに警察犬も使って^[3]犯人の足取りが追われていた。その甲斐あって6月26日に犯人が逮捕された。その捕まった犯人は、北大東島の農家の次男で15歳の中学3年生であり、事件後も普段と変らず通学していたという。村民の信望篤かった医師が殺害されたことでただでさえ村中が激しく動揺していたところ、犯人が少年であったことに村民らはさらに二回目のショックを受け、特に子を持つ親や教育関係者は大きな衝撃を受けたという。

この犯人の自供によれば、事件当日の夜間に診療所内の医師の自宅をのぞき見していた犯人は仮病を用いて医師に自分を招き入れさせた。だが問診で仮病を見抜かれて帰るように促されたところで、医師を殴り倒して暴行を加えた後に首を絞めて殺害して逃走した。

この医師は朝鮮日本統治時代である1939年に帝国女子医学薬学専門学校医学科（2024年現在の東邦大学医学部の前身）を卒業して日本で医師免許取得（医籍登録）していたため、日本での医療が可能だった。当時沖縄県では医師不足が深刻であり、第二次世界大戦終戦前に日本で医師免許を取得していた外国人（主に韓国人と中国人）のベテラン医師を招聘して無医地区の医療に携わってもらう、という政策をとっていた。この医師もこの招聘に応えて1977年に2年間の契約で単身赴任で来日し、診療にあたっていたのである。4人の子を持つ母だったが、末っ子が学校を出たところで「これで主婦と母の仕事は終わった。これからはやりたいことをやる」と言って家族の説得を押し切って沖縄行きを決めたとのこと。村の相談役的存在で島民に慕われていたという。

ちなみに、沖縄県が招聘したためこの医師の給与報酬は県からの公費だったが、診療時間外に殺害されたので公務災害が適用されるかどうかが検討されたという。結局、派遣医師制度の主管である病院管理課が「離島の診療所は二十四時間勤務とみるべきだ」と主張してその見解が受け入れられたという。

『文藝春秋』1992年7月号に掲載された上坂冬子のノンフィクション短編『南の島のマリア』はこの事件について取材したものであり、同作者の書籍『南の島のマリア―時代に挑戦した女たち』に連作の初回として収録されている^[4]。

同作中には、「先生はまもなく娘さんのお産に立ち会うために休暇をとって韓国に一時帰国するのだととても楽しみにしておられました。本来ならとうに出発されていたはずです。でも、ちょうど島でもお産を控えている人があって、仕事を優先しなくては申し訳ないから、娘のお産は後回しにしようといって帰国の日程をのばされたのです。もし予定通り出発しておられれば、といつまでたっても悔やまれます」と嘆く島民の声が掲載されている。

韓国では、この事件を契機に上記のような医師不足地域からの招聘による韓国人医師の日本進出が好ましいか否かをめぐって、韓国の各界、とりわけ医療界の間では議論が沸騰したとのことである。

関連項目

• 事件・事故の一覧
• 沖縄県
• 沖縄県・琉球の関連項目一覧
• 医師

脚注

1. *『この10年1971-1980』（『朝日年鑑』編集部 編 朝日新聞社, 1982.6）内での事件の呼称から
2. *この長男も医師であった
3. *現場には犯人の衣服と見られる遺留品があった
4. *本記事の記載にも、同作の記述を出典とした箇所が多くある